番外編 リーティアの欲しいもの
「おはようリーティア」
「お父様おはようございます」
朝起きて、アナベルと一緒に食堂に降りてくればちょうどお父様が朝餉を食べているところだった。
お父様が座っている椅子に近づいて、チュッとリップ音を響かせながら頬に挨拶のキスをする。
「今日もよく眠れたかい」
「はい。ぐっすり」
ギュッとハグし、お父様の胸元に顔を埋めて私は答えた。
「そうか、それなら良かった。隣に座りなさい」
頷いて、アナベルが引いてくれた椅子に腰掛ける。すると直ぐに端に控えていた給仕のメイドが、コップに並々とジュースを注いでくれる。
コクコクと飲んで、コップを置けばお父様がこちらを見ていることに気が付いた。
「どうしました? お父様、何か変なところでもありますか……」
ネグリジェのまま食堂に来たことがいけなかったのだろうか。でも、いつもこの服装のまま朝餉を食べている。「はしたない」と叱られたことはないはずなのだけど……。
不思議に思って小首を傾げれば、お父様は首を横に振った。
「いいや。そういえばリーティアに尋ねてなかったなと思って。セシルは自分で言ってきたから」
「何がですか?」
運ばれてきた朝餉をちらりと見ながら返す。今日は白パンに炒った卵、カリカリに焼けたベーコンにポタージュ、蜂蜜がたっぷりかかったヨーグルト。
全てアリリエット家に仕えてくれている厨房のシェフ達が、一生懸命作ってくれた料理。出来たてなのか、湯気がほかほかと出ていていい匂いがする。
早く食べたいと思いつつも、お父様の話が終わるまで待とうとフォークを置いた。すると軽くお腹が鳴ってしまって私は慌ててお腹に手を当てた。
「食べながらでいいよ。構わずお食べ」
ふっと吐息をもらすように笑ったお父様は私に促す。
「──じゃあ……いただきます」
手を合わせてから再びフォークを持った。大人用に比べたら小ぶりのカトラリーは、まだ手が小さい私でも使いやすいようにと作られた特注品だ。セシルも模様違いでお揃いの物を所持している。
まず最初にベーコンを口に含んだ。厚みがあるそれに歯を立てれば、ジュワリと特有の肉汁が溢れ出る。
(美味しいなぁ)
もぐもぐと朝餉を口に入れていく私をお父様はずっと見つめている。じっと見られることにあまり慣れていない私は、その視線に少し居心地の悪さを感じる。
「おひょうさま、わたしが尋ねてこなかったとは?」
前半の方はまだ口の中に食べ物があったから上手く話せなかった。追加で注いでくれていたジュースを飲みながらもう一度尋ねた。
「リーティア今の季節は何だ?」
「冬ですね。昨日も雪が降っていましたし」
窓の方を見れば外側の窓枠にまだ雪が残っているし、外は一面銀世界。昨晩は吹雪一歩手前までいっていた。
ここに来るまでにすれ違った庭師達は、手袋にマフラーを首に巻き、体力のある人員とスコップを探していた。
あと、どこから手をつけるか話していた。きっと今日は雪かきをするのだろう。
「そうだよ。そして来週は何の日だ」
珈琲の匂いがして扉の方を見れば、メイドがコップに入った珈琲を運んでいた。お父様と私がまだ話をすると思って、外に控えていた執事あたりが気を利かせたのだろう。
お父様は礼を言って受け取っていたのを見計らい、先程の質問に答える。
「クリスマスですが……」
「クリスマスだ! クリスマスといえば?」
「…………」
何を言いたいのか全く分からない。
(なんだろう。教会への寄付とか?)
貴族として慈善事業には積極的に参加している。クリスマス用に別途で孤児院に届ける物も既にお母様と話し合って決めた。あとは梱包して送るだけだ。
グルグルと考えが行き詰まる。気が付けば険しい顔になっていたようで、アナベルに肩を叩かれた。
「──お嬢様。プレゼントですよプレゼント」
どうやら答えにちっとも近づかず、返答できてなかった私に助け船を出してくれたらしい。
「クリスマスプレゼントです」
アナベルが教えてくれたことをそのまま言った。
「正解!」
お父様の瞳がいつにも増して輝き始める。そして珈琲を啜って噎せていた。私は無言でそれを眺める。
「りっリーティア」
「はい、お父様」
ようやく復活したお父様は、紙ナプキンで口元を拭きながら私の名前を呼んだ。
「今年こそ何か……欲しいものは無いのか? セシルは今、人気のビスクドールが欲しいと言ってきたよ」
数秒の間思考が止まり、首が大きく横に傾く。
欲しい……もの? 私が……? クリスマスプレゼントに?
去年までの記憶を引っ張り出す。そういえば何故か毎年この時期になると、大人達に好きなものを探られていたような気がする。
クリスマスプレゼントなんて前世で貰ったことがなかった。だから何を頼めばいいのか分からず、自分からは言わなかった。
それに物欲も前世の一件で皮肉なことにあまり無い。自分の手元には何も残らないことが分かっていたから、同じ年齢の淑女達で流行っている物でさえ、欲しいとも思わず生きていた。
今世は幸せなことに、何も言わなくてもお父様達が考えたクリスマスプレゼントを貰えた。
加えて「メリークリスマス」と朝一番に言ってもらえる。
それだけで私の心は温かい感情で溢れていた。
だから両親にねだるという行為を、前世を含めて今世でも一度もしたことがなかった。客観的に見たら通常の子供とはかけ離れた態度だっただろうか。両親からしたら異質に見えたかもしれない。
それに比べて妹のセシルはおねだり上手。よく色んなものを買ってもらっていた。満面の笑みで買ってもらった玩具で遊んでいるのをよく目にする。
私に自慢してくることもあるが、妬ましいとは思わない。むしろ天使みたいな愛らしさで可愛いなぁと感じるだけだった。
「──ないです」
お父様が尋ねているのは私だったのでちょっと真面目に考えてみたが、思いつかない。
「ほら、少しくらいあるだろう?」
「じゃあ紙が欲しいです」
消耗品だ。有り余っていてもいつかは使い切ってしまう。あればあるほど助かる。来年には学校に入学するし、何かと書く機会が増えるだろう。
「そんなもの。いつでも買ってあげるさ。却下だ」
お父様の最後の言葉に何故か周りの使用人達も大きく頷く。
(えぇ……どうしよう)
でも欲しいものなんてない。今の生活だけで前と比べものにならないくらい私は幸せだし、満たされている。
「ほら、宝石とかドレスとかあるだろう?」
(……沢山持ってるもの)
私専用の衣装部屋には前世ではありえない、夢なのではないかと思うほどたっくさんのドレスや宝石、アクセサリーが収納されている。
それはお父様やお母様が何でもない日でも買ってくるからだ。
あれもこれも「リーティアに似合うわ」と私が強く出ないのをいいことに次から次へと……。
一度だけもういらない。こんなに着られない。と言ったことがある。
私からすれば勿体ないし、お金の心配をしてしまったのだ。しかしどうやらこれでも他の家に比べると少ないらしかった。
──他の貴族家はどのぐらい衣装や装飾品にお金を費やしているの……。
他人に興味がなかったというか、親しい関わりがなかったので、同爵位、同年代の人の関心興味に疎いのは薄々気が付いていた。それでも教えてもらった時は呆気に取られた。
「──じゃあ花壇を広げたいです」
「言わなくても広げていいよ」
捻ってようやく絞り出した案も即座に却下されてしまった。振り出しに戻る。
セシルはビスクドールを頼んだとお父様は言った。私もそれにしようかと考えてみる。しかし、私はお人形遊びをしないし、それ用の人形は既に自室にある。これ以上増やしても宝の持ち腐れだ。
「──旦那様、そろそろ」
執事がお父様の耳元で囁いた。食堂に壁掛けの時計を見ると、普段お父様が出仕する時間になっていた。
いいタイミング。これで今、お父様の質問に答えなくても大丈夫だろう。私はほっと安堵する。
「そうか……リーティア、何か欲しいものができたら教えて欲しいな」
ひどく残念そうにお父様は席を立ち上がって、まだ座っていた私の頭を優しく撫でる。その手が少しくすぐったくて目を一瞬瞑る。
両親からのスキンシップを受けると、心がぽかぽか温かくなってこそばゆい。前世では感じたことがない不思議な感覚だ。だけど嫌だとは思わない。むしろもっと欲しいな……と思ってしまうのは欲張りだろうか。
「はい。お仕事頑張ってくださいませ。お見送りします!」
お父様は1人で出ていこうとしていたが、私も食べ終わっていたので一緒に食堂を出ることにした。
朝餉の感想を聞きに来たのか、シェフがちょうど中に入ってきたので、美味しかったと伝えた。すると「よかったです」と嬉しそうにシェフは言った。その表情につられて私も笑顔になる。
「そろそろセシルが起きてくる頃かな」
エントランスに着き、執事からコートと手袋を受け取ったお父様は独り言のように呟いた。
「おそらく。エマがセシルお嬢様を起こしに行きましたので」
ならじきに起きてくるだろう。そのうち私より少し高い声が屋敷に響き渡る。
そもそも私の朝が早すぎなのだ。過去は朝起きるのが苦手だった。けれどいつの間にか、というか皇宮で睡眠時間を削って書類を捌いていたからだろう。平均と比べたら短い時間で目が覚めてしまう。
子供が夜更けまで起きてはいられないので、必然と就寝時間が早くなり、その分朝も早いのだ。
そのせいで、私付きの侍女──アナベルは日が昇らないうちに起きなければならなかった。文句や不満は聞いたことがないが、あくびをこらえている姿を多々見かける。
申し訳ない……と思いつつ、長く眠るのは悪夢を見てしまいそうで、怖くてできそうもなかった。
「見送りありがとうリーティア。今日こそは……夕餉で」
「期待しないでおきますね」
にっこり微笑んで言えば、お父様は複雑な表情をしていた。
いつも。いや、口癖のようなものだ。お父様の夕餉までには帰ってくるという言葉は。1年間で有言実行されたのは片手で数えられるほど。お母様は既に諦めているし、期待していない。
皇宮に出仕しているお父様は文官の中でも上に立つ者で、仕事量がこの上なく多い。それは一介の文官と比べ物にならないほど。それでもギリギリ捌ききっているのだから、お父様は優秀な人材なのだ。
だからとんとん拍子で出世したらしいし、部下からも慕われている。皇帝陛下にも気に入られ、重臣として国の中枢を担っている。
馬車が出ていくのを執事とアナベルと見送った後、部屋に戻った。
◇◇◇
暖炉の前で本を読んでいるとコンコンコンッと扉を叩く音がした。
「はーい、私はいるけど……誰?」
「だーれーでーしょう!」
その声だけで誰か分かってしまった。自分より少し高音。それでいてまだ舌っ足らずな話し方。私は彼女に少し乗ってあげることにした。
「うーん分からないなぁ」
自分で言っておいて、可笑しくて笑ってしまう。隣に控えていたアナベルは微笑ましそうに扉を見ていた。
「ほんとに?」
扉越しに声を掛けられる。
「ほんとに分からないわ。だれかしら? 中へどうぞ」
不思議そうな声色を出して、室内に入るよう促した。
「ふふふっじゃーん! セシルでしたあ!」
ぴょんっと飛び跳ねるように、セシルは扉から顔を覗かせた。亜麻色に近い金髪は青のリボンでツインテールに結われていた。
「おはようセシルとエマ」
「おはようございますお嬢様」
扉を閉めたのはセシルではなくてエマだった。
「口元が汚れているわよ」
持っていたハンカチでセシルの口元を拭く。どうやら朝餉を食べて直ぐに来たみたい。服装もネグリジェのまま。頭だけ整えたみたいだった。
「おねえさまありがとう」
「どういたしまして」
セシルは私が座っていた隣に腰掛けた。ぼすんっと音がして、一瞬身体が沈む。
「先に着替えてきたらどう? その格好寒いでしょう?」
ブランケットにすっぽり包まっている。ここにまだ居るつもりならもっと暖かい服装になった方がいい。暖炉の火を消すつもりはないが、下手したら風邪をひいてしまう。
ぶらぶらと足を空中に彷徨わせながらセシルは暫く考えたあと口を開いた。
「その前におねえさまにお願いがあって来たの」
「なにかしら」
「今日はひま?」
顔を覗きこまれながら爛々と輝く瞳が向けられる。
「用事は何もないけど……」
「あのね。いっしょに街に行きたいの! ほら、クリスマスの時期だから街全体が飾り付けられてるってシェリーが言ってたのよ」
シェリーというのは最近セシルと遊んでいる伯爵家のご令嬢だ。仲がとてもよくて、妹と話しているとよく話題に出てくる。
「私と行きたいの? お母様じゃなくて?」
「うん。私に任せられた任務なの。おねえさまを外に連れ出す任務」
任務……? どういうことか分からないが、何かのごっこ遊びだろうか。
チラリと傍に積み上げられた本の山を見る。これらは今日読もうとしていたものだった。
(妹の方が優先度高いわよね。本はいつでも大丈夫だし)
「──セシルがお姉様を連れて行ってくれる?」
「うんもちろん! そうと決まったら着替えてこなきゃ」
セシルのブランケットが翻って空気を包む。
小走りに扉の所まで行って、そのまま廊下に出ていった。
「エマ! 行くよ! 早くはやく!」
一度戻ってきて、顔だけを出してまだ室内にいたエマを呼ぶ。
「すぐに行きます! 屋敷内を走らないでください。転びますよ」
セシルを追いかけて外に出ていく。エマのきっちり三つ編みにされたお下げが、視界の中で揺れた。
「お嬢様、私達も支度をしましょうか」
「ええ。早くしないとセシルが拗ねてしまうわ」
あまり外出しない私が外に行くということで、アナベルは嬉しそうだ。既に浮き足立っているし、スキップしながら衣装部屋の扉を開けている。
きっと普段着ない外行き用の服の中でどれにしようか悩んでいるのだろう。あれでもない、これでもない。という声が聞こえてくる。
「お嬢様! どちらがいいですか」
アナベルが持ってきたのはどちらも厚手だが、色が違う服だった。
「左がいいわ」
緋色と梔子色。私が選んだのは梔子色だった。そちらの方が落ち着いた色合いだと思ったからだ。
アナベルに手伝ってもらって手を通す。そして髪の毛をもう一度整えてもらった。
準備が終わって、エントランスに行けば執事がケープコートと手袋を持って待機していた。受け取って着ける。そんなことをしていれば直ぐにセシルとエマが階段を降りてきた。
セシルの言っていた場所までは馬車で十数分ほど。少しおしゃべりをしていればあっという間だ。
御者が扉を開けてくれて外に出る。
馬車の外に出ると、全身を寒さが包み込む。無意識に身体が縮こまる。
ざわざわと会話が聞こえてそちらの方を見れば、近くに黒いマントを羽織った数人の男性がいた。
(ああ、魔法省の方ね)
ここの道は交通量が多い。だから渋滞を起こさない為に彼らが魔法で雪を溶かしたか、移動させたのだろう。おかげで馬車でここまで来れた。心の中でお礼を言って、セシルと手を繋ぐ。
「飾りってイルミネーションのこと?」
吐く息が白い。溶けてない雪の上を歩けばサクサクと音がする。
「んっとね。おーきいクリスマスツリーがあるんだって!」
私を引っ張るように前を進むセシルはにっこりと笑った。
「そう。あれのことかしら」
右に曲がって、私がすっと指したのは、3階建ての建物ほどの高さであるもみの木。
星、紅白杖、電飾の明かり、色とりどりのボールなどが飾り付けに使われている。
「たぶん! でもね、あそこに行く前に寄りたいところがあるの」
道の端の方を歩きながら、セシルはキョロキョロと両隣にあるショーウィンドウを見る。ここは街の中心部付近。クリスマスツリーがある場所は広場になっていて、そこから四方に伸びる大通りには沢山のお店が軒を連ねている。
時間はたっぷりあるし、セシルの行きたいところに行けばいい。私は黙って着いて行った。後ろにはつかづ離れずの位置でアナベルとエマがいる。
「あった」
セシルがお店の扉を開ける。カランコロンと取り付けられていたベルが軽やかな音を鳴らす。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか」
店員に声を掛けられる。
「…………わたし、お人形用のお洋服が欲しいの。可愛いやつはあるかしら」
「こちらにありますよ。ご案内します」
小さな客人に店員は一旦腰を低くして目線を合わせた。
「おねえさまは好きなの見てて? ちょっと行ってくるから」
「えっセシル……?」
小走りに店員に着いていく妹を見届けることしかできなかった。アナベルと2人、入口のところで呆然と立ったままだ。
(別にいいのだけれど……唐突すぎて……置いてかれても……)
入口にいるのは邪魔なので仕方なく棚の方に移動する。どうやらここは子供用の玩具や洋服等を置いてある店らしい。目の前の棚には赤子用の積み木やおしゃぶりが。次の棚には今の時期にピッタリの毛糸の帽子が。
そんな中、目に止まったのはテディベア。自分の身長よりも大きい。クリスマスということで、おめかしされているのか蝶ネクタイをつけている。
そっとテディベアの手をつつく。柔らかい素材で作られていて指先がすっぽりと沈む。ふにふにと触るだけでは飽き足らず、ぬいぐるみの手を両手で包む。手触りもとてもいい。
(かわいい。家にあったらギュッってしただろうなぁ)
「お嬢様、そのテディベアを気に入ったのですか?」
「っ!」
隣にアナベルがいたのをすっかり忘れていた。驚きで肩が上下する。パッとぬいぐるみから手を離した。
「うっううん。違うわ」
咄嗟に嘘をついてしまった。彼女の言うとおり、多分私はこのテディベアを気に入ったのだろう。現にアナベルがいるのを忘れて、テディベアに魅入っていた……。
(私らしくないわ。いつもはこんなに関心が向かないし……可愛いとは思うけれど見蕩れることはなかったのに)
朝、お父様と話していたからだろうか。もし、今からでも言えるのならばクリスマスプレゼントにこれがいいかなと思ってしまった。
そう思っても、私はやっぱり両親にねだる行為ができそうにない。だからこれがプレゼントになることもありえない。
ちょっと寂しく、悲しいような──残念な感情がうまれた。
「おねえさま……?」
アナベルの後ろからセシルが顔を出す。
「せっセシル、用事は終わったの? 人形の洋服は買えた?」
「いいのなかったからやめたわ」
ふるふると首を横に振る。
「……なら、なんでそんな嬉しそうなの?」
「ひみつー! 後はお姉様をクリスマスツリーまで連れていけば任務完了なの!」
まるで今にも鼻歌を歌い始めそうだ。頬が上気している。
手を取られ、引っ張られる。そのままお店を後にする。
「とうちゃくー! どう?」
クリスマスツリーに近づくにつれて人が多くなった。アナベル達とはぐれぬように気をつけながら、最前列までやってきた。
「──とっても綺麗ね。見に来たのは初めてだけど、今まで知らなかったのが勿体ないくらい」
日が傾き始め、夕暮れが訪れ始めていた。オレンジ色に染まりつつある空とクリスマスツリーはとても合っている。夜になれば電飾や周りの明かりが灯るからもっと幻想的になるのだろう。
「リーティアお嬢様、セシルお嬢様、そろそろ屋敷に戻りませんと」
着けていた懐中時計を開いて、アナベルが言ったので私達は公爵邸に戻ったのだった。
◇◇◇
「お帰りなさいませお嬢様方」
出迎えてくれた執事に外套を渡して、冷たくなった手に息をかけた。じんわりと手が暖かくなる。
「リーティアお嬢様、先に戻っていてください。温かい紅茶を用意します」
「ありがとう。じゃあ先に部屋に戻るわ。セシル、また夕餉で会いましょう」
「うんまたあとで!」
階段を昇って、私は自室へと続く廊下を進んだ反面、残ったセシル達は────
「ねえ、ちゃんと店舗のメモした?」
セシルはアナベルに尋ねた。
「バッチリです。うまくいってよかった。旦那様もこんな回りくどいことをしなくても……」
安堵の息を吐いたのはアナベルだった。その手にはメモが握られている。
『──お嬢様はテディベアを欲しそうにしてました。これならきっと喜んで貰えると思います』と。
「むりよ。おねえさま誰にも言わないもの」
というか顔に出たのも珍しかった。セシルは全部見ていた。店員と一緒に奥に行ったと見せかけて、戸棚の影に隠れていた。
「でもよかったあ。私の任務完了ね! あとはお父様に渡すだけ」
遠慮しているのかプレゼントをねだらないリーティアが本当に欲しいものは何なのか。
それが知りたかった両親は妹のセシルとうんうん唸って、一つの案に辿り着いた。
──尋ねても教えてくれないならば、彼女が興味を持ったものを見つけて買えばいいと。
あのお店に行くまでは不安だったが、リーティアはひとつのテディベアに関心を寄せたようだった。ずっと見てたのだから間違いない。あれこそ彼女の欲しいものだ。
様子を窺っていたアナベルはすぐさま忘れないように紙に書いた。それが今手元にあるメモだ。
きっとこれなら彼女は喜んでくれる。
セシルとアナベルは早く公爵が帰ってこないかと心待ちにしていたのだった。
◇◇◇
「メリークリスマス! おはようリティ」
「お母様、お父様おはようございます」
「おはようリーティア」
クリスマスの日、朝起きてガウンを引っ掛けながら階下に降りていけば、お父様とお母様は既にテーブルについていた。
どうやらお父様も今日はお休みらしい。いつもなら出仕している時間だが、のんびり紅茶を飲んでいた。
セシルも私の後に続いて中に入ってきて久しぶりの家族団欒の朝餉になった。
朝餉を食べ終わった後、家族みんなで談話室に移動する。これは毎年恒例で、談話室の中に置かれたクリスマスツリーの下に私達へのクリスマスプレゼントが置いてあるのだ。
セシルは待ちきれないようで、ひとり先に走っていってしまった。慌ててエマが追いかけていく。
(結局、伝えなかったけれど何を貰えるのかしら)
去年は名前入りの万年筆、一昨年はドレス。どちらも勿体なくてそのまま保管している。
両親から貰えるものは大体恐れ多くて、消えてしまいそうで、夢のようで、使わずに眺めているだけ。それだけで満足していた。
談話室の前まで来て中に入る。ぱちぱちと音を立てながら燃えている暖炉とクリスマスツリーが視界に映った。
セシルは包装紙に包まれた長方形の箱を抱えていた。タグには彼女の名前が綴られている。
「ねえ! 開けてもいい?」
抱え込んで今か今かと待っていたのだろう。瞳を爛々と輝かせている。開けたくてたまらなそうだ。
「もちろんよ」
「やった! ありがとう。おとうさま、おかあさま」
綺麗に包装を破けず、ビリビリにしながらセシルは箱を取り出した。両親が微笑ましそうに見守っている中で中身を開ける。
「これ欲しかったの!」
ビスクドールを胸に抱きしめながら駆け寄ってきたセシルは、両親の頬にキスをした。
「喜んでくれて嬉しいわ」
そう言ってお母様はセシルを抱き抱えた。
「リーティア」
「はい」
両親の傍に立ったままで、プレゼントの方に行かない私が不思議だったらしい。お父様に声を掛けられる。
「リーティアの分もあるよ。ほらあそこに」
言われて、視線を向ける。まだクリスマスツリーの下には包装された箱が沢山あった。両親以外にもお爺様やお祖母様から私達に贈られた物もあるから。
「ええ、後で部屋で開けようかと」
「うれしくないのか?」
悲しそうに見つめられて、心が締め付けられた。
「違います! 嬉しいけど……」
(ここで開けたら幻になってしまいそうなんだもの)
今年も貰えるという安堵と嬉しさと。
やっぱり夢なのではないかと思ってしまう疑念。
幸福を感じれば感じるほど、脆く崩れてしまう心配が、私を覆って怖くなってしまうのだ。
自室で心を落ち着かせてプレゼントを開ければ現実だと実感できて、払拭されると思った。だから部屋で開けると言ったのだ。
それに嬉しくてきっと頬が緩んでしまう。そんな姿を何故か両親には見せたくなかった。
「そうか……アレをリーティアの部屋に運べ」
「わかりました」
お父様は執事に指示した。しばしの間を置いて、隣の部屋から何か大きなものを動かす音がする。
「移動が終わりました」
10分くらいで執事が戻ってきた。冬なのに額には微かに汗が浮かんでいる。
「ありがとう。じゃあリーティア、一緒に部屋に戻ろうか」
「え? ひゃあ!」
次の瞬間、視界が高くなる。お父様の顔がとても近い。ぐらりと身体が不安定に揺れて、反射的に腕をお父様の首に回した。
「たまにはいいだろう。セシルはよく抱っこするが、リーティアはしないから」
私は真っ赤だった。多分熟れた林檎より赤い。熱い。
この歳にもなって……抱っこされるとは! ──周りから見たら11歳だけど。中身は違うのだ。
お父様の心臓の音がする。早鐘を打つ私のとは違ってトクトクと規則正しい。
「あっ歩けましゅ──っ!」
頭の中がぐちゃぐちゃで語尾が変になってしまった。ハッと口を塞いでも遅い。お父様は聞き取っていたようで、笑い声をあげた。
「あのっその! わっ忘れてくださいお父様」
失態でしかない。
「──子供らしいところを見れたのに忘れるわけないさ」
お父様はそのまま私を抱えて外に出た。オマケに髪を撫でられる。真っ赤な顔を誰にも見られたくなくて、私は頭をお父様の胸に埋めた。
「さあ着いたよ」
ようやく降ろされたのは自分の部屋の中。恥ずかしくて顔を上げられそうにもない。
「リーティア奥を見てごらん」
お父様は私に合わせるように屈んだので視線が合う。くるりと体を回されて、寝台の方に目が行った。そこにあったのは──
「なんで? あそこにあったはずなのに」
小さくつぶやく。寝台の上に乗っていたのは大きなテディベア。
あの日のように指をぬいぐるみに沈める。手をふにふにと握る。手触りは柔らかい。
「気に入って──くれたかい?」
振り向けば不安そうにこちらを見たお父様がいた。
この時点で私はなぜテディベアがここにあるのか予想がついた。セシルの〝任務〟というのは、私のクリスマスプレゼント関連のことだったのだろう。
(全部私のため……)
そう考えると、際限なくこんこんと内側から温かいものが湧き出てくる。
──今日くらいは他の子と同じように、小さい子供のように、素直な気持ちを表に出して……いいだろうか。
嫌な記憶を全て忘れて、幸せだけに──浸っても。
靴を脱いで寝台に乗る。ぬいぐるみを後ろから腕を回して、ギュッと抱きしめる。横から顔を出す。
「はい! とっっっても嬉しいです!」
自然に声がはずむ。頬が緩む。笑顔がこぼれる。
私の言葉にお父様は安堵と嬉しさと。その他様々な感情を混ぜたような表情をした。そして寝台の方に近付いてくる。
(そうだ。今日なら素直に出来る気がする)
「ありがとうございますお父様、大好き」
顔に手を当ててチュッと頬にキスをした。私がこのような行動にでるのは珍しかったのか、一瞬お父様はポカンとする。
「…………どうやら私の方が娘からクリスマスプレゼントを貰ったようだ」
呟かれた言葉は私には聞こえなかった。
両脇に手を入れられて、再びお父様の胸の中に収まる。
そしてお返しとばかりにお父様は私の両頬に優しいキスをした。
そんな私達の姿を物音ひとつ立てずにずっと見ていたお母様とセシル。
2人の視線に気がついて、顔を真っ赤にしたのはまた別のお話だ。




