第56話 守護神様
俺たちは新たに現れた裏の権能の使い手、『培養』属性を操るローガンからの襲撃を逃れることに成功した。しかしそれは、俺の目の前を歩いているこの男が助けてくれたからこそのもの。
「……よし。結界の内部に入った。ここまで来たなら安全だ。すまなかったな、少々強引に連れ出してしまったか」
「いや、貴方のおかげで助かりました……ですが、なぜ俺たちを?」
「ローガンは我らの敵だ。アイツと敵対する者ならば、見捨てぬ理由はない。それに……」
男は俺を観察するような視線を注ぐ。そして彼の中で何かしらの確信が得たのだろう。
「君は『リオン』で間違いないな?」
「……俺のことを知っているのですか?」
「うむ。我らの守護神様から話はよく伺っている。何より先ほど君が使った火の『権能』と水の『権能』の魔力から伝わる感覚で確信した」
彼の言う守護神様が何者なのかは定かではない。というか俺には神様の知り合いなんかいないし、俺の『権能』を知る者は限られている。一体誰なんだ?
「あぁっ! 思い出しましたわ!」
「む。どうした、ローラ」
「思いだしましたのよ! この世界と、この方のことを!」
ローラ様はきょろきょろと辺りを見渡しながら、興奮を抑えきれない様子だった。
「んあー! なぜワタクシは忘れてましたのー! 念願の『魚人界』でしたのにー! ワタクシのバカ! おバカ!」
「……ローラよ。一人反省会は後にしてくれないか」
ため息をつきながらデレク様が窘め、ローラ様は落ち着きを取り戻した。
「……ここは我々の世界だ。軽い説明ぐらいなら、私が引き受けるが」
「そ、それには及びませんわ。メイナード様」
メイナードという魚人に対し、ローラ様は優雅に一礼してみせる。
「お久しぶりですわ。ワタクシはローラ・スウィフト……十年ほど前に一度だけ、お会いしたことがございます。すぐに気づかなかったご無礼をお許しくださいませ」
「気にすることはない。……しかし、大きくなったな、妖精界の姫君。あれから血の滲むが如き鍛錬を重ねたのだろう。研ぎ澄まされた魔力を感じる」
「魚人族が誇る至高の戦士からそう言って頂けるとは光栄ですわ」
魚人族。
聞いたことがある。妖精族と魔族の中間的な存在で、海底に住まうという種族のことだ。
メイナードという男を見てみると、手足や耳などに魚のヒレのような部位がある。あれが魚人族としての特徴なのだろう。
確か普段は海の中で過ごしており基本的に陸に上がってくることは滅多にない。それ故に他種族との交流も希薄なのだという。
「魚人族の住まう海底の世界。それがこの『魚人界』ですわ。元々、妖精界との交流があったのでワタクシも多少の知識がありましたの。交流といってもそう活発ではないですし、実際に訪れたのは初めてでしたが……」
「……そういえば私も人間界にいた頃、僅かにですが聞いたことがあります。魚人界には水の槍を以て千の魔物をたった一人で制圧した戦士が存在すると。まさか……」
「その通りですわ、クレオメさん。メイナード様こそ魚人界最強の戦士にして、王位継承権を持つ、魚人界の王族ですわ」
「王族、か……今や、その立場も危ういものだがな。いや、危ういのは立場ではなくこの世界そのものか」
自嘲気味に吐き捨てるメイナードさんは、「ここからは歩きながら話すとしよう」と俺たちを先導して歩き出した。
「メイナード様。さっき貴方が俺に言った言葉からして、裏の権能の使い手……あのローガンという少年をご存じなのですか? アイツは一体、この魚人界で何をしているんですか?」
「奴は数週間ほど前、突如としてこの魚人界に現れた。一切の対話も警告もなく攻撃を開始し、屍の兵を以て瞬く間に首都を制圧してしまったのだ」
「……裏の権能を用いた侵略行為か」
デレク様の言葉にメイナード様は静かに頷く。
「『培養』の属性。アレは奴の魔力と触媒を以て己の兵を生育し、増殖させる力だ。幾ら倒そうと、指先一つで新たな兵を生み出し、数を増やすことが出来る。こちらも数を揃えて抵抗したが、それを遥かに上回る数の暴力により、首都を防衛していた我々は敗北を喫してしまった」
先ほどの戦闘を思い出す。
確かにあのローガンという少年は容易く屍の兵を生み出して見せていた。それも兵を組み合わせることによる強化まで……数を揃える力としては最高峰。加えてその質を向上させることも可能ときた。『数の暴力』という言葉がぴったりと嵌る。
アニマ・アニムスの『従属』属性とは別ベクトルで厄介な力だ。
「傷ついた民や兵を連れ出すため、やむを得ず我々は逃走し、隠れ家に潜んだ。そして今はローガン打倒を目指し、各地でゲリラ戦を展開しながら機会を窺っていた……そこに君たちが現れたというわけだ」
「なるほど。そのような事情が……しかし、流石は至高の戦士と呼ばれるだけのことはございますね。あの『培養』属性を前にして負傷した民や兵を連れ出して逃げ出せるとは」
感心したように頷くマリアに対し、メイナード様は首を横に振る。
「私の力ではない。全ては守護神様が我らにお力を貸してくださったからこそ。拠点を転々とするしかなかった我々が一ヶ所に潜伏し休息をとることが出来るのも、守護神様の結界があってこそ……拠点の移動は負担も大きく、精神的な消耗も激しいからな。ありがたいことだ」
その守護神様という人は、どうやらかなりの使い手らしい。
メイナードさんの言葉によるとここはもう結界の領域内らしいが、その境目が全く分からなかった。入った時に違和感の一つもない。こんなことは莫大な魔力と精密な魔力と術式の制御がなければ成立しない。それこそ、四天王の方々ぐらいじゃないと…………ん? いや、待てよ? 守護神ってもしかして……。
「着いたぞ。ここが我らの隠れ家だ」
辿り着いた場所は、海底にある巨大な洞窟だ。周りは複雑に絡み合ったサンゴ礁が囲っており入り口を発見されづらくしている。確かにここならば隠れ家として最適だろう。
洞窟の中には魚人と思われる人々が生活を営んでいた。中には負傷しており、傷の手当てを受けている者達もいる。この光景を目にして、改めてこの魚人界で裏の権能を持つ者による侵略行為が行われていることを思い知った。
「さっそく我らが守護神様の下に案内しよう。ついてきてくれ」
メイナード様に連れられ洞窟内を進む俺たちは、やがて大きな天幕に案内された。
「ただいま戻りました、守護神様」
「おっかえりー。メイナード。ていうかさー。何度も言ってるけど、ボクは守護神様じゃないから、その呼び方はなんかヤだなー……ってアレ? この魔力…………」
「客人をお連れしました。守護神様がお喜びになるかと思いまして」
「やったー! さっすがメイナード!」
巻き起こる無邪気な風。それにこの声。
間違いない。守護神様の正体って……!
「リオンー! 久しぶりー!」
「わぶっ!?」
風を纏いながら俺の胸に飛び込み、抱き着いてきた小柄な少女。
この方を、俺はよく知っている。
「や、やっぱり貴方は……ネモイ姉さん!」
■コミカライズ決定!!!
「人間だけど魔王軍四天王に育てられた俺は、魔王の娘に愛され支配属性の権能を与えられました。」のコミカライズが決定しました!
コミックアース・スターで2020年春頃連載開始予定です!!
書籍版最新第二巻も12月14日発売となっておりますので、よろしくお願い致します!
第二巻特集サイト↓
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