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前世と今世の幸せ  作者: 夕香里
彼女の今世
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episode61

 私が目を覚ましたのは自室の寝台の上だった。


「……へやよね」


 もう夜なのかカーテンは閉められ、サイドテーブルに置かれていた燭台の蝋燭が、温かみのある茜色で辺りをぼんやり照らしていた。


「お腹すいたな」


 空腹を覚えた私は靴を履いて部屋の外に出ると、廊下の端の方からセシルが顔を出す。


「あっお姉さま起きた!」


 私の姿を捉えたセシルが駆け寄ってくる。彼女はぎゅっと抱きつく手前で止まった。


「私どれくらい寝てたかしら」


「うーんとね、二時間くらいかな。魔術師さまがお姉さまのこと抱き抱えながらエントランスに現れた時、お母さまとお父さまが心配してたから、一度顔見せた方がいいと思う!」


「そう、魔術師さま……が、あっ」


 すっかり抜け落ちていた。


 そうだ。ピンッと額を弾かれた途端に気を失うように眠りの中に落ちていった。絶対あの時魔法で強制的に眠らされたのだ。


 ぼんやりとしか聞き取れなかったけれど、彼はきちんと私を送ると言っていた。セシルの話からどうやら本当に送ってくれたらしい。


「お姉さま頑張りすぎはよくないよ。全然終わりにしようとしないから強制的に眠らせましたって魔術師さま言ってた」


 セシルは顔の前で大きくバツを作り、私はやってしまったなと思った。


 妹が知っているなら両親も既に把握しているだろう。心配性な両親のことだ。後で根掘り葉掘り何故なのか尋ねられ、魔力制御の練習に制限を加えられてしまうかもしれない。


 冷静になって考えると、もっと上手くならないといけないという焦りから、周りが見えていなかったように感じる。


 けれども────


「……私、そんなに頑張ってないわ。怠け者よ?」


 前世と比べたら逆に焦ってしまいそうなほど予定がゆったりしている。ごろごろする日もあるし、休日はたまにお昼まで寝ていることもある。これを怠け者と言わないでなんと言うのだろうか。

 セシルが言いたいのは制御練習でのことだろうが、あれも本当に私は疲れていなかったし、まだまだ続けることが可能だった。


 見上げるセシルの頭を優しく撫でると、彼女は不服そうに唇を尖らせた。


「お姉さまってちょっとズレてるよね」


 衝撃的な言葉が耳に入ってきてピタリと撫でる手が止まる。


「えっ、そ、そうなの?」


 ズレてるのだろうか……。比較対象がないので分からない。


「何がズレてるのかしら? 怠け者じゃなくて愚か者?」


 返答もお気に召さなかったようだ。セシルは地団駄を踏む。


「ちーがーうー! どうして悪い方に考えるの?」


「それは……ごめんなさい。お姉さまの悪い癖ね。直そうとしているけど、中々直らないのよ」


 良い方より、悪い方に考えておけば上げて落とされることがない。希望を抱けば抱くほど苦しくなる人生だったので、そのような思考が染み付いてしまっているのだ。


「そうすぐ謝っちゃうのもダメ!」


 追撃が飛んでくる。


「はっはい」


「あのね、お姉さまってとっても凄いのよ」


 私の手を取って歩きながらセシルは言う。


「お姉さまの中ではダメダメでも、周りから見たらとっても頑張ってるの。基準が厳しすぎるの。だから魔術師さまに眠らされちゃうんだよ!」


「ご、ごめ……そうね」


 反射的に謝ろうとするとセシルが握っている手に力を込めてきたので、慌てて言葉を引っこめる。


「わかってくれたならいいの」


 ころりと表情が変わる。そこで私は見たことのない髪飾りをセシルが着けていることに気がついた。


「ねえセシル、その髪飾り買ってもらったの?」


「ううん、これは魔術師さまから貰ったの!」


 髪飾りを外し、自慢するように私の目の前に出した。


(……こ、高価そう)


 蝶とイバラ付きの薔薇がモチーフのようだ。薔薇の花びらの代わりに赤い宝石らしきものが使われ、そこに青い蝶が羽を広げてとまっている。


 細工が細かく、裏面にも工夫が施されていた。これを制作した職人さんはとても長い時間をかけたのだと見て取れる。


 このようなものを今日会ったばかりのセシルにあげてしまうなんて、彼は富豪か何かなのだろうか。

 魔術師ということで給料はそれなりに貰っているだろうが、それにしてもだ。


「どうして貰えたの?」


 何か意図があってセシルにあげたとしか考えられない。私の中でのウィオレス様の信用度ははっきり言って低いのだ。


「んーと、持ってても意味ないからあげるって。お母さまたちも魔術師さまとお話しして、頂いておきなさいって」


 両親は年下のウィオレス様に押し切られたらしい。


(……腑に落ちないけれど、とりあえず次会った時お礼は伝えなければ)


「良かったわね。大切にするのよ」


「うん!」


 セシルが喜んでいるならそれでいい気がしてきた。


「ところで、お姉さまどこ行こうとしてたの?」


「夕食を食べに行こうかなって」


「なら食堂だね! 私もジュース飲もうかな」


 私はセシルと手を繋いで食堂へと向かった。



◇◇◇



「リーティアお嬢様」


「嫌よ」


「そこをどうか……!!」


「嫌なものはいやなの」


 二度断るが、アナベルは食い下がりつつ嘆く。


「いつもそう言って着飾らせてくれません……!!! 今回こそは!」


 アナベルの後ろにいる侍女達も大きく頷く。彼女達もお化粧道具を手に持って待機しているのだ。


「そんなに着飾らなくていいでしょう?」


「何を仰いますか! 皇宮の、しかも皇子殿下が出席される集まりですよ」


(だから嫌なの……って正直に伝えられたらどれほどいいか)


 意気込む彼女たちを尻目に、私はため息を吐いた。


 月一度の婚約者候補とアルバート殿下の交流会。それが今日行われるので、私は朝早くから支度をしているのだが……。


 目立ちたくない私はいつもシンプルなデザインのドレスを着て、髪もそれほど華美ではない髪型に仕上げて参加していた。


 他の皆はそれこそ流行りの最先端ドレスやこれでもかと着飾った姿で参加する。


 それをどこからか聞いたらしく、ここ最近は私をもっと着飾りたくて仕方がないらしい。何でも「他のご令嬢に負けるのは嫌です。お嬢様が一番なんですよ!!!」だとか。


 私としては別に一番でなくていいのだけれど。


「えー、お姉さまこれ着ないの?」


 するとソファでお水を飲みながら、私の支度を眺めていたセシルが不満そうな声を上げる。


「私着てる姿見てみたいな〜〜」


「セシル、また今度ね」


「イヤっ! 私知ってるんだから。お姉さまの『また今度ね』は信用しちゃだめってこと」


 何度も使った手なので、もう通用しないらしい。困った。他の方法を探さなければ。


 セシルは私の手を取って上目遣いに潤んだ瞳を向けてくる。


「おねがい! お姉さまがアナベルたちの手によってきらきらになってるところ見たいの!」


「うっ」


 この瞳に私は弱い。容易に意志がぐらぐら揺れ、セシルの要望の方へ天秤が傾く。


(まあ、これで満足してくれるなら)


 アルバート殿下も、今更彼に取り入ろうとしているとは勘違いされないだろうし。

 一度自由にさせればアナベル達も満足してくれるだろう。


 結局私は妹のおねだりに勝てないのだ。


「分かったわ」


 承諾するとセシルはぴょんぴょん飛び跳ね、アナベル達は目の色を変える。


「私達の好きにさせてくれるのですか?」


「そう、アナベル達の好きなように。私は何も言わないわ」


「貴方達やるわよ」

「はい!」


 アナベル達は嬉々として好物の獲物を狩るように私を襲い……いや、脱がせにかかった。セシルはるんるんでソファに座ってにこにこしている。可愛い。


 どうにでもなれと思いつつされるがままになっていると、普段よりも丁寧に髪が結われ、化粧を施される。


「出来ました!」


 やり切ったと額の汗をぐいっと拭い、アナベルは化粧筆をテーブルに置いた。


 私は閉じていた瞳を開ける。


(凄いわ。いつもより明るい)


 姿見の前に立ち、くるりとその場で回る。

 アナベルが選んだのは自分だったら選ばない明るい薄紅色のドレスだった。

 何重にも生地を重ねたことによりスカートの裾が膨らみふわふわしている。


 自分の姿が珍しく、鏡に手を突いて映る私を眺めていると、セシルが映りこんだ。


「きれい! かわいい! アナベル天才!」


「ですよね!」


 黄色い声を上げて私よりも歓喜して。そのままアナベルとハイタッチしていた。


「お姉さま元から顔が整っているし、明るめのドレス似合うわ!」


「そうかしら」


「世界で一番美人だわ!」


 いささか大袈裟すぎる褒め言葉にこそばゆくなる。


 前世も今世も今までは青とか緑とか寒色系を好んでいたから、薄紅色はそわそわしてしまう。落ち着かない。


 今までは何となく避けていたけれど、着てみるとこの色合いも好きかもしれない。今度ドレスを仕立てる時はこの系統も増やしてみようか。


 私はセシルとお別れしてエントランスへ急ぐ。外に出る直前、ドアの前で待機していた執事から上着を受け取る。


(寒いなぁ)


 息を吐くと目の前が一瞬白く霞む。


 冬が本格的に始まり、外は木枯らしが支配していた。秋の中ほどまでは外での開催だったが、今回は皇宮内部の一室で行われるらしい。


 馬車の外では風によって枯れた葉が枝から離れ、ビューッと飛んでいく。


 皇宮に到着すると出迎えてくれたのはジョシュア様だった。

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