episode66
「私を何でも屋か何かだと勘違いしてないか?」
「していませんよ。魔術師様ですよね」
これが魔法省の管轄外だったならまた別の案を考えたが、管轄なので彼が適任なのは間違いない。
「…………本来、潰すには内部潜入して状況把握をしたのち、色々根回しして逃げられないようにしてから突入するんだよ」
「分かっているのか?」と言わんばかりの視線だ。
「それだと今回の件は間に合いません」
「だから頭が痛い。2~3人ならまだしも、聞いた限りだと捕まっている妖精の数が多い。大方寝床にしていた森に押し入って、根こそぎ連れ去ったんだろう?」
「そうです」
ルーチェが答える。
「となると、組織的な犯行だ。背後にいる人数が多い。私一人で助け出すのは困難だ」
「そんな」
言葉が出ない。ルーチェも泣きそうな顔している。
魔法に長けている彼でさえ難しいというのに、私では役立たずの上、足でまといで。能天気に助けてあげると安易な約束をしてしまった己を恨む。
これではルーチェの期待を上げて落としたようなものだ。
「……ごめんなさいルーチェ」
謝罪の言葉を口にすると膝の上にいたルーチェは首を横に振った。
「難しいのは分かっていました。リーティアさまのせいではありませんから自分自身を責めないでください」
そう言ってくれるが、瞳には落胆が浮かんでいる。重苦しい雰囲気が馬車を包む中、それを破ったのはウィオレス様だった。
「あーもう、この世の終わりかのような顔をするな。出来ないとは言ってない」
ウィオレス様の一言に私たちは顔を見合わせる。
「……どういうことでしょうか」
「君から話を聞いてしまった以上、見過ごすことは出来ない。ただ、私だけでは対処不可能だ。だから急を要する案件を抱えた者以外を呼んでくる。人がいればどうにかなるでしょ」
「それって」
ぱっとルーチェの顔が明るくなる。
「ルーチェと言ったね」
「はいっ」
「捕まっていた場所は分かる?」
「分かりますっ!」
「なら間に合うはずだ。私は一旦魔法省に戻る。君も私を寄越して終わりなどとそんな無責任なことしないよね」
ルーチェに向いていたウィオレス様の意識が私にこちらに向いた。
「そうですね。私に出来ることがあるなら何でもします」
「たとえ危険なことでも?」
問われて無意識に左手に着けていたブレスレットを握る。
(……これがあるから多少なら大丈夫)
流石にノルン様から直々に戴いた物が使い物にならないなんてそんなことはないだろう。
「はい」
危険に首を突っ込むのは覚悟の上だ。言い出しっぺの私が安全なところから見ているだけなんて、そんなこと無責任すぎてしたくない。
自分で起こしたことなのだから、できる限り責任は負う。
「よし、ならここは狭いしとりあえず公爵令嬢達も魔法省に来て」
そう言って転移しようとしたので私は慌てて感謝の言葉を伝えた。
「ウィオレス様、ありがとうございます」
「まだ助け出してもいないのに感謝するの?」
「ええ、手を貸していただけるだけで幸運なことだと思うので。お前が言うのか? と思われるかもしれませんが……かなりの無茶ぶりですし」
わがままだと罵倒され無視されてもおかしくない。ここまで散々言っている私が言えたことでは本当に無いのだけれど。
「……別にこれが仕事だし、寝覚めが悪くなるのが嫌なだけだ」
つっけんどんな言い方でウィオレス様は目を逸らし、私たちを連れて転移した。
◇◇◇
転移先は以前訪れた書物の部屋でもウィザ様の部屋でもなくて、ソファとテーブルが置かれた質素な部屋だった。
「それでも食べて飲んでて。私は精霊局の方に行ってくる」
指を動かすだけでテーブルの上にお菓子や角砂糖の入ったポットと湯気が立つ紅茶が現れる。
長時間寒い外にいた体は冷えていて、私はソファに座ってありがたく紅茶を頂くことにした。
カップを手に取るとちょうど良い温度でじんわり温まる。
「これ、何ですか?」
テーブルの上にいたルーチェはお菓子に興味があるようだ。つんつんつついている。
「苺の砂糖漬けね」
瓶の中にたっぷり詰められた鮮やかな苺。砂糖を一緒に詰めて時折かき混ぜ、果汁が溢れだしたら涼しいところで寝かせる。紅茶に入れたり、牛乳と混ぜれば甘いものが欲しくなるおやつの時間にぴったりな飲み物になる。
もちろん、そのまま食べても美味しい。
「宝石みたいですね」
ルーチェは瞳をきらきらさせながら魅入っている。
「食べたい?」
「食べていいのですか?」
「大丈夫だと思うわ」
私が蓋を開けると芳醇な匂いがふわっと漂った。大きなスプーンでルビーのように輝く少しくたっとした苺を小皿に取り出した。次に小さいスプーンでルーチェが食べやすい大きさに切り分ける。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
大きく口を開けてルーチェは頬張った。彼女は直ぐにほっぺを押える。
「これ、とってもおいしいです! 初めてです。こんなに甘いもの!」
興奮してくるくる飛び回る。
「もう一口いただいてもいいですか……?」
おずおずと尋ねてくるその姿が愛らしくて私も思わず頬が緩む。
(何だか餌付けしてるみたいね)
結局ルーチェは大きな苺を丸々ひとつぺろりと平らげてしまった。アリアもそんな彼女を見て食べたくなったのか、自分で取り出して勝手に食べている。
私はお菓子に手をつける気分ではなかったので、二人の姿をずっと眺めていると、ようやく彼は戻ってきた。
ウィオレス様はもうひとり、魔術師様を連れていた。初めて見る顔だ。
入ってくるなりウィオレス様が話し始める。
「朗報だよ。他の者が調べていた別案件との関連がある可能性が出てきた。もし、同じ件ならば許可は降りているから心置き無く潰せるし、人員を増やせる。責任者はこいつ」
指したのは隣にいた魔術師様。
「初めまして。クリス・ライエンと申します」
「初めまして。リーティア・アリリエットです」
軽く握手する。クリス様はとても綺麗な翡翠の瞳をお持ちで、さらさらな金髪が魅力的な男性だった。
「早速本題に入らせていただきたいのですが、いくつかご質問してもよろしいでしょうか」
クリス様はルーチェに話しかける。彼女は私の膝に座って頷いた。
「では、まずこれに見覚えはありますか」
クリス様は手中に黒のチョーカーを出現させた。禍々しい黒みがかった赤の宝石が真ん中に埋め込まれている。それを見た瞬間、ルーチェの纏う空気が変わる。アリアも眉を顰めた。
「何処でそれをっ」
「覚えがあるのですね」
「繋がってた、か」
クリス様の隣に座ったウィオレス様の顔が険しくなる。
「あの、そのチョーカーはどういったものなのでしょう」
私だけ一人状況把握が出来ておらず、置いてきぼりになってしまっていた。
「魔力を封印する道具の一種ですよ。あれのせいで魔法が使えなくて、逃げ出せないんです」
憎々しげにそれを睨みつけながら、ルーチェは吐き出すように言う。
「でも、ルーチェは着けてなかったわよね?」
葉の上にいた彼女はボロボロではあったが……。近くにもそれらしきものは落ちていなかった。
「私のは不良品だったみたいで……阻害効果が弱かったんです。だから、あいつらに知られる前に私を逃がそうとみんなが」
ルーチェは爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握るので、私はそっとその手を開く。
「…………私達は大規模な妖精狩り事件に関しての調査中に見つけました。そしてこの魔道具を主に使用している組織を突き止めました」
クリス様が手を振るとぱっと首飾りが消えた。
「あとは根城を叩くだけなのですが、一つ問題がありまして……初対面でお願いすることでは無いのは重々承知しています」
クリス様は立ち上がる。
「ですがこの方法しかないのです」
そうしていきなり私に頭を下げた。
「──リーティア嬢、どうか悪女になっていただけませんか?」




