第49話 二人で一人のエンゲージ
「く、うっ…………!」
聖剣の刃に圧され、アリシアは大きく後ろに弾き飛ぶ。
かろうじて展開した『レベル2』擬きの刃はボロボロで、今にも消滅してしまいそうだったが、それを再構築している余裕もない。『レベル2』を完全に己のモノに出来ていない以上、不安定で制御が効かない力であり、仮に時間が合っても再構築が出来るかどうか。
(これだけ打ち合ったのに無傷だなんて……まったく。どこの『王』も、みんな化け物であることに変わりはないのね)
脳裏に浮かぶのは、魔界の王……魔王の姿。これまで鍛錬の一環として父たる魔王と刃を交えたことも、脅威を払う魔王の力を目にしたこともある。
「…………っ!」
シルヴェスター王の姿が消えた。白銀の軌跡を目で追い、反応。漆黒の刃を以て聖剣の刃を受け止める。衝撃と魔力も耐えられず、魔力の塊たる刃に亀裂が入った。
(もたない……!)
広がる亀裂。崩壊は避けられず、かろうじて刃の形を保っていた魔力の塊は、粉々に砕け散った。
「儚く散れ」
『レベル2』の制御を失ったことで、咄嗟な転移魔法の発動が出来ない。
追撃の一刀を防ぐ手段がない。
今のアリシアに許された行動は、振り下ろされた刃を受け入れることのみ。
「――――っ!」
真紅に染まるはずだった聖剣の刃は、空を断つ。
遅れて、優しき温もりが体を包み込んでいることに気づく。
「…………リオン」
愛しい王子様が自分をお姫様抱っこして連れ去って、颯爽と助けてくれた。
それがちょっぴり恥ずかしくもあり、だけどとても嬉しくて。
「……逃げなさいって言ったじゃない。命令、したでしょ…………」
「俺は姫様の護衛である前に、あなたの恋人です。逃げ出すわけにはいかないでしょう。命令違反の処罰なら、後で幾らでも受けますから」
さらっと出てきた言葉に思わず頬が赤く染まる。
「……そんなの……ずるいわ」
これでは怒るに怒れないと思いつつ、彼の頬に触れる。
「ありがと。助けてくれて……大好きよ、わたしの王子様」
☆
間に合った。
腕の中に抱きかかえた姫様の存在を確かめつつ、内心ほっと胸をなでおろす。
それにしても……姫様のいう『アテ』とは、『レベル2』のことだったのか。
不完全だったとはいえ、王と真正面から打ち合える程の出力。その段階まで実現させていたとは。
改めて、自分の恋人がいかに天才であるかを思い知らされる。いや、天才という一言で片づけてしまうのも失礼だろう。いつもはしれっとしたまま強大な力を行使する姫様だが、その裏では他の王族同様、相応の努力を積み重ねていることは確かなのだから。
「ッ……!」
抱きかかえていた最愛の人を降ろしつつ、王が放つ圧倒的な威光を肌で感じ取る。
でも隣には姫様がいる。世界で一番愛している人がいる。
そうだ。一歩後ろに下がるんじゃない。
「……姫様。手を繋いでもいいですか」
護衛としての立ち位置じゃ、部下としての立ち位置じゃいけないんだ。
隣に立たなきゃ、いけないんだ。
「姫様の護衛としてじゃなく、あなたの恋人として。隣に並び立つ者として」
「……ええ。もちろんよ」
いつもは姫様の方から手を差し出してくれた。手を繋いで、俺を連れ出してくれた。
でも、今は違う。そうしてはいけない。そうさせてはいけない。
俺の方から手を差し出し、手を繋ぐ。指を絡める。
姫様は何も問わずに、自然に応じてくれた。
「何の真似だ? 芸ならとうに見飽きたぞ」
「ノア様が教えてくれたんだ。貴方を止める方法を」
目の前にいるのはかつてない強敵。人間界に君臨する聖剣の王。
だというのに……今、恐怖はない。恐れもない。
「――――愛を握ったこの拳が、貴方を討つ力となる」
不思議と、ノア様の言葉を信じることができた。
胸の中にストンと落ちた。そこにあるべきピースが嵌ったかのように、彼の言葉を受け入れることが出来た。
そうだ。姫様と繋いだこの手の中には……。
「滑稽だな……人形の戯言に踊らされた道化如きが、王を討てると自惚れるか」
「勝てる! 一人じゃ無理でも、愛を握る二人なら!」
「ならば消えろ。輝きの彼方に」
掲げられた聖剣から、天をも穿つ光が吹き上がる。
膨大な魔力の束は他の干渉を許すまいと言わんばかりに振り下ろされた。
触れれば瞬きの間もなく身体は失せてしまうだろう。砕け散り、灰となり、この世界から一切の痕跡を残すこともなく消えてしまうだろう。
俺が、一人で在ったなら。
だけど今は、一人じゃない。
胸の中に光が灯る。『団結』の属性。白銀の輝き。繋がりが力に変わる。
叫ぶ。心に浮かんだ、誓いの言葉を。
「レベル2――――」
言葉に応えるかのように全身から漆黒の焔が迸る。
「――――エンゲージ!」
黒焔は俺と姫様、二人の身体を覆いつくし……激しく波打つ。
首元から焔の帯が伸び、さながらマフラーのように揺らめいた。
「姫様、一緒に戦ってください!」
視界が染まる。真っ白に。圧倒的なまでの力の奔流が押し寄せる。
それでも俺たちは止まらない。倒れない。ひれ伏さない。
「戦いましょう。一緒に、どこまでも!」
二人で身体に纏う黒き焔。更なる魔力を発し、白銀の輝きを押しのける。
王が振り下ろした一刀は漆黒の焔によって喰らいつくされ、魔力の欠片となって霧散した。
「……何だ、ソレは」
強大な一撃を放ってもなお、健在となって立ちはだかる俺たちに対し、シルヴェスター王は言葉を漏らす。
「聖剣はおろか、魔剣すらも顕現していない。それが『レベル2』だと……? ありえん……なんだ、貴様は。なんの理屈があって、そこに立っている?」
「剣は王道。拳は邪道。だけどそれでも構わない……聖剣よりも魔剣よりも、掴むべきモノがここにある!」
力が漲る。纏う黒き焔から、姫様の権能を感じる。
……負ける気がしない。
「今度は俺がリードしますね」
「お手柔らかにお願いするわ」
甲板を鋭く蹴り、飛び掛かる。
動作、呼吸、タイミング。全てが完全に合致し、シンクロする。
合図なんて必要ない。姫様の動きは全て手にとるように理解できたし、それは姫様も同じだろう。この『レベル2』はそういう力だ。
「小僧如きが愛を語るな」
振るわれた聖なる刃。漆黒の焔を滾らせ、拳で受け止める。
力で圧し負けていない。これなら打ち合える。聖剣の王と!
「おぉおおおおおおおおおおッ!」
拳による連撃をひたすら叩きつけながら、今度は脚技を交え、手数で圧していく。
その背後から姫様が転移で奇襲。焔による噴射を用いた、重い拳を一直線に解き放つ。
王はその強靭な背中に、目玉でもつけているのかと疑いたくもなるような反応速度を見せつけてきた。豪快に身体を捻り、跳躍し、俺たちの挟撃を回避する。
「躱したところで、それだけだ!」
飛び込んできた姫様は拳を開く。俺は彼女の手を受け止め、指を絡める。踊るように回転し、姫様は甲板に着地。回転の勢いを利用し、そのまま俺を王のもとへと華麗に投げ飛ばした。
「芸は見飽きたと言っている」
王はあくまでも冷静だ。跳躍と同時に聖剣に魔力を溜めていたのか、一瞬の隙もなく迎撃の刃を放ってきた。
空中で身動きのとれない今の俺になら、直撃させることが出来ると踏んでの選択。
少し前までの俺ならこれで終わっていただろう。
「けど、今は違う!」
空間の認識。発動させる魔法は、短距離転移。
視界が切り替わり、俺は一瞬にしてシルヴェスター王の背後に回り込んでいた。
同時に姫様も転移によって出現。俺たちは対象を失った斬撃をよそに、焔を集めて拳を構える。
「転移魔法……!?」
「「遅いっ!!」」
驚愕の間を与えず、二人揃った焔の拳が王の顔を捉え、そのまま一気に殴り飛ばす。
追撃。甲板に叩きつけられた王に対し手をかざして魔力を解放させる。
「――――さあ、ひれ伏せ!」
本来ならば姫様が持つ力。『空間支配』の権能より齎される重力の制圧。
レベル2の力で二乗化されている今のパワーは、聖剣の輝きをも抑えつける。
「なぜ貴様がアリシア・アークライトの力を……!?」
「あら。リオンだけじゃないわよ?」
重力で抑えつけている間、姫様は既に転移魔法でシルヴェスター王の懐に潜り込んでいた。
魔王の娘たる姫様は、しきたりにより四天王の全員から一通りの鍛錬を受けている。俺と同じ拳に焔を灯し戦うというスタイルは、兄貴から受け継いだものであり、これまでにも幾度か見せていた。だが今、彼女の拳に滾っている漆黒の焔に込められた魔力は従来の比ではない。
魔王軍兵士も顔負けの、渾身の右ストレートが聖剣に叩き込まれ、防御に徹したはずの王を体ごと大きく後ろに吹き飛ばした。
「これ、は……! リオンが持つ権能の焔、だと……!?」
姫様が繰り出した拳の焔。
あれはイストール兄貴とネモイ姉さんの力を融合させた権能の焔。
デレク様との戦いをきっかけに目覚めた、俺の権能の力。
「『権能の共有』による強化。これが貴様のレベル2か……!」
俺のレベル2の力、エンゲージを発動させた瞬間に理解した。これは権能を共有する力であり、互いの権能を掛け合わせることでその力を二乗化させるもの。
だから俺にも姫様の力を行使することが出来るし、姫様も俺の力を行使することが出来る……でも、
「それだけじゃない」
姫様と通じ合うことが出来る。互いの気持ちを理解することが出来る。
それがこのレベル2が持つ一番の力。
「互いに繋がり通じ合う。心を愛で結ぶ力……ただの強化と言わせない!」
「そういうこと。ここからは二重奏でお相手するわ」
「耳障りな……!」
シルヴェスター王と俺たちは同時に加速し、激突。
白と黒が織りなす三つの輝きは甲板から空中へ、空中から海上へと次々と場所を変え、夜空に輝く星々のように瞬いていく。
転移による連携。重力による制圧。焔によるパワー。完全連携を実現した二対一。
「否、うぬぼれが過ぎる! 所詮は鈍ら、有象無象!」
「ッ!?」
聖剣の輝きが膨れ上がり、圧倒的な魔力の奔流に流され、拳が弾かれる。
王の威光は未だ健在。凄まじき殺戮の光として立ちふさがった。
勢いは完全に断ち切られ、状況はまた五分の状態に引き戻されたということ。
何か、何でもいい……王に届く一撃となりうる、新たな一手が欲しい……!
「あと一押し……何か……!」
姫様と共に拳を以て聖なる刃の猛撃を捌き、空高く跳躍。
転移による連携で空間全体を縦横無尽に駆け回りながら王を手数で圧倒していくが、これも長くはもたない。転移魔法は強力だが消耗が激しい。
空中を転移して回りつつ、周囲を探る。
周りには何がある。海。港。半壊した魔導船……いや、そうか! あそこには……!
「任せて」
言葉にせずとも通じ合っている。
俺の考えを読み取り理解してくれた姫様は、一人先に魔導船の甲板に降り立った。
そして、
「――――支配されなさい!」
迸る光の柱。
ノア様とクレオメさんが残した魔法の陣はまだ生きている。
姫様が再起動させたのは、かの『邪竜戦争』において数多の邪竜の鱗を焼き尽くし、灰にし、葬り去ったとされる必殺術式『神速の白矢』。
本来ならば直線に進む強大な魔力の一撃を、俺の『魔法支配』の権能によって支配し、操作し、軌道を捻じ曲げる。
全魔法中でもトップクラスの速度を誇る高位魔法による背後からの奇襲攻撃。
「子供の浅知恵とは、愚かだな」
それすら、シルヴェスター王は躱してみせる。
類まれなる反応速度。いや、王としての在り方が寄せ付けなかったのか。
「小細工を使ったところで…………むッ!?」
魔法はまだ生きている。
『神速の白矢』が齎した魔力の塊を俺と姫様は二人で纏い、その推進力を制御。
白き光は漆黒の焔に染まり、天を斬り裂く一筋の流星と化す。
輝きの最中、俺と姫様は互いに手を繋いでいた。指を絡めた恋人の繋ぎ方。力はより強く、深く、大きくなっていく。
駆ける。
一直線に、真っすぐに。
対する王は全身全霊、全力前回。これまでにないほどの、最強最大の一撃を光と変えていた。迫りくる俺たちに対し、聖剣の刃を振り下ろす。
聖なる光の斬撃。
恐れず進む。繋いだ手が勇気と力をくれるから。
「この一撃で――――」
「――――終わらせる!」
流星の如き一閃と化した俺たちは、そのまま光の斬撃に対して渾身のダブルキックを叩き込む。『神速の光矢』から得た推進力とレベル2によって二乗化した魔力。漆黒の焔が白銀の輝きを喰らい、貫き穿つ。
全魔力を一点に集約させた一撃は、シルヴェスター王が放つ威光の中を突き進む。
この『神速の白矢』には、ノア様とクレオメさん……家族の想いが詰まっている。
「だから負けない……負けられない! 貴方にだけは!」
「ッッッッッ………………!」
光を斬り裂き、その果てに王の姿を捉える。
感じる……彼の胸に、仮面が埋め込まれている。
狙うべきところが見えた。アレを壊せば、王を解放する事が出来る。
「姫様……!」
「リオン……!」
ぎゅっと互いの手を強く握る。力を振り絞るように……勇気を分けてもらえるように。
「「いっけぇええええええええええ!」」
脚部の焔は全ての輝きを斬り裂き、王の胸に届く。
強固な仮面が砕かれ、破片となっていく感触。俺たちのキックを喰らったシルヴェスター王から冷酷な輝きが消え失せていく。
昇る朝日の輝きに照らされて、王は呪縛より解き放たれた。
次の話で第二章のエピローグとなります。