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大丈夫ですか? でも病気じゃないし、頑張ってくださいねっ

 それは、とある休日のこと。

 茜は外出していて、リビングでは彩芽はがレンタルしたDVDの映画を見ていた。

 その彩芽のもとに、ゆるいTシャツにゴムのスカートというラフな部屋着姿の明日夏が、ひょこひょことスマホを持って現れた。

「ねー、彩芽、ちょっと聞きたいんだけど?」

「ん、なぁに」

「その、生理ってどんなものなのかなぁって……」

「……はぁ?」

 思いっきり不機嫌そうな声が返ってきた。

 彩芽の反応にちょっと怖がりつつ、明日夏は彩芽にピンク色のスマホの画面を見せる。

「えっと。実は和佳からこんなメッセージが届いて……」



『えーん。生理つらいよー。助けて~』



「ええっ? 和佳ちゃんって、お兄ちゃんにこんな相談までしちゃうのっ?」

 彩芽が驚いた様子で声を上げる。

 明日夏は軽く頬を書きながら、補足を加えた。

「えーと。これはぼくというより、『あさひ』に向けて送られてきたものなんだけど」

「あー。お兄ちゃん、そういえば、和佳ちゃんに対して、一人二役してたんだっけ」

 彩芽が思い出したように顔を上げる。


「んー。つまり同性のあさひちゃんにメッセージを送ったってことね。女の子同士でもこういうことを言っちゃうのは和佳ちゃんらしいというか……。学校の友達とは違う距離感がいいのかしら」

 彩芽は首をひねりつつ、明日夏に向けて解説をする。

「ま、ようは個人差があるからね。辛くて何もかもが面倒くさいっていう人もいれば、逆に構って欲しくなっちゃう人もいるし。和佳ちゃんはそっちタイプなのかな。生理っていっても、人によって辛さもそれぞれだからね」

「ふぅん。そういうもんなんだー」

 他人事のようにつぶやく明日夏。

 それを見て、彩芽がふと思い出したかのように聞いてきた。

「そういえば、お兄ちゃんって、まだなの?」

「え、何が?」

「……話の流れで察しなさいよ」

 彩芽にじっと見つめられて、明日夏は気づいた。生理のことだろう。

 確かに今の自分は女の子の訳だから、それがあってもおかしくない。女の子になってから、一か月過ぎているし。

 けれど――


「あ、そういえばまだ来てないなぁ」

 明日夏がお気楽にそう言うと、なぜか彩芽はぎょっと身体を引いて、警戒するような視線を向けてきた。


「……ま、まさかお兄ちゃん……入間さんとすでにえっちなことしてて、中に……」

「――って、そ、そそんなことないからっ! ていうか女の子がそんなこと言っちゃダメっ」

「――何言ってるの。それくらいの知識があるのは当たり前でしょ」

「うっ、まぁ、そうかもしれないけど……」

 顔を真っ赤にしている明日夏とは対照的に、まだ彩芽の方が平然としている。学校における性教育の男女差だろうか。明日夏(男)が受けた授業なんて、すごく適当で、男子が騒いでいるだけだったし。


 と、それはさておき。

 明日夏は少し考えて答えた。


「もしかするとだけど、ぼくの身体って、普通に生理がないのかも」

「え……どういうこと?」

「ぼくを女の子にした神様っぽい人が言っていたんだけど、『ぼくの理想通りの女の子にした』って」

「それで?」

 彩芽にジトっと見つめられたまま、明日夏は言いにくそうに説明を続ける。


 上と下と女の姉妹に囲まれて育ってきたため、明日夏は一般的な男子高校生に比べ、女子の現実を知っている。

 生理は辛そうし、ムダ毛の手入れもいちいちするの大変そうだし、出かけるたびに化粧して落としての繰り返しだし、そもそもやり方もわけわかんないし……と、女子のプラス部分より、面倒そうなことの方が真っ先に頭に浮かぶ。

 ちょっとした変身願望から、可愛い女の子になってみたい、と思う男の人もいるかもしれないけれど、少なくとも明日夏は、上記の三点セットなどの理由で、遠慮したかった。


「――だから女の子にされた際、そういう『負』の部分は無いようにしてくれたのかなぁって。だから肌はさらさらでムダ毛の手入れも化粧も必要ないし。生理もないのかなーって」

 明日夏の発言に、彩芽が切れた。

「何それ、ズル過ぎっ!」

「って、ぼくに言わないでよ」

「じゃあ誰に言うのよ」

「そりゃそうだけど」

 あの神様? に言いたいところだけど、行方不明だし。

 とそれより、話がそれちゃったけど、早く和佳に返信しないと。もう既読ついちゃっているし。


「……で、ぼくはどうすれば」

「自分で考えなさい」

「……はい」

 妹に諭されてしまった。もっとも女としては彼女の方が先輩なので、妹であって姉でもあるような存在なのだ。

 仕方なく明日夏は「うーん」と一人で考えた。

 そして――


「ねぇねぇ、じゃあこんなのでどうかな?」

「どんな感じ?」



『大丈夫ですか? でも病気じゃないし、頑張ってくださいねっ』



「ダメに決まってるでしょっ!」

 口にしている途中で、彩芽に怒鳴られてしまった。

「ねぇお兄ちゃん、わざと? わざとなの? よくそこまでダメ回答ができるわね」

「えぇーっ。そんなにダメかなぁ」

「ダメダメよ。まず最初の『大丈夫ですか?』って、ダメだから話しているのにわざわざそんなことを聞かない! 『病気じゃない』? んなの分かってるわよ。病気じゃなきゃ我慢しろって言いたいわけ? 『頑張ってください』? なにそれ、じゃあ今は頑張ってないって思っているわけ?」

 彩芽の剣幕に押された明日夏は、その不機嫌さを見て、逆にぽつりと尋ねる。


「……えっと。もしかして、彩芽も和佳と一緒で、今……」

「違うわよっ!」

 違っても怒鳴られてしまった。

 明日夏からすれば、じゃあどうすればいいんだ状態である。


「いい? 基本的に、まず同意すること。それから気遣い。あと話しててもしょうがない話なんだから、うまく話題を変える。そうやって相手を元気づけるの」

「えー。なんかいっぺんに言われても……」

 明日夏は口を尖らせた。

 けどこのまま既読スルーするわけにもいかないので、彩芽と相談しながらなんとか文章を完成させて、送信した。


『辛いですよねー。ゆっくり休んで、元気になったら一緒に遊びに行きましょうね』


 やっぱり辛かったのか、既読がつくのが遅かったけれど、しばらくしてスタンプが返ってきた。

 明日夏の対応に満足してくれたような返信で、かつこれ以上生々しい話に発展することもなさそうなので、明日夏はとにかくほっとした。

 彩芽には感謝しっぱなしである。

「あー、なんかすごく疲れたぁ」

 明日夏はばたりとソファに背中から倒れこんだ。

「生理が免除されているんだから、これくらい我慢しなさい」

「んー。まぁそれは有難いけど」

 そう言いながらソファの上でごろごろしている明日夏を見て、彩芽が眉をしかめる。

「お兄ちゃん、ぱんつ見えてる」

「もー。それくらい別にいいじゃん」

「見たくないものを見せられる身にもなりなさいっ」

 ぽすん、とクッションを投げつけられてしまった。


 やっぱり生理がなくても、女の子って面倒くさい。

 あと、付き合うのも。


 そんなに生理免除が気に入らなかったのか、ぷんぷんと不機嫌そうな彩芽を見て、明日夏は大きくため息をついた。




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― 新着の感想 ―
[一言] ほんとに生理はこないのだろうか( ˘ω˘ )
[一言] やっぱアホだ
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