第68話 孤軍無双
揺れと衝撃。アリシアとノアは、その発生源へと向かう。
既に地下の中にはか弱き者たちの悲鳴が反響し、絶望のコーラスを奏でている。
「アリシア様、ノア様!」
その最中、二人を見つけたのはセルマだった。
「何があったの。まあ、大方予想はついてるけど……」
「襲撃です。王子たちが動き出すよりも前に、敵にここの存在が知られてしまいました」
「……知られてしまったというより、放っておく理由がなくなった、の方が正しいでしょうね」
分かってはいたことだ。それでも、予想よりも速い。
先に上で脱出組が仕掛けるというのがアリシアの読みだったが、
「どうやら貴方の王子様は、優柔不断みたいね」
「……何分、不器用な方ですから」
「魚人界の未来を背負うなら、もう少し決断を早くしてもらいたいところだけどね。避難場所はある?」
「避難経路は確保してあります。幸い、そこにはまだ襲撃の手は及んでいません。すぐに避難を……」
「ダメよ。避難経路なんて、全部に目をつけられてるに決まってるわ」
「外に逃げ出した瞬間、ハチの巣にされることは間違いないでしょうね」
ノアも同意見だったらしい。衝撃の伝わってくる方へと視線を送る。
「そういうこと。だから今、わたしたちに必要なのは避難経路ではなく、避難場所なの」
「……どこか一ヶ所に固まる、と?」
「そういうこと。ようは籠城戦ね。助けが来るまでの」
「…………」
アリシアの提案に、セルマは押し黙った。
この籠城戦は救援が来ると想定してのものだ。逆に言えば、救援が来なければ全滅は免れない。
「しかし……罠ではなく、単純に敵が見落としているだけの可能性もあります。せめて私が一度外に出て、敵の出方を探ってからでも……!」
「そんな危険で無茶で分の悪い賭け、させるわけないでしょ」
「無駄死にを出すだけですからね」
セルマの顔に滲む焦り。しかし、影すらも差し込んでいることをアリシアの目は見逃さなかった。この緊急事態とは別の理由。別の何かを孕んだそれを感じ取ったものの、今はそれを指摘している場合ではない。
「…………分かりました」
セルマはその眼に決意を宿して、判断を下した。
「皆には私から話します。誘導役もお任せください」
「それは良かった。実は、既に籠城場所には目星をつけているんです。そこに皆を誘導してもらいましょう」
自分たちが泳がされているという事実を共有した時点から、アリシアとノアは密かに準備を進めていた。上で戦いが始まるよりも先にこの地下空間が襲撃を受けることも見越して動いていたのだ。
「ノア。貴方も誘導を手伝いなさい。……どうせ、子供たちのことも気になっているんでしょう?」
「……それはご想像にお任せしますが、引き受けましょう。貴方は?」
「いけすかない骸骨軍団と遊んでくるわ。招待状を送る準備は、とうに出来ているもの」
それから三人は素早く打ち合わせを済ませ、それぞれの役割を果たすべく二手に分かれる。
逃げ惑う人々の流れに逆らうようにして走り、アリシアは既に空洞となった地下通路で独り待ち構える。
「……さて、と」
この地下通路は都市の至る場所に出入り口が存在している。
それはかつての王がこの都市に有事が起こった際、民を避難させるための場所としてだ。
だが、逆に言えば相手の侵攻ルートは無数に存在するという意味でもある。
どこからどう攻めてくるか分からない以上、本来なら防衛線はギリギリのラインで張らざるを得ない。だがアリシアが現在いる場所は、籠城場所から離れた箇所にある広場だ。
この場所は空間的に広く、また複数のルートが一度合流する場所でもあった。
とはいえ、この場所を無視して侵攻することもルートによっては可能となっている。
そのことを見逃すアリシアではないが、ならばなぜこの場所で防衛線を張ったのか。
「それじゃあ、招待状を送ってあげましょう」
アリシアはここに来るまでに掴み取っていた魔道具に魔力を走らせる。
すると、あらかじめ地下通路の各場所に設置されていた『回転魔道具』が呼応するように起動した。
『回転魔道具』は凄まじい回転を以て、地下通路内部に激しい『水の流れ』を生み出していく。それはさながら、嵐の日に巻き起こる濁流が如く。
――――そう。ここは魚人界。周囲は水で満ちている。
故に。そこに『渦』を作ってやれば『水の流れ』が生まれる。
この海の世界にいる以上、水の流れには逆らえない。
複数のルートから侵攻していた骸たちは完璧に計算し尽くされた激流に押し流され、アリシアが待ち構える広場へとなだれ込んできた。
「生憎と、ここは通行止めよ」
蠢く有象無象共。広大な空間を埋め尽くす骸の群れは、独り佇むアリシアを取り囲む。
「――――ひれ伏しなさい」
空間支配。
アリシアが授かった絶対的なる力、『権能』は瞬く間に周囲の骸共を圧し潰す。
そして……繰り返すが、ここは魚人界。地上とは異なり、敵対者たちに襲い掛かるのは重力だけに非ず。
水圧。
生命の源たる海の力すら、この魔界の姫君に跪く。
「「「――――ッッッッッ!!!!!!!!!」」」
骸共は一片の塵すら残らず、その存在を霧散させた。
「さて、これで第一陣は片付けたけど……」
すぐにまた無数の骸共が、仕掛けた『激流』に乗って押し寄せてくる。
それを見ても顔色一つ変えず、アリシアは魔力を漲らせた。
「かかってきなさい、有象無象。まとめて跪かせてあげるわ」
新しく「バイト先の喫茶店でクラスメイトが泣いてたので、ココアをサービスしてみた。」始めました。
ラブコメものになります。よろしくお願いします!
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