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第50話 エピローグ

 シルヴェスター王との戦いから数日が経った。

 傷の深いノア様や、『団結の騎士団』を相手どったデレク様、ローラ様、マリアの三人を含むあの戦いの負傷者たちは全員命に別状はない。しかし、無傷というわけでもないので多くの者がそれぞれの場所で回復に専念している。

 とはいえ、今回の騒動は島中の人々が知ることとなった。

 魔導船はボロボロだし、講堂の中もメチャクチャだし、およそ隠しきれるものでもないので当然といえば当然だが。

 王が敵の術中に陥り王族に刃を向けたこと。これは大きな失態と言えるだろう。しかし、デレク様やローラ様、姫様たち他種族の王族からの働きかけと、彼ら彼女ら王族たちの尽力によって敵の企みを阻止できたことは高く評価された。

 また、敵……アニマ・アニムスと名乗る男の力。『裏の権能』の存在も公表されたことで、世の関心はそちらに傾いたことも事態の鎮静化に一役買った。

 ノア様とクレオメさんの正体に関しては伏せられたままだ。

 現状維持を続けていくということなのだろう。幸いにして、人々の関心は『裏の権能』の方に向けられているので二人の正体がバレることもなかった(むしろそれを狙っていた可能性もあるが)。

 そんなこんなで外の世界が波を立てている中、俺はというと……。


「……熱い」


 寝込んでいた。

 シルヴェスター王との戦いの前、ローラ様から貰ったエルフ族の秘薬の副作用である。

 魔力が足りなくなって二本目を飲んだせいか、数日たった今も熱が完全に引いてくれない。眩暈や倦怠感もかなり収まってきた。

 大人しく寝込んでいるだけの状態は色々ともどかしいが仕方がない……と、大人しく眠っていようかとしていたところで、部屋の扉が軽くノックされた。


「リオン。入っても、いいかしら」


「勿論です。どうぞ」


 姫様はベッドの傍にある椅子に腰かけるや否や、俺の額に手を当ててきた。ちょっとひんやりしてて気持ちいい。


「ん。熱は引いてきたみたいね…………あっ」


「えっ。ど、どうしました?」


「いや……今のはおでこ同士をくっつけて熱を測るべきだったわね。勿体ないことしちゃったわ」


「あ、そうですか……」


 体調があまり良くないんだから驚かせないでほしい。


「というか、姫様の方は大丈夫なんですか? 同じ秘薬を飲んだじゃないですか」


「副作用はすぐにおさまったわ。リオンの場合は連続で服用したから、熱も酷くなってるのよ」


 確かに。でもあの時はああするしかなかったからなぁ……。


「ふふっ。寝込んじゃった時になんだけど、嬉しいわ。リオンをこうして看病出来るんだから」


「嬉しがらないでくださいよ」


「病人なんだもの。好きに甘えてもいいのよ?」


「……ちょっと考えてさせてください」


 こっちは病人だというのに姫様は随分と嬉しそうだ。


「………………」


「………………」


 どことなく気まずい、探るような沈黙。これは別に今のやり取りとは関係ない。ただ、お互いにかける言葉が見つからないのだ。

 俺がハイランド王家の人間だったことが分かって、本当の家族も知って。ここ数日はドタバタしてたから先送りしていた問題が、こうしたふとした時に飛び出してしまう……いつまでも逃げるわけにはいかないということも、お互いに分かっている。


「……父親には、会わないの?」


「……会って何を話せばいいのか、分からないんですよね」


 頭の中で言いたいことを整理していく。

 俺が姫様に伝えたいことを言葉にしていく。


「正直『今更』って感じがするんですよね。元々、捨てられたもんだと思ってましたし。追放されたんで、似たようなものなんですけど……俺は兄貴たちに拾われて、本当の家族みたいに育ててもらって……それに姫様と出会うこともできました。これ以上の幸せって考えられないぐらいに幸せです。だから本当の家族とか言われても、実感もないし興味もないっていうか……」


 言葉を遮るように、姫様が手を包み込んできた。

 ……優しい。思いやりと愛情にあふれた手だ。


「だったら尚更、会わなくちゃ」


「姫様……でも」


「リオン。今回わたしたちがシルヴェスター王を止めることが出来たのは、この『楽園島』に来て紡いだ人との繋がりがあったからよ。デレクやローラ、マリアにノア、クレオメ……みんなが繋いだバトンを受け取って、わたしたちは戦った。だから勝てた」


 そうだ。誰か一人でも欠けていたら、きっと結果は変わっていた。

 ここに俺も姫様もいなかったかもしれない。


「そんなあなたが、人との繋がりを否定しちゃいけないわ。……確かに、誰かと繋がることはいいことばかりじゃない。辛いことや苦しいことだってあるわ。でも、だからって、そこから目を背けちゃダメ。良いことも悪いことも含めて、『繋がり』なんだから」


 姫様は一瞬の間を置いた。そのほんの小さな間にどんな意味が込められていたのか。どんな想いがあったのか。今の俺は知ることが出来ない。


「自分の家族と向き合ってきなさい。それがきっと、あなたの幸せに繋がるわ」


 それからどれぐらいの時間、見つめ合っていただろう。

 窓の隙間から入ってくる風が心地良い。姫様の金色の髪が仄かに揺れて。


「今この時を以て、護衛の任を解くわ……あなたは家族のところに戻りなさい」


「……でも、俺は」


「離れてても家族は家族……でしょ?」


 彼女がどれほど俺の幸せを願ってくれているか。それが分かってしまう。分かってしまう、からこそ……。


「……わかりました」


 沈黙の末に出した答え。姫様は笑ってくれた。でもその顔は、いつもみたいに輝いてはいなかった。


 ☆


「…………」


 目の前の書類の束をぼんやりと眺めるアリシアだが、手は一切動いていない。以前はあれだけ捗っていたはずの作業が全く進まなかった。


「アリシア様。少し休憩されてはいかがですか」


 言いながら、マリアが机に新しいカップを置いてくれた。傍には一口もつけず、すっかり冷めきってしまったカップが残っている。気を利かせて新しいのを淹れてきてくれたのだろう。


「ん……ごめんなさい、集中できなくて」


 マリアが新しく淹れてくれた紅茶に口をつける。「美味しいわ。ありがと」と、お礼の言葉を告げながらも、その後すぐ心ここにあらずの状態に戻る。


「リオン様が去って、もう三日ですか」


「そうね……今頃、仲良くしているんじゃないかしら」


 三日前。熱が引いたリオンを、ノアたちの住んでいる屋敷まで送り出してきた。向こうには回復に専念して休息をとっているシルヴェスター王もいる。戻ってきていないということは、それなりに上手くやっているのだろう。


「今日はシルヴェスター王が人間界に戻る日だと伺っています……リオン様は」


「……もしかしたら、船に乗っているかもしれないわね」


 元々リオンがこの島に来たのは、種族間対立問題への対処とアリシア護衛のため。前者は既に解決しており、後者はその任を解いた。リオンという少年はもうこの島に留まる理由もない。


「……アリシア様はそれでよろしかったのですか?」


 マリアの問いに、つい数日前なら見栄をはって答えることが出来ただろう。


「いつものアリシア様なら――――」


 だけど今は口を開くことも出来ない。少しでも口を開けば、本音と本心が溢れ出てしまいそうだから。


「……申し訳ありません。余計なことを」


「気にしないで。むしろ嬉しかったわ。ありがと、マリア」


「……お茶菓子でも用意してきますね」


 軽く頭を下げて下がっていくマリアを見て、アリシアの胸がちくりと痛む。


(気を遣わせちゃったみたいね)


 本当なら今すぐにでも会いに行きたい。だけどここで引き留めてしまえば、それはリオンから幸せの可能性を一つ奪ってしまうことになるのではないか。そう思うと踏み出せなかったし、踏み出してはいけないと思った。


(……いつものわたし、か)


 確かにいつものアリシアならば、自分の気持ちを優先させていたかもしれない。


(でも……今はわたしの気持ちよりも)


 リオンの幸せを優先させたい。

 だから、


「…………」


 仕事が手に着かない。ベッドに身を投げ出して、瞼を閉じる。このまま眠ってしまえば、気も紛れるかもしれない。


「――――また夜更かしでもしたんですか?」


「…………っ!?」


 聞き慣れた、心地良い声に惹かれて飛び起きる。

 目の前にいるはずのない人がいた。会いたくてたまらない人がいた。


「いつも言ってるじゃないですか。研究も結構ですが、自分の体を大事にしてくださいって。まったく……俺がちょっと目を離すといつもこうなんですから」


「りお、ん……? リオン? どうして?」


「えっ? いや、どうしても何もシルヴェスター王に挨拶を済ませてきたので、戻ってきたんですけど……」


「だから、どうして戻ってきたの!? せっかく、家族と一緒にいれるようになったのに……!」


「ああ、それですか」


 最初は苦笑。次に、むすっとした不機嫌そうな顔。


「……ちょっと失礼します」


 リオンがこんな表情を見せるのはとても珍しく、アリシアは呆気に取られてしまい……彼の指が、アリシアの額を軽く弾いたことに気づかなかった。いわゆるデコピンだ。


「痛っ。えっ? えっ?」


「勝手に俺の幸せを決めないでください」


「りおん……?」


 見たところ、怒っている。それだけは間違いない。


「姫様が俺のことをたくさん考えてくれていることは分かります。俺の幸せを願ってくれていることも分かります。でも……俺の幸せは、俺が決めるものです。姫様に決めてもらうものじゃありません」


 デコピンよりも痛かった。頬をひっぱたかされた方がマシだというぐらいに。

 心の中に、胸の奥にずっとずっと突き刺さった。


「ごめんなさい。わたし…………」


 自惚れていた。傲慢だったといえる。

 リオンの幸せを勝手に定義づけてしまっていた。家族と一緒にいる方がいいと決めつけていた。


(違う……それだけじゃ、ない)


 リオンの可能性を奪うことが怖かった。自分のワガママでリオンの持つ、ありえるかもしれない幸せを奪ってしまうことが怖かった。

 それはリオンのためだけじゃない。自分のためだ。自分が傷つかないためでもあった。


「リオンの幸せを願ってるフリをしながら、自分が傷つかないようにしてた……わたし、自分勝手ね」


「別にいいじゃないですか。俺はそんなこと気にしませんし、姫様が自分勝手なのは今に始まったことじゃないですし」


「…………真剣に反省してるんだけど」


「分かってますよ。だからそんな暗いカオしないでください……それに、姫様が俺のことをたくさん考えてくれてるのは、伝わってますから。フリなんかじゃないですよ」


「あっ」


 指を絡め取られた。腕を引っ張られて、腕の中に抱き寄せられて――――そのまま唇を奪われた。


「――――っ」


 不意打ちで、心の準備をする間もなかった。ドキドキと心臓の鼓動が早鐘をうって、顔が真っ赤に熱くなる。


「今の俺の幸せは、あなたと一緒にいることです。あなたの傍で、あなたと共に生きることです……それじゃダメですか?」


「…………だめじゃ、ないわ……」


 リオンから攻めてくるとは思わなかった。ちょっぴり悔しいという気持ちがわいてくる。


「『四葉の塔』の時は、姫様にしてやられちゃいましたから。お返しです」


 その恥ずかし気な笑顔も許してしまう。悔しいよりも、嬉しいの方が勝っているから。


「……シルヴェスター王とは、話が出来たの?」


「はい。ノア様やクレオメさんとも一緒に話をして……」


 一瞬の間。噛み締めるような、何かを確認するような。


「……家族ってこんな感じなのかなって思いました」


 顔を上げたリオンの顔には一切の迷いもなく。


「……本当に、傍にいなくてもいいの?」


「離れてても家族は家族、でしょ? だから帰ってきちゃいました。今の俺がいたい場所は、姫様のお傍ですから」


「そう……父親と話してみて、どうだった?」


「……正直に白状すると、自信はないです。会話もぎくしゃくしちゃってるし……恨みとか憎しみとかは、ないんですけどね」


 だったら。だとすれば。

 今の自分ができること。すべきこと。したいことは。


「……リオン。ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど」


「構いませんよ。さっそく護衛の任に復帰できて嬉しいです」


「ん。護衛としてじゃなくてね」


 心の中に一つの決意を抱いて。


「わたしの恋人として、一緒に来てほしいの」


 ☆


 幸いにも出港まで少し時間が残っていた。

 転移魔法ですぐさま駆けつけたアリシアは、リオンを連れて魔導船に乗り込む。

 ちょうど港で見送りに来ていたノアとクレオメがいたので掴まえる。


「ちょっとシルヴェスター王に合わせて欲しいんだけど」


「今ですか? それは構いませんが……手早くお願いしますよ」


「分かってるわ」


 何の用と聞かない辺り、それなりに気が利く男だ。クレオメは出港時間に融通を利かせてくれようとしているのか、近くにいる騎士にかけあってくれていた。

 二人に礼を言いつつ船の中に乗り込んでいく。

 目当ての人物はすぐに見つかった。


「アリシア姫。それに…………」


 シルヴェスター王はリオンの方へと視線を向ける。彼の中にはまだ何か思うところがあるのだろう。リオンの言った通り、二人の間はまだぎくしゃくとしている。


「……何か、大切な用があるのだね?」


「はい。とても大切で、とても重要なお話です」


 その後、二人は客室に案内された。ここで王と話した時、最初はリオンを連れてこなかった。でも今は違う。今は隣に座っている。恋人として……シルヴェスター・ハイランドの息子として。


(だから今、わたしが言うことは――――)


 呼吸を整える。ドキドキする心臓を落ち着かせる。


「今日はリオンのお父様に、お願いがあってきました」


 アリシアの言葉に不意を突かれたように、シルヴェスター王が呆気にとられる。

 この表情は息子のリオンと似ているかもしれない、とちょっとした発見をしつつ。

 ここに来るまで心の中で何度も繰り返し練習した言葉を、口にする。


「――――貴方の息子を……リオンをわたしにください」


 場が静まり返る。リオンはぽかんと口を開けていて。シルヴェスター王は目を丸くしていた。


「ひ、ひ、姫様!? 何言ってるんですか!?」


「挨拶よ。わたしたち、恋人でもあるけど婚約者でもあるんだから。ちゃんと相手の親に挨拶しておかなくちゃいけないと思って」


 今度はリオンが顔を赤くする番だった。さっきのお返しが出来た気がして嬉しい。


「……ふっ」


 シルヴェスター王から笑みが漏れる。


「頼もしいな……君が息子の婚約者なら、私も安心だ」


「っ…………」


 彼は確かに口にした。『息子の婚約者』と。


(ああ、やっぱり)


 リオンとシルヴェスター王の間にどんな会話がなされたのかは分からない。

 だが、きっと。その時シルヴェスター王は、リオンの父だと胸を張って言うことが出来なかったのだろう。最初に話していた時も、名乗り出るつもりもなかったと口にしていた。

 これは許しだ。

 王が自分に対する許し。家族としての繋がりを持つことの許し。

 同時に、きっかけでもあった。家族が歩み寄るための。


「私の息子を、よろしく頼む」


「任せてください。絶対に幸せにしてみせますから」


 ☆


 魔導船が遠くに進んでいく。その姿は少しずつ小さくなっていく。

 人間界。俺の生まれ故郷であるらしいところに帰っていく。

 隣では姫様が一緒に見送ってくれていて、遠くに去っていく船を眺めている。


「まさか挨拶をされるとは思いませんでしたよ……」


「ふふっ。前からしてみたいなーって思ってたの」


 ところで、と。姫様は付け足して、


「どうだった? 何かお話とか、できたかしら」


 姫様の挨拶が済んだ後、少しだけ父親と話す時間があった。

 短かったけど、この数日の中だと一番家族として、親子としての会話を交わせた気がする。


「気が向いたら、人間界に来るといいって言われました。その時はもてなすからと」


「じゃあ次は、お母さんへの挨拶かしら」


「ははは……それもいいかもしれないですね」


 そんな日が来るのだろうか……来るといいな。


「……姫様、ありがとうございます」


「何のこと?」


「俺が父親と上手く話せてないから、繋ぎ止めてくれたんですよね」


「……さあね」


 相変わらず素直じゃないなぁ……照れくさいんだろうけど。

 いや、そんなところも可愛いんだけど。


「俺もがんばります。姫様を幸せにできるように……いや、絶対に幸せにしますから」


「あら。わたしはもう、かなり幸せよ?」


「じゃあ今よりもたくさん幸せにします」


「だったらわたしは、リオンを幸せにしてあげる」


 彼女の華奢な身体を抱きしめながら心に誓う。

 絶対に……この腕の中にいる最愛の人を、不幸になんてさせないと。

これにて第二章完結です。


読んでくださりありがとうございました!

次は第三章となります!!




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