第5話 お姫様は手っ取り早くいきたい
真新しい制服に身を包む、様々な種族の少年少女たち。この光景はまさに他種族が共に暮らすこの『楽園島』の魔法学院ならではだろう。そんな異色の魔法学院の入学式で、姫様は新入生代表として挨拶をなされることになっている。
「姫様」
「なにかしら、リオン」
「くれぐれも…………くれぐれも、大人しくしていてくださいね?」
「挨拶に大人しくもなにもないでしょう?」
「いや、そうなんですけど。でもなんか企んでそうな顔をしてたんで」
「……………………別に? なにも企んでいないけど?」
「あ、絶対何か企んでる。そういう顔してますよ!?」
「わたしのこと、ちゃーんと見てくれてるのね?」
「当たり前じゃないですか。俺、一応あなたの護衛なんですから」
むしろ見るのが仕事なところもある。ましてや姫様とは、彼女が生まれた時からの付き合いである。何かやらかす時は勘で分かるようになってきた。
「じゃあそのまま、わたしのことをちゃんと見てなさい」
「……あの、魔界の姫であることを自覚した挨拶をお願いしますよ?」
結局、そんなことぐらいしか言えずに入学式が始まった。
☆
この学院には他種族の少年少女たちが集まっているという性質上、様々なトラブルが発生する。そのため『治安部』と呼ばれる学生組織がトラブルの解決をはじめとする学院の治安維持に努めているらしい。入学式における在校生の代表は治安部の長が行うのが伝統だそうで、ノア様が壇上に立っていた。
「――――新入生の皆さんを、心から歓迎いたします。在校生代表、ノア・ハイランド」
見事な挨拶に在校生や新入生たちは自然と拍手を行っていた。彼の挨拶には、不思議と人を惹きつける魅力がある。彼が人間界に帰った後も、王族として立派に国を治めるであろうことが容易に想像がついた。
「いやー、素晴らしい挨拶でしたね姫様」
「そうね。なかなかのものだったわ」
「あれが立派な島主……いえ、王族の姿なんですねぇ」
「そうね。そこそこのものだったわ」
「…………姫様、やらかさないでくださいね?」
「任せなさい。リオンに褒めてもらえるような、立派な挨拶とやらをしてあげるわ」
答えになってねー。そこはせめて「やらかさないから安心しなさい」ぐらいは言ってほしかった。不安になっていると、姫様が壇上に上がる番がやってきた。俺は彼女の傍に付き従いながら、共に壇上に上がり、彼女から数歩離れた場所で待機しておく。
「ご機嫌よう。魔界から参りました、アリシア・アークライトと申します。様々な種族が手を取り合う、まさにこの楽園のような学び舎の一員になれたことを誇りに思っています」
…………おお、まともだ! まともな挨拶だ! なんということだ、これは奇跡か!?
いや、違うな。姫様もちゃんと成長されていたんだ。なんだかんだと魔界の姫としての自覚ある行動というものをしてくださっているんだ。やれやれ。俺も心配性が過ぎたな。どうしてもっと姫様を信じてやれないのか。反省しなくちゃな。
俺がひそかに感動している間にも、姫様の挨拶は淡々と続いていく。素晴らしい。ノア様の挨拶にも負けていない。うう、姫様も立派に成長されて――――、
「――――まあ、それはそれとして。わたしから一つ先輩方にお願いがあります」
…………おや?
「一ヶ月後に開催されるこの島のお祭りで、『四葉の塔』を解放する予定です」
…………姫様?
「ですがこの学院では、妖精界の先輩方と獣人界の先輩方の仲が悪いと聞いております」
…………あの?
「塔が解放されないとわたしがとても困るので」
…………ちょっと?
「先輩方にはさっさと仲直りして鍵を譲ってほしいと考えております」
…………待って?
「以上、新入生代表。アリシア・アークライトでした」
優雅に一礼し、舞台袖に下がる姫様。俺はそんな彼女の後を追い、同じように舞台袖まで下がる。
「かましてやったわ」
「なんで自慢げなんですかねぇ!?」
姫様の顔は「褒めて褒めて」とでも言いたげに輝いている。
「姫様。あなたは魔界の代表としてここにいるんですよ!?」
「分かってるわよ。だから、やるべきことをやってるんじゃない」
ピッ、と人差し指をたてる姫様。
「いい、リオン。一ヶ月……たった一ヶ月なのよ、わたし達のタイムリミットは。今回に関しては物事を慎重に進めている暇なんてないの。ましてや、あの治安部長のノアですらこれまでに解決できなかった問題よ。だったらここは、初動から強引にぶちかまして、風穴を開けてやるぐらいの気持ちでやらないといけないの。ノアだってそれを期待してわたし達に応援要請したんだと思うわよ?」
「なるほど……確かに。ノア様ほどのお方なら、これまで常識的な策はいくらでもとってきてそうではありますよね。だからこそ非常識な姫様のやり方を期待された、と」
「ちょっと引っかかる言い方だけど、そういうことよ。逆に言えば、ノアが期待する通りの働きをしてあげたってワケ。良いように利用されたようで気にくわないけどね」
「たぶん期待以上の働きをしてくれたと思いますよ」
「ホント?」
「ええ。姫様の挨拶、ノア様めちゃくちゃウケてましたから」
舞台袖で様子を伺っていたノア様が見えたけど、くつくつと面白そうに笑ってたなぁ、あの人。
「…………釈然としないわ」
ぷくっとかわいらしく頬を膨らませる姫様。こういう幼さのようなところをちゃんと持っているのが、この方の良い所だと俺は思っている。
「それにしても、姫様がとてもまじめに任務に取り組んでいらっしゃるのは珍しいですね。いつもより気合が違うといいますか」
「当たり前じゃない。これには結婚が――――こほん。……当たり前じゃない。わたしは魔界のお姫様よ? 任務に対して真面目に取り組むのは当たり前だわ」
え、なに今の。何かとても重要な情報が出てきそうだったんだけど。
「とにかく、勝負はこれからよ。さっきも言ったけど、時間は一ヶ月しかないんだから。早々に次の一手を打つわよ」
☆
姫様が『ぶちかました』挨拶のことがあったものの、入学式は恙なく終了した。その後、新入生たちは振り分けられた各クラスの教室に移動する。移動中も教室についてからも、姫様は皆の注目の的だった。あの挨拶のこともあるが、見た目がとても麗しい方というのもある。ある種、いつものことだ。問題は俺の方はあまりよくない目立ち方をしているという点だ。
――――なぜ魔界の姫の護衛に人間が?
とでも言いたげな視線が全身に刺さるし、ひそひそと周囲が囁いているのも聞こえている。これもまたいつものことであり、魔界の姫とただの人間。この組み合わせが異常であることは俺自身がよく知っている。
「リオン。わたしのリオン」
隣に座る姫様の手が頬に触れた。そのまま顔を逸らすことは許さないとばかりに、姫様の真紅の瞳と強引に見つめ合わされた。
「くだらないことを囁く周りを見ている暇があるのなら、わたしだけを見ていなさい」
たとえ歪んだ組み合わせだとしても。それでも……それでも俺は、この立場を手放したくはない。彼女の傍に在り続けたいと思ったから、俺は力をつけた。力をつけて、この立場を掴んだ。
俺は、彼女の傍に在り続けたい。だって――――、
「……姫様。俺は護衛なんですから、周りを見るのも仕事なんですよ」
「……そう。そうね。リオンは、わたしの護衛だものね。だったら、一緒に行きましょう。ついてきてくれるでしょ?」
「勿論です」
学院の今日の予定は全て終了している。姫様が『次の一手』を打つとのことなので、俺は彼女と共に教室を出た。道中もまた注目の視線に晒されることになっているが、彼女の護衛として堂々と往こう。
なんだろうな。こういう時、俺の護衛対象が姫様で良かったって思えるんだよな。
「姫様。俺はまだ、『次の一手』とやらの詳細をまだ伺っていないのですが……一体、何をされるおつもりなんですか?」
「それは実際についてからのお楽しみよ」
頼もしくもあり、不安もあり……という思いを抱えながら辿り着いた先は、
「ここ、治安部の本部じゃないですか。もしかして、治安部に入るんですか?」
「そうよ。これからわたしたちが相手をしなくちゃならないのは、妖精族側と獣人族側の、この学院におけるリーダーよ。ましてや相手は三年生、最上級生なんだから。対してこっちは入学したての一年生。学院内での立場は極めて脆弱よ。だから、治安部に入ることでわたしたちに箔をつけなくちゃ。特に治安部っていうのは、荒事にも立ち会うことが多いらしいから、実力主義の場所でもあるのよ」
「確かに……一年生が入学早々に治安部入り。そこそこインパクトがありますね。ですがそれだけだとまだやや足りない気が……」
「そう。普通に入るだけじゃ足りないの。だから、頼んだわよリオン」
「…………えっ?」
姫様はただニコリとそれはそれは魅力的な笑みを浮かべ、治安部の部屋を叩いた。
「失礼します」
入学式で『ぶちかました』一年生に対して、一斉に部屋中の視線が集まった。
…………上級生たちの視線が痛い。あまり歓迎はされていないらしい。
それもそうか。妖精族側と獣人族側の対応は恐らく治安部が担っている。この対立問題を刺激するような挨拶をしてしまった姫様に対して、あまり良い印象は抱いていないことは想像できる。
「ん。ノアはいないようね。よかった、好都合だわ」
「……部長は治安部の業務で席を外している。何の用だ? 一年生」
大柄な男子生徒がじろりと姫様を睨んだ。種族は人間。身長は百八十センチ後半といったところか。武骨ながらも頑強そうな、筋肉の鎧とも呼ぶべき肉体を有している。
思わず姫様を庇う形をとろうとするが、その姫様当の本人の手が俺を制す。
「わたしたちを治安部に入れてくれないかしら?」
「……一年生は原則後期からしか入部は受け付けていない。更に付け加えるなら入部は部長の承認が必要だ」
「ああ、ごめんなさい。勘違いさせてしまったわね」
姫様は思わず俺も見惚れてしまうぐらいの優雅な笑みを見せた後、
「下っ端に興味はないの――――わたしが欲しいのは、部長の立場よ」
「…………なんだと?」
姫様は一体何をやらかしてくれてるんだろう。
明らかに目の前の大柄な男子生徒……を、はじめとした、今現在治安部室内にいる生徒全員から威圧感のようなものが解き放たれている。端的に言って、怒っている。当たり前だよ。
「戯れはよしてもらおうか、魔界の姫。我らとてこの学び舎で力も経験も培ってきたと自負している。それを以てして、ノアさんが部長に選ばれた。一年生の立場と実力で、部長の立場が務まるとでも?」
「戯れ? わたしは至って真面目で本気よ。珍しくね」
姫様ぁ。火に油をぶちまけるようなことをこれ以上言わないでくださいよぉ。
「まあ、いきなりそんなことを言っても納得できないだろうし……手っ取り早くいきましょう。ようは実力があればいいんでしょう? 治安部は実力主義らしいから」
笑みも調子も崩さぬまま、姫様はさりげない様子で、それこそお茶に誘うぐらいの気軽さで。
「この中で一番強い人、出てきて頂戴。――――わたしのリオンと勝負しましょう」
…………なんですって?
次の話でタイトルにある主人公の能力お披露目回になります。