episode28
何故測定は失敗してしまったのか、己の左手首をふと見てみると、くっきりとノルン様のあざが光を放っていた。
いつもはこんなに光っていない。このぐらい光っていたのはノルン様と会って間もないくらいまで。ということは、ま、さ、か……思い浮かんだ一つの事を確かめるためにポケットを漁る。
ポケットから出てきたのはブレスレット。それをすぐに左手首に着けると放たれていた光が収束した。
ここから推測するに、私が元々持っていなかった分の魔力がブレスレットを外したことによって、水晶玉に注がれたのだろう。
(ノルン様、ブレスレットずっと着けてないといけないって言ってくれればよかったのに。だけど、ブレスレットは外してくれと言われたし、先程のことは回避出来なかったかも……)
私は行きどころの無いこの感情を発散させる代わりに、軽くブレスレットを睨めつけ、部屋の中に入った。
パタンと閉じられた扉。私は魔術師様に促されて既に座っていたお父様とお母様とは別の場所に腰掛ける。
「申し訳ないのですが公爵令嬢の手を貸してもらってもいいかな?」
「は、はいっ構いません」
魔術師様は私が座った途端すぐに尋ねてきたので驚いてしまった。ほんの少し不安が残るものの手を差し出す。
「──鑑定」
魔術師様が詠唱したが何も起こらない。鑑定魔法ということは……私の魔力を測っているの? それならさっきだって……と疑問に思いながらもされるがままになる。
「……これは。おい、君も一緒に唱えてくれ」
「それ程なのか? 公爵令嬢、私も手首触らせてもらいますね失礼致します」
「それはいいですが、一体何を?」
二人の険しい表情に不安を駆られた私は何をしているのか尋ねる。嫌な予感しかしない。
「貴女の魔力量が水晶玉では計れなかったため、私の魔力を直接注いで計ろうとしたのですが……私一人の魔力では弾かれてしまいました。なので二人分の魔力で計ろうと思います」
早口に捲し上げると返答をする間もなく魔法を再び唱え始める。
「では、失礼致します」
「「鑑定!!!」」
魔術師様が再び唱えると私の周りに風が発生し、髪が上に巻き上げられて周りが見えなくなる。
それはほんの数秒で直ぐに収まったが、辺りを見るとお父様とお母様はソファに座ったままで目を大きく開けながら固まっており、魔術師様は────尻もちをついていた。
恐らくお父様とお母様は驚いているだけだから大丈夫。問題は魔術師様達だ。見たところ目に見えた怪我は無いようだけど……。
怪我がないか不安になっている私を他所に、魔術師様は何やら思案している。加えて髪が上に巻き上げられる程の風が発生したのに周りにある家具や書物は何ひとつ欠けていないようだ。
「この魔力量は……魔法省に欲しいですね」
「魔法省ですか!?」
思わず魔術師様の独り言に聞き返してしまった。
魔法省とはその名の通り魔法を使える魔術師が入職する場所。仕事としては帝国の防衛、宮の警備、そして皇族一人一人に魔術師が配属されているらしい。
何も知らない人からしたら素晴らしいエリートコースまっしぐらなのに、魔法省はいつも人手不足を理由にして魔術師を欲しがっている。
何故なら魔法省としては魔術師はいればいる程その国が強くなるので出来るだけ人材が欲しい。しかし、魔法省に就く魔術師様には激務が多くて、なりたいと思う人が少ないんだとか。
そのため、魔力が多い貴族はあまり行きたがらない。親の爵位を継ぐ嫡男以外の子息達は文官になるか、一人娘しか居ない貴族の所に婿入りしてしまう。
女性は何か曰く付きの理由がない限り嫁いでしまうのでこちらも入職しない。
──魔術師になって魔法省に入る。
そんなことを考えたこともなかったが、その線もいいかもしれない。自分的には魔法を使わずにどこか遠くに行こうかとも思っていたけど、魔力量がバレてしまったならそれを他の人のために使うというのも個人的には好きだ。
「魔術師様、娘の魔力量は一体どれくらいなのでしょうか? それとも何か悪いことでも?」
ようやく復活したお母様は私の魔力量が気になるようで、恐る恐る魔術師様に尋ねている。
「公爵夫人、何も心配することはありません。逆にリーティア様は素晴らしい魔力を保持していらっしゃいます。そうですね私の分かる範囲で例えるならば……この国の筆頭魔術師と同程度、もしくは優に超える量です」
「筆頭魔術師でおられるウィザ様よりもですか……?」
「あくまでも可能性の範疇ですがね」
────筆頭魔術師。
それはこの国一番の魔力量と魔法を駆使する魔術師のこと。普段は皇宮内で仕事をしていて、戦争や防衛のために他の魔術師様のように前線に立つことはない。
なぜなら何処にいても指一本で魔法を飛ばせるし、大量の魔力を消費する転移魔法も簡単に行使出来るからだ。
今代のウィザ様は翁と呼ばれる程お年を召しているが、その地位と実力は確固である。
お母様はまさか自分の娘がそれ程だとは思っていなかったようで、驚きで頭が働いていない。首が横に傾いている。
まあ、お母様自身も一般から見れば魔力量が多い方だが、貴族の中では中間くらいに位置していたはず。
自分が産んだ我が子が、膨大な量の魔力を持っていると思うはずもなかったのだろう。
それにお父様も公爵家であれば普通くらいで、到底筆頭魔術師並の魔力なんて持っていない。
(やってしまったようだわ……どうやって誤魔化そう……)
女神様から聞いていた量は知られていないようだけど、筆頭魔術師並かそれ以上と言われてしまえばそれだけで大事になる。
筆頭魔術師様並みの魔力量は当たり前だがとても珍しいのだ。国に一人、もしくは居ないのが普通。
それがこの国に二人もいるのだ。これが他国に知られれば外交関係にも変化があるだろう。
まだ何も出来ない子どもとはいえ、それ程の魔力を持っている人間が一人増えるだけで他国にはとても大きな影響を与える。
「ええ、これ程の魔力であればウィザ様やあの方と一緒に……。まだ入学もしていない公爵令嬢に言うのもあれですが、卒業と同時に魔法省に入ってもらい、ウィザ様の元で仕事を覚えてもらって」
魔術師様の話を聞きながら考える。その可能性は考えてなかったが、バレてしまえば有り得る話。これほどの魔力量を保持している子供を野放しにするほど魔法省は人材が豊富では無い。
それにウィザ様はまだ健康とは言え、お年を召されている。不謹慎だがウィザ様が御隠れになったら筆頭魔術師が居なくなってしまう。そこに私だ。魔法省から見たら私はまさに金の卵。是非とも欲しいだろう。
「どうですか? 是非とも公爵様、考えて頂きたいというか娘のリーティア様は入るしかありません」
いつの間にか魔術師様はお父様の手を取って、私の価値をつらつらと話していた。私が褒められていることが嬉しいのか、お父様は冷静な判断が出来ず、今にも頷きそうな勢い。
(大丈夫かしらお父様……)
お母様も心配気にお父様のことを見つめている。
このままだとダメだと思った私はお父様に声をかけようとそっと手を出したが、それは必要がなかった。
「ダメだよジョシュア。リーティア嬢は私の一応筆頭婚約者候補だから」
場を圧倒する、何度聴いたか分からない。忘れられない声よりは幾分か幼さが残る声。
この声は──
私はこの場にいた人と一緒に扉に視線を向ける。
そこには肩を扉に預けながら寄りかかり、眉を寄せて腕を組んでいるアルバート殿下がいたのだった。




