episode27
お父様と話をしてから五年の月日が経ち、いよいよ学園の入学を控える時期になった。
この数年間は図書館に通い詰めて魔法と魔力に関する書物を沢山読んだ。勿論、入学する際の学力テストのためにも勉強をしたし、テストに関しても結果は返ってきてないけどよく出来たと思っている。
この五年間をアルバート殿下方面で話をするとすれば、何度か親睦を深める名目で他の婚約者候補者様を加えたお茶会に参加している。
そうは言っても茶会の席では殿下から一番離れた席に座るようにしたり、無闇に近づかないようにしたりしているので可もなく不可もなく。
このまま行けば、毎回アルバート殿下の両隣を陣取っておられるクリスティーナ様とフローレンス様のどちらかが婚約者になると思う。
クリスティーナ様は天色の美しい髪で、笑うと天使様のように可愛らしいが、瞳は澄んでいて人を見定めている。
逆にフローレンス様は亜麻色の軽くウェーブがかかった髪で、少しつり上がった瞳が彼女に怖さを演出している。だが、けしてそんなことはなくて、知性に富んだ優しいお方だ。
なのでアルバート殿下の婚約者にどちらが選ばれても大丈夫だと思っている。だが、まだキャサリン様がいるので分からない部分もあった。
キャサリン様は唯一の伯爵家。他の令嬢は全員公爵家・侯爵家で爵位が上。それ故に少し気後れしているのか、あまり積極的にアルバート殿下に話しかけに行かれていないけど、彼女の瞳は殿下を慕っていると物語っている。
彼女の親である伯爵からも婚約者になれと言われているだろうし、これから何か仕掛けてくるかもしれない。
そして、残っているエレン様とアイリーン様はいわゆる友人……だと思う。
先程の親睦を深める為のお茶会で偶然隣の席に座ったのがきっかけで、話をしてみると意気投合したのだった。
二人とも特別殿下の婚約者になりたい訳ではなくて、エレン様に至っては別に両思いの慕う方がいるらしく、渋々候補者にいるんだとか。
驚くことに、それはアルバート殿下──皇家側も知っていて、エレン様曰く「建前だけの婚約者候補者」らしい。
まあ他の公爵家でアルバート殿下と釣り合う年齢のご令嬢は全員候補者として名を連ねているのに、一人だけ辞退するのもよほどのことがない限り無理だからだろう。
そんなことをすれば、他の人に変な勘繰りをされて悪い噂が立ってしまう。
逆にアイリーン様は、選ばれても選ばれなくてもどちらでもいいらしい。
そんなお二人はとても魅力的な人で、ちょくちょく邸に招いたり招かれたりを繰り返している。そんな中で分かったのは、エレン様は元気いっぱいの天然、アイリーン様はとっても優しく、褒められるのに慣れていないということ。
たまにエレン様と一緒にアイリーン様を褒めると、顔を真っ赤にしながら嬉しそうにする表情がとても可愛い。
なので個人的にはアイリーン様が婚約者となって皇后になるのもいいのではないかと思っている。
ノルン様に関しては三年前まではちょくちょく私の所に来てくださっていたが、ここ二年間は会っていない。何でも、歴史が捻れそうになっている他国に行って正しく歴史が紡がれるように見張りに行かないと行けないんだとか。
他にも色々何か仰っていたが、天界の専門用語? が多すぎて私には理解できなかった。その代わりに気が付くと手紙が届けられるようになった。
私が返信を書き、自室のテーブルの上に置いておくといつの間にか消えていて、数日後にはまた新しい手紙が届く。そんな感じ。
前世とは全く違う幸せの中で私は五年間を過ごしてきた。
いよいよ今日は、入学するために行われる魔力測定の日。私はお父様とお母様と一緒に学園側に指定された場所に来ている。
今回の魔力測定は、何故か爵位が低い順に計測していくらしい。なのでお父様の爵位が高い私は最後の方。
両親と共にソファに座って順番を待つこと数十分。そろそろ自分の番らしく、前の方に案内された。
ふと、私の前の方が誰なのか見てみるとエレン様だった。
彼女はとても緊張しているようで、手が小刻みに震えている。大丈夫かしら? と思っていると後ろから肩を叩かれてビクッとしてしまった。
直ぐに後ろに振り向くと、そこに居たのはシンプルなドレスに身を包み、いつも通り紅葉色の髪をハーフアップにしたアイリーン様だ。
「リーティア様はエレン様のお次ですか?」
「まあアイリーン様、そうですねエレン様の次です。アイリーン様はお済みですか?」
「ええ、済みました。赤子の時より魔力が増えて、公爵家として恥じない魔力でほっとしています」
「それは一安心ですね。私も恥じない程度には魔力量が測定されればいいのですが……」
私の場合は、ノルン様に膨大な魔力があると聞いているので、逆に普通の魔力量として測定されるかが不安なのだが、ここは話を合わせておいた方がいいだろう。
「リーティア様なら大丈夫ですよ。赤子の時に測定を一回しているでしょう? その時に魔力量が普通以上であれば、年齢と共に魔力量も増加されているはずなので。ほら、エレン様も靄が赤色です」
アイリーン様の言葉につられてエレン様を見ると、水晶玉の中にある靄は赤色に変化していた。
あの水晶玉の中にある靄は最初は半透明の白色で、そこから透明になると魔力量が少なく、赤色は魔力量が多いということになる。
例外を除いて爵位が高いと魔力量も多くなり、低いと魔力量も少なくなる。よって、公爵家である私たちが透明に近い色を出すとそれだけで家の恥になってしまうのだ。
「エレン様、お疲れ様です」
終わったばかりで安堵した様子のエレン様にアイリーン様は声を掛けた。
「アイリーン様ありがとうございます。アイリーン様の測定も見ていました! 綺麗な赤色でしたね!」
「そうでしょう? エレン様も立派な赤色だったよ。あとはリーティア様だけね」
そう言って二人は私を見てきた。
「私も皆さんのように赤色になるよう頑張ります」
「リーティア様なら出来ます! 赤子の時には普通の魔力量より上だったのでしょう?」
エレン様はそう問い掛けてきた。こくりと頷くと、二人は邪魔になるから後ろの方で見守っていますと言いながら下がって行った。
すると数分もしないうちに私の名前は呼ばれた。
「では、次はリーティア・アリリエット様。こちらの水晶玉に手を翳して、魔力を注いで下さい」
「分かりました。えっと……これに注げば?」
ガヤガヤと魔力測定が終わったばかりの人達によって騒々しい室内の中で、私の正面に置かれている水晶玉は半透明で中に薄らと靄がかかっていた。
「あ、ブレスレットはお外し下さい。測定に支障が出る可能性があるので」
すっと水晶玉に手を伸ばした私を見た魔術師は慌ててその手を遮った。
体の一部となっているブレスレット。すっかり忘れていた。お父様には外すように言われていたのに。
「すみません……すぐに取ります」
ブレスレットを取り外し、ポケットの中に滑り込ませると私は再び水晶玉に手を翳す。
と言っても、翳しても何も起こらず水晶玉は薄らと靄がかかっているままだった。
十秒、一分、三分経っても水晶玉に変化は起こらない。
(どうして……? 皆、手を翳すだけで測定出来ていたのに)
内心焦りつつ、先に魔力測定を受けた子息令嬢達の様子を思い浮かべてみても、何をどうやって魔力を注いでるのか訳が分からなかった。だって皆水晶玉に手を翳すだけで、水晶玉の中の靄が様々な色に変化していたから。
助けを求めるように恐る恐る後ろにいるはずのお父様とお母様をチラリと見ると、何故か目を輝かせていて、娘が困っていることに気が付いていない。
それではアイリーン様とエレン様は? と見てみると、私の視線に気がついたのか笑いながら手を振り返してくれた。
「リーティア様、どうかしました?」
「いえ、なんでもありません」
いつまでも翳したままである私を不思議そうに魔術師様は見つめ、気付けば周りに測定を終えたはずの子息令嬢達が興味津々にこちらを覗き込んでいる。
そんな中で今更、水晶玉の靄を変化させるのはどうやってやるのですか? と尋ねることは────出来ない。
だって、他の方は全員出来ているのだ。私だって、翳せば終わると思っていたのだ。
なのに……なんで? 訳が分からない。嫌な汗がタラりと落ちてきて、刻々と時間だけか過ぎていく。
(お願いします。水晶玉、変化して!!!)
周りがざわめき始め、目立っていることにますます焦り始めた私は目を瞑りながら強く願った。すると同時に身体から何かが一気に抜けていき、直後、水晶玉の中の靄から眩いばかりの光が放たれた。
放たれた光の強さに反射的に瞳を閉じるが、瞼を通してでも、如何に強い光なのか容易に分かる。
────何が起きたの?
困惑しつつ光が収束したのを見計らって瞼を開けると、水晶玉の靄は金色に変化していた。
「良かった……変化してくれた」
靄が変化してくれたことにとても安堵するが、他の人達が呆然と、言葉を発さなくなったのは何故だろうか。
聞かされていた、一番魔力が強くて赤色、弱くて透明から外れているのは……?
とても、嫌な予感がする。ゆっくりと水晶玉から視線を上げれば、魔術師様が目に入る。
「これは……靄が金色……つまり測定不能」
呆然とした様子の魔術師の小さな呟きが私の耳に入ってきた。
「え?」
──── 『周りから見たら普通の魔力量しか持ってないようにしてあるから!』
そう言った人は誰であっただろうか? 答えはノルン様だ。だから、普通の魔力量だと測定されると思っていたのに……これが、ノルン様が仰る普通の魔力量?
顔から血の気が引いていく。
「公爵令嬢、君にはとても素晴らしい魔法の才能があるみたいだ!」
「えっいやっあのっ!」
直後、呆然としていた魔術師が嬉嬉として私の手を掴み、上下に振り、周りは再びざわめき始める。
私に今、分かるのはノルン様が言っていた膨大な魔力量が魔術師様にバレてしまったような感じであることと、とても目立っていること。
──どちらも私は避けたかったこと。
「アリリエット公爵、公爵夫人、お時間はございますか? 別室にて少しお話をしたいのですが」
突然訊ねられた両親は困惑気に顔を見合わせている。
「……構いませんが」
「ならよかった。どうぞこちらに。公爵令嬢も」
するとどこからともなく現れたもう一人の魔術師様が別室の扉を開け、何が起こったのか理解出来ていない両親と私を中に入るように促したのだった。




