第62話 無理を通す時は
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特にアリシアの可愛さは必見です!!
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「浄化装置を利用されていたとはな……盲点だった」
目的の魔物を討伐することに成功した俺たちはすぐさま隠れ家へと戻り、導き出した見解をメイナードさんたちに話した。浄化装置の実物について詳しいメイナードさんに確認をとり、この『手』が有効かどうかを検討してもらうためである。
「なるほどねー。確かにそれなら、あの兵隊たちが動き続けてる理由としては筋が通ってる。リオン、ちょっと視ない間に成長したねぇ。えらいえらい!」
「ありがとうございます。お褒めに預かり光栄です」
ネモイ姉さんは風でふわりと身体を浮かせると、俺の頭を撫でてくれた。
「うーん……リオンも大きくなったよねぇ。ほんのちょっぴり前までは、ボクの方が大きかったのにさぁ。今じゃ頭を撫でてあげるのも、こうして浮かなきゃいけないんだもんね」
「ちょっぴりって言いますけど、それからもう十年ぐらいは経ってますから」
「ボクたち魔族にとっては十年なんてほんのちょっぴりさ」
何気ないネモイ姉さんの言葉。それがどうしてか胸に刺さった。
胸の中に生まれた微かな靄。疼き。ずっと前から分かっていて、目を背け続けていた現実がその中にはあって。
「――――どうだ、メイナード」
ルシンダさんの声で我に返る。
どうやら俺が呆けている間に話が進んでいたらしい。
「絡繰りは解けた。希望は視えた。ならば策を練り、踏み出す他あるまい?」
決意の宿った彼女の瞳には揺れることなき確かな輝きが灯っていた。
「再び首都へと攻め込む。奪還するぞ、この海を」
ルシンダさんの言葉に、メイナードさんは静かに目を伏せる。
拳を握り、息を吐き、呼吸を整え。
それからゆっくりと言葉を絞り出す。
「……しかし、戦力が足りない。こちらは怪我人の方が圧倒的に多い。このまま攻め込んだところで返り討ちになるのがオチだ。前回の戦いは不意を突かれたとはいえ、こちらは万全に限りなく近い状態だった」
「確かに。だが、今は違う」
「リオン君たちの力を借りるつもりか」
メイナードさんはチラリと僅かに俺たちへと視線を向け、
「彼らは巻き込まれて此処に来たに過ぎない。魚人界の戦いに外界の者を駆り出すつもりか」
「そうだ」
「っ……。正気か……!」
「私に正気を問うか。呆れたな……」
「なんだと……?」
二人の間に微かな闘気が漏れ、火花を散らす。
今にも戦いが始まってもおかしくはないような――そんな空気だ。
「怪我人の多さなどよく分かっている。私とてあの日、貴様と同様におめおめと逃げ帰ってきたのだからな。そしてリオンたちがただ巻き込まれただけで、魚人界の問題に無関係だということも十分に承知している。その強さに縋ることがどれほど身勝手なのかもな」
「ならば……!」
「だが今は、無理を承知で押し通さねばならん時だろうが」
声を張ったわけではない。しかし、それでも確かに圧のある言葉がメイナードさんの瞳を射抜く。
「このまま待つだけか。耐えて、凌ぐだけの日々を過ごすのか。悠長に、怪我人の傷が癒えるまで? 阿呆が。楽観的にも程があるぞ。此処が見つかるのが先か、向こうの目論見が果たされ、我らが処理される方が先かの違いでしかないんだよ」
「っ…………」
「いいか? 守護神様とリオン達が此処に落ちてきたことは奇跡以外の何物でもない。これ以上、何の奇跡を強請る。神様が勝手にローガンを倒してくれるのを待つとでも? それこそ阿呆だ。あとは命を背負い、生きるか滅ぶかの勝負を仕掛けるしかないだろうが。それは一番お前がよく分かっているはずだろうに」
「…………」
黙り込むメイナードさんに、ルシンダさんは肩の力を抜く。
「……まァ、これは外界から来た余所者の意見だ。魚人界を背負う王子たる貴様の立場も解る。私の言ったことは忘れても構わん。だが一つ、これだけは忠告しとくが……向こうにセルマがいるからといって、無理に冷静になろうとするな」
「…………っ……」
なぜだろうか。ルシンダさんが最後に零した言葉が、メイナードさんに一番突き刺さった。そんな気がする。
「……そういうわけだ。リオン、ローラ、デレク、マリア。こちらの状況はかなり切羽詰まっている。起死回生の首都奪還作戦を仕掛けたいところだが、戦力が足らん。よって、何が何でも貴様らの力を借りたいというのが本音だ」
俺としては協力しないという道はない。姫様のこともあるし、『裏の権能』を持つ者たちはこちらも対処しなければならない問題だ。
されど、口を開こうとしたところで、ルシンダさんがそれを制止する。
「先ほどはああ言ったが……結論を急ぐことはない。いくら光明が見えたとはいえ、戦力の差は圧倒的。下手をすれば死ぬ。下手をせずとも死ぬこともあるかもしれん。そんな戦いになるだろう。だから一日ほどゆっくり考えろ。時間をくれてやることは出来んし、断る余地を与えることも出来ず悪いとは思っているがな」
それだけを告げると、ルシンダさんは部屋を後にした。
きっとそのまま、動ける兵たちを集め、情報を集めつつ策を練るのだろう。俺たちにくれた猶予はそのために必要な時間に過ぎない。
「…………」
メイナードさんは一人、無言で佇むのみ。
――――だが一つ、これだけは忠告しとくが……向こうにセルマがいるからといって、無理に冷静になろうとするな。
セルマという人が誰なのか、俺には分からない。
ただ……きっとメイナードさんにとっては、何よりも大切な人なのだろうということだけは、何となく分かった。