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第8話 お姫様は護衛に可愛いと言いたい

 魔王軍四天王。

 それは魔界に燦然と君臨する四人の英雄である。


「溺れなさい」


 凛とした声が告げると、湖を蹂躙していた魔龍が悲鳴を上げる。

 己が蝕み、汚染していた水がたちまち唸り牙を剥く。湖に生まれた渦に飲み込まれ、水を操る力を持つとされる魔龍は身動きが取れずに溺れていく。


 水のエレメントを司る四天王、レイラ。

 彼女の意思に従うかのように水が蠢き、渦を巻く柱となる。水の存在しない空中に打ち上げられた魔龍にもはや成す術もない。

 間髪入れずに作り出された無数の水の槍が、魔龍を貫いた。次の瞬間には魔龍は全身を氷漬けにされた後、粉々に砕け散る。


 煌びやかな氷の破片が降りしきる中で佇むレイラ。彼女の姿はあまりにも美しく、周囲にいた魔界の村人や兵士たちは息を呑んだ。


「片付いたわ。これでもう、アナタたちの村が魔龍の脅威に怯える必要はないわよ」


「あ、ありがとうございます、レイラ様!」


「流石は四天王……我らが束になってもかなわなかった竜種を赤子扱いだ」


 歓声に包まれるレイラは、村人たちに笑顔で手を振って応える。

 そんなレイラの元に、部下である魔族の女性が歩み寄る。彼女はレイラの部下であり、魔界のアイドルとして忙しい彼女の仕事や予定をある程度管理している。


「お見事です、レイラ様。竜種を容易く仕留められるとは」


「ありがと。竜種とはいっても邪竜よりは全然格下だし、四天王の相手としては大したことないわ。で、次の予定はなに?」


「暴走魔物の被害にあった村の慰問が二件。その後は街でライブと握手会とお料理教室。更にその後は依頼が出ているSランク魔物の討伐。更に更にその後は四天王の定例会議がございます」


「予定が詰まってるわね」


「ついでに、今日は人間界から四つ、獣人界から二つ、妖精界からは七つ、魔界からは三つのお見合い話……というか、求婚されておりますね。どれも名だたる貴族やら王族やらでより取り見取りと言った感じでございますが。……わお。どの方もハイスペック&イケメンですよ。見ます?」


「いらない。興味ないから断っといて」


「承知しました」


「…………っていうか、なんか最近めちゃくちゃ忙しくなってない?」


「暴走魔物が増えていることもありますが……歌だのお料理教室だの、幅広く手を出してるのが一つの要因かと思われます」


「うっ……だ、だって仕方がないじゃない! かわいいかわいいアタシのリオンが五歳の時に、『姉貴の歌って綺麗で、俺大好きですよ!』とか、『姉貴の料理は世界一です!』とか褒めてくれたんだもの! そりゃー、はりきっちゃうわよ! だって五歳のリオンかわいいんだもの! あっ、今もかわいい!」


「我が上司ながら単純すぎて心配になりますね。……それでもまあ、アイドル業が魔界どころか世界中で大人気になっちゃったんだから凄いですけど」


「はぁ……こういう話してたら、リオンに会いたくなってきた。いっそのこと会いに行こうかしら……」


 リオンがアリシアと『楽園島』に行ってからまだ一ヶ月も経っていない。それでもレイラは既にかなりの寂しさが募っていた。


「そのことですが、本日の定例会議後は『リオンからの報告書をみんなで読む会』が開かれるそうです」


「オーケー。さっさと次の仕事に行きましょう。休憩もいらないわ。巻いて巻いて巻いて巻いて進めてリオンからの報告書をソッコーで読みに行くわよ!」


「単純すぎてマジ心配です、我が上司」


 ☆


「――――以上で、定例会議を終了する」


 四天の間に集った魔王軍四天王の四人は、魔界の現状や今後の対策について一通り話し終えるとすぐにまた姿勢を正した。彼らにとってはここからがお楽しみタイムである。


「ではさっそく読むぞ! リオンからの報告書を!」


 書類を手にするイストールの周りに全員が身を寄せた。

 一文字一文字を丁寧に確認しながら、文面を読み込んでいく。


「……どうやらリオンは、元気にやっているようですね」


 まず最初に安堵したのはアレドだ。続いてレイラを含む残りの面々もほっとしたように肩の力を抜いた。


「姫様、相変わらず面白いコトやるよね~。ボク、姫様のこーいうところって楽しくて好きだなっ!」


「まさか自分の命を狙った者を部下にするなんてねぇ……あの方の『ワガママ』にはいつも驚かされるわ」


「きっと魔王様に似たのだろう。遍く者を受け入れ、皆と共に覇道を歩まれていた魔王様に」


 この場にいる四天王の面々も、かつては様々な事情を抱えていた。中には魔王と拳を交えた者もいる。だが、今はこうして四天王という魔王からもっとも信頼される四人となった。


「しかし……このマリアという少女を送り込んだ者は何者だ? なぜ姫様の命を狙う」


「狙うタイミングがあまりにも突発的ですね。まるで、慌てて狙い始めたような……」


「んー。例の魔法犯罪組織のことも片付いてないのに、厄介なことになったねぇ~」


 ネモイの言う魔法犯罪組織とは、一年ほど前から魔界の海で活動している賊たちのことである。どこからか高性能のマジックアイテムを仕入れてきては輸入船を襲撃し、積み荷の略奪を繰り返している。更には陸地でも町や村を襲うなどの行為を繰り返している。厄介なのは彼らの持つ高性能兵器であり、魔王軍の兵士たちも苦戦するほどだ。

 暴走魔物とこの魔法犯罪組織の二つは、魔王軍がいま一番手を焼いている長期未解決案件だ。


「……ここで考え込んでても情報が足りなさすぎるわね。アタシたちでも色々調べてみましょう」


「ふむ。レイラの言う通りだな。ここで四人頭を突き合わせても何も進展することはないだろう。各自、情報収集に励みリオンを援護するのだ」


 ☆


「ねぇ、リオン。何をしているの?」


「四天王の方々に報告書を送っていたところです」


 魔鳥の足に報告書をくくりつけ、屋敷の窓から空に解き放つ。強靭な肉体と魔力を持つ魔界の鳥なら、一日もあれば魔王城まで書類を届けてくれるだろう。


「リオンからの報告書ねぇ……みんなの喜ぶ姿が目に浮かぶわ」


「そうですか? ただの報告書ですよ?」


「あなたにとってはそうでしょうけどね」


 居間のソファーに座り、やれやれと肩をすくめる姫様。


「ま、それはそれとして……リオン。マリア。今日から、本格的な『鍵』集めに動くわよ」


「鍵……というのは、お話されていた獣人族と妖精族の?」


 問うてきたのは、拗らせメイドことマリアだ。

 姫様の部下としてメイドとしてこの屋敷に来てから一日が経った。既に魔法学院の生徒として転入まで済ませており、クラスでは入学間もない時期にやってきたミステリアスな生徒として話題になっている。


「ええ。わたしが持っている魔界側の鍵と、ノアの持っている人間界側の鍵。これに獣人界側と妖精界側。合計四つの鍵があれば学院内にある『四葉の塔』が解放出来るわ。それが当面の目標なの」


「獣人族側の生徒と妖精族側の生徒の和解……難しい任務ですね」


「そうね。でも、やり遂げなくちゃ。わたしはいずれ魔王になるんだから。これぐらいのこと、これからいくらでも降りかかってくるだろうしね」


 おお、姫様がやる気に。いつもはこんなにもやる気を出してくれないのに。……嬉しいことなんだけど、なんで今回こんなにもやる気になってるんだろう? ……まあいいか。


「わたしたちが和解を目的として動いてることは既に入学式で宣言してるわ。つまり、そんなわたしたちに鍵を譲渡するということは、『和解の意思表示』にもなる。直接のやり取りを通さずに済むんだから、少しは和解するきっかけのハードルが下がると思うの」


「姫様。もしかして、それも計算に入れて入学式であんな宣言をしたんですか?」


「そうよ。言ったでしょ、時間がないって。チャンスがあればそこに詰め込まなくちゃ」


 こういうところはちゃっかりしているというか、そつがないんだよな。姫様って。


「アリシア様。とすれば、本日はどう動かれるのですか?」


「そうね……まずは獣人族側かしら。マリアもお供してくれる?」


「構いませんが、よろしいのですか? 私はエルフです。獣人族側を刺激してしまうのでは……」


「刺激するぐらいでいいのよ。わたしたちは和解を目指してるし、時間もないし……わたしたちの味方をしてくれるエルフ族がいるだけでも心強いじゃない。それに、貴方はわたしのメイドよ。わたしは連れて歩けないような子をメイドにした覚えはないわ」


「……っ! 承知しました、アリシア様。僭越ながらお供させて頂きます」


「頼りにしてるわ」


「はいっ」


 ……嬉しそうに笑いやがって。俺はまだ完っ全には信用してないからな拗らせメイド。というか姫様も姫様だ。そういうことをぽんぽん言うから部下がみんなあなたについていくんですよ!


「リオン。わたしのリオン」


 するり、と。姫様の手が優雅に俺の頬を撫でる。

 いつの間にやら姫様は俺のすぐ傍に近寄っていた。ふわりとした華のような香りが漂い、不意打ちのように心臓の鼓動が跳ねる。実際、不意打ちだ。こんなの。


「大丈夫よ。わたしは、あなたもちゃーんと頼りにしてるから」


「……そうですか。よかったです」


「ふふっ。もしかして、マリアに嫉妬しちゃったの?」


「いや、別にそんなことは…………」


「ホントのことを言ってね?」


「…………ない、とは言い切れないようなそうでもないようなかもしれないような……」


「ほらやっぱり」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべる姫様に、俺は何も言えなかった。

 確かに嫉妬していたのかもしれない。俺の居場所がちょっとだけ、取られたような気がして。姫様に頼られていることが、自分でも思った以上に嬉しかったんだなぁ……。


「リオンのそういうところ、わたしは好きよ。可愛くて」


「…………俺は嫌いです」


「あら。あなたは、わたしが好きだといったものを嫌いって言っちゃうの? 悲しいわ」


「姫様ズルい! その言い方はズルいですよ!?」


「ズルじゃないもーん」


 無邪気に笑う姫様に、俺はもう内心で白旗をあげた。無理だ。この人には永遠に勝てる気がしない。


「ずーっとこうしていたいけれど、そろそろ学院に行く時間ね」


 気まぐれな猫のようにするりと抜け出し、準備をしに部屋に戻る姫様。助かった。あのままだったら確実に俺の方がもたなかった。…………何がもたないのか、自分でもよく分からないけど。


「リオン様」


「…………なんだ?」


「アナタとアリシア様は、いつもこういうことをしていらっしゃるのですか?」


「いつもってワケじゃ……いや、いつもこうかも。俺が一方的に姫様にからかわれてるだけなんだけどさ」


「なるほど。どうやらアリシア様は、アナタを最も信頼しているようですね」


「…………どうしてそう思うんだよ」


「どうしてもこうしてもありません。全てを貴方に預け切ったような振る舞いや笑顔……一番の信頼がなければしないと思いますが」


 …………くそっ。ちょっと嬉しいこと言ってくれやがるぜコイツ。だが俺はこんなもんで認めてやらないからな! 絶対だからな!


「なあ、マリア」


「はい?」


「……………………お菓子作ったんだけど、食べる?」


「頂きましょう」









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