デート感ゼロの公園デート
「さて。お待ちしていました。やはり、普通に女子の格好なのですね」
「ま、まぁ。デートって設定だし」
明日夏はぷいと顔を背けた。わざわざ女子の格好をしたのではなく、女子そのものなのだが。
テスト明けの休日。
約束通り明日夏は英治との一日デートに付き合わされることになった。
待ち合わせ場所は、英治が住んでいる町の最寄り駅。いちおう特急が止まるような明日夏の家の最寄り駅と違って、こちらは閑静な住宅街にある、住民の足になっているような駅だ。
遊びに行けるような施設はあまり見られないけれど。ただ人気が少ないので、クラスメイトの馬鹿どもが付けてきても、すぐ分かるのは有難い。もっとも来る間も注意して見ていたけれど、付けられている感じではなかった。
なのでとりあえずは、英治とのデート(仮)を無事終えるのが最優先である。
「で、どこに行くの」
「ふ。世の中は何かと殺伐としていましてね。男一人でいると不審に思われることが多いのですよ。しかしながら、隣に女性がいると言うだけで、それを相殺できるのです」
「なるほど。そういうことねー」
巨乳熟女好きの英治にとって、明日夏は守備範囲外。そのことを明日夏も知っていたので、自分とデートなんて関係ないと思っていたけど、そういう狙いがあったのだ。
というわけで。
英治に連れられやってきたのは、団地の真ん中にある公園だった。休日の昼下がりということもあって、遊んでいる子供の姿。そして英治お目当ての団地妻の姿もちらほらと見られた。
「とりあえず、ベンチに座りましょうか」
「うん」
二人して並んでベンチに腰掛ける。
周りから見れば、カップルに見えるのだろうか。そもそも普通の高校生のカップルが、児童公園にやってくることは滅多にないだろうけど。
そんなことを考えながら、明日夏はぼんやりと公園内を見渡す。
奥様方は談笑して、幼児たちは勝手に敷地内を走り回っている。
「どうせだったら、海斗を連れてくれば良かったんじゃない?」
幼女好きの彼なら、どっちも楽しめて一石二鳥だ。
「彼と二人きりだと、別の意味で注目されますので」
「あー。そうね」
男子高校生二人が並んでベンチに腰掛けていたら、普通のカップルよりも目立ちそうだ。きっと奥様方から、興味本位の視線にはさらされるだろう。
「しかし、なかなかストライクな女性はいませんね。もう一回り歳が上で、豊満な乳と腰つきの。もちろん既婚女性という条件を加えて」
「……そんな人、漫画の中しかいないんじゃないの?」
明日夏があきれた様子で言う。
すると、意外にも英治は「そうですね」と同意した。そして明日夏の方を見て、ふと天気の話題でもするかのようにさらりと言った。
「でしたら、ぜひ明日夏くんにそれを実現できる方法を伝授願いたいですね」
「へ、何で、ぼくに……」
と問いかけた明日夏の胸に、英治が手を伸ばして、ふにっと触れた。
明日夏は慌てて英治の手を振り払った。
何の前触れもない行為に、油断して防げなかった。
「――えっ、ちょ、ちょっと! 何して……?」
「やはり、本物ですね」
「えっ……」
「ふっふっふ。この感触、ほかの誰かは騙せても、乳マニアのこの私は騙せませんよ」
「って。英治は本物を触ったことがあるわけ?」
「そりゃありますよ。残念ながら私が求める人妻でも、至高の乳でもありませんでしたが」
「へぇぇ。そうなんだ……」
確かに高校二年だし、経験していてもおかしくないけれど……急に英治が大人びて見えた。メガネのくせに。
「そんなことより、話題をそらそうとしてもダメですよ」
「うっ」
「仮に本格趣向で豊胸手術をしたとしても、この間男子の姿もしていたことに関して説明ができません。つまり明日夏君は、自由に男の姿、女の姿へと変わられる。それこそ『漫画の中』の世界ですよ」
「ううっ……」
どうやら誤魔化せそうになかった。おそらく英治は、普段から明日夏のことを疑っていたのだろう。そもそもまるっきり男の娘と信じている方が、普通は異常だし、実際に間違っているし。
「えーと。自由に男・女に変われる、ってわけじゃないんだけど……」
明日夏はあきらめて、すべてを説明することにした。
☆☆☆
「なるほど。そういうことがあったのですね」
「……驚かないんだね」
「ええ。二次元の世界ではよくある話ですから」
「……ここは二次元じゃないけどね」
明日夏は疲れた口調でツッコミを入れた。理解してくれるのは有難いんだけど、どうもその理由は釈然としない。
「しかし、明日夏く……いや明日夏ちゃんの話ですと、その女性と連絡を取る方法は今のところないと」
「お願い……ちゃん付けはやめて……。まぁ、その女性はどっかをいろいろまわっているって話だけど」
「そうですか。何とか探し出したいですね」
「うん」
「そして今度こそは、明日夏くんをこのような乳臭い残念小娘の姿ではなく、豊満な熟女の魅力を併せ持つ……」
「って、ぼくを英治の好みに変えて、何をするつもりっ?」
明日夏はざざざっと後ずさった。
「そもそも、魔法(?)にも設定があって、同じ人をもう一度別の姿に変えることはできないって言われてるから」
「そうですか。それでは大塚くん辺りを適当に変えてみますか」
「あー。それならいいと思うよ」
明日夏は適当に答えた。
ちなみに大塚くんは、別に元の明日夏のようなショタっ子ではない。本当に適当に言ったのだろう。
「それでは、そろそろ出ますか。帰りはデパ地下にでも寄っていきましょうか」
「何故にデパ地下?」
「ネットで調べたところ、いい感じのマダムが揃っているとのことでした」
「あーなるほど」
確かに、近所のスーパーの「おばさん」よりは、マダムな感じの人が買い物に来ている印象だ。
「じゃあぼく帰るね。デパ地下なら大丈夫でしょ」
「何言ってるんですか。まだ時間はありますから付き合ってもらいますよ。まぁせっかくですし、食べ物もおごりますよ」
「じゃあ行く!」
即答する明日夏。それを見て英治が苦笑いを浮かべた。
「本物の女の子なのですから、太らないように気を付けてくださいね」
「大丈夫。それはウチの茜姉や彩芽にも言われているけど、別にぼくは気にしないし」
「あ、でもあえて太らせて、乳を成長させるというのも悪くないかもしれませんね」
「……やっぱり、控えめにさせていただきます」
明日夏はがっくりとうなだれるのであった。




