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第54話 海の底で

 着替えを済ませた女性陣も到着し、海でのバカンスが幕を開けた。


「冷たいですわー! 気持ちいですわー! ゆらゆらですわー!」


 キラキラと目を輝かせたローラ様は子供の用にはしゃいでいる。あまり海で遊んだこともないのだろうし、今日は普段の王族としての立場を忘れてはしゃぐことが出来る日だ。見ていて微笑ましいものがある。


「昔リオンもあんな感じではしゃいでたわよね」

「あ、あそこまでじゃないですよっ」

「ふふっ。そうだったかしら?」

「そうですよっ」


 言われてみれば確かに昔、魔界で四天王の方々に連れられて海に出かけたことがあった。その時は姫様も一緒で、俺は初めての海にはしゃいでた記憶がある。


「しょっぱいですわー! ひんやりですわー!」


 ……だが、今のローラ様ほどはしゃいでたつもりはない。


「ふふっ。別に、わたしに遠慮してくてもいいのよ? リオン。わたしのリ」


 姫様の悪戯っ子のような笑みは、真横から突然飛んできた水飛沫によってかき消された。


「そこのお二人、何してますのっ! 早くこっちへおいでなさいな! せっかくのバカンス、楽しまなくては損ですわよっ!」

「………………………………」


 ワクワクキラキラとしたローラ様の無邪気な一撃。

 おそらく本人からすればただの遊びで、戯れで、それ以上の意図はないのだろうが、姫様としては邪魔されたと思ったらしい。「いい度胸してるじゃない」とでも言いたげな顔だ。

 ノア様にしてもデレク様にしてもローラ様にしても……姫様は他種族の王族の方々にペースを崩されてばかりというかなんというか(その逆もまた然り、なのだろうが)。


「…………リオン。ちょっと待ってなさい。バカンスの楽しみ方を教えてくるから」


 漲る魔力。迸る魔法。

 海水を器用にコントロールし、姫様は周囲に水の球体を創り出し、ローラ様に向けて射出した。


「それが海での遊び方ですのねっ!? ワタクシも負けませんわよー!」


 ローラ様も対抗して魔法で固めた海水を射出し、遊びというには些か激しいバトルが勃発した。

 まあ……ほどほどに頑張ってください。


「おや。リオン君は混ざらないのですか?」

「ご冗談をノア様。混ざっても俺の身体が持ちません」


 所々で水柱が上がっており、もはや戦争でもしているのかとツッコミを入れたくなる。


「それは確かに。なら、私と一緒にゆっくりと語らうというのはいかがでしょう。普段からアリシア姫に振り回されていると、疲れや愚痴もたまっていることでしょう」

「抜け駆けは感心しませんね、ノア」


 いつの間にやら傍に寄っていたのはクレオメさんだ。むすっと頬を膨らませ、不機嫌そうにしている。


「リオンは貴方だけの弟ではありませんよ。私の弟でもあるんですから」

「抜け駆けとは人聞きの悪い。私はただ、包容力に勝る方がリオン君の癒し手として優れていると判断したまでですよ」

「包容力に勝るという条件は私にこそ当てはまるでしょう」

「貴方が私より包容力に勝っているという根拠は?」

「ほう。それを私の口から言わせますか?」

「…………剣を抜きなさい。海の藻屑にして差し上げましょう」


 なんでここでも戦争が勃発しそうになっているんだ……!?


「ね、姉さん! に、兄さんっ! 喧嘩なんて止めてくださいっ!」

「「…………!」」


 と、止まった……二人同時に、ピタリと。

 それどころか二人して俺の顔をじーっと見つめている。


「リオン君、もう一度お願いします」

「も、もう一度? 何をですか?」

「今度は『ノア兄さん』と」

「えぇっ……!?」

「待ちなさいノア。リオンも困っているでしょう?」


 俺がたじろいでいることに気づいてくれたのだろう。クレオメさんがノア様を窘めてくださった。


「それはそうとリオン……私のことは『クレオメ姉さん』と呼ぶといいですよ?」


 違った。こっちも侵略して来ようとしている……!

 四天王の方々に対して言う時は特に気にならないのだが、この二人に改めてそういう呼び方をするのはまだあまり慣れない。照れの方が大きい。


「なに、恥ずかしがることはありません。君はカワイイ弟なのですから」

「実を言うと私も可愛らしい弟に憧れがあったといいますか……」


 さっきから二人の気迫が凄い。

 俺がつい口に滑らせてしまった「兄さん」「姉さん」呼びがこんなことを引き起こしてしまうとは……。

 とりあえず誰か助けてほしい。この状況で援軍として望めそうな人は……。


「ふっふっふっー! このままワタクシが攻め落として差し上げますわー!」

「よくもまあ吼えたものね。攻撃でわたしに勝てると思ってるの?」


 ダメだ。姫様とローラ様の戦争はより激しさを増している。

 いや待てよ。まだデレク様とマリアがどうしているのかを見かけていない。

 あの二人ならあるいは……!


「嗚呼、水を操り華麗に戦うアリシア様のお姿……なんて美しいのでしょう。私にも流れ弾が飛んでこないものでしょうか……」


 何言ってんだあいつは。


「アリシア様の美しさはまさに遍く海に希望を齎す光輝なる女神のよう……デレク様もそう思いませんか?」

「そ、そうか……オレとしては…………その……き、君の方が…………」

「私が何か?」

「いや……なんでも、ない……」

「そうですか……もし、私に至らぬ点があれば遠慮なく仰ってくださいね」

「そ、そんなことは……むしろオレが…………」


 ダメだ……! 二人とも援軍としては全く望めそうにない……!

 くそっ。他に何か手は……。


「…………っ!?」


 ――――乱れる風。気配。うねり。


 辺り一帯を、魔力の波動が駆け巡る。次いで余波もなく予兆もなく、瞬く間に海がうねり始め、光の柱が立ち上る。さしもの姫様たちも急激な魔力の歪みを感じ取った時から、それぞれの手を止めて警戒態勢に入る。


 流石というべきか王族の皆様の非常時における対応が素早い……が、目の前より迸る異常なる景色。光の波は、有無を言わさず俺たちを飲み込み、そして―――――


 ☆


「う…………」


 瞼を開く。視界に広がる蒼の景色を眼に受け入れ、意識が覚醒したことを自覚する。


「っ……! 姫様っ!」


 跳ね起き、周囲の状況を確認する。

 周りにはマリアとデレク様、ローラ様、そしてクレオメさんが倒れていた。が、姫様とノア様の姿が見当たらない。

 胃の中に冷たいものが落ちたような感覚。募る不安と焦り。だけどそれはすぐに落ち着いていく。


「……無事、なのか?」


 不思議な感覚だ。姫様が無事であることが、何となくだが感じられる。

 その原因は恐らくシルヴェスター王との戦いの際に発現した『レベル2』……『エンゲージ』の影響だろうか。離れていても姫様の存在を仄かにだが感じることが出来た。


 その後、まだ気を失っているマリア達を起こしていく。

 現状を掴みきれてはいないがここで気を失っている時間が続くのは危険だ。

 幸いにして全員に大きな怪我もなく、すぐに意識を取り戻してくれた。


「リオン様。アリシア様のお姿が見当たりませんが……」

「どうやらはぐれたらしい。姫様がどこにいるのか分からないけど……多分、無事だ」

「それなら良いのですが……そもそもここは、一体どこなのでしょう?」


 マリアの疑問は至極真っ当なものだ。

 足元は砂が満ちている。広い空間で、周りには岩や珊瑚で囲まれている。頭上を見上げれば仄かな光と、空を覆う海水。


「まるで海底にいるかのようですね」


 ポツリと零したクレオメさんの言葉にしっくりと来る。

 そう。まるでここは、海の底にいるかのようだ。


「一応、呼吸は出来ているようですが……もしかすると、海の底に魔法で構築した空間なのかもしれませんね」

「海の底に広がる世界……どこかで聞き覚えがあったような……」


 クレオメさんの言葉を受けて何かを思い出しかけているのか、ローラ様が首を捻る。


「……どうやら、ゆっくりと考えている暇はなさそうだ」


 その異変にいち早く気付いたのはデレク様だった。

 渦巻く魔力と共に、足元の砂から無数の『何か』が現れる。

 その『何か』の正体は、二足歩行で歩く骸の兵隊だった。手には槍や剣といった武器を手にしており、今にも襲い掛かってきそうな威圧感を放ちながら、俺たちを取り囲む。


「歓迎されているようですね」

「そのようだ。行けるか、リオン君」

「勿論です」


 『四葉の塔』事件の後、デレク様とは定期的に鍛錬を共にし、手合わせを重ねている。

 戦う時の呼吸も把握しているので連携は取りやすい。


(焔は……よし、問題ない)


 『権能』による焔を拳に纏う。海底の世界とはいえ水が満ちているわけじゃない。焔の揺らめきに綻びは見当たらなかった。


「殿方二人で盛り上がっていますが、喧嘩を売られているのは貴方達だけではありませんわよ」


 輝く光と共に、ローラ様の周囲に植物の蔦が展開される。


「バカンスも何が起きるか分からないものですね。剣を持ってきたのは正解だったようです」

「同感です」


 言いながら、剣を構えるクレオメさんと、暗器を展開するマリア。

 二人とも水着を身に着けていたとはいえ己が武器を手放さずにいたことが幸いしたようだ。


「……つかぬことを伺いますが、この剣はどこから……?」

「秘密です」


 マリアも今は水着を身に着けているのだが、一体どこから武具を取り出したのか不思議がるクレオメさん。俺も同じ感想だが、マリアは普段から服の中だけでなく魔法を駆使して武器を収納しているのだろう。


「――――――――!」


 襲い掛かる骸の兵隊を焔の拳で迎撃する。

 砕かれた骨の塊は、燃え盛りながら崩れ落ちた。


「まずはこの状況……切り抜けましょう!」


 俺の言葉に応えるかのように、戦う意思を抱きし者達が動き出した。

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