episode8
長時間泣いてしまった為、目が赤くなってしまった。
私は他の人に見られないよう、うつむき加減で自室へ早足で向かう。
手に持っていたバスケットの中で茶器がカチャカチャと音が鳴るが、歩く速さを弛めることはできそうにもないので割れないことを願う。
今は一秒でも早く自室に戻りたい。この泣き腫らした姿を見られたら何を言われるか分からないから。
ようやく自室の前に着いた時はとてもほっとした。
誰にも見られなかったことに安堵してドアを開ける。室内に入ると机の上に置き手紙と皇族の夕食とは思えない質素な食事が用意されていた。
「あら? 手紙だわ。私に手紙を寄越す人なんていないはずなのに一体誰が……」
そっと封を解き、内容を確認する。
『リティへ
体調はどうですか?
体の調子が悪いため、今日の晩餐会にはリティが参加できないとアルから聞きました。
一緒に夕食をいただけると思って楽しみにしてたのに残念ですが、体調が第一優先ですよね。
また今度一緒にお話しながら夕食を食べましょうね!
体調が良くなることを願っています。
レリーナより』
内容を確認した途端、動揺して手紙を落としそうになる。
晩餐会……? 開催されるなんて聞いていない。初耳だ。彼女からの手紙には陛下から私が体調不良で欠席すると聞いたと書いてある。
だけどそんなことはあり得るはずがない。だって私は式の後一度も陛下と会っていないのだ。ましてや侍女に体調不良だと言付けてもいない。
これは明らかに陛下が嘘をついたのだろう。呆然としていたら、レリーナからの手紙の下にもう一枚何か書かれた便箋があるのに気づいた。
その紙に押されている判子を見た途端身体が凍りつく。
『皇妃。
リーナからの手紙を見たか? 驚いたか?
貴様には晩餐会があることなど言っていないはずなのだから。教えてくれると思ったか? 思っていたら馬鹿だな。貴様はリーナの代わりに執務をこなす為だけに嫁いだのだから晩餐会など参加する必要などない。
言っておくが、公式行事に参加させることはこれからもない。リーナの影でその頭脳だけを酷使すればよい』
陛下からの手紙だ。名前が書いてなくても判子と書き方の癖で分かる。
聞こえるはずのない嘲笑いが聞こえてくる。
違う違うやめてと、必死に頭から消し去ろうとするが消えてくれない。
その時少しだけ立ちくらみがし、とっさに机に手を付く。
置き方が悪かったのか、手を置いた拍子にそこに置かれていた夕食の一部が床に落ちる。
床に落ちてしまったものは食べられない。片付けてくれる侍女もいない。
勿体ないことをしたと思いながら後始末をする。残った夕食は固くなったパンと冷たくなった少量のスープ、新鮮さが欠けらも無いこれまた少量のサラダだった。
これだけでは男性はおろか、女性でも全く足りないだろう。
廊下を通る侍女に言えば何か持ってきてくれるかもしれないが、朝と同じように嫌悪を真っ向から受けることは今の自分には無理そうだ。
「食べないよりはマシよね……貴方たち食材に罪はないもの。頂きます」
そう呟いて質素な食事を黙々と一人で食べる。
食べながら食器のことを考える。
夕食を持ってきてくれたということは、そのまま置いておけば持って行ってくれるのだろうか?
それとも自分で食器を厨房まで持っていかないといけないのか。
取り敢えず今日の分をそのまま置いといて、持って行ってくれるか確認しようと決めた。
食べ終わったあとは暇だ。
何をしようか決めかねていると、頭に考えが浮かぶ。今巷で流行中の日記を書くことにしようと。
思いついたら即行動するのが自分だ。すぐに公爵家から持ってきた荷物の中から、文章を書き付けられる物はないかと探す。
ゴソゴソと探すこと数分。荷物の中から革張りの綺麗なノートを見つけ、私はこれに日々のことを書付けることにした。
貴族の間では日記に日々の愚痴などを書くことが流行っていたのだが、他の令嬢との交流があまりなかったリーティアはそんなことを知るはずもなく。
彼女は日々の生活を書くことにした。
ペンを走らせ、書付ける。
あまり暗いことは書きたくなかったので薔薇が綺麗だったことなどを書く。
一ページと少しを埋め、日記の出来に達成感を覚える。夜も更けてきたのでネグリジェに着替え、寝台に入った。
そして毎晩の習慣であるお祈りを、女神様に捧げる。
──民が平和で豊かな生活を送れますように。
明日からは本格的に忙しくなる。執務を全てこなせるか不安だが、やれることはやろうと心を強く持つことにした。
リーティアが眠りについたあと、寝台横に置かれていた薔薇の栞が月の光に照らされて、仄かに光っていた。