第64話 下準備
「それが貴方とメイナードとやらの出会いだったのね」
地下の隠し部屋で作業を行うアリシア。
様子を見に来たというセルマとの世間話の最中、話題は昔話に切り替わっていた。
「はい。あの頃の王子は、とても荒れていらっしゃいました」
「ふーん。今じゃ大人しくなったんでしょう? そんな暴れん坊をどうやって手懐けたのかしら」
「手懐けたわけではありません。あの方は昔も今も中身は変わっていませんよ。ただ少し不器用なだけです」
語るセルマの顔には、話題の中心となっている人物への慈しみを感じ取る。それだけ大切な人なのだろう。たとえ種族が違えども、抱く思いに壁はない。
「……アリシアさん?」
「ん。何かしら」
「いえ。ただ……嬉しそうに笑っていらっしゃったので」
「ごめんなさい。顔に出ていたみたい」
「謝ることでは」
首を振りながら、セルマの視線は微かな好奇心のようなものが含まれている。相手にばかり昔話をさせてしまうのも悪い。
「わたしね、恋人がいるの。人間の男の子の」
「人間の……? ですがアリシア様は……」
「ええ。魔族よ。そしてその人間の男の子は、私の護衛でもある」
だから、と。アリシアは言葉を続ける。
「貴方たちと私たちを重ねちゃったのよ。ふふっ……大変よね。種族が違うと、考えることも多くて」
「……そうですね。特に私や貴方の場合は、身分も違いますから」
共通の話題に花が咲く。セルマの顔にも緊張の糸がほぐれてきたことがアリシアからも見て取れた。
「ところで……アリシアさんは此処に来てからずっと、何をお造りになられているのでしょう?」
「治療用魔道具よ」
「治療用? それは……回復魔法ということでしょうか?」
「少し違うわ。回復魔法はあくまでも魔力による外部的な力で『癒す』魔法。今わたしが造っているのは本人の治癒力を活性化させるための道具。気休め程度だけど……多少は動けるようになるはずよ」
「そ、そんなことが可能なんですか……!?」
「そうね。ありもので造ってるから急場しのぎにはなるだろうけど……少しでも動ける人を増やしておかないと、この先辛くなるだろうし」
「……襲撃が来ると。そうお考えですか」
「それもあるけど。それより先に、上で大きな戦闘が始まると思うから」
アリシアの言葉の意味をすぐに理解したらしい。セルマは顔をこわばらせる。
「まさか」
「そのまさか。近いうちに脱出組が上の連中に仕掛けるはずよ」
「…………無謀です」
「普通ならね。だけど付け入る隙は確かに在る。わたしの王子様がきっとそれに気づいているはずよ」
アリシア自身でも不思議だったが、王子様との確かな繋がりを感じている。
先日覚醒したレベル2による恩恵であるという推測をしながらも、この胸の中に宿る温かな繋がりがたまらなく愛おしい。
(来てくれる。絶対に)
なら自分は、その確信に沿って動くだけだ。
「……信頼しているんですね。その方のことを」
「貴方もでしょう?」
返ってきた言葉に虚を突かれるも、セルマはすぐに笑みを浮かべる。
「……そうですね。信じています。あの方なら……必ず助けに来てくださると」
☆
魚人界都市内部。
かつては栄華を誇った海底都市だったが、今では無数の骸が跋扈する魑魅魍魎の廃墟と化していた。しかし、それはあくまでも表の話。外の惨状など可愛らしい。そう思えるような威圧感を放つ怪物が、都市の一角にて胎動していた。
さながら繭の如き生物を前に、『培養』の権能を有する男……ローガンは独り佇み、鼓動に耳を澄ませている。
「…………何の用だ」
半ば殺気をぶつけるが如き言葉に悪びれもせず、一人の道化が姿を現す。
「そう邪険になさらずともよいではないですか」
アニマ・アニムスは歩みを止める。この先から一歩でも進めば殺す。そう暗に語るだけの殺気を、ローガンは放っていた。
「いやァ、期せずして海底に招いた『権能』の使い手たちをどうするおつもりかと思いましてね」
「……オレを監視しに来たってワケか?」
「滅相もない。今の私はただの観客にしか過ぎませんのでね。とはいえ同僚のよしみというものです。人手が足りぬというのなら、手伝ってさしあげようかと」
「要らねェよ。直に『偽造繭』も完成する。その最終調整で手が離せねぇだけだ」
「ほう。ではそれを終えれば動き出すと? ノンビリとしていますねぇ。今だ彼らの潜伏場所すら分かっていないというのに」
「誰が捉えてないと言った」
退屈。傲慢。そのどちらもを孕んだ視線がアニマを刺す。
「鼠の潜伏場所などとうに知れている……既に手は打ってあるんだよ」
お知らせ
コミカライズ版、単行本の発売日が9月12日に決定しました!
ちなみに漫画版のタイトルは
「人間だけど魔王軍四天王に育てられた俺は、魔王の娘に愛され支配属性の権能を与えられました。~The guardian of princess~」
になります。長い。