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前世と今世の幸せ  作者: 夕香里
彼女の今世
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episode54


「──余計なことをしたら、父に言ってアクティリオンに書簡送り付けますからね」


「はいはい」


 ティニア王女はこくこくと頷きながらパスタにフォークを差し入れた。器用にクルクル巻いてパクリと頬張る。


「あ、リーティア嬢はヘレナ先生に王女のサポート頼まれていたけれど、私に押し付けてくれていいから。同性が必要な場合は君に頼むかもしれないけれど……基本的に私がするよう、父に言いつけられているんだ」


「分かりました」


 私よりもルートヴィヒ様の方がティニア王女のことを理解しているだろう。反発する理由もないし、むしろありがたいのでこくりと頷いた。


 時間帯は昼。


 休憩時間になった途端、ルートヴィヒ様がティニア王女を連れ出し、その際私は彼女に手を掴まれ、引きずられるようにカフェテリアに来ている。


 途中から走って追いかけてきてくれたアイリーン様やエレン様と一緒に昼食を取る列に並び、腰を落ち着けたのはそれから十数分後のこと。


 先に席に着いていた二人は、私達が座るまでのわずかな時間でバチバチにやり合っていた。といっても、ルートヴィヒ様の言葉は焼け石に水状態なのだが。


「ティニア様、聞いてます?」


「ひゃいてるわ」


 口の中にあったものを飲み込んでから彼女は再度口を開く。


「迷惑をかけないこと、突っ走らないこと、早とちりしないことでしょ? 楽勝よ」


「その楽勝を守れないのが貴女なんですよ……」


 ルートヴィヒ様の瞳には諦めが浮かんでいた。そんな彼のお皿に、ティニア王女はサラダのトマトを動かす。


「──食べてください」


「トマトは食べない」


 ルートヴィヒ様が彼女のお皿に戻そうとすると、ティニア王女はお皿を自分の方に寄せ、無言のまま防いだ。


「あのふたり仲良いですね」


 脈絡もなく突然そう言ったのはアイリーン様で、彼女は生クリームがふんだんに使われたプリンを掬っていた。


「──熟年夫婦みたいです。ふふっ見ていて楽しい」


 言葉を交えないまま二人は攻防を繰り広げている。しまいには魔法でトマトを浮かせて相手の皿に入れようと必死だ。


「あーもう! ルーイとは互角になってしまうから終わらないわ。止めましょう」


「奇遇ですね。私もそう思ってたところです」


 一時休戦するらしい。

 どちらも同時に魔法行使を止めたため、重力を取り戻したトマトがテーブルで跳ねた後、床に落ちて──通りかかった生徒に呆気なく潰された。


「…………もったいない」


 無惨な姿になったトマトを見ながらティニア王女は呟く。


「そう思うなら最初から食べてください」


「……次からそうするわ。育ててくれた民に失礼だった」


 気分が落ち込んだのか声のトーンが下がっている。ティニア王女が指を一振すると汚れた床が綺麗になった。


「ティニア様は魔法がお上手ですね」


 エレン様が尊敬の眼差しを向ける。


「皆さんより小さい頃から練習しているからよ。習った年月が違えば、練度が変わってくるのは当たり前」


 そう言ってコップに入った水を空中に浮かせる。

 球体になったそれは、ティニア王女がいたずらっ子の顔をした次の瞬間消えてしまった。同時にルートヴィヒ様が軽く悲鳴を上げる。


「冷たっ…………覚えていてくださいよ」


 どうやら制服と体の間に水を転移させたらしい。色が変わってしまうほどびっしょり濡れていた。


 夏が終わりを告げて、気温は低下している。相当冷たかったのだろう。今にも復讐を遂げそうな目付きである。


 自分に向けられていないと理解していても、ゾクリと悪寒が走りそうだ。


「やれるものならやってみなさいよ」


 ティニア王女が挑発するとルートヴィヒ様は無表情のまま反撃していた。


 二人の攻防を眺めながら私は頼んだ料理に目を向けた。


 今日選んだのはふわとろオムライスだ。味付けされたお米を黄色いふわふわの卵が包み、それをぐるりとデミグラスソースが囲っている。

 出来たてのようで、ほかほかと立つ湯気と美味しそうな匂いが私のお腹を刺激してくる。気を抜くとお腹の音が鳴ってしまいそうだ。


 スプーンを卵の中心に差し込んで、右から左に動かしていけば、パカリと開いて半熟の卵がとろとろとデミグラスソースの海に零れていった。


「いただきます」

 

 ぱくりと頬張る。


「ん〜美味しい」


「ねーね、アリアにもちょーだい」


 アリアはちょこんとお座りして私を見上げていた。


「もちろんあげるわ。どうぞ」


 クンッと裾を引っ張られ、私は精霊用の小さいスプーンでオムライスを掬う。


「最近知ったんだけど、人間の食べ物っておいしい! もうひと口!」


「そんなに気に入ったのなら取り皿に分けるわ。どれくらい食べたいの?」


「────こーんくらいっ!」


 大きく両手を広げ、体を使って表現する。


「いっぱいってことね」


「うん!」


 私が取り皿にたっぷり載せると、目を輝かせて羽をパタパタと動かす。


「おいひい。何皿でもたべれひゃう」


 リスが頬に食べ物を詰め込んだかのように、頬が膨らんでいる。

 私はその可愛らしい様子に癒されながら、口元についたソースを拭ってあげた。


「リーティア様」


「どうかしました?」


 隣に座っていたエレン様が真剣な目付きで私を見ていた。


「私、今の今まで実行したくてしなかったことがあるんです」


 突然の告白に疑問符が頭の中を占める。


「それで、それを実行する前に確認したいことがあるのですが」


 ただならぬ雰囲気に私はゴクリと唾を飲み込んだ。


「──私達の関係って〝友人〟でよろしいのですよね」


「へ?」


 エレン様との間に沈黙が流れる。アリアは呑気に「あー、リーリー固まってる」と私の頬をつついて面白がっていた。


「あ、あのですねっ! もう五年も親しくさせてもらって友人かなぁと思ってたんですが、確認したことなかったので……私だけ浮かれてそう思ってたら恥ずかしすぎて」


 矢継ぎ早にエレン様は説明した。


「…………友人の定義ってなんでしょう」


 ぽつりと吐露すれば、今度は私がエレン様を驚かせてしまった。


「えっ」


「あの、私あまり……そういうの分からなくて」


 頬を掻いて俯く。

 エレン様が私を友人だと思ってくれていた。それを聞けて嬉しい反面、〝友人〟という単語がむず痒く、こんな自分がそういう存在だと、彼女の中で認識されていたことがにわかには信じがたかった。


(何だか神聖なものに感じるのよね)


 前世で邸宅に遊びに来ていたセシルの友人を思い出す。他愛もないことで笑って、楽しみを共有して、ふざけあって。

 最初は羨ましいと思ったけれど、世界が違うのだと諦めの気持ちが勝り、それらの感情に鍵をかけて心の奥底に封印した。


「──定義なんて私にも分かりませんよ」


 聞くことに徹していたアイリーン様が柔らかく答える。


「けれど、リーティア様のことを友人だと思っています。リーティア様は違うのですか?」


「私は…………」


 どうなのだろうか。ただひとつ分かるのは──今は、応えてくれる人がいるということ。感情を封印なんてしなくていいということ。


「皆さんと過ごすのは楽しくて、時間が過ぎ去るのが早くて、とても幸せな気持ちになります。だから──」


 自分の言葉がくすぐったい。こんな感情を抱くのは慣れていなくて頬が赤く染ってしまう。


「お二人は私の友人……です」


 気恥ずかしくて小さくなってしまう。そんな様子を見てアイリーン様はふっと笑い、エレン様は満面の笑みをうかべた。


「確認が取れたので私の実行したかったことをお話ししますっ」


 張り切ったエレン様はコホンと咳払いを一つして、話し始める。


「私はお泊まり会を実施したいと思います!」


「「お泊まり会?」」


 私とアイリーン様の声が被る。


「市井の女子の中で流行っているらしいんですよ〜。友人の家に泊まって夜更かしする会! ぜったい楽しいに決まってます! 皆さんのネグリジェ姿とか見てみたいし、お揃いの服を着てみたい」


 エレン様はぐへへと令嬢らしからぬ声を出す。


「何それ私も交ぜて欲しいわ」


「喜んで──ってティニア王女様?!」


 ルートヴィヒ様との小競り合いは終わったらしい。彼はちぎった白パンをラトルに与え、頭を撫でている。


「交ぜてくれる?」


「さ、さすがに王族の方は…………警護の問題がありますし……万が一のことがあったら責任が」


 及び腰で断ろうとしている。私がエレン様と同じ立場だったら同様の対応をするだろう。

 他国の、交換留学できている王族なのだ。何かあったら外交問題になりかねない。


「責任の所在に関しては考えなくてよくってよ。ルーキア滞在中に、自ら首を突っ込んだことで問題が起きた場合の誓約書があるから」


 見る? と魔法で、誓約書の控えをテーブルの上に映す。


『アクティリオン国第一王女、ティニア・アクティリオンはルーキア滞在中、自らが動いたことによって発生した如何なる事案についてもルーキア側に責任を追求しない。例え──王女が死亡したとしても』


 さらっと怖いことが書いてある。


(…………物騒)


 その後も文章は続いていたが、ティニア王女の言ったことは事実のようだ。最後に連名で彼女のサインとアクティリオン国王のサイン、拇印が押されている。


「血と神に誓う誓約書だから破ったら裁きが下るわ」

 

 手で覆えば、テーブルに映っていた控えが消えた。


「ああ、仮に私のせいで貴女達を危険に巻き込んだ場合は私とアクティリオン国が責任を取るわ。だから……」


 ティニア王女はエレン様の手を取って潤んだ瞳を向けた。


「参加してもいい? だってとっても楽しそうなんだもの」


 彼女は迷っているようだ。眉間に眉を寄せてどうするか考えていた。


「エレン嬢、嫌であれば遠慮なく断っても大丈夫ですよ。私が抑え込むので」


 ルートヴィヒ様がそう言って、水を飲んだ。いつの間にか彼の背中は乾いている。


「……嫌ではありません。まだ日程は決まってないですが、ここまで言われたら断る理由なんてありませんね! 是非ティニア王女様も来てください!」


「こうやって同年代の人と遊ぶことがなかったから嬉しいわ。ありがとう」


 ティニア王女はそう言って微笑んだ。


 というわけで、エレン様主催の「お泊まり会」開催が決定したのだった。

 

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