episode18
「リティ、寒くなってきたから早く屋敷の中に入りなさい」
「はーいお母様! すぐに戻るわ」
庭にいた私は小走りに邸へと戻る。
あの日、ノルン様に二度目の生をもらってから七年の月日が経った。
光が私を包み、次に瞳を開けた時には、産まれたばかりの赤子になっていた。が、しっかりと前世のことを覚えていた。
まず最初に聞かされていたけど戸惑ったことはやはり「魔法」が存在することだ。
前世とは違って今世は産まれたらすぐに魔力の測定を受けた。大人達の会話から私は平均並みとの判定を受けたっぽいが恐らく間違いだろう。何故なら私の左手首にはうっすらと女神様を表す〝あざ〟があるから。
それに、生まれた時に「貴方は私の愛し子、魔力は膨大だけど変な人が寄り付かないようにそれを隠せるようにしてあるわ」と頭に響いたのだ。
女神様の配慮? からなのか私は七歳になった今まで変な者が寄り付いていないし、前世では想像もできなかった幸せで愛情たっぷり注がれて生活をしている。
前世では距離があったお母様もお父様も今では大好きだ。
「クシュンッ」
「あら、リティちゃん風邪ひいてない? 大丈夫?」
「お母様、大丈夫です」
エントランスで待っていたお母様に促され、中に入った途端。鼻がムズムズしてくしゃみが出てきた。
大丈夫だと答えたけど、うーん何かフラフラするような気がする。
「あ……れ……?」
(おかしい……な……)
呂律が回らなくなり、ぐるんと視界が一周する。私はそのままバタンと倒れてしまった。
「リティちゃん?! リティちゃん!!! いやだ、熱があるわ! 誰か早くブランケットを!」
「奥様! これを」
お母様が何か叫んでいたようだが、私の耳には入ってこなくて────
パチパチという暖炉の火花の音で目が覚める。
「んっ私、フラフラして……?」
「あら、リティちゃん起きた?」
安楽椅子に腰かけて編み物をしていたらしいお母様が私をのぞき込む。
「貴女、風邪をひいてたのよ。体調が悪いはずなのに、何でお外にいたのかしら」
目を眇め、お母様は唇を尖らせた。
「ごめんなさい……花壇が見たかったの」
ギュッとシーツを口元まで手繰り寄せて答えた。
「リティちゃんはあの花壇が好きね。何も植わってないのに」
────だってあの花壇は私の大切な場所だから。
そう言おうとして私は止めた。
「んーと熱は下がった様ね。よかったわ」
ほっと安堵しているお母様。そのまま手を振りかざすと私が病気の時にいつもしてくれる魔法をかける。
それは雪の結晶と花びらが上から優しく降ってくる魔法。
雪は熱が下がるように。花びらは女神様の加護によって病気が治るように。
もちろんそれで女神様の加護が貰える訳では無いが願掛けのようなものだ。
私はこの魔法が好きだ。とても綺麗で神秘的だから。
「リティちゃんも目を覚ましたし、お母様には用事があるから戻るわ。いい子で寝ているのよ?」
「はい。お母様」
チュッと額にキスを落としてお母様は戻っていった。
足音が遠のいた後、ボソリと私は呟く。
「もう七歳か……私が陛下、いや殿下と会うのはあと二ヶ月後ね」
そう、私はまだあの冷徹な陛下に会っていない。彼と会うのは前世と同じであるなら、皇后様主催の高位貴族のご子息ご令嬢向けのお茶会だ。
あれは未来の陛下の側近を選ぶ場所でもあり、未来の皇太子妃選定の機会でもあった。
だからそこで目立つ行動をしなければ婚約者候補から抜けられる可能性がある。それが私の目下の目標だ。
私はもうアルバート陛下──いや、今の殿下に恋心など抱いてない。それはまるで恋心だけどこかに置いてきたかのように。間違ってもあの冷徹で私のことを人だと思っていない人間に、恋情など抱くはずもない。
だから今世は好きなことを自由にするつもりで、取り敢えずは前世でできなかったことと魔法についての勉強をしたいと思っている。
五年後全貴族が入学することになる学園が今から楽しみだ。前世では作れなかった友達も作れたらいいなと思っている。
「よーし、殿下の婚約者候補から外れるわよ!」
高々と宣言したのと反対に、ドアの外で中に入ろうか入らないか迷っていたお父様がそれを聞き、お父様が頭を悩ますことになるとは私は想像もしていなかった。




