第55話 培養
焔が骸を焼き焦がし、拳が骸を殴り崩す。
この『権能』を輝かせる王族達の前では、群がる亡者はまさに有象無象だ。
「数は多いが、大したことはない……!」
「ええ! これならなんてことありませんわ!」
オーラを纏いしデレク様と神秘の輝きを振るうローラ様。この二人の息の合った連携が瞬く間に雑兵たちを蹴散らしていく。マリアやクレオメさん、俺も負けじと駆け抜けると、あっという間に湧き出した骸たちは全滅した。
「……妙ですね」
殲滅を為し、静けさに包まれた周囲。
ここに居る者達はそれぐらいで警戒を解くほど温くはなく、先にその違和感を言葉にしたのはマリアだった。
「今の骸……ただの魔物とは思えません。この手ごたえはどこか作り物めいていました」
「同感です。刃ごしに伝わってきた気配……シルヴェスター王の時と似たものを感じました。今の骸も何者かが操っているのか、もしくは邪神の『権能』による――――」
「――――いやぁ、流石は前回手痛い思いをしただけあって察しが良いですねぇ」
こちらを一歩引いた場所から見下ろしているような声の主に、俺たちは覚えがあった。
感じた気配を辿り焔をまき散らすと、空間の一部がどろりと溶け、一人の男が姿を現す。
人の心を歪める仮面を駆使し、シルヴェスター王を以て俺たちに死闘を齎した道化師。
「アニマ・アニムス……!」
「ご機嫌用、リオン君。また君に会えて嬉しいですよ。アリシア・アークライトはお元気で?」
「ッ……! さっきの光の波はお前の仕業か!」
「おおっと。それは誤解というもの。今回の一件、私は関与しておりませんよ。ついでに捕捉しておきますと、先ほどのセンス皆無の骸兵も私が手配したキャストではありませんので、あしからず」
アニマ・アニムスがいつものおどけたような笑みを浮かべたと同時に……周囲の大地が隆起する。砂煙を巻き上げ、地中から次々と骸の兵隊が現れた。
「誰のセンスが皆無だって?」
視界が砂埃に包まれる中、アニマ・アニムスの隣に一人の男が佇んでいた。
線の細い、どこか幼い顔をした少年。歳は俺たちとそう変わらない。気だるげな表情の中にも、己に対する無邪気な自信のようなものを漲らせている。
「おやおや、ついうっかり口を滑らせてしまいました」
「テメェの方がよっぽど趣味悪ぃんだよ。このヘラヘラ道化師が」
少年は俺たちの方に視線をチラリと向けると、深いため息をつく。
「はァ……ったく。サイアクだ。実験は上手くいかねェわ、権能保有者共がこっちに落ちてくるわ……テメェ。道化師じゃなくて疫病神の間違いなんじゃね?」
「上手くいかないことを私のせいにされましてもねぇ……ローガン。ただ貴方が『権能』の力を十分に扱い切れていないからでは?」
「ざけんな。オレの『権能』は完璧にして完全。問題があるのは素材の方に決まってんだろが」
「それは失礼いたしました」
「心にも思ってねぇことを」
苛立ちを隠そうともしない態度。ギロリと俺たちを一瞥するや否や、
「ッ!」
体内から膨大な量の邪悪な魔力を爆発させた。
「この威圧感……シルヴェスター王にも匹敵するほどの……!?」
実際に戦ったクレオメさんが漏らした言葉に俺も異論はない。
あのローガンと呼ばれた少年は、それほどの実力を有している……!
「あのリオンかというやつ……テメェのお気に入りだったな?」
「ええ。彼が紡ぐ物語を私は楽しみにしております」
「んじゃ潰すわ」
骸の兵士たちに更なる魔力が加わっていく。それだけじゃない。骸同士の身体が組み合わさり、さながら鎧の如き装備を纏った兵へと変貌していく。
「おやおや意地悪をなさる。そんなに私がお嫌いですか?」
「嫌いだね。それにこれは意地悪とやらじゃねぇ」
骸の兵……否、骸の騎士は地獄の底から響いてくるような咆哮を上げ、
「嫌がらせだ」
鋭く地面を蹴り、襲い掛かってきた。
数は五体。その全てが俺一人に向けて殺到する。
「させませんわ!」
ローラ様の『神秘』属性によって生まれ出た植物の蔦が骸の騎士を牽制する。蔦から逃れた二体は剣を振り下ろしてきたので、拳に纏った焔を以て対抗する。正面から受け止めた二撃。微かに身体が後ろにズレた。
「……! 気を付けてください! こいつら、さっきより強くなってる……!」
「当たり前だろうが」
ローガンが指を鳴らすと、骸の騎士に更なる魔力が付与され、そのパワーを増していく。
それだけじゃない。周囲からまた更に骸の騎士が湧きだし、俺たちは再度包囲されてしまった。
デレク様たちも対応してはいるが、急激にパワーアップした骸の騎士たちの猛攻に少しずつ押されている。
「む……! これは……!」
「一体ずつなら何とかなりますが……」
「これだけの数を、揃えられては……!」
確かに強化されてはいるが、個としての強さはまだ俺たちの方が上。されど敵は、指を一つ鳴らすだけで数を用意する事が出来る。
「オレの『培養』は完璧なんだよ。テメェらの温い『権能』で抗えると思うな」
「『培養』……アニマ・アニムスの『従属』に続く『裏の権能』か……!」
「この疫病神に続く、なんてきめぇ言い方してんじゃねぇよ。アニマのお気に入り。黙って俺だけを崇め称えてろ」
ローガンが指を鳴らし、ダメ押しとばかりに骸を生み出していく。
これで数はざっと二十近く。対する俺たちはたったの五人。
このままでは物量の差で押し切られてしまう。
「リオン様。シルヴェスター王の戦いで発動したという『レベル2』による状況の打開はなりませんか?」
「使いたいのはやまやまだけど、今は無理みたいだ。あれは姫様がいないと……」
あの『レベル2』は俺一人の力で至ったものでも、成り立っているものでもない。
姫様が隣にいてくれたからこその力。今、その姫様は隣にいない。よって『レベル2』を発動する事が出来ない。
(どうする……!)
デレク様たちも応戦してくれてはいるが、じりじりと包囲網は狭まっている。
そう遠くないうちにこの戦線は崩壊し、俺たちは海の藻屑となり果てるだけだろう。
何か……何か少しでも、きっかけがあれば……!
「――――伏せろッ!」
声に反射的に従い、防御のため身を固める。
直後、頭上から大量の槍が降り注いできた。一つ一つが水で構成された魔法の槍。
圧倒的破壊力を持つそれは骸の騎士の鎧を穿ち、地面に縫い付けた。
「チッ……このうざってぇ魔法、魚人か……!」
ローガンが怯んだ。それに……先ほどの槍によって、突破口が開けている。
その先にいるのは槍を手にした男だ。見たところ敵意はない。彼は俺たちの姿を確認するや否や、
「来いッ!」
「ッ……! はいっ!」
『権能』を焔から水へ切り替える。
そのまま生み出した水を用い、デレク様たちを包み込んで開いた突破口に向けて流れ込み、逃走する。
ローガンが更に動こうとする気配があったが、男が牽制の槍を放ち続けてくれたおかげでなんとか包囲網を抜け出すことに成功する。
「ありがとうございます! 貴方は……」
「話は後だ、外界の者よ。足止めもそう長くはもたん……ついてこい。我らの隠れ家へと案内しよう」