episode45
「待って! 何処に行くのっ」
どんどん遠ざかっていくアリアに向かって叫べば、彼女は振り返った。
「え? 何処って外だよ。外の方が見つけやすいから」
さも当たり前かのように言った。
「……飛ぶの速いわ。もう少しゆっくり飛ん……で」
肩で息をする。開かれた窓から廊下に流れ込む風は、夏の気配が残っていて生ぬるい。ポケットに入っていたハンカチを顔に当てると、アリアは私の肩に戻ってきた。
「人間って飛べないの不便だよね。何で飛べないの?」
「……無理なものは無理なのよ。身体の作りが違うから。アリアだって他の精霊とは姿が違うでしょう?」
精霊はうっすらと透けているものからはっきりと実体があるものまで様々だ。アリア達妖精には羽がついているが、動物の容姿をした精霊等だと羽なしで飛んでいる。
「そうだけど……まあそれはどうでもいいとして、アリアの力はリーリーに貸すことができるから、飛ぼうと思えばリーリーも魔法無しで飛べるよ」
「えっ」
それは初耳で、思わず声が弾んだ。浮遊魔法は高位魔法に属していて、コントロールが難しいことから一年生では使うことが出来ないのだ。だから空を飛んだことが無い。 精霊達を見て空を飛べたらとても楽しいのだろうと想像したことはあるが。
「ふふふ! アリアは妖精中の妖精だからね」
なぜだかとても誇らしげに胸を張っているので、頭を撫でてあげれば嬉しそうに擦り寄ってきた。
「今からでも出来るよ」
すっかり彼女の中では私が空を飛ぶことになっているようだ。グイグイ引っ張られる。
「とても興味があるけれど……スヴァータを見つけるのが先だわ。また今度お願い」
この間にもクラスメイト達はスヴァータを探して構内を走り回っている。一応授業中であるし、勝手な行動をしてはいけない。
「そっか、残念。じゃあ宝石を沢山見つけたらクッキーくれる?」
「あげるわよたっくさん」
元から手伝ってもらう時点で、お礼に何かあげようと思っていた。クッキーはアリアのお気に入りで、中でもチョコレートが入った物が大好物。部屋に置いておくと、気付いた時には全部食べられていたりする。
「わーい! もちろんリーリーの手作りよ?」
「はいはい。アリアは美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ」
そう言って再びエントランスに向かって歩き始める。
「考えることはみんな一緒ね、混雑しているわ」
人数からしてどうやら第一学年全員授業変更のようだ。私のクラスよりも人が多い。
「うっわぁ、精霊も沢山いるね。波長が……」
アリアが私の首に縋り付き、私は人と人の間をすり抜け、ようやく外に出た。
「リーリー、フード被ってお願いだから」
「う、うん? 分かったわ」
意図が分からないまま言われた通り、ローブのフードを深く被る。太陽が遮断され、少しだけ視界が暗くなった。
「次にあっちに移動して」
指定されたのは今のところ人がいない薬草園の中。
「最後に右手貸して」
「はいどうぞ」
「ありがとう」
肩の近くに持ってくると、契約の際にできたアザ付近にアリアは小さな手を置いた。そのまま何かを唱え始める。
(神語……よね? 何でアリアが……)
つい最近──エルニカ猊下の時に聞いたからか、直ぐにどの言語が分かった。不思議に思ったが、精霊は神の元にいる生物だとされているので知っているのは当然なのかもしれない。
「──はい、終わり。2時間くらいは持続するよ」
アリアが私の手首から手を離す。いつの間にか、アザがうっすらと光っていた。
「何をしたの?」
「リーリーがね、スヴァータ? だっけ、それを見つけやすくしたの」
これ、疲れるんだよねーとアリアは私の掌に寝っ転がった。
「あとはヘレナ先生が隠しそうなところ行ってごらん。ひと目でわかるからぁ……」
ふわぁとアリアは欠伸をした。
「そう……なの?」
魔法を使ったように見受けられたが、何も感じない。唯一変化したのは、アザの光加減だ。
もう一度尋ねようとして手のひらを見れば、彼女は眠っていた。仕方がないので落とさないようポケットの中にそっと入れた。加えて寝心地が少しでも良くなるように、ハンカチを折って頭の付近に敷く。
(隠しそうな場所……どこ……)
数分その場で考えるが分からない。
「とりあえず薬草園に人はいないし、ささっと見てから移動しようかな」
どうせ他の場所には人がいる。先生方なら満遍なく均等にスヴァータを隠しているだろうと推測し、私は薬草園内を最初に調べることにした。
色んな植物が植わっている。畑のような一角を通り過ぎると次は大小様々な大きさの木。果実が実っているものがあれば、綺麗な花が咲いているものもある。
何度か授業で訪れたことのある場所を通り過ぎて、奥まで進む。
「うーん、スヴァータはなさそうね」
特に気になる部分はなくて、行き止まりまで来てしまった。そろそろ起きたかとポケットを見るが、アリアは熟睡している。これでは彼女から何もヒントを聞き出せない。困った。
(仕方がないわ。他の場所を探してみよう)
くるりと方向転換したその時、きらりと光る何かが視界を横切る。
「──蝶? にしては輝きすぎて眩しい……」
反射的に目を細め、手を光を遮る。ここから分かる部分ではごく一般的な、この時期に辺りを飛んでいる蝶々だ。
「もしかしてあれがスヴァータなの?」
目をこらす。何度見ても普通の蝶だ。ただし、おかしなくらい光っているのを除いて。
「アリアが言っていた、見れば分かるって光の加減の事かしら。それなら確かに一発で分かるわ」
問題はどうやって捕まえるかだ。素手は飛んでいるので厳しそう。魔法は力加減を誤ると宝石自体を破壊してしまうので除外。
(虫取り網があったような……)
来た道を小走りに少し戻る。
「あった!」
木にさりげなく立てかけられていた虫取り網を持って、蝶の所まで戻った。
「──えいっ!」
ぶんっと持ち手を持って振り下ろす。しかし、掠っただけで捕まえられていなかった。加えて何故か蝶の飛ぶスピードが上がる。
「失敗するごとにスピードが上がっていく仕組み?」
呆然としばしの間、蝶を見上げる。
(ヘレナ先生ならありえるわ)
ならば次で確実に捕まえなければ。
「アリアごめん。起きて」
ちょんちょんっと頬をつつき、ポケットを揺らす。
「んんんー? まだ寝るぅ」
言いながらアリアは羽を広げて空中を飛び始めた。
(ダメね。完全に夢の中にいるわ)
このままだと眠りながらどこかに行ってしまう。ジャンプして彼女を回収しようとしたら、急に方向転換して、手が空を切った。
「あっ」
「んあっ」
ゴンッと鈍い音がして、飛び回っていた蝶とアリアが激突する。
するとスローモーションでどちらも落下し始めた。
私は両手をお椀のようにして、慌ててその下に走った。
「ま、間に合った?」
一瞬アリアは目を覚ましたように見えたのに、また夢の中に入っていったようで、すやすやと寝ている。それに比べて一緒に手の中に入ってきた蝶──スヴァータはずしりと重い。
「取り敢えずアリアをポケットの中に」
起こさないように入れてから、目的の宝石に意識を向ける。
スヴァータは先程より若干光が抑えられていたが、角度を変えると七色に変化する。
「これは偽物ではないわよね? 見つけられて良かった」
思わず安堵したが、まだ一個目だ。最初のひとつを見つけるのに随分時間をかけてしまった。
(二個目を探しに行かないとね)
空いていたもう片方のポケットに滑り込ませ、虫取り網を元の場所に戻し、薬草園を出る。
途中、何人かの生徒とすれ違ったが、彼らは焦ったような感じで、奥から出てきた私に目もくれず走っていった。
◇◇◇
一度探し方のコツを知ればそのあとはとても簡単だった。とにかく〝眩しい物〟を片っ端から探せばいい。
落ちている髪飾りから、観葉植物の葉っぱ、木の実、それに石まで。
ポケットに入りきらなくなった頃、一学年の先生達が空間魔法を施した小物入れを生徒に配り始めた。それは見た目に反して沢山のものを収納でき、私が見つけたスヴァータを全部入れてもまだ余裕なくらいだった。
「これくらい見つければ最下位ではないわよね」
小物入れを覗き込みながら私は言った。ちなみに終了まであと少しの時間になったが、アリアは起きず、ポケットの中で寝ている。
「戻ろうっと」
あっちに行ったりこっちに行ったりしていたら、校舎から離れた庭園まで来てしまった。ここは一面芝生が生い茂っていて、昼休みになると寝っ転がって仮眠をとれる人気のスポット。
庭園の隣は森があるので上級生には授業のサボり場所としても有名らしい。
小物入れをポケットにしまい、歩き始めたその矢先。ブォンッと最近になってようやく聞き慣れてきた音が頭上でする。
(……魔法陣の音?)
不思議に思って上を見て、目を見張った。ポカンと口を開けてしまう。
「──座標間違えた! 落ちる落ちる落ちるー! 貴方避けてっ」
大きく展開された魔法陣は転移魔法その物で。役目を終えた陣が消えたかと思うと、快晴の空から人が落ちてきたのだった。




