episode26
「お父様、単刀直入にお尋ねいたします。アルバート殿下の婚約者は誰に決まりましたか? 一週間以内に決まると聞いたのですが」
バンッと書斎の机を叩きながら尋ねる。
「何処でそれを……」
天を仰ぐお父様。
「カマをかけただけです。誰からも聞いてませんよ。元々馬車の中でお母様も言っていましたし、あのお茶会は婚約者選定ですよね?」
「…………」
お父様は黙り込んでしまった。とても嫌な予感がする。第六感が伝えている。私にとって不利益なことであると。
そのままどれくらい利いているのか分からないが、圧力をかけ続けること数分。ようやくお父様は観念したかのように口を開いた。
「リティはアルバート殿下の婚約者になるのは嫌かい?」
「──嫌です。私よりも絶対にふさわしい方がいらっしゃいます」
考えるよりも先に口が動いていた。それっぽい理由を添えて。
こちらには未来が掛かっている。不幸への片道切符となる可能性を知りながら、その道を選ぶなんて馬鹿らしい。断固拒否よ。
「だよね。わざとでは無いんだが……リティが婚約者候補から抜け出したいって言ったのを聞いてしまって……婚約者になりたくないんだろうと思っていたけど」
少し悲しげに話をするお父様。驚きの発言に血の気が引いていく。部屋での独り言がバレてた? それは色々と問題が……。
「元々、皇家からは婚約の打診を頂いていたんだ。だけど、私達も特別皇室との縁が欲しい訳でもないし、リティが嫌ならお断りしようとしたんだが」
お父様は申し訳なさそうに肩を落としている。
アリリエット家は昔、帝国の姫様が降嫁したこともあり、皇家との繋がりが他の貴族と比べると強いから釣り合いやすいのだろう。
確かそんなような事で皇家側が一番結びやすいからと前世でも婚約を結んだ気がする。
加えて過去のお父様たちは私が婚約者に選ばれるように、手を回したとも言っていたが……。
「陛下に……」
「陛下に?」
「婚約者にならなくていいが、婚約者の最有力候補にさせてもらうぞと……しかも」
「しかも?」
「皇后陛下にも微笑みという名の圧力をかけられて辞退することが出来なかった」
(なぜ?)
易々と婚約者候補から抜け出せるとは思ってないけど、圧力をかけるほど私に価値は無いと思う。
私に、ではなくてアリリエット家と繋がることで利益があるのかもしれないが、それならセシルが婚約者でも……と考えて首を横に振る。
可愛い妹のセシルに不幸への片道切符を渡すことは出来ない。あんな思いを、日々を、送らせてしまう可能性があるのなら、私が婚約者候補にいた方がいい。
私はソファに座り直して、お父様に気になったことを尋ねることにした。
「そうですか。では、他に婚約者候補になっているご令嬢は誰でしょうか?」
それならば他のご令嬢に、言い方は悪いが犠牲になってもらおう。私以外がアルバート殿下の婚約者になることで、未来は変わるかもしれないし。
ノルン様に確認を取ったわけではないけれど、今世は私にかけられた祝福がレリーナに跳ね返っていない。そのため、レリーナが今世では聖女では無いかもしれないのだ。
元々、あの時代に聖女を作るつもりはなかったとよく分からないことを言っていたし……。
だから婚約者になった人がそのまま皇后になる可能性も無きにしも非ず。
どう転んでも、私は興味が無いので皇后の座に就きたい方が婚約者になればいい。
「婚約者候補はクリスティーナ嬢、エレン嬢、フローレンス嬢、アイリーン嬢、キャサリン嬢とリーティアの六人だよ。大方公爵家、侯爵家に加えて今、力をつけて来ている伯爵家かな」
クリスティーナ様、エレン様は私と同じ公爵家、フローレンス様、アイリーン様は侯爵家、キャサリン様は伯爵家。
頭の中にある貴族図鑑をめくると、そこそこバランスが取れている。
この国の派閥争いはそれ程熾烈ではなくて、言うならば仲がいい。だから婚約者候補も各派閥から平等に選んだのだろう。
私は傍観していれば大丈夫だ。ひっそりと目立たないようにしよう。
「お父様候補ということは、いつ婚約者が決定するのですか?」
「正式には決まってないけど恐らく学園卒業と同時かな」
──学園。
それは特定の条件を満たしている貴族と平民が通う場所らしい。らしいと言うのは前世では存在していない教育機関なので私には経験がないからだ。
読んだ書物によると、魔力がある人は皆、十二歳になると学園に入学する。貴族は誰であっても魔力を持っている。例えそれが魔法を使えないほど微々たる量だとしても、あるにはあるのだ。
そして稀に平民でも魔力保持者が現れる。
魔力保持者は貴族、平民、どちらとも入学に拒否権は無い。だから、通わなければ一生接点がないであろう者同士が一緒に学び、交流する場。それが学園だ。
入学の際には学力テストと魔力量調査があり、結果によってクラスが決まる。
先程の話と紐付けると、婚約者候補者様は皆さん私と同じ七歳。ということはつまり同級生になるということ。厄介なことに殿下も七歳である。
皇族が一番上のクラスから外されることは無い。殿下に近付こうと目論む子息令嬢は、絶対に一番上のクラスを目指す。だから、上のクラスから外れれば殿下との接点もなくなり、平和は学園生活が送れる。
だけど────現実はそんなに甘くない。
公爵家の娘である私が一番上のクラスから外れることはお父様やお母様の顔に泥を塗ることになる。
そんなことになったら私だけではなくて家に仕える者、妹、同じ派閥の方全員に迷惑がかかる。
それは私が許せない。だけど同じクラスにはなりたくない。
回避する方法は──無い。
「リっリティ? やはり嫌なのか……?」
「はい? 何のことでしょう?」
五年後の詰んでいる状況を考えて頭を抱えていた私は、声を掛けてきたお父様を軽く睨んでしまった。
「婚約者候補にいるのが……だけどこれは陛下の命令だから拒否するのは無理だ」
恐る恐る言ったお父様。私は何か怯えさせることをしたかしら?
「分かっています。ですのでもう一度確認のために聞きますが、仮に婚約者にならなかったらお父様は私のことを叱りますか?」
「まさか! ありえないさ。リティの好きなようにしてくれていいよ。レイチェルもそう思っている」
手が伸びてきて優しく撫でられる。
お父様がこれ以上権力を欲していないなら。私の自由にしていいと言うのなら。私は隅で目立たないようにする。
そもそも、話したくないのだ。私から話しかけたり近付かない限り接点はないだろう。まあ五年後のことだから今からこんなに頭を悩ましても無駄なのだけど……。
「正直に言うと候補にいるのも嫌ですが、それでお父様達が不利益を被るのはもっと嫌なので婚約者候補にはいます」
──今は何も変わらない。変わるとしたら五年後。
だから私は五年後に向けて勉学に励み、出来る限りこの世界の魔法に関しての知識を増やそう。前世と今世では結構物事の仕組みが違う。そして、入学時のテストで点を取って一番上のクラスに入って、隅の方で大人しくしよう。
私は未だにこちらを心配そうに見ているお父様をよそに、心に決めた。




