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前世と今世の幸せ  作者: 夕香里
彼女の今世
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episode47

「一位は合計三十七個見つけたロベルト・カロリス!」


 室内に生徒が全員集まったのを確認し、高らかにヘレナ先生は発表した。


「おめでとう。一位のロベルト君にはランチ一週間無料券の贈呈です」


「ありがとうございます」


 前に出てきたロベルト様に対して、全員から温かい拍手が送られた。彼の隣にはフクロウの姿をした精霊がいる。きっとあの子が空から探し、ロベルト様が回収したのだろう。


「あ、ちなみに二位はアルバート殿下で三位はルートヴィヒ君でした。いやー、毎年抜き打ちでこの宝探しゲーム開催するのだけれど今年は優秀だわ」


 どの生徒が何個見つけたのか記載されているメモを見ながらヘレナ先生は言う。


(ぼちぼちと言っていたけれど、ルートヴィヒ様凄い)


 チラリと彼を見れば、胸を張る様子もなく、さらりと受け流して授業の準備をしていた。


「先生! 精霊が持っているものが鍵になると仰っていましたが、それは何なのでしょうか」


 一人の生徒が手を挙げた。


「ああ、それを説明しないとね。一般的な精霊は意識すると神聖力を視認できるの」


 回収した小物入れから一個、スヴァータを取り出してヘレナ先生は説明を続ける。


「そしてこの宝石、スヴァータは神聖力を中に保存でき、取り込んだ分だけ輝きが増します。精霊と信頼関係を築けていれば、光る対象を教えてくれて見つけやすい。そういうことなの」


 ヘレナ先生は机上にスヴァータを置いた。


「まあ、光を視認できなくても持ってみれば重さで分かるわ」


 確かにずしりと重かったし、眩しいほど光り輝いていた。


「ということで、午後からは通常授業に戻りますので気持ちを切り替えてやりますよー。今日は魔法の成り立ちを──」


 午前中走り回った生徒が多かったからなのか、疲れて気が乗らない生徒が大半だった。中には机に突っ伏して仮眠を取ろうとする人もいる。しかし、講義が始まると顔を上げ、ヘレナ先生の話に皆引き込まれていった。



◇◇◇



 公爵邸に帰宅し、制服から着替えた私は自室のソファーに腰を下ろした。


 傍に寄ってきたアナベルから三通の手紙を渡される。

 白の封筒と黒の封筒そして淡い蒼の封筒。裏返して蝋の印を確認する。そうすれば大体どこから届けられたのか分かるから。


(皇宮、魔法省、神……殿……?)


 思わず印章を二度見する。後者二つの封筒からは若干魔力が帯びていて、何か魔法がかけられている。中身は一体何なのだろうか。

 皇宮からのはいつもの事だとしても、魔法省と神殿という二大勢力から手紙が来るなんて、例え内容が大事なことでなくても嫌な予感しかしない。胸騒ぎがする。


「アナベル、この三通を届けた使者は分かる?」

 

 定期的に送られてくる皇宮からの手紙と違って、神殿からは……分からない。魔法省は、もしやあの魔術師だろうか。

 そういえば最近見かけてない。いや、頻繁に会うわけでもないし、二回しかまだ会っていないけれど。

 魔法省からの連想ですぐに思い浮かべてしまうほど、記憶されているのは何だか複雑な気分だ。


(あんなよく分からない変な人、もう現れなくていいわ)


 かぶりを振るとアナベルが不思議そうに私を見た。


「それがですね、魔法省のものは皇宮の使者様が一緒に持って来られました。神殿からのは談話室に置かれていたらしくて、掃除をしていた者が見つけました。てっきりリーティアお嬢様がそこに置いて忘れたのかと……違いましたか?」


「そうだったわ。私が昨日置いたままにしていた。ありがとう持ってきてくれて」


 嘘である。


 もらった手紙を談話室に持っていくなんてしない。ノルン様からのがしれっと交ざっていたりするので、極力人目の付くところには置かないようにしているのだ。


「それならよかったです」


 そう言ってアナベルはお茶をお持ちしますと部屋を出ていった。


 どれから封を開けるか思案して、取り敢えず一番驚かなくてすみそうな皇宮からのを開封する。


(来月のお茶会の日程と大祝祭に関する書簡のことね)


 大方想定していた通りの内容だったので斜め読みし、手紙を畳んだ。


「さて、どっちから開けようかしら」


 神殿からのは大祝祭に関することかもしれない。それ以外にあそこと私個人が関わりを持つことはないから。

 魔法省からのはやはり魔力量についてだろうか。だとするならば少し厄介だ。


 数分悩み、魔法省からのを開けることにした。


「……ひゃあ!」


 封を開けた途端、手紙を起点にしてそよ風のようなものが発生した。その風は私の身体を優しく撫でるように駆けていく。最後にはそのまま空気に溶け、ポンッと音がしたかと思うと封筒が形を変えた。


「な……に? 指輪?」


 気が付けば中に入っていた手紙と、元は封筒だった金の指輪が手の中にある。

 指輪には白い真珠のような丸い石がはめ込まれていた。見た目は重厚で重そうだが、外見と違ってとても軽い。


「えっと……〝リーティア・アリリエット様、手紙を見る前に驚いたことでしょう。私個人としては驚いていただけるとひと手間加えた意味が出来て嬉しいですがね〟」


 手紙の最初の部分を読み、中盤を飛ばして最後に書かれている名前を確認する。


「──ルーキア筆頭魔術師ウィザ!?」


 大声を出してしまう。ウィザって、私の知っているあの、ウィザ様でいいのよね……。

 己の目を疑い、擦り、瞬きしては何度も同じ箇所を追う。

 直筆と思われるサインは、本に載っていたウィザ様のサインと同じだった。それにアナベルも皇宮の使者が届けに来たと言っていた。偽物とは思えない。


(ほん……もの?)


 まさか筆頭魔術師から手紙を貰うなんて。とても名誉なことで嬉しいが、こんな、唐突に、送ってこないで欲しい。心臓が持たない。もうバクバクだ。


 胸に手を当てて深呼吸をする。


「取り敢えず内容……」


 まだ大きく鼓動する心臓とともに畳んでしまった手紙を再び開く。


〝他人より多くの魔力を持っていることは大変なこともありますが、コントロールすれば素晴らしい魔術師になれます。魔法省の立場として言うならば、是非とも君が欲しい。

 だが、それはあくまで私たちの都合であり、魔法省に入職することを無理強いするつもりはありません。

 貴殿がどのような未来を選択するにせよ、先ずは一度、お会いしたいので空いている日程をお知らせください。

 アリリエット公爵にも同様の書簡を届けています。お会い出来る日を楽しみにしていますよ〟


 どうやら私との面会を希望する内容みたいだ。ウィザ様ほどの方であれば、問答無用で私を呼び付けられるのに、わざわざこんな手間をかけて下さるなんて。少しだけ申し訳なくなる。


 手紙にも書いてある通り、お父様宛にも来ているならばこの件はそっちで返答するだろう。なら、私ができることは無い。そう思って手紙を畳もうとしたら、もう一枚、紙が重なっていることに気がつく。


 不思議に思いながら二枚目を見ると指輪のことについて書かれていた。


〝封筒が指輪に変化したと思います。その指輪は私のところまで来るのに必要なのと、これから先、きっとリーティア嬢の役に立ちます。公爵宛の方にも書いていますが、着けておいていただけると〟


 最後まで目を通すと二枚目は霧となって空中に溶けてしまった。どうやら魔法で作られた紙だったらしい。


 早速指輪をはめる。しかし、サイズが大きすぎてどの指にもぴったりとははまらない。少し指を振ったら床に落としてしまいそうだ。


「お嬢様、何をなさっておられるのですか?」


 一人でどうすればいいか悩んでいると、アナベルが戻ってきたので、指輪のことを説明する。


「お嬢様の手はまだ小さいですからね。これ、大人サイズですし。うーん、あ!」


 閃いた! とばかりに一拍叩き、アナベルが笑った。


「何か思いついた?」


「ペンダントにすればいいのではないでしょうか。首から下げるなら、服で隠れますから」


「なるほど。ちょうどいいのあったかしら」


 衣装部屋を漁ればそれ用のがひとつくらい出てきそうだが、あいにくあの部屋に何があって何がないのか私は把握しきれていない。

 最低でドレスは百数十、装飾品でも数十個はあるので全部覚えているという方が無理な話だった。


「ありますよ。お持ちいたしますね」


 ティーカップに紅茶を注いだアナベルが衣装部屋に消えていく。

 数分後、彼女は茶色の革紐を手に持って戻ってきた。


「少し長いかもしれませんが、そこは後で調整すればいいかと。さあ、お試しください」


 言われてとりあえず革紐だけを首から下げてみる。違和感はないし、肌触りもいい。これなら無くさずに着けていられそうだ。


「よさそう。ちょっと長いから短くしてくれる?」


 首から外した私はアナベルに手渡す。


「勿論です。こういう加工作業を生業としている職人に指輪と一緒に注文しても?」


「それはちょっと……」


 アリリエット家お抱えの職人で手癖が悪い人はいないだろう。しかし私の手元から離れるのは少し心配だ。この指輪は単なる装飾品ではないから尚更。

 かと言って自分で加工することは出来ない。


 言葉を濁してしまった理由を悟ったのかアナベルは私に提案した。


「お嬢様の見ている所で指輪の型を取って、それを職人に渡しますか?」


「うん。それでおねがい」


「では、執事を通して手配しますね。私は他の仕事がありますので、一旦失礼してもよろしいでしょうか?」


「大丈夫よ。また後でね」


 頭を下げて部屋を出ていくアナベルを見送った。


 彼女の足音が聞こえなくなってから、指輪を丁度空いていたリングケースに仕舞い、目の前のアレに意識を戻す。


(最後の一通、今のうちに軽く目を通しておこうかしら)


 残っている蒼の封筒──神殿からのだ。

 

 一番の懸念材料は封筒から溢れ出る魔力。神殿からなら悪い魔法では無いはず……だけど。

 

 蝋を剥がす。異常なし、変化なし、魔力は変わらず漏れ出ている。

 枚数はこちらも二枚だった。一般的に手紙に使用される大きさのと、一回り小さい紙。


(うん。予想通りね。大祝祭のことが書かれてる。問題は────)


 手に握りしめた小ぶりの紙。どうやら魔力の発生源はこれのようだ。折りたたまれたまま光に透かすと幾何学模様が浮かび上がる。推測するに魔法陣の類だろう。


(なら、魔力を注がなければ発動しない……はずよね? 既に発動していて周りに影響を与えているものでは無さそうだし)


 うーんと唸りながら紙を睨みつける。


(考えていても無駄。見よう)


 意を決して開けば、そこには魔法陣が描かれていて、挟まれていたらしい紙切れがひらりと床に落ちる。


「これ、なに? 何の魔法だろう」


 見たことがあるようでない。似た描き方をするのは転移魔法だがそれにしては少し違う。


 すーっと陣の縁をなぞりながら、落ちた紙切れを空いていた片手で拾った。


(あれ、何か書かれて)


 目に飛び込んだのは見目麗しい筆跡。綴られていたのは──


「〝お時間がある時に同封されている魔法陣に触れてください。飛びますので〟──え?」


(私、今触れて)


 咄嗟に魔法陣が描かれた紙から手を離す。だがもう遅い。紙が床につく前に、私は為す術もなく光に包まれてしまったのだった。


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