episode31
「ところで、お二人は何をお話ししていたのですか?」
「リーティア様は恋愛に関して冷めているという話です。アイリーン様もそう思いません?」
アイリーン様はエレン様の話を聞いて口元に手を当て、目じりを下げた。
「そういう事ですか。私としてもリーティア様はもう少し関心をお持ちになってもいいかと思いますよ」
「アイリーン様まで……」
「リーティア様は冷めていると言うよりも、最早聞きたくないような雰囲気を出していることがありますので。その変化は微々たるもので他の皆様は気づいていらっしゃらないようですけどね。五年お付き合いさせていただいている私でも気づくか気づかないくらいですもの」
「……聞きたくない訳では」
そんな雰囲気だった? 確かに、恋愛関係の話になると心が無になることが多々あるけど、何か尋ねられたらちゃんと応えているし、一応ずっと微笑むようにしている。それに、聞きたくないとは思ったことも無い。
私は私、人は人。彼女達は私とは違うんだろうなと思っただけ。これに関しては前世のことがかなり影響している。
「とにかく、そんな風に感じただけです。どうしてリーティア様がそのようになるのかは私には図りかねますけどね」
「二人がそう感じるなら、きっと気付かないだけで自分はそう思ってるのかもしれません。関心、持つようにしますね」
今のところ恋愛面は全くと言っていいほど関心がなく、これからも持つつもりは無いが、出来る限り明るい声で答える。
「話は変わりますけど、学園入学した次の日に新入生は精霊を召喚しますよね。二人はどのような姿をした精霊と契約を結びたいですか?」
私は話題をずらす。
今世では何やら精霊というのが存在していることを本の中で知った。この世界で魔力がある者であれば誰でも精霊と契約が出来て、精霊の力を借りられる。契約するには規定の魔法陣に魔力を注ぎ精霊を召喚する必要がある。
ただし、学園に入学した者以外が召喚するのは禁じられている。なぜなら魔法の使い方が分からない人が精霊と契約を結ぶと、その魔力をコントロールしきれなくなって事故を起こすから。
精霊はこの世界を飛び回っていて見ようと思えば見えるのだが、精霊を見えるようになるには最低一人の精霊と契約を結ばないといけない。
因みにお父様は動物、お母様は妖精の姿をした精霊と契約している。両親が独り言を言っている時は大体精霊と話しているときだ。それを傍でずっと見てきた私は、早く精霊が見えるようになりたくてたまらなかった。それがようやく明日見えるようになるのだ。
加えて両親の契約している精霊の姿が違うように、精霊の姿形は個々に違う。動物の姿から小さい人間の姿等様々。自分にはどのような精霊が現れてくれるのか、とても楽しみだ。
「私は小動物がいいですわ。あの小ささが可愛いので。アイリーン様は?」
「そうですね。もふもふの子がいいです。もふもふしている物が好きなので。リーティア様は?」
「私は妖精の子がいいですかね。お揃いでリボンとか着けてみたいので」
お母様は精霊に花飾りや髪留めを作ってあげたりしているらしい。もし、私にもお母様が契約している妖精の子が来てくれたらそんな風なことをしてみたいなとずっと思っている。
「成程……あら、殿下が来たようですね」
ドアが開く音がしてクラス中の視線がドアに向く。
中に入って来たのは女子とは色違いの青色のローブマントを着たアルバート殿下。一瞬だけ天色の瞳がこちらに向いたような気がした。
殿下は席順を見たあとこちらの方に足を向ける。その後に続く令嬢達を連れて。
「お邪魔になりそうなので私、席に着きますね」
それを嫌な物でも見たかのように眉を顰めたアイリーン様は、そそくさと席に戻っていった。
「アイリーン様はあのような取り巻き、好きではないですからね。私も好きではないですけど」
エレン様は私の一つ手前の席なので座りながら私に話しかける。
「この席……お昼休みが煩くなりそうですね」
私が不安な事を呟くとエレン様はこくりと頷いた。
あの令嬢方はアルバート殿下の周りを囲むだろう。だって、アルバート殿下は気にしていないけど後ろから追いかけている。そうなればお昼休みはきっとここの席は令嬢方に取り囲まれる。
お昼休みはどこか落ち着けて静かに居られる場所を探した方がいいかもしれない。
そういえば……学園の図書館は国一の蔵書数を誇っていて外部の人も身分を提示すれば使えると言っていた。
(図書館なら静かだし、様々な書物が読めるから私には合っているかしら)
よし、明日行ってみよう。新しい書物とまだ知らない知識を知れることを想像して無意識に口元が緩んでしまう。
「……君はそんな風に笑うこともあるんだな」
「え?」
机に落ちる影と声に気づき、目線を上にあげる。するといつの間にかここまで来ていたアルバート殿下が私を見ていた。
「アルバート殿下、何か仰いました?」
「何も。一年間隣の席よろしく」
首を横に振り、それだけ呟くとアルバート殿下は自席に座った。
(一瞬瞳が揺れたのは気のせいかしら……?)
少しだけ気にかかったが、見間違いかもしれない。今世の殿下はよく知らないから。それよりも──
「一年間? エレン様、席替えは無いのですか?」
この席に一年間? 冗談じゃない。てっきり席替えがあるもんだと思っていたから、そこまで頑張れば席を変えられると思っていたのに!
「てっきりリーティア様は御存知だと思ってました。席替えは学年が上がるまでないですよ」
「そ……う……ですか」
あぁだからあんなに皆の視線が痛かったのだ。少しだけ先程のことに納得する。
「はい、皆さん席に着いてくださいね」
パンパンと手を叩く音と若い女性の方がクラスに入ってくる。
「私、アクィラの担当教師になったヘレナ・メルディスです。得意な属性は水。明日から魔法関連の授業を全て受け持ちます。よろしくね」
鳶色の瞳に長いブラウンの髪をひとつに編み込み、丸縁のメガネ、朗らかで優しそうな女性。というのがヘレナ先生の印象だ。
「という訳で、今日は机にある書類類を持ち帰ることと私の紹介だけなので終わりです。保護者の方が待っている講堂まで案内するから着いてきてね」
そう言って颯爽とドアに向かうヘレナ先生。多分ここにいた生徒皆が思ったと思う。
それだけ? と。
「リーティア様、行きましょうか」
「ええ」
ノロノロと立ち上がると他の人も書類を纏めて持ってきていたバッグに入れ、ヘレナ先生を追いかけて講堂に向かう。
向かう最中、何処からか視線を感じて辺りを見渡すと前から歩いてくる一人の子息と目が合った。
(誰かしらあの方は。見たことがない方だわ)
────笑ってる?
薔薇柄のステンドグラスから降り注ぐ光の逆光によってよく見えないが、笑っているように見てとれる。
「リーティア様、そっちでは無いですよ!」
「あっ」
エレン様に声をかけられた方を見ると、一緒に講堂へ向かっていた方達は左に曲がっていて、私はそのまま直進しようとしていた。
慌てて左に曲がると、視線が合った子息は壁に隠れて見えなくなる。
……黒髪だった。黒髪の方には会ったことがない。珍しい髪色だ。
そう思いながらすぐ正面に見えた講堂の中に私は入って行った。
◇◇◇
「────やっと会えた。リーティア・アリリエット」
ポツンとたった一人廊下に佇む少年は穏やかな笑みを浮かべ、それだけ発すると忽然と姿を消した。




