episode85
本日からコミックシーモアにてコミカライズ連載開始です。
詳細は後書き、もしくは活動報告をご覧ください。
「お嬢様」
期待した眼差しのアナベルとは対照に憂鬱な気分である。寝台に広げられたのは外出用のドレス。最近は明るい色合いのものも着用するようになり、色とりどりの華やかなドレスはまるで花畑のようだ。
「こちらはいかがでしょう」
アナベルが持っているのは最近流行りの二の腕がうっすらと見える透き通った素材を使ったパフスリーブのドレスだ。デコルテを美しく見せ、胸の下あたりでぎゅっと一旦絞った後、ふわりと花が咲くようにドレスの裾が広がっている。レースやフリルをふんだんに使用した初夏にぴったりなライムグリーンの涼やかなドレスである。
最先端の流行を取り入れ、着飾りましたよ! と言わんばかりの格好だ。
嫌だと即座に拒否したい。けれども今回ばかりはそうはいかない。ネグリジェをぎゅっと握りしめてしまう。
(全員に課せられたもので強制的とはいえ、二人だけの場なのよ)
今日はついにやって来たアルバート殿下と遠出する日なのだ。
忙しい殿下の時間をいただいているのに、着飾らずに質素な服装では相手を貶めることに繋がる。だから仕方ない。これは不可抗力だ。そもそも着飾らない方が非常識なのだから。
しかしながら彼だからこそ私は嫌なのだ。抵抗がある。
(…………いつになったらこういうのも無くなるのかしら)
頭では理解している。今世の殿下は現状、前世の陛下とは異なる。私に対して非道なお方ではない。むしろ婚約者候補のひとりとして丁寧に接されている気がする。
だからこそ、私も普通に接したいと段々と思えるようになった。心のどこかでは、どうせまた同じように凍えた眼差しが注がれるようになるのだと考えていようとも。
それでも勇気をだして一歩踏み出そうとすると、前世の記憶が足枷となって身動きが取れなくなる。
(……私も変わらないと)
「アナベルの持っているドレスを着るわ」
その第一歩として了承する。アナベルは嬉しそうに私にドレスを着せると、一旦衣装部屋に引っ込んだ。
「それとこちら」
「それは……」
苦い記憶が蘇る。
舞い戻ってきたアナベルが手にしているのは、繊細な刺繍が刺された黄色いリボン。
数年前に殿下からお詫びの品として贈られたものだ。私が彼の手を払い除けるという無礼を働いたというのに、そもそもは自分が悪かったからと贈られた。
視界に映るのでさえ罪悪感でいっぱいになり、衣装部屋の奥の奥にしまい込んでいた。もう二度と目にすることはないと思っていた。
黄色いリボンは日の当たらない場所で保管していたからか、色褪せずに美しい色合いを保っている。
「僭越ながら申し上げます。一度もお使いにならないのも失礼ではないかと」
せっかく頂きましたのに。そんな言葉が続けて聞こえてきそうだ。
私はそっとリボンを受け取る。久方ぶりに触れたリボンは、滑やかで光沢がある質の高いものだ。
(…………殿下も覚えていないでしょう)
たかがリボンだ。そもそも、彼自身が選んで私に贈った訳でもないだろう。
皇族名義で下賜される品々は年間で見ると膨大な数になる。それは殿下であっても例外はなく、実態としては殿下の名義を借りて彼の元で働く文官や側近が差配しているのが大概だ。
多分ジョシュア様辺りに選定させ、リボンの色も知らず、私に渡したことだって忘れているだろう。
詫びの品として令嬢に贈ることさえ特異であるのに、殿下直々に選んでいるはずがない。
(でもまあ、視界に入れたくないからと一度も着けず仕舞い続けるのも酷いわよね)
「分かったわ。アナベルの好きなように結んでちょうだい」
どうせ彼も気づかないだろう。
アナベルにリボンを返し、私は鏡台の前に腰掛けた。
リボンは髪に編み込んでもらい、身支度を終えた私はエントランスに向かう。
木に隠れてここからは見えないが、正門の開く音がした。カラカラと回る車輪の音が段々と大きくなってきて、木の影から馬車が姿を現す。
車体の真ん中に皇家の紋章が刻まれた馬車が、ポーチに横付けされる。
「すまない。待たせたか?」
中からドアが開けられる。まぶしい日差しを遮りながら姿を現したのはアルバート殿下だ。
白いジャケットに身を包み、隠そうとはしつつも隠しきれない高貴な殿方という服装だ。
「いいえ」
否定すると彼の視線は私の額の辺りに移り、右手が伸びてきて────途中で力無く下がった。
「暑かっただろう。なにも外で待たずに、屋敷の中で待てばいいものを。今日は気温が高い。出発前に体調を崩したら元も子もない。ほら、早く乗りなさい。荷物はあれだな」
馬車から降りた殿下は私の横を通り過ぎ、そばに控えていたアナベルに近寄る。彼女は私のお出かけ用の日傘と荷物を持っていた。
アナベルは近づいてくる殿下に恐縮しっぱなしだ。少し震えつつも恭しくお辞儀をしたところで、殿下が彼女が抱えていた荷物を全て譲り受けるのを、私は呆然と眺めていた。
「他にもあるか?」
「あり、ません。って、自分で持ちます!」
なんということだ。私の荷物を殿下に持たせてしまっている。ここはアリリエット公爵邸だが、こんなところを他の貴族に見られたら大問題だ。
「不要だ。それよりも早く乗りなさい」
早くしろとあしらわれ、渡してくれそうにもない。
オロオロする私に、殿下はもう一度馬車に乗るよう促す。
(婚約者時代の頃よりも、気遣ってくださるのは何故なのかしら)
荷物を持っていただくという、本来ならありえない状況だけではない。
最初の暑さへの言及もそうだ。皇族が屋敷に迎えに来る以上、外でお待ちするのが当然なのに、涼しい部屋でぬくぬくと待機することよりも悪いことかのような物言いだった。
普通なら流されてしまうような細やかな気遣い。そういったことを彼がするのは奇妙だった。
(こんな風に感じ取ってしまうのは私だけだろうけど)
きゅっと口を引き結ぶ。
「リーティア嬢、どうかしたか」
「……なんでも、ありません」
私は馬車に乗り込んだ。殿下は私の正面に腰を下ろした。
返していただいた日傘の柄をぎゅっと握りしめ、気持ちを切り替えてから口を開く。
「アルバート殿下、お忙しい中わざわざ我が屋敷まで御足労いただきありがとうございます。殿下と出かけられる日を心待ちにしておりました。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「ああ」
殿下はふっと表情を緩める。
「私も今日という日を楽しみにしていた。短い間だがこちらこそよろしく頼む」
彼にとって婚約者候補との遠出は、煩わしいことこの上ないはずなのに。本当に楽しみにしていたように見える。
「…………そう思っていただけるのは、光栄です」
ゆるりと馬車が動き出し、私と殿下の長い一日が始まった。
本作のコミカライズにつきまして本日から連載開始となります。
詳細は以下、もしくは活動報告をご覧ください。
【詳細】
コミカライズタイトル:「冷遇皇妃は死に戻る ~さよなら前世、今世では幸せになります~」
URL: https://www.cmoa.jp/title/324146/
漫画家:かしこ様
レーベル:シーモアコミックス
配信サイト:コミックシーモア(独占・先行)
配信開始日:4月18日(土)
※初回は4話一挙配信、その後月刊連載となります。
【あらすじ】
公爵令嬢のリーティアは幼い頃から皇后になるべく厳しい教育を受けてきた。全ては婚約者でのちに皇帝になるアルバート殿下のために…しかし、聖女レリーナの出現により、愛する殿下は聖女に魅了され、リーティアは“皇后”ではなく“皇妃”となった。
大量の執務、周りからの冷遇、殿下の冷たい態度…報われぬ愛に耐える日々の末、病でこの世を去ってしまう。死への絶望の中「この世をもう一度皆に愛され幸せに全うできますように」という声が聞こえて…
彼女は再びリーティアとして二度目の人生を歩むことになる――。




