第67話 出陣
「敵が動き出しただと?」
その報告を受けたのは、俺とメイナードさんが拠点に戻ってきてすぐのことだった。
「偵察からの報告によると、屍兵たちの大群が地下施設への襲撃を行っているらしい。恐らく潜伏している生き残りたちを叩きに行ったのだろう」
「っ…………!」
メイナードさんの顔が強張り、何かを堪えるように、押さえつけるように拳を握り締める。
……いや、他人事じゃないな。俺も同じだ。外が荒れるとなると、姫様の身にも危険が迫るかもしれない。
本当なら今すぐにでも飛び出していきたいが、やみくもに飛び出したところで何もできやしない。
その時が遂に訪れてしまった。先ほど、俺が投げかけた言葉に対する答えを示す時が。
「……これは好機だ」
答え。それはもう、彼の中に在るらしい。
「戦闘による混乱。数は無尽蔵なれど、警備の陣形が乱れるのは間違いない。なら今は、好機とみるべきだ」
傍目には変わらない静かな瞳。その中に燃ゆる、静かなる炎。
「ほう。覚悟を決めたか、メイナード」
「……覚悟か。そんな綺麗なものではない」
「ではその心の中に、どのような錨を下ろした」
ルシンダさんの問いに、メイナードさんは一瞬だけ俺の方に視線を向けて、口元に小さく笑みを浮かべた。
「……たまには、ワガママを言ってみようと思ってな」
「ははっ。お前の口からそのような言葉が出てくるとは思わなんだ」
ルシンダさんもまた、メイナードさんの中に訪れた変化を感じ取ったのだろう。それ以上の言葉を挟まず、続きを促す。
「……まずは幾つかに戦力を分ける。一つは浄化装置を狙う部隊。こちらは当初の狙い通り、浄化装置に組み込まれているであろうローガンの術式を無力化する。最悪の場合、浄化装置を破壊してでもだ。この部隊はルシンダ、お前に指揮を任せたい」
「よし。引き受けた」
「そしてもう一つは救出部隊。こちらは現在襲撃を受けている地下の生存者の救出に向かう役目だ。私が先陣を切る。後の者は続いてくれ」
「指揮を執る者が必要になると思うが」
「出来そうな者を選定するさ。どちらにしろ救出部隊は少数精鋭になるからな」
「フッ……それがお前のワガママ、か。よかろう。付き合ってやる」
「頼む……時間がない。すぐに部隊を編成し次第、都市に向かうぞ」
「既に部隊の編成は済んである」
ルシンダさんはデレク様と顔を見合わせ、頷いた。
「きっとリオンが、お前の心を引っ張り上げてくれる。だから今のうちに出来る準備はしておくべきだと進言してくれた者がいたのでな」
「……そうか。感謝する」
浄化装置強襲部隊のメンバーはルシンダさんとローラ様を中心とした魚人界の兵たちが組み込まれた。
そして救出部隊のメンバーには俺、メイナードさん、デレク様、マリア、クレオメさんと、残り少数の魚人界の兵士で構成された。
すぐに部隊は集結し、出発を前にメイナードさんは皆に対して静かに語りかける。
「……本来ならば。魚人界を救うことを優先すべきならば。全ての戦力を浄化装置の襲撃に当てるべきなのかもしれん。しかし、私は……私には、助けたい者がいる。これは私のワガママだ。無理に付き合ってくれとも言えん。もしここで、この作戦に反対だという者がいれば、遠慮することはない。自由に去ってもらっても構わない。そのことで私から何らかの罰を下すこともないと約束しよう」
しばらくの沈黙。少しの静寂。その間、誰一人としてこの場から去る者はいなかった。
それが、彼が歩んできた足跡。彼の行いが齎したものを示していた。
「……ありがとう」
最後に、お礼を言って。
俺たちは都市へと向けて出発した。