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第47話 開く真実、踊る人形

 姫様の転移魔法で駆けつけた時、『神速の白矢』が天を穿つのが見えた。ノア様とクレオメさんが対シルヴェスター王に向けて備えていた秘策。しかし圧倒的な魔力に揺らぎはなく、彼らの一撃が王に届かなかったことを知った俺は、咄嗟に飛んだ。

 かの王が齎す『選別』の力を『支配』することで無効化し、焔の拳を届かせた。

 その後、姫様が優雅に降り立ち、遅れて俺も甲板に着地する。


「ノア様、クレオメさん。ご無事でしたか」


「正直助かりましたよ。丁度、打つ手がなくなってしまったところですから」


 肩をすくめるノア様の隣で、クレオメさんが頷く。


「リオンさんがここに来たということは、あちらも大方上手くいったようですね」


「お二人のおかげです。あとは……」


 一撃を叩き込むことが出来たものの、肌を突き刺すような威圧感が削がれた様子は一切ない。シルヴェスター王は全身に魔力を漲らせながら、今もなお余裕を纏いながら佇んでいる。


「何か得るものはあったんでしょうね」


「少なくともこの船に罠の類は仕掛けられてないとみていいでしょう。しばらく戦闘を行っていましたが、伏兵も見当たりませんでしたし」


 間を置き、ノア様は瞳に確信に満ちた光を宿す。


「分かったことは二つ。……一つ目。シルヴェスター王は、私たちを心の底から敵だと信じて疑っていない状態にあります。これは精神を歪められたことによるもの。操られているというよりも……アニマ・アニムスの都合の良い方向に精神が歪められ、従属させられたということ」


「二つ目は?」


「シルヴェスター王は、十全に力を発揮できない。おそらくは『団結』の属性を以てして、『従属』の属性に抗った結果でしょう」


「アレで、ですか……」


「仮に万全だったとしたら、私もクレオメも、リオン君が駆けつけてくれるまでもっていませんよ」


「……成程。解せぬとは思っていたが」


 ノア様に向けられたのは鋭き眼光。

 こちらの考えを見透かしてきそうな恐ろしさを抱えた、王の眼。


「あろうことか王族である貴様らが、先兵に徹していたというわけか。ソレを確実に届かせるために」


「貴方を止めたいからこそ、ですよ。情報を集め、状況を己が掌の上に収めた上で切り札をきる……貴方は私に、そう教えてくれたはずです。それに、一つ訂正して頂きたい」


 告げ、ノア様は王に刃を向ける。


「彼は『ソレ』ではない。今は『リオン』という名を持っている。貴方もそれは、重々承知のはず」


「そのような些事に拘る貴様は、やはり王たる器にはなりえん。一時でも騙ることを許した我が愚行を恥じるとしようか」


 輝きが奔る。満ちる。爆ぜる。

 これまでにない高密度の魔力が凝縮し――――シルヴェスター王の手の中に、『剣』という形を得て顕現する。


「もはや『選別』は不要。お前は我が罪。過ち。汚れ」


 その『剣』は光を放っていた。輝いていた。煌めいていた。


「全て、総て、凡て。断ち斬ってやろう」


 前回の『四葉の塔』事件で戦った竜人ドラゴニュートとは比べ物にならない、偉大かつ荘厳なる力の結晶。まさに威光を形にし、研ぎ澄ましたかのような圧倒的かつ絶対的な力。


「っ……!」


 俺はあの光を知っている。ノア様も、クレオメさんも、姫様も。

 既知のものとしているはずだ。

 王家に縁のあるものならば、あの輝きも煌めきも、『権能』を得た者たちが目指す次なる段階だと知っている。


「……困りましたね。まさか『団結』の属性。その第二段階――――『レベル2』を持ち出してくるとは」


 神より与えられし『権能』は、所有者の成長に合わせて幾つかの段階レベルに分けられている。修練と鍛錬の果てに『権能』を使いこなした者のみが到達する領域。その内の一つが『レベル2』……剣の顕現である。

 各属性ごとに顕現する『剣』は異なり、『団結』の属性は『聖剣』だ。

 シルヴェスター王が掴む剣は紛れもない、聖剣の輝きを放っていた。


「精神操作されている状況では、高密度の魔力を操る『レベル2』など発動できない状態だと踏んでいましたが……残念なことにアテが外れてしまったようです」


「……ま、今回ばかりは何も言わないであげるわ。わたしだって同じ推論を立てていたもの。わたし達の落ち度は、『従属』の属性……いや、裏の権能を侮っていたことね」


「貴方にしては手心を加えて頂き大変ありがたいですね。ついでに、対抗策を窺っても?」


「気合いよ」


「それは素晴らしい」


 これまでは姫様にしてもノア様にしても、一種の余裕のようなものがあった。

 策があり、状況を切り拓けるビジョンを持っていた。

 しかし、この二人の会話を聞いてみる限り……今回は相当ヤバい、ということだけはひしひしと伝わってきた。


「一応聞いておくけど、この中で『レベル2』に到達している気の利いた救世主はいるかしら?」


「いたらとっくに手をあげてると思いますがね。アリシア姫、貴方はどうなんです?」


「あとちょっとのところまで来てるけど、残念ながら今すぐにとはいかないわ」


「今回ばかりは貴方の天才っぷりに期待したんですがね……残念です」


「……なんで勝手に残念がられなきゃいけないのよ」


 むしろ『あとちょっと』の段階まで来ている姫様が規格外であり、十分に天才だ。

 ただ、今は状況が少し……いや、かなり悪い。それが問題だ。


「……来ます!」


 察知したのはクレオメさん。直後、振り下ろされた聖剣より、白銀の光が斬撃となって放たれる。

 速い。

 かろうじて姫様を抱えて飛びのいた直後、殺意に塗れた斬撃が横切り――――派手な音をまき散らしながら、海面が裂けた。


「精神操作されているにも関わらずデタラメな威力ね……ホント、やってくれるわ」


 姫様は魔力を瞬時に練り上げ、掌を王に向けてかざす。

 瞬間、周囲の空間に凄まじい圧力がこの世に生まれた。


「――――ひれ伏しなさい!」


 魔族が持つ『支配』属性より発現せし、『空間支配』の『権能』。

 世界そのものを支配する力としてシルヴェスター王に襲い掛かるはずだった重力。

 それを、


「囀るな」


 斬って、捨てた。

 聖なる剣の輝きは、魔力によって生み出された重力をいとも容易く両断し、拒絶する。


「姫様の『権能』を破った……!?」


 前回の『四葉の塔』事件においては竜人をも抑えつけ、あのローラ様ですら『神秘』属性の権能を用いて重力に対応する華を生み出すといった方法で対処した。それだって、真正面から破ったとはいえない。だけど、今のは違う。

 純然たる魔力チカラを以てして、ねじ伏せた。


「やっぱり今の私じゃ『レベル2』を抑えつけることは難しいみたいね」


「十分ですよ。この隙に、」


「私たちが仕掛けます」


 重力による拘束はならなかったが、斬って捨てた際の一瞬の隙は見出された。

 既にノア様とクレオメさんは接近を果たし――――それぞれの刃を、王へと解き放つ。

 二人は全身に白銀の光を激しく迸らせ漲らせ、纏い、研ぎ澄ませた上での連携攻撃を、嵐の如く王に叩き込み続ける。が、王はそれを真正面から、堂々と聖剣で受け止め、いなし、捌き、難なく対応してみせている。


 今や俺の『魔法支配』の権能によって『選別』を含む魔法は封じた。ノア様とクレオメさんは逆に魔法を存分に使うことが出来る。事実、彼らは肉体強化の魔法を行使し、目にもとまらぬ速度での戦闘を実現している。肉体強化だけにとどめているのは、生半可な魔法は逆に隙を生み出すがため。


 対するシルヴェスター王は欠片程も動じていない。

 『団結』の属性で強化した魔力のみで二人の権能保有者を相手にし、状況を優位に運んでいる。援護したいところだが、下手に手を出すと連携を崩しかねない。

 それほどまでに二人の連携は整っている。呼吸も、リズムも、タイミングも、何もかもが合致している。仮に俺があそこに駆け付けても出来ることはない。二人だけの間で通じ合っている何かを阻害してしまうことだろう。


 特に姫様の場合は、力が大きい分、連携には向かない。ノア様とクレオメさんを巻き込んでしまう。


「滑稽な」


 輝きが辺りを駆け抜ける。

 魔法じゃない。単純に聖剣から魔力を放出しただけだ。


「ぐっ……!?」


「うっ……!?」


 たったそれだけで、ノア様とクレオメさんの連携が途切れた。刃の乱舞が止み、二人が崩れ、宙を舞う。完全に無防備と化した二人。

 姫様の動きは素早かった。すぐさま重力の力を操作、漆黒の球体を構築。

 球体に引き寄せる力を利用し、空中で身動きの取れない二人を強引にこちらに引っ張り込む。


「児戯を見せるな。嘆かわしい」


 だが、シルヴェスター王の動きもまた速かった。

 剣を上空に向けて突き出すと、光が打ちあがり、弾け……天より無数の刃が降り注ぐ。


「魔力だけでデタラメが過ぎる!」


 発動させたのは水の力。姫様をお守りする為の盾を構築し、降りしきる刃雨をなんとか防いでいく。その間に姫様が作りだした重力の球体は蜂の巣にされ爆発し、魔力の欠片となって消え去ってゆく。


「ノア様、クレオメさん……!」


 二人は刃の雨を捌くことで致命傷は避けていたものの、全身に刃を掠め、血を流していく。

 そこに叩き込まれるは、鮮烈なる嵐の如き一閃。

 くらったら不味いと感覚で理解したのだろう。ノア様は咄嗟に空中で身を捻り、クレオメさんを手で突き飛ばした。


「ノアっ……!」


 クレオメさんが見せた驚愕の表情から察するに、これは連携の一部ではない。完全に予期せぬこと。ノア様はそれをよそに、王の一閃を正面から剣で受け止めた。

 しかし、目に見えてパワーの差がある。覆す術を持たぬノア様は、なけなしの魔法による防御ごと、剣を両断され――――胸に、真っ赤な血華が咲く。


「っ……ぁ、ぐ…………!」


「所詮は曲芸。王道に非ず。地べたを転がり這いずり回れ。貴様にはそれが似合うと、断じてやろう」


 血をまき散らしながら甲板に叩きつけられノア様の身体めがけて、シルヴェスター王は聖剣の刃を振るう。魔力の斬撃は周囲を抉りながら迫り、ノア様の命を奪わんとする凶刃と化す。


「姫様!」


 それ以上の言葉は不要だった。姫様は俺に触れると、すぐさま短距離転移魔法を発動。

 一瞬にして斬撃の目の前に立ちはだかった俺は、焔の拳で聖剣を受け止める。


「ッ……! らぁッ!」


 拳を振り抜き、振り払い。

 斬撃を強引に殴り飛ばした。そのまま甲板を蹴り、シルヴェスター王と正面から激突。

 刃を弾いたタイミングを見計らい、今度は脚に水の刃を構築。下方向から不意を突くように蹴り上げる……だが、シルヴェスター王は聖剣を容易受け止めると、そのまま圧倒的な魔力パワーに任せるまま刃を叩き折る。


「折れ……!?」


「無駄だと言った」


「がはっ……!」


 鋭く重い一撃が懐に入った。それが王の拳だと気づくのに、数秒ほど要した。

 肺の空気が吐き出され、視界がぐらりと揺れる。勢いのまま身体は宙を舞い、地面を転がってゆく。


「リオン!」


 転移で先回りしたであろう姫様が俺の身体を抱き留めてくれた。


「だい、じょうぶ、です……!」


 格好悪いところは見せたくない。たったそれだけの意地で気力を振り絞り、立ち上がる。

 その時だった。


「いやぁ、頑張りますねぇ」


 緊迫した場に相応しくない、羽のように軽い拍手の音が、暗黒の空に響き渡る。


「アニマ・アニムス……!」


「ご機嫌よう。今宵の主催者として、顔を見せぬわけにはいかないと思いまして」


 薄っぺらい笑顔を張りつけた彼は、周囲をぐるりと見渡した。

 未だ健在たるシルヴェスター王。姫様と、彼女の前に立ち踏ん張っている俺と。

 加えて傷口を抑えながら跪くノア様と、彼を支えているクレオメさん。

 それらを眺めた後、深い深いため息をつく。


「ですが……足りません。刺激が足りません」


 落胆。彼の顔に浮かんでいたのは、己の期待を裏切られたことに対する失望。


「強大な敵を前に一致団結して戦う。ええ、それは王道ですとも。ただ貴方がたの戦いには、味がない……まさに無味無臭。ただ、戦うのみ。ただ、立ち向かうのみ。嗚呼、つまらない。白紙の頁と何ら変わりない。これでは記し、捧げるに能わない」


 その言葉を俺は正しく理解することが出来なかったが、姫様は何かを察したらしい。

 彼女にしては珍しく焦ったように重力による拘束を発動するが、シルヴェスター王は瞬時に斬り裂き、アニマ・アニムスは涼し気な表情のまま佇んでいる。


「過保護ですね。アリシア・アークライト」


 次の瞬間、姫様は己の身を転移させ、アニマ・アニムスの背後から強襲。

 拳に纏いし漆黒の焔は、姫様の転移スピードに対応したシルヴェスター王が持つ聖剣の輝きによって阻まれた。


「その口を閉じなさい。今、すぐに」


「この状況で真実を告げることに抵抗があるのですか? 立ちはだかる聖剣の輝きは、彼にとってあまりに残酷だと。お優しいことですが……」


 帽子の下で唇の端が歪む。


「その優しさは、私好みではない」


「っ……!」


 シルヴェスター王の聖剣が、漆黒の焔を押し崩した。


(あの姫様がパワー負けした……!? いや、それよりも!)


 力を振り絞り体勢を崩した姫様のもとに駆け付ける。

 二撃目が届く前になんとか身体を滑り込ませ、大切な彼女を抱きしめながら地面に向かって飛び込んだ。されど王の一閃は凄まじく、振り下ろされた二撃目は甲板を盛大に喰らう。直撃は避けながらも巻き起こる膨大な衝撃波が俺たちを襲い、転がりながら姫様の身体を護ることだけで精いっぱいだった。


「リオン……ごめんなさい、私……」


「謝る必要が、どこにあるんですか。あなたを護ることが、俺の使命なんですから……それよりも、無事でよかっ、たっ……!?」


 衝撃。数瞬遅れて、王の脚によって蹴り飛ばされたことに気づく。

 護るべき姫様から引き離され、無様に転がり込むことしか出来なかった。全身を苛む痛みに動きが鈍っている間に、悠然と歩み寄ってきたシルヴェスター王に背中を踏みつけられ、動きを封じられる。


「が、あっ……! ぐっ……!」


「下手な動きは見せぬことです。アリシア・アークライト。この夜空に、恋人の首を添えたくないのなら、ね」


 アニマ・アニムスの言葉に従うかのように、俺の首元に聖剣の刃を突き付けるシルヴェスター王。

 そして道化師は一歩、また一歩と。踏みしめるような、噛み締めるような足取りで俺の下に近づいてきた。


「お前……一体、何が目的だ……!」


「物語を見たい。それだけですとも」


 そのにこやかな笑みは、どうしても張りつけたものにしか見えなかった。


「ですがこれではつまらない。故に、君に真実という名の華を添えさせて頂こうかと」


「真、実……?」


 薄っぺらな笑顔。白々しい言葉。


「今、貴方を踏み躙り、首元に刃をかけているシルヴェスター王こそ……リオン君。貴方の本当の父親です」


「………………っ!?」


 嘘だと切り捨てればいい。俺を弄ぶための嘘だと、否定すればいい。だけど出来なかった。分かってしまった。理屈ではなく、感覚で。


「貴方こそハイランド王家に生まれし、第二王位継承者。『団結』の属性をその身に宿しているのが何よりの証拠」


 彼が口にした真実。そこに嘘偽りはないということを。


「貴方も心では分かっているご様子。そう……貴方の持つ『焔』の力も、先ほど見せてくれた『水』の力も、どちらも権能由来のもの。正確に言えば、『団結』の権能が持つ『繋がる力』と、『支配』属性が持つ『支配の力』が混ざり合い、新たな一つの『権能』と化したからに他ならない」


 心の中にずっと、疑問はあった。

 俺が持つのは『魔法を支配する権能』。だというのになぜ、『焔』や『水』の力が生まれたのか。兄貴たちの持つエレメントの力を……『権能』の力を、この身に宿すことが出来たのか。『四葉の塔』での戦いにおいて、尽きていたはずの魔力がなぜ増えたのか。あの白銀の輝きは、何だったのか。


 ――――すべて『団結』の属性によるものだとすれば、説明がつく。


「他者に『権能』を与えることが出来る力を持った存在、『クラウン』は本来一世代に一人。ですが不幸なことに、貴方は世界で唯一の例外……二人目の『クラウン』として生まれてしまった……それ故に王家と王国の安寧を乱す者と断じられ、『選別』され、王家を追放されたのです」


 アニマ・アニムスは笑顔を絶やさず、滑らかに言葉を紡ぎ続ける。


「つまり今、貴方を踏み躙っているその王は……王家と貴方を秤にかけ、選別し、不要と断じて切り捨てた張本人! そんな王が今! 再び! 貴方を不要と断じ、斬り捨てようとしているのです!」


 両手を広げて高らかに。

 歌うように、彼は問うてくる。


「どうですか? 貴方の心の中には今、何が踊っていますか? 怒りですか? 憎しみですか? それとも……悲しみでしょうか? まあ、いずれにしても――――」


「――――どうでもいい」


 流暢に、口ずさむように、歌うように言葉を並べていたアニマ・アニムスが、止まる。


「…………は?」


「どうでもいいって言ったんだ」


 焔が滾る。拳に纏う。聖なる剣を、掴み取る。


「俺が王家の人間だとか、選別されたとか、追放されたとか、真実だとか……そんなこと、どうだっていい!」


「むッ……!?」


 全身から噴き出す焔が、シルヴェスター王を弾き飛ばす。


「アニマ・アニムス……お前は俺を、不幸だと言ったな」


 立ち上がる。


「ふざけるなよ」


 ゆっくり、静かに。


「兄貴が俺を拾ってくれた。四天王の方々が俺を育ててくれた。みんなが俺を、本当の家族みたいに受け入れてくれた」


 だけど、力強く。


「姫様のお傍にいることを許された。姫様が、俺を愛してくれた」


 敵を見据えて、拳を握って。


「不幸だなんて、勝手に決めるな。俺は幸せだ。世界で一番、誰よりも!」


 焔を纏い、燃え盛る。


「だから今更、自分が王家だったとか、そんな事実どうでもいい。それよりも……わざわざそんなことを告げるためだけに、人の心を歪めたお前が許せない!」


 白銀の輝きが迸る。

 力が湧き上がり、焔がより強く、より熱く燃え滾っていく。


「愛故に齎された幸福……そうですか。君も…………」


 アニマ・アニムスが何を口にしようとしたのか。

 そんなことに興味はないとばかりに燃える拳を解き放つが、聖剣の輝きによって阻まれる。


「ッ……! おぉおおおおおおおおおおおおッ!」


 拳を振るう。叩きつける。絶え間なく、真っすぐに。

 負けられない。負けてやるわけにはいかない。

 見せてやるんだ。自分の父だという人に。

 俺がどれほど幸福で、俺がどれほど愛を受けて育ってきたか。

 本当ならこんな形で見せたくはなかった。でも、今は!


「小癪極まる! 貴様も囀るか!」


「――――ッ!」


 躱せない。真っすぐとした、堂々とした聖なる刃の軌道。

 焔を纏った両腕を防御に回して受け止める!


「ッッッ……! くっ……!」


 勢いを受け止めきれない。踏ん張りがきかない。

 脚が少しずつ、後ろに後ろにずらされていく。


「まだ、だ……! まだ……!」


「――――そう、まだです!」


 王の真横から、人影が……クレオメさんが飛び込み、鋭き刃の一閃を繰り出した。

 剣に強化の魔法と風の魔法を纏わせた、強大な一撃。


「チィッ……!」


 シルヴェスター王は咄嗟に魔力による防御を発動。聖剣の圧倒的な輝きは風を押しのけるが、意識が削がれた。その隙を縫うかのように、膨大な魔力を練り上げていた姫様の手が動く!


「――――ひれ伏しなさい!」


 重力による制圧。

 初撃は切り捨てられたそれは、ついにシルヴェスター王に片膝をつかせた。


「リオン!」


「リオンさん!」


 姫様とクレオメさんの声に押され、白銀の輝きを以て更なる魔力を焔と変える。

 拳に生まれし焔は燃え盛る紅蓮の星。全てを焼き尽くす灼熱の嵐のように激しく渦巻きながら、波打っている。


(届け……! 届いてくれ!)


 聖剣を押しのけ、潜り抜け。

 渾身の一撃を、今の俺の全力を、ありったけを――――ぶつける!


「――――ッッッッッ!」


 炸裂した拳。視界が真っ赤な輝きで埋め尽くされた。

 爆発と轟音。

 巻き起こる焔が晴れた頃。

 呼吸を乱しながらも、周囲を確認する。真っ先に無事を確認したのは、姫様の姿だ。

 王を抑えつけるためにかなりの無理をしていたせいか、魔力も枯渇して息を切らしているが……無事だ。まずはそのことにほっとする。次いでクレオメさんも、息を切らしながらも無事の姿を見せてくれた。


「なん、とか……皆無事で、よかっ……」


「余所見とは、大したものだな」


 声が、響く。

 冷たく、鋭く。

 殺意に濡れた、声。

 焔と煙が晴れた後。無傷のまま、その健在を示すかのように威光を放つ王が、そこにいた。


「そん、な…………」


 あの一撃は確かに捉えていた。直撃していた。

 だが、それでも……倒すには至っていない。それどころか傷の一つも負っていない。

 片膝をついている俺たちを前に、二本の脚で堂々と佇んでいる。


「今の一撃、骨はあった。必死を握り、決死を詰め込んだ一撃。それ故に届かん」


 王は一歩、膝をつく俺の下に歩み寄る。


「余裕なき一撃は隙を生む。それ故に王は悠然たる歩みを示す。勝てる戦を『選別』し、取りこぼさぬようにな」


「まさか…………!」


 余裕。そんなもの、俺にはなかった。

 魔力の限りを尽くした一撃を放つ。届かせることに全力を尽くしていた。

 だからこそ、見逃した。致命的な状況を。


「――――『選別』の、魔法……!? あの土壇場で!?」


 俺が持つ『魔法支配の権能』は自動的に発動するものではない。相手の魔法を認識して発動することが出来る魔法。それ故に、発動するという意思を示さないことには発動しない。

 先ほどの全力の一撃を繰り出した際。俺に相手の魔法を見極め、権能を発動させる余裕など何処にもなかった。だが、シルヴェスター王は違った。あの一瞬。ほんの僅かな時間。俺の状態を見極め、的確に『選別』の魔法を発動し――――見事に、焔を防ぎ切った。

 この度胸と胆力。王が王たりえる所以か。


「リオン。貴様は既に、私が『選別』したモノ」


 聖剣の刃が煌めく。神々しくも、その刃は殺意に濡れている。


「リオ、ン……! 逃げなさい、リオン……! リオンッ!」


 姫様の声が聞こえてくるが……ダメだ。動くことが、出来ない。

 先ほどの焔。相当な無理をしたせいか、身体に反動が来ている。呼吸も整わない。指先一つ、動かすことが出来ない。せめてあと少しでも、時間があれば……!


「お願い、リオン……! 逃げて……! 逃げて、リオン――――!」


 刃の切っ先が、心臓に狙いを定めた。


「その命、不要とする」


 さながら審判の如き一撃は、躊躇うことなく放たれ。


「っ…………!」


 死。


 言葉が脳裏を過ったその時――――白銀の光が、視界を覆う。

 純白のコートを纏う背中を真紅に染め。

 聖剣の刃が……俺の心臓ではなく、ある人を穿ち貫いた。


「ノア、様…………」


 呆然としたまま呟くと、目の前の背中からほんの僅かな安堵の様子を感じる。

 笑っているのかもしれない。顔は見えないけれど。


「どうやら、間に合ってくれたようですね……っ」


 口から大量の液体が吐き出される音。脚の隙間から、甲板の床に血が飛び散るのが見えた。


「どう、して……どうして、ノア様……!」


「どうしても、何も……可愛い弟のためですよ。少しは、格好もつけたくなるじゃないですか」


 弟……そうだ。

 俺がハイランド家の生まれだったということは、同じ王族であるノア様は、俺の兄ということに――――、


「――――弟だと?」


 肉を引きずる生々しい音と共に、聖剣が引き抜かれた。

 ノア様は糸が切れた人形のように身体を崩しながら膝をつく。


「笑わせるな。我が王家の威光を穢すつもりか」


 シルヴェスター王の眼は相変わらず冷たく……いや、もっとだ。

 ゾッとするような寒さを彷彿とさせる。冷酷で、残酷で……あれは、家族を見る眼じゃない。路傍の石……いや、ゴミを見るような。


「シルヴェスター王……! おやめ、ください……! その言葉だけは、口にしてはならない! 彼は……彼は、大切な家族でしょう!」


 クレオメさんが必死に叫んでいる。

 何かに対して。開けてはならない箱を開けるなと、叫んでいるような。


「まさか忘れてはいないだろうな? ノア……貴様は所詮、人形に過ぎないと」


 必至に叫ぶクレオメさんの言葉は、精神を歪められた今のシルヴェスター王には届いていない。従属させている張本人であるアニマ・アニムスは、高みの見物とばかりに眺めているだけ。それがまた、嫌な予感がする。


「忘れているなら思い出させてやろう。我がハイランド家、真の王位継承者は……今はクレオメと名乗り、そこに転がっている我が娘」


 王の、言葉を。

 俺はすぐに理解することが、出来なかった。


「血の繋がりなどない貴様は、所詮はただの替え玉に過ぎん。紛い物として踊ることのみ許された人形が、家族を欲するなど滑稽だ」

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