第63話 出会い
ルシンダさんが去った後、メイナードさんは無言でその場から去った。躊躇いはしたものの、俺の足は自然とメイナードさんを追いかけていた。
「メイナードさん」
「……リオン君か。どうした」
「その……」
追いかけたはいいが、それはほぼ反射的な行動であり、俺自身どこまで踏み込んでいいものかを計りかねていた。
(いや……)
ふと、思い浮かんだのは姫様の顔。楽園島に来たばかりの頃、入学式ではとんでもない代表挨拶をぶちかまし、デレク様の屋敷にも踏み込んだりして。躊躇いや向こうの事情なんてお構いなしだった。
「少し、貴方と話をしてみたくて」
「……話?」
メイナードさんは数瞬の間、悩むように沈黙し、
「……分かった。まずは場所を変えようか」
そうして案内されたのは洞窟の外。ネモイ姉さんが張った風の結界の範囲内にある、岩の上に二人で腰を掛ける。
「それで、話というのは」
「『セルマ』さんという方は、メイナードさんにとって大切な方なんですか?」
「……意外だな。君はあまり踏み込んでくるタイプには見えなかったが」
「いつも傍にいるお方の影響を受けたみたいです」
それが誰なのかは言うまでもない。
「大切なんだな。その人のことが」
「……はい。俺が今、世界で一番大切にしたいと思っている方です」
こうして離ればなれになっている今の時間も、つらくて、もどかしくて。
本当は今すぐにでも飛び出して、会いに行きたい。けれどそれは出来ない。姫様に……大切な人の隣に、堂々と在れる自分でいたいから。
「…………」
メイナードさんは静かに空を見上げる。俺の目に映るのはうっすらと差し込んでくる僅かな光。透き通るような蒼の海。ただきっと、メイナードさんはもっと別の何かを……誰かの顔が映っているのだろう。
「……私も同じだ」
そう言って、彼が懐から取り出したのは一つのネックレス。
海のように蒼い輝きを放つ石が埋め込まれており、メイナードさんはそれを愛おしそうに眺めている。
「セルマは私にとって大切な人だ。この世の誰よりも」
ポツリポツリと零すように。
メイナードさんは静かに語り始めた。
☆
人間族、魔族、獣人族、妖精族。
この四大種族は、神より選ばれ『権能』を与えられた者たち。逆に言えば、選ばれなかった種族というのも存在する。
魚人族もその一つ。
他種族の中には四大種族に対する敵対と妬みの感情を有しているものもあるが、魚人族はその歴史を受け入れていた。
海のように深い懐で。流れるがままに。
しかし――――そうした魚人族において、メイナードは異端の存在だったといえる。
生まれ持った優れた才能。それに見合った努力を経て、魚人族の王子たりえるだけの実力を身に着けていた。驕りが生まれていなかったといえば嘘になる。故にこそ、ただ神に選ばれなかったというだけで……『権能』を有していないというだけで、四大種族から外れてしまったことに疑問と不満を抱いていた。
それが己の剣に現れていたと気づいたのは後になってからだが、当時のメイナードの戦い方は魚人族の中でも飛びぬけて力強く、豪快で、荒々しく、まるで獣のようだった。
(なぜ神は我らを選ばなかった)
斬る。
(なぜ祖先はそれを受け入れた)
穿つ。
(なぜだ。なぜだ。なぜだ――――)
削る。
(なぜだ。神はなぜ――――私を選ばなかった!)
そして、殺す。
陣形や連携などまるでお構いなしにただ敵に喰らいつくように刃を向けるメイナードの戦い方は、やがて護るべきはずの民に恐れるようになっていた。
しかしそんなことはどうでもよかった。
現状に甘んじている軟弱な者共など、メイナードにとってはどうでもよかった。
答えが出るはずもないと分かっていながら、叫び続けるかのような戦いに身を投じていたある日――――彼女たちは現れた。
「っ…………!」
槍を弾かれ、幾年ぶりかに膝をつく。
首を垂れて地を見つめることに耐え切れず、相手の顔を睨みつける。
「ほう。まだ睨み返せるだけの力があるか。存外タフだな」
その妖精族の女性は、わざわざメイナードと戦うためだけに魚人界まで訪れた変わり者。
名をルシンダといった。妖精族は『権能』を授けられし四大種族の一角。
戦いを求められれば断る理由もなく、ましてや相手は『権能』を有するのなら尚更。戦いに応じ、神の選択が誤りだったことを証明する――はずだった。
しかし……示された結果は敗北。
それもルシンダは『権能』を使用することもなく、メイナードを叩き伏せてみせた。
「私が勝ったんだ。約束通りしばらく厄介になるぞ」
「待て……まだ、決着は……!」
「ついているだろうよ。武器を失い、体は傷つき、首を垂れている。それが負け以外のなんだというのだ」
メイナードの戦意に応えようともせず、ルシンダは剣を収める。
「……ま、なんだ。魚人界の王子が大層腕が立つと聞いてやってきたというのに……正直言って期待外れだったぞ」
「なんだと……?」
「才能と努力を積んでいることは解ったが、それだけだ。傲慢。不遜。それもいい。しかし、お前の刃を染めているのは――不満。まるで拗ねた子供が暴れているようだ。有象無象にはそれで通じるかもしれんが、私には及ばん。『権能』を使ってやるまでもない」
「き……さま……! まだだ……! もう一度、私と戦え……!」
「構わんぞ。お前が聞き分けの良い子供になったらな」
「くっ……!」
メイナードの意識はそこで途絶えた。
「――――っ……!」
次に目が覚めたのはベッドの上。どうやら医務室に運び込まれたらしいということはかろうじて理解できた。
「お目覚めですか」
傍にいたのは一人の妖精族の女性だった。ルシンダではない。彼女の傍に控えていた者。
☆
「――――それが、私とセルマの出会いだった」