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第6話 お姫様は護衛の力を示したい

「あのー、姫様。どういうことですか?」


「まずは強いのからシメて力を示した方が早いでしょ?」


「いや、俺が聞いているのは集団を統率する方法じゃなくてですね?」


 俺は幼少の頃から魔王軍で訓練を積んできたが……そういえば姫様もよく見学に来てたっけなぁ。昔の魔界は力が正義という風潮があったらしい。それは現在にも多少は残っており、魔王軍も例外ではない。俺が姫様の護衛という立場を勝ち取れたのも、力を示すことが出来たおかげだ。そういう環境に身を置く俺を幼少期から見ていたせいかもしれないな、このぶっ飛んだ提案。


「というかですね、魔界の理屈をここに持ち出すのはどうかと思うんですけど……」


「あのね、リオン」


 華麗な足取りで、姫様は耳元に身を寄せてくる。彼女の仄かな体温や吐息が間近にあたり、少しくすぐったい。


「別にわたしがやってもいいのだけれど……ここであなたが力を示せば、周りの鬱陶しい視線だって黙らせられるでしょう? あなたがわたしの護衛をしていることに、誰にも文句は言わせないわ」


 ……この人は、本当に。さっきは「くだらないことを囁く周りを見ている暇があるのなら、わたしだけを見ていなさい」なんて言っておきながら、自分はきっちり周りを見ているじゃないか。俺はこうして姫様にはずっと心配ばかりかけてきたし、余計な気を遣わせてきてしまってたんだな……。


「姫様」


「なーに?」


「それはそれ。これはこれです」


「…………じゃあ、魔界の姫として命令するわ」


「それはズルくないですか!?」


「ズルじゃないもん。わたしに与えられている権限の範囲内だもん」


 俺は魔王軍の兵士である。『魔界の姫』の命令はもはや絶対のものであり、従うのは当然のことだ。しかし姫様は普段、俺に対して『命令』を下すことは少ない。滅多にない。というか、本人がなぜか「リオンにはあんまり『命令』という形でお願いしたくないの」と言っている。だがそのレアケースをここで叩きつけてくるとは。いや、姫が兵に命令を下すことは普通のことと言えば普通のことなんだが。


「話は終わったのか?」


「あー…………終わったといいますか、反則技を使われたといいますか…………」


「終わったわ。いつでもかかってきて頂戴」


「姫様!?」


「なら、お望み通り叩き潰してやる」


 相手の治安部生徒の右腕に、魔力によって構築された土が集まった。それらは瞬時に巨大な腕の形を成す。人間一人ぐらいなら簡単に掴んでしまえるほどのサイズのソレは、俺ではなく――――姫様に向かって放たれた。

 対する姫様はというと、ただ何をするわけでもなく佇んでいる。

 彼女の表情には何の憂いも無く。ただの信頼だけがそこに在った。

 そんな全部を預けたような、任せきった顔をされたら、


「ああ、もうっ! 任されてやりますよ!」


 姫様に迫る土の掌。そんなものを看過するはずなど、とうていなく。

 彼女の美しい金色の髪に触れる寸前で、俺の手が巨大な土塊の掌を止めた。ピクリとも動かなくなる土の腕に対して、治安部の男子生徒は魔法に何が起きたのか理解できないのだろう。可動を試みているが、生憎とこの魔法には俺が『停止』の命令を下している。

 俺が与えられた『権能』によって既にこの魔法は俺の支配下にある。どれだけ動かそうとしても無駄だ。


「すみませんね。姫様の前で止めておくには物騒なんで……バラしちゃいますね」


 そのまま一気に魔力を通し、土塊の掌を作り出す魔法をバラバラに分解してしまう。

 堂々と佇まれている姫様の周囲に、力を失った土の塊は床に散らばり沈黙する。


「な……何が起きた!? オレの魔法が、一瞬で……!?」


「アレド兄……アレド様が言ってましたよ。土で一定の形を作るタイプの魔法はパズルみたいなもの。ピース同士の隙間を魔力でつついてやれば、簡単にバラせる。……魔法じゃありません。ただのちょっとした技術です」


「ッ……! このッ!」


 得体の知れない『何か』を見るような目。

 なるほど。学生の治安部だからといって少し侮っていたのかもしれない。俺の技術もそうだが、この『権能』を直感的に危険だと思えるだけの経験を、目の前の上級生は持っている。

 反射的に魔法陣を展開し、土属性の魔力で光の槍を五本同時構築。直後、間髪入れずに射出してくる。これは本能的に俺が危険な相手なのだと警戒した故に体が勝手に動いた、いわば事故のようなものなのだろう。撃った相手の方が「しまった」とでも言いたげな表情を露わにしている。危険だと判断した相手に反射的に体が動く……これは目の前の上級生がそれなりの修練を積んでいる証だ。


「リオン。止めてあげなさい」


「言われずともそのつもりです」


 体内で魔力を瞬時に練り上げ、『権能』を発動させる。

 相手の魔法術式に干渉……『射出』の命令を上書きし、『停止』に変更する。瞬間、魔力の槍はピタリと動きを停止させた。


「なッ……!? また、俺の魔法が止められた……!? いや、これは……俺の魔法を支配したのか!?」


 人間族。獣人族。妖精族。そして、魔族。

 なぜ姫様やノア様たちの一族が『種族の代表』という立場になりえたのか。

 その理由は唯一つ。彼女たちは神々から『権能』と呼ばれる、魔法を超えた特別な異能を授けられた王族であるからだ。


 神々より授けられし『権能』は、種族によって別々の属性を持っている。

 たとえば魔族の王が持つ『権能』は――――『支配』の属性。

 姫様の転移魔法もその一種であり、彼女の場合は『空間の支配』を得意としている。


 この『権能』の特別な点はそれだけではない。王の一族が認めた者に対して、その属性に沿った『権能』を授けることが出来るという能力が備わっているのだ。


 たとえば魔王軍四天王の方々も、魔王様より『権能』を授かっている。


 ――――火を支配する権能。

 ――――水を支配する権能。

 ――――土を支配する権能。

 ――――風を支配する権能。


 そうして、各々はそれぞれの支配の形を顕現させた。


 同じように俺自身も、姫様より『権能』を与えれらた。


 俺が発現させたのは『魔法の支配』。今のように相手の魔法に干渉して『支配』し、制御を奪うことが出来る。『支配』した魔法は自在に止めたり動かしたりすることも可能だ。


 今やこの槍の魔法は俺の支配下にある。そのまま軌道を変更し……逆方向への『射出』を命じる。


「うおおおおおおおおっ!?」


 襲い掛かってくる刃に対し、治安部の男はガードしようと腕を使って首と心臓を護ろうとするが――――生憎と、俺は上級生を串刺しにする趣味なんてない。適度な距離で槍を停止させ、そのまま魔法を解除させる。


「う……!?」


「姫様。もうよろしいですよね?」


「ええ。ありがとう」


 ぺたん、と尻もちをついた男を前に、俺は魔法を収める。

 …………いや、今回のこれは完全にこっちが悪いんだけど。いきなり乗り込んだと思ったらボスの椅子をよこせだもんな。そりゃ向こうも怒るわな。

 先輩方に同情していると……姫様は尻もちをついている先輩の前に歩み取る。そして、


「申し訳ありませんでした」


 嫌味すら感じさせない、優雅な一礼。


「先輩の皆様。わたしの突然の無礼をお許しください」


「…………ど、どういう……?」


 大柄な治安部の男子生徒は、呆気にとられたような表情を浮かべる。それは周囲にいる者達も同じだった。


「治安部は実力が重視される組織。一年生は後期からの入部が原則とされている――――その規則は重々承知しております。ですが、それでもわたしには治安部に入らなければならない理由があります。そのために無礼であることを知りながら、このような強引な手段を取ってしまいました。どうかお許しください」


「…………うっ……?」


 先ほどまでの態度を一変した姫様の様子に、この場にいた誰もが不意を突かれている。俺と先輩の戦いが収まった一瞬の隙を突いた、姫様なりの攻撃だ。こういう奇襲作戦は姫様の得意技である。


「まともな方法では、治安部に入りたいと申し出ても取り合ってもらえないと思ったものでして。ですが――――治安部入りの必須条件である『実力』を備えていることは、わたしのリオンが証明してくれたと思います」


 ニコリと、華麗な笑みを浮かべる姫様。事実、俺は『実力がないと入ることが出来ない治安部に入部している先輩』に勝ってしまったわけなので……この場における者たちは、『実力を示すことが出来た』という姫様の言葉に対する反論を封じられてしまった。


 まさにぐうの音も出ないとはこのことだ。相変わらず奇襲して一気に攻め落とすのが上手いなぁ姫様……少し前、魔界で魔王様と喧嘩になったらしいけど(どんなことで喧嘩になったのかは知らない)、最後はこんな感じで攻め込んだんだろうな……。


 誰も何も言えない状況。一種の停滞状態に陥ったその時。


「お見事、ですね」


 拍手と共に、ノア様と一人の中年の男性教師が部屋に入ってこられた。


「ぼ、ボス! お帰りなさいませ!」


 治安部の生徒たちがピシッと姿勢を正す。おお、よく訓練されてるな。


「ええ、ただいま戻りました」


「なーにが『ただいま』よ。少し前から見てたでしょうに」


「おや、お気づきでしたか。気配は完全に絶っていたつもりでしたが……流石は魔界の姫」


 くつくつと楽しそうに笑うノア様。あー、この人また面白がってるな。


「笑っている場合かね、ノア君。ここは治安部だぞ? 学院の治安を守る者がトラブルを起こしてどうする」


 眉を寄せているのは、ノア様と共に入ってきた中年の男性教師だ。


「そう怒らなくても良いではありませんか、ナイジェル先生。現状、治安部では持て余している問題を解決せんとする、志高く、かつ実力を備えた新入生です。頼もしいものですよ」


 白々しいなぁ……応援を呼んだのはアンタだろうに。


「まさか、君はこの一年生を入部させるつもりかね? 伝統を曲げてまで?」


「良いではありませんか。この二つの種族が対立している状況、『楽園島』にとって歓迎できるものではありません。新入生の影響で何かが変わるかもしれませんしね」


「しかしだねぇ。伝統を曲げることは感心せんな。第一、私はまだ塔の件に関しては賛成しかねるよ。妖精族と獣人族の件も、たかだか生徒同士の小競り合いだ。何度も言っているが、そう大袈裟に構えることはない。塔も無理に解放することはないのだよ。いいね? 私は忙しいんだ。そろそろ自分の研究に戻らせてもらうよ」


 それだけを言い残して、ナイジェルと呼ばれた先生はつかつかと足早に去っていった。そんな教師を見て、ノア様は肩をすくめている。


「相変わらず、といったところですね」


 ノア様には、あのナイジェルという教師に対して何か思うところがあるらしい。


「ボス。申し訳ありません。治安部の一員でありながら、騒ぎを起こしてしまうなど……」


「そう気に病む必要はありませんよ、オスカー。今回ばかりは相手が悪かった。何しろ相手は魔界の姫と、『権能』を授かった護衛です。無理もありません」


 確かに、このオスカー先輩(やっと名前がわかった)とやらは相手が姫様であったという点が不運だったと言える。それ以外の相手だったら、この人だけで対処出来たであろうに。


「さて。アリシアさん、リオン君。……君たち二人の治安部への入部ですが、我が『島主』としての権限を以て認めましょう。おめでとう、君たちは今この瞬間から治安部の一員です」


 ノア様の宣言に、オスカーさんは微妙そうな……何か言いたげな顔をしている。が、長であるノア様が認めた以上は下手に口出しできないといった様子だ。


「あら。感謝いたしますわ、先輩。けれど、いいのかしら? あの教師が言っていたような伝統とやらを曲げることになるんじゃない?」


「伝統を気にしている状況でもない、とだけ言っておきましょう。そして、二人に治安部の長としての正式な指令を出します。『四葉の塔』解放を目標に、獣人側の『島主』、デレク・ギャロウェイと妖精側の『島主』、ローラ・スウィフトから『鍵』を回収してください。やり方はあなたに任せます」


「了解しましたわ、ボス。それでは行きましょうリオン。伝統ある治安部の名に恥じぬ働きをしなくちゃね」


「り、了解です」


 白々しい二人の、白々しいやり取り。両者の顔には「目的を果たした」とでも言いたげな表情が浮かんでいる。……よくやるよなぁ、ホント。

 治安部の部屋を出て、少し歩いたところで姫様は一息をついた。


「さて、これでやっとスタートラインに立てたってところかしら。ありがとうリオン。あなたのおかげね」


「俺は護衛として当然のことをしたまでですが……姫様。一体何の意味があって治安部に乗り込んで、わざわざ喧嘩を売りに行ったんですか?」


「言ったでしょ。箔をつけるためよ。普通に治安部入りしたってインパクトに欠けるし、だったらいっそ派手に上級生を倒しちゃうぐらいしないと。……そうね。噂が広まるのを待ちたいから、鍵集めは三日後ぐらいからにしましょう」


 これも姫様お得意の奇襲作戦の一つだったのか。派手に暴れて箔をつけ、只者じゃない奴らだと警戒させてから堂々と乗り込む。……まあ、暴れるのは俺の役目だったんだけど。


「それと、狙いはもう一つあるわ」


 くるり、と。前を歩いていた姫様が、俺の方に向き直る。

 どこか嬉しそうな、誇らしげな。そんな顔をしていて。


「治安部の上級生を倒しちゃったんだもの。これでもう、リオンがわたしの護衛であることに文句を言う生徒なんていなくなるでしょう?」


「姫様…………」


 ああ、まったく。この人は……どうしてそんなに、嬉しそうな表情を浮かべてくれるのか。


「姫様。ありがとうございます。俺は、あなたの護衛で本当によかっ――――」


 風の乱れ。反射的に体は動き、姫様を抱きしめ地面に倒れ込む。


「姫様ッ!」


 直後だった。先ほどまで姫様が立っていた場所に、風を切り裂きながら幾つもの短剣が叩き込まれた。石畳を容易く抉り、突き刺さる刃。それは先ほどのオスカーさんとは全く違う、殺意のこもったモノ。……姫様の命を奪うつもりで放たれたモノだ。


「リオン、後ろ!」


「ッ!」


 振り向き、視界に入ってきたのは黒いマントで全身を覆った何者か。

 手には剣を持っており、距離を詰め、俺諸共に姫様を貫かんと刃を既に解き放っている。

 短剣を回避されても次の手段を動揺することなく実行している。加えて、あの短剣には結界を編む魔法を仕込んでいたらしい。俺たちの周囲はいつの間にか魔法の防御壁によって包囲されており、逃げ場というものが一切ない。


 一手一手が無駄なく、流れるように繰り出されている。タイミングも良い。ひと騒動終わった後の、気の緩んだ一瞬を狙った。……間違いない。こいつは幾つもの殺しの経験を積んだプロだ。普通ならこれで詰みだ。それぐらい完璧な連撃だった。


 ――――普通、なら。


「ッ!?」


 謎の黒マントが驚愕の声を漏らす。それもそうだろう。周囲に展開していた防御結界が歪曲し、俺と姫様に向けて放たれた刃を完全に遮断していた。刃はそれ以上先を進むことを許されず、防御壁にぶつかるままだ。


「アンタの魔法を『支配』した」


 姫様より授かった『支配』の権能。

 相手が俺たちの逃げ場を塞ぐ為、短剣から展開した防御魔法の結界。それを俺が『支配』し、こちらの防御に利用したのだ。


「…………!」


 己の一手が外れたことを知ると、軽快な動きで下がる黒マント。しかし、今度は俺が逃がさない。『支配』した結界を利用し、今度は俺があの黒マントの逃げ道を塞ぐ。


「逃がすかよ。……姫様、お下がりください」


 集中力と魔力を瞬時に高める。姫様を……俺の大切な人を、傷つけさせないように。


「コイツはあなたの命を狙っています。だから――――俺が潰します」







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