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前世と今世の幸せ  作者: 夕香里
彼女の今世
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閑話 セシル・アリリエットⅠ

 鍵が掛かっている扉を金の鍵で解錠して、階段を降りていく。室内だと言うのに何故かビュゥッと風が吹き、解いたブロンドの髪が流されていった。


 流される髪の間から見えるのは1つの棺桶。周りには灯りが灯っており、一定温度に保たれた少し肌寒い空間。そっと棺桶の表面に金色で彫られている文字をなぞる。


「リーティア・ルーキア」


 ────私のお姉様の名前。そして今はいないこの帝国の皇妃の名前。




◆◆◆





 私にはお姉様との思い出が思い出せないほど少ない。だけど、私が3歳まではまだお姉様は私に話しかけてくれて、笑いかけてくれた気がする。まあ、自分が3歳の頃なんてそんなはっきり覚えていないし、朧気でしかないが……。


 お姉様が7歳になって、私が3歳になった時、お姉様には婚約者ができた。何でも、御相手はこの国の皇子殿下。凄いことだった。


 でも、今思えばそれがお姉様の悲劇といってふさわしい日々の始まりだったかもしれない。


 お母様とお父様はお姉様がこの国の皇子殿下と婚約したことが誇らしそうだった。

 実際は分からないけど可愛い娘が周りから認められたのだと思ったのだろう。私から見ても過剰すぎるのでは? と思うほどお姉様の勉強・教養に力を入れていた。


 お姉様がどれほどいい点数を取っても、当たり前。もっと上を取れる。他も完璧にしろ。私だったら心が折れてしまうくらい冷たく当たる。


 その反動なのか私が何をしても、失敗しても、両親はお姉様の分まで私をただ甘やかすばかりで、怒ることは少なかった。


 ────それがダメだった。


 月日を重ねていくごとにお姉様の瞳から次第に光が消えて、私を悲しそうに微かに憎悪を浮かべながら見る日が多くなり、勉強しなければいけないからとあまり部屋から出てこなくなった。


 お父様とお母様は何を勘違いしたのか、熱心でいいわ! と誇らしげに周りに言いふらし、私はそっと視線をそらす。そんな日々。


 軋みながら運命の針は徐々に、そして確実に、反対に回り始めていた。


 最初は、他の家の令嬢のようにお姉様と刺繍をしたりお話をしたくて部屋の前まで来たこともあるが、扉のドアノブに手をかけることができず、何度も扉を振り返りながら自室に戻ったことが何回もある。


 だから仲良く笑いあっている他の姉妹を見て羨ましいと何度思ったか分からない。


 喧嘩が多くて、姉妹は嫌になるわと言う令嬢もいたけど、それは喧嘩ができるだけいいと思う。私はお姉様と話すこともままならなかったのだから。


 もしかしたら、勇気を出してお姉様に話しかければ何か変わったかもしれない。その答えはもう永遠に出ない。


 そしてお父様とお母様も段々お姉様との距離感が掴めなくなったようで、私と同じようにお姉様に近づかなくなった。

 だが、完璧な淑女として育てたい気持ちは変わらず、前よりももっときつく、強く、指導するようになった。


 お姉様は何一つ文句を言わず、淡々と言われた事をこなす。それがまた、お父様とお母様が距離感を掴めなくなる要因でお姉様は家の中でも孤立していった。


 だから私は一度だけお父様に言ったことがある。


「ねえ、お父様。リーティアお姉様にあそこまでキツく勉強を教えなくてもいいのでは無いかしら?」


 するとお父様は驚いたように固まり、その後すぐに瞳を細めた。


「リーティアは完璧な淑女なんだよ。そうしないといけないんだ。将来はこの国の皇后になるのだから」


「そう……ですか……」


 そこで脳裏に浮かぶ。私が褒められ、お母様とお父様に頭を撫でられているのを端で見ていたお姉様の瞳を。


 ────羨ましい。


 切なげに揺れる瞳はそんな感情が浮かんでいるようだった。


 だからお姉様だって将来が皇后になるとしても今は何者でもない子供で、私と同じように甘えたり褒められたりしたいはずなのでは? と考えると同時に、お父様とお母様がお姉様に求める()()はまるで機械のようだと漠然と思った。

 

 そんな日々が綴られていく中で、唯一私がお姉様の笑顔を見れたのはアルバート殿下が訪ねてくる日。

 殿下と会う時だけお姉様は顔に笑顔を浮かべる。まやかしでもない、仮面の笑顔でもない、本来の笑みを。


 私はそっと壁から顔だけを出してお姉様の笑った顔を覗いた。私にもあの笑顔を向けてくれたらいいのに。と殿下を羨ましく思いながら。


 12歳なると私はデビュタントを迎えた。舞踏会は初めてで慣れないヒールを履きながら、馬車に乗った。


「お母様、リーティアお姉様は今夜の舞踏会に参加しないのですか?」


「リーティアは私達の馬車ではなくて皇家の馬車で行くから別なのよ」


 お母様の返事を聞いてお姉様の綺麗な姿が見れる!と思った。家の中でもあまり姿を見れることがないお姉様を見れるのだ。とても嬉しい。


 ワクワクしながら陛下と皇后様に挨拶を済ませ、辺りを見渡してみるとお姉様はアルバート殿下にエスコートされながら周りから見えやすい所に凛と立っていた。


 ────綺麗。


 私は勿論、周りの子息も見蕩(みと)れていたように思う。

 未来の皇后はリーティアお姉様しかいないと確信した。


 でも、私は気がついてしまった。お姉様の浮かべている笑顔はアルバート殿下と会っている時の本来の笑顔と違うことに。


 笑っているけど笑っていない。完璧な淑女の仮面。


 奥に潜む冷ややかさを隠しながら、完璧な微笑みをずっと浮かべている。


 恐らく気づいたのは私だけ。勿論、公な場で、社交界で、本当の感情をさらけ出す者なんていない。

 皆1枚は仮面を被っている。上辺だけの交流。会話。

 だけどお姉様の被っている仮面は異質だ。表現できないけど異質。


 初めて参加した舞踏会はその事が頭から離れなかった。



 そして悲劇は加速する。



 ────神はなんて残酷で、理不尽なのだろうか。


 結婚式の予定日に結婚したのはお姉様ではなかった。誰も予期していない。想定もしていなかった()()()()という爵位も地位も持っていない女性が、アルバート陛下の隣に皇后として立った。


 私は驚き、お父様に問いつめた。何故、何故お姉様じゃなくて見ず知らずの女性がアルバート陛下の隣にいるのかと。


 するとお父様は冷ややかな目を伴って、レリーナ様は特別なお方なのだ。リーティアよりも大切であり、帝国に必要不可欠な存在。それに、アルバート陛下は彼女を溺愛しておられる。

 リーティアは陛下を慕ってはいない。それに地位は落ちるが、皇妃として嫁ぐから大丈夫だと。


 信じられなかった。何が大丈夫なのだろうか。何もかもがダメじゃないか。そんなことでお姉様は今までの苦労が全て水の泡になった?


 私だったら怒り狂う。でも、お姉さまだったらきっと分かりましたと了承するだけだろう。


 世界は残酷だ。ちゃんとよく見ていればわかる。お父様とお母様は何も分かっていない。お姉様はアルバート陛下を慕っていた。彼の前でだけ笑っていた。お父様とお母様はお姉様を退けてあまり見ていなかったから分からなかっただけなのだ。


 恐らくそれを今、伝えても意味が無い。私の耳に入ったのはレリーナが結婚する僅か三日前。全ては決定事項。それにお姉様が皇妃になるのは陛下からの命令。


 ────もっと早く知っていれば。いや、お姉様と交流していれば。お父様がお姉様の気持ちに気づいていれば。


 歯を食いしばり、強く手を握ったのを今でも覚えている。何もしなかったのにこの時ばかり怒るのは偽善者だとお姉様が生きていたら思われたかもしれない。



 そんなことはどうでもいいのだ。



 ────私は忘れられない。



 小さな教会の中でお姉様が式を挙げたあの日のことを。



 アルバート殿下と居る時は本当の笑顔で笑っていたお姉様は式の最中、仮面を被り、瞳が悲しげに揺れていたことを。



 誰も、お姉様の秘めたる感情に気づかなかったことを。



 そして、客観的に見たら見て見ぬふりをしたようなものである私自身を。



 そうやって小さい頃から両親によって完璧に仕上げられたお姉様は、上辺だけ幸せな花嫁である()()として皇家に嫁いだのだ。

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