第58話 もう一方で
お待たせしました。
「さて、どうしたものかしらね」
意識を覚醒させ、周囲の状況を確認した時。
まず目の前に飛び込んできたのは、空に浮かぶ海の景色。
加えて、周りにリオンを始めとする他の王族たちの姿はなかった。
「どうしたものでしょうかね」
ノアを除いて。
「なんでよりにもよって貴方がいるのよ」
「こちらにとっても不本意であることはお忘れなく」
火花を散らしつつ、今はそんなことをしている場合でもないという認識だけは一致しているので互いに矛を収める。
「……ここは、海底のようですね」
「そうね。息もできるし、魔力の感覚からして街もあるみたい」
「ふむ。海底に広がる世界ということですか……つまりここは」
「『魚人界』。そう考えた方がよさそうね。わたしも資料で読んだぐらいだけど」
ひとまずここで立ち止まっていても意味はないので、二人は(不本意ながらも)前に進んでいくことにした。周囲への警戒や観察を怠ることなく、堂々としていながらも慎重に。
しばらく進んでいくうちに、アリシアは足を止めた。
「これって……」
サンゴ礁の隙間に身を寄せ陰から様子を窺う。視線の先には戦闘によって破壊されたであろう瓦礫の数々。元は街だったのだろう。民家と思われる廃墟が立ち並んでいた。
「ふむ。只事ではなさそうですね」
「見りゃ分かるわよ」
廃墟では、骸の騎士たちが巡回するように動き回っている。
かなり濃密な魔力を有していることは一目見て分かった。
「未練を抱えて彷徨ってる住民……って感じじゃなさそうね」
「少なくとも、マトモに話が出来る口はついてなさそうですが……調べる必要はあるでしょう。我々が巻き込まれたあの光と無関係とは言えないでしょうし」
「……何よ、その眼は」
「いえ? 派手に動かないように釘を刺しておくべきかどうか悩んでただけですが」
「貴方は私をなんだと思っているのよ」
「では大人しく出来ると?」
「あのね。この状況なんだからそんなの当然――――」
アリシアが持つ空間に対する感覚が、その異変を告げる。
骸の騎士たちの動きが変化した。巡回のような一定の、規則的な移動ではない。
付近に紛れ込んだ異物を感知し、それに対処しようとしているかのような動き。
その異物の正体を視認する。
(子供……?)
手足や耳に魚のヒレのような部位を持った、小さな少女。
アリシアには資料の知識しかなかったが、魚人族の特徴と一致している。
彼女は骸の騎士たちから追われており、必死に走りながら追手を振り切ろうとしていた。
「はぁっ、はぁっ……あっ……!」
既に限界が来ていたのだろう。魚人族の少女は足をもつれさせながら地面に倒れ込む。
見過ごすという選択肢などアリシアの中には欠片も浮かばず、既に体は動き出し、転移魔法にて彼女の傍に現れていた。
「――――ひれ伏しなさい」
解き放たれしは『空間支配』の『権能』。
有無を言わさぬ重力による制圧が、骸の騎士たちを押し潰した。
「えっ……?」
ぽかんとしたまま座り込む少女。
アリシアは小さな魚人族に対して自信に満ちた、堂々とした笑みを浮かべる。
「怪我はないかしら? カワイイお嬢さん」
魚人族の少女はまだ呆気に取られているのか、アリシアの問いに対して首を横に振った。
どうやら大きな怪我はないらしい。
「ん。それは良かったわ」
重力による制圧。普段ならば敵を地べたに縫い付けて終わるが、今回は手ごたえが違った。
骸の騎士たちは抑えつけられていながらも抵抗している。完全に抑えきれない。
(使い魔にしては強力過ぎる……それにこの感覚。魔法というより、わたしたちの『権能』に近いような……)
思考を重ねている間に、抑えつけていた骸の騎士たちの身体がバラバラに切断された。
遅れて、魚人族の少女を護るかのように、傍に剣を持ったノアが降り立った。
「あら。大人しくするんじゃなかったの?」
「レディを傷つける輩を前に大人しくする必要はないでしょう」
周囲の骸の騎士は一掃されたが、遠くから足音が聞こえてきた。
「新手が来る前に離れた方がよさそうですね」
「分かってるわよそれぐらい。問題はどこに逃げるかだけど……」
「あ、あのっ」
状況に頭が追い付いてきたらしい魚人族の少女が、アリシアの手を引っ張った。
「わ、わたしについてきてくださいっ」