表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/68

第51話 プロローグ

 シルヴェスター王の一件からしばらく。混乱も収束し、一先ずは平和な日常が戻ってきた。魔法学院での授業も一区切りがつき、長期休暇の季節。この間に生徒達は実家に戻ったり、魔法の修練に励んだりと、それぞれの長い休日を謳歌していくことになる。

 他の生徒たちがどのような休暇を過ごすのかは定かではないが、皆機嫌が良い。それは姫様も同様らしく、教科書を鞄にしまっている間もすこぶる機嫌が良かった。周りの生徒も寮に戻り、教室が俺と姫様とマリアの三人だけになるや否や、


「ねぇ、リオン。夏といえば海よね?」


「そうかもしれませんね。人にもよるかと思いますが」


 この謎の質問である。俺としては当たり障りのない答えを返すしかない。


「じゃあ、海といえばなんだと思う?」


「……魔導船とか?」


 裏の権能によって精神を歪められたシルヴェスター王との決戦の場として記憶に新しい。だが姫様が欲した答えではなかったようで、「リオンもまだまだね」と肩をすくめられた。なんでだ。


「アリシア様。よろしいでしょうか」


「もちろんよ、マリア」


 ご丁寧にもピシッと挙手したマリアが真剣そうな面持ちで姫様に告げる。


「――――水着、ですね」


「さすがはマリアね。貴方ならわたしの期待に応えてくれると思ったわ」


「お褒めに預かり光栄です」


「そういうことだから、リオン。一緒に水着を買いに行きましょう」


 何だこのやり取り。


「姫様にお供するのが俺の任務なので、同行はさせてもらいますが……水着を買いにくのに、俺って必要なんですか?」


「サプライズと天秤にかけたのだけれど、恋人になって初めての海なんだもの。リオンにカワイイって思ってもらえる水着を選びたいじゃない」


 そういうことか……と、納得した後で気づく。


「はぁ……リオン様。それをアリシア様の口から言わせてしまうのは、いかがなものかと」


「わ、分かってるよ」


 くそぅ。マリアに言われてしまうとは情けないが、もっと情けないのは俺の方だ。


「俺でよければ、お供させて頂きますよ……任務とかじゃなくて、こ、恋人として」


「ん。お願いするわ」


 お互いに恋人としても一年生だが、自覚という面では姫様には及ばない。

 何だかんだと彼女の方から恋人らしいこと、恋人としてしたいことを提案してもらっている身としては……なんとか挽回しなくちゃいけないな。


 ☆


 夏の季節が訪れているだけあって、大通りの店には色鮮やかな水着が揃っていた。

 ましてやここは『楽園島』。海に囲まれた島であり、島を囲う海は美しい。需要は上々。更には様々な種族が集う場所でもあるからか、多種多様にして気合の入った水着が散見されている。人々がどこか浮かれているようにも見えるのも、夏のなせる技だろうか。


「この様子だと島のビーチは混んでそうですね」


「そうね。まあ、わたしたちが行くのはこの島のビーチじゃないし、大丈夫よ」


「それでいうと、表向きの事情とはいえ、今回の海は遊びがメインじゃないことも覚えて頂けると幸いです」


「分かってるわよ。あくまでも海で遊ぶのはついで。一番の目的は無人島の調査、でしょ?」


 『楽園島』の周辺にはいくつかの無人島が存在している。調査など当然、とっくの昔に済んでいる。つまりこの『調査』というのは建前であり、これはシルヴェスター王の一件を解決に導いた姫様たちに対するちょっとしたバカンスという名のご褒美なのだろう。

 とはいえ、無人島でただ遊び惚けているだけということはあってはならない。建前であっても為さねばならないことがある。


「建前上の理由だけど、ちゃんと覚えてるわ。バカンスを楽しむためのルールだもの」


 言いながら、姫様の足が止まった。


「噂をすれば、ね」


 その視線の先にいたのは、ノア様とクレオメさんの二人だ。

 彼女とは先日のシルヴェスター王との一件で交流を持つようになった。それだけでなく、彼女が人間界における真の王族であることと、俺の実の姉という事実を知った。

 今でも複雑な思い……というより、彼女とどう接すればいいのか分からない自分がいるので、ここで会った今、俺もどういう反応をすればいいのか分からないというのが正直なところだ。


「おや。リオン君ではないですか。それにマリアさんとアリシア姫も……元気そうで何よりです。特にリオン君とマリアさんはこの暑い中、護衛をするのは大変でしょうが頑張ってくださいね」


「こっちとしては、貴方がベッドの上で寝込んでいないことが残念でならないわ。なんならこの暑さでくたばってもいいのよ?」


「せっかく首の皮一枚繋がったこの命です。まだまだくたばりたくはないですね」


 出会った瞬間にこれである。この二人はいつまで経っても相性が悪い。

 傍ではクレオメさんが苦笑している。


「……ま、別にいいわ。貴方たちはいったい何しに来たの?」


「例の調査バカンス前に買い物を済ませておこうと思いましてね。そちらは?」


「似たようなものよ」


「ふむ。そういうことでしたら、少々クレオメを預けてもよろしいでしょうか? 私は別件が入っておりますので」


「の、ノア!? 別件など入っていなかったでしょう!?」


「……仕方がないわね。その提案に乗ってあげる」


「アリシア姫まで!?」


 戸惑うクレオメさんをよそに、二人の話はどんどん進んでいく。


「では、頼みましたよ」


「頼まれてあげるわ」


 それだけの言葉を交わし、ノア様は一人この場を去っていく。

 後に残されたのは突然の流れに困惑したクレオメさんだけ。


「……マリア。お前、このことについて何か聞いてたか?」


「私は何も。ただ……なぜアリシア様とノア様がこのような行動をとったのかは、分かる気がします」


「俺にはサッパリだ」


「リオン様はご自分のことになると途端に鈍くなりますね」


 酷い言われようである。しかし俺にはついさっきの前科があるので何も言えない。


「クレオメさんとリオン様の仲を少しでも良くしようという、お二人なりの気遣いなのだと思いますよ。あの一件以降、あまり話も出来ていないでしょう? それに、見るからに気まずそうにしていますし」


 見抜かれていたか……。


「さて。ノアからも頼まれてしまったことだし、観念してついてきてくれるかしら?」


「……私でよければ、お供させて頂きますよ」


 姫様の言葉通り観念したようなため息と共に、クレオメさんが買い物に加わることになった。両手に花どころか一輪余る現状。喜びよりも気まずさの方が勝る。


「ありがと。わたしたち、新しい水着を買いに来たの。ついでだし貴方もどう?」


 問いかけでありながらも姫様は既にその手をとって彼女を引き寄せている。

 有無を言わさぬというか、逃げださないように拘束しているように見えた。

 そのままクレオメさんを連れて目的の店に入っていった。護衛として俺も店内に入るものの、元々女性向けの服を中心として取り扱っている店だ。様々な女性向けの水着が目に飛び込んできて気おくれするものの、彼女のそばを離れるわけにはいかない。

 店内の女性たちの視線も気になるが、これは護衛として乗り越えなければならない試練だと思い、気づかないフリをする。一応、マリアが傍にいてくれているものの『裏の権能』を持つ者たちの存在もある。シルヴェスター王の一件が沈静化して気が緩んでしまうこの時期こそ気を付けなければならない。

 周囲を警戒しつつ姫様達に視線を向けると楽し気に水着を選んでいる。クレオメさんも最初こそは戸惑っていたものの、少しずつ今の流れに慣れてきたらしい。笑みも自然になってきた。


「リオン。わたしのリオン」


 周囲の警戒を続けていると、姫様に呼び止められる。

 彼女の手には赤と黒の二つの水着があり、それを比べるように持ち上げていた。


「どっちがいいかしら?」


「姫様のお好きな方を……」


「っていうのはナシよ」


 一瞬で退路を断たれた。


「わたしはリオンに選んでもらいたいの。リオンにカワイイって思ってもらえる方を着たいのよ?」


 そう言われてしまうと弱い。

 自分の恋人にここまで言わせておいて逃げるというのも情けない話なので、クレオメさんを見習って観念する。


「えっと……赤、とか。似合うと思います」


「ありがと。ちょっと試着してみるわね」


 嬉しそうに微笑んだ姫様は、そのまま水着を手にして試着室に入っていった。

 精神の修行でもしたのかと自分にツッコミを入れそうなほどに、どっと疲れが出てしまった。


「…………」


「…………」


 ふとした拍子に、クレオメさんと目が合った。

 マリアは周囲を警戒しているのか、姫様が入っている試着室の前に陣取ってくれているせいで距離が少し離れている。

 互いに近くにいるのは俺とクレオメさんの二人だけ。

 いや、こうなるように姫様とマリアが狙ったというべきか。


(この人……俺の姉さん、なんだよなぁ……)


 事実を知った今になっても実感が湧いてこない。気まずさはそのせいなのかもしれないが。一応、シルヴェスター王と話した時に俺はこれからも姫様の傍にいることを選んだが、それだけだ。血の繋がった家族であるという事実を踏まえてこれからどう接していくかは、まだあやふやなままなのかもしれない……それを水着に囲まれながら考えるという今の状況もいかがなものかと思うが。


「…………」


 クレオメさんの方もどうすればいいのか分からないのだろう。水着を見たり、見なかったり。どうやら俺たちは互いに会話のきっかけをつかめずにいるらしい。

 せっかく姫様たちが作ってくれた場だ。少しぐらい会話をすべきなのだろうが……いったい何を話せばいいのやら。この場にあるのは水着だけ。さっきの姫様とのやり取りみたいに、「この水着が似合うと思いますよ」とか言ってみるべきだろうか?


(…………姉に自分の選んだ水着を勧める弟ってなんだよ。地獄か)


 ここはヘンに捻らずストレートにいってみるべきだろうか。

 だとすれば。


「…………ね、姉さん?」

お待たせしました!

新章「誓いのエンゲージ編(仮)」の開始となります!

季節外れの夏のお話です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ