表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/68

第46話 選別の力、絶対防御

 リオンたちが動いたことで、街中に散っていた『団結の騎士団』の気配が一ヶ所に集まってきた。街の中で気配を殺し潜伏していたノアは、クレオメと共に魔導船へと向かう。

 精神操作の弊害か機械的な動きしか出来ないならば出し抜くのは容易い。

 魔導船に乗り込むことは簡単に出来た。しかし、これもリオンたちが陽動をかってくれたからこそ。


(彼らの働きに報いねばなりませんね)


 アリシアが提案した術式による罠があるとはいえ、あれだけで五十人もの精鋭をどうにか出来るとは思えず、陽動も危険な役目であることに変わりはない。こちらも相応の働きをしなければ彼らに対しあまりにも申し訳がない。


「船内の者たちは全員出払っているのでしょうか」


 周囲を探りながら漏らしたクレオメの言葉に、ノアは静かに頷く。

 この船内は無人の状態だ――――甲板の方から迫りくる圧倒的な力の気配を除けば。


「隠す必要などない、と……相変わらずの自信ですね」


 自信がなければ、迷いを生む。生まれた迷いは、隙を生む。

 故に自信を持つ。迷いを生まず、隙を無にする。

 それがシルヴェスター・ハイランドという男の、王としての在り方だ。

 精神操作されたところでそれは変わらないらしい。

 いや、それとも、


(精神操作とはいっても、あのアニマ・アニムスが直接、行動の全てを操るわけではない。『従属』の属性とは、アニマ・アニムスに従うように対象の精神を歪める力……?)


 裏の権能については情報が足りないのだから、ここで推測を重ねても何も始まらない。

 ノアとクレオメは警戒を保ちながら進み、物陰から甲板の様子を窺う。

 月明かりを一身に受けながら不動たる有様を示すシルヴェスター王は、操られているとはとても思えなかった。

 味方だと頼もしいのだが、敵としてその姿を眼に収めたくはなかった。


(さて……どう攻めるとしたものですかね。堂々と佇みながらも、一切の隙が見当たらない。奇襲をかけるのは難しい……)


 周囲に在るあらゆる状況・情報をかき集め、脳内でプランの構築を試みる。


「――――!」


 相手の一挙手一投足を逃さぬよう観察しているノアの瞳が、シルヴェスター王の身体より迸る魔力の刃を見逃さなかった。

 解放された魔力の衝撃は真っすぐに向かってくる。ノアとクレオメが咄嗟に飛びのくと、ほんの一秒ほど前に二人が隠れ潜んでいた場所が、魔力の刃で引き裂かれた。

 やむを得ずシルヴェスター王の前に転がり込み、姿を現す結果となってしまう。


「いらぬ気遣いだったか?」


 その声も。眼も。何もかもが。

 冷たく、鋭く、重苦しく。

 敵に向けるそれであることが肌から伝わってきた。

 王は既に敵の手に落ちてしまったことを嫌でも思い知らされる。


「……貴方らしいとは思います」


 気配は殺していた。……完全だと思っていたそれは、シルヴェスター王にとっては違っていたらしい。元より奇襲を穿つ隙などなく、真正面より討つしか道はない。

 静かに魔力を研ぎ澄ませ、剣を構えて相対す。隣では同様に、クレオメも刃を構え出方を窺う様子を見せていた。


「貴方に剣をとらせることは、不本意ではあるのですが……生憎と今は人手が足りません」


 ノアの言葉に、クレオメはふっと口元だけ微笑んでみせた。


「人使いの荒い貴方らしくないですね。『四葉の塔』事件ではアリシア・アークライト……王族ですら手駒として使ってみせたのが貴方でしょう? ならば私も使ってみせなさい」


 これ以上の言葉は無用とばかりに、目の前に君臨する王からの圧が増す。

 相手は腕を組み、佇んでいるだけ。だというのにこの威圧感。余裕など何処にあるというのだろう。


「では、遠慮なく」


 その言葉を合図として、刃を振るう。白銀の輝きを放つ魔力の斬撃。

 人体の動きと使い方を熟知しているノアが放つそれは、最小最速の動作より齎される高速斬撃だ。対するシルヴェスター王は不動を貫き――――斬撃は、白銀の輝きとなって霧散した。


「あらゆる攻撃をより分け、選び分け、区別する。絶対防御の異名を持つ『選別の魔法』……相変わらず、厄介極まりますね」


 『選別の魔法』。それは、不要と判断された攻撃、劣っていると判断された攻撃を全て無効化する最上位魔法。圧倒的な力であるが故に消耗も激しく、一度の発動で並の人間ならば生死の境を彷徨うほどの魔力を失ってしまう。しかし、『団結』の属性を有するシルヴェスター王はかつて五千もの魔物の軍勢との戦いの際、『選別の魔法』を三日三晩持続させながら戦ったとされている。

 王が纏う白銀の輝きは、あらゆる攻撃を拒絶する絶対の鎧なのだ。


「ですが……」


 一度ではなく二度、三度、四度……ノアは目にも止まらぬ速さで高速斬撃を連続で放ち続ける。止まらぬ刃の雨は白銀の奔流と化しシルヴェスター王を覆いつくすが、傷の一つもつけられていない。


「無駄を続けるか。お前らしくないな」


「無駄かどうかは、分かりませんよ」


 ノアの攻撃はダメージを与えることは実現していないが、シルヴェスター王の動きは封じ込めた。その隙間を縫うように、背後からクレオメが飛び掛かる。


(『選別』の前では、不要と断じられた攻撃は完全に無効化されてしまう……ですが逆に言えば、不要と断じられない攻撃は無効化されない。ならば認識外からの一撃こそが勝機)


 認識された瞬間に『選別』が行われ拒絶されてしまうなら、認識されぬ間に一撃を叩き込む。シルヴェスター王の意識をノアに引きつけてる間に、忍び寄ったクレオメが高速の刃を挟み込む――――!


「…………ッ!?」


 されど刃は王に届くことなく。

 ノアが放った無数の斬撃と等しく、『選別』によって不要な一撃に変換されている。

 今にも剣が砕けそうなほどに硬く強固な光は、クレオメの一閃を完全に拒絶していた。


「下らぬ」


 一手目は読まれていた。だとすれば二手目を打つまでだ。

 今の間に距離を詰め、直接的に剣を叩き込む。クレオメとの意思疎通は目線だけで十分だ。

 互いに手を取り合い、華麗なるワルツを踊るかのように。互いの一撃一撃を繋ぎ合わせ、途切れぬ永久の刃を繰り出していく。

 全身に漲らせた魔力の光が円の奇跡を描き、白銀の嵐が多い囲むかのような光景が、魔導船の上に広がる。


(二人一組の高速連撃。意識を削ぎながら機を伺い、隙を突くことが出来れば、或いは……)


「淡いな」


 ノアとクレオメの纏う魔力の光を強引にねじ伏せ、かき消さんとする、圧倒的な魔力が奔る。波動となって駆けぬけたそれは、有無を言わさず二人を弾き飛ばした。


「っ……! 立っているだけで、これだなんて……!」


「とても同じ『権能』を持っている相手とは思えませんね。デタラメとはまさにこのことですか」


「呑気なことを言ってる場合ですか……! 例のモノは!?」


「あとは仕掛けを御覧じるのみですよ」


「ならさっさとお願いします。あのバケモノ相手にそう長くはもちませんから」


「容赦がないですね。仮にも――――」


 じとっとしたクレオメの視線は「無駄口を叩くな」「そんな涼しい顔をしてる余裕があるならさっさとしろ」とでも言いたげだ。


「分かっていますよ。では、参りましょう」


 剣を握り締め、再度繰り出す。新たに構築するは、二人一組の刃が生み出す白銀の嵐。

 先程と同様、不動たる有様を示すシルヴェスター王の身体に傷一つついていない。


「芸がないな」


 このままではさっきと同じ結果になってしまうだろう。


(このまま、ならば)


 認識されている限りは攻撃が一切通らない。

 そして彼の認識は、ノアとクレオメを捉えている。


(そう。我ら二人に引き寄せられている)


 テンポを崩す。クレオメと視線を合わせ、跳躍。空中で身を捻り、回転させ、勢いのまま上から叩きつける。威力をいくら引き上げようとも、不要と『選別』された以上ダメージは通らない。


(故に)


 クレオメと共に連携し、傷一つつけることの出来ない攻撃を繰り返していたことには意味がある。相手が不動であることを逆手に取り、周囲をかき回すように動き続けたことよって『円』を描いた。魔法において『円』とは術式を書き込む枠であり、この『円』そのものが魔法的な意味を持つ。ノアが口にした『仕掛け』とは、連携攻撃によって描いた『円』。その内に密かに刻み込んだ術式による罠。


(穿つことが出来る)


 シルヴェスター王の足元から、光の柱が迸る。

 かの『邪竜戦争』において数多の邪竜の鱗を焼き尽くし、灰にし、葬り去ったとされる必殺術式『神速の白矢』。

 神速の名が冠する通り、起動から発動までの時間は一秒にも満たない、ゼロに限りなく近い速度で放たれる。ノアとクレオメの連携攻撃で意識を引きつけ、直前の攻撃で視線も上に引きつけた。


「…………」


「…………」


 ノアとクレオメはただ無言で光の柱が収まるのを待つ。

 これで倒せるとは思っていない。しかし、少なからずダメージはあったはず。そのダメージで仮面を破壊することが出来ていることが、最善の結果だが。


「――――小細工は」


 光が、かき消される。

 想像していた中で最悪の結果が、目の前に在った。


「これで、終いか?」


 無傷。変わらず堂々と佇み続けるシルヴェスター王の身体に、傷の一つも存在していない。


「まさか……反応してみせた……? そんな……!」


「……どうやら最初から、こちらの手の内は読まれていたようですね」


 以前、『四葉の塔』事件においてアリシア・アークライトは策の一環としてローラ・スウィフトとの決闘を繰り広げたことがあった。その際に妖精界にのみ咲く、重力に逆らう神秘の花について存じていた。重力を操ることを得意とするアリシアにとって、その花はある種の天敵。弱みを突くモノであるからこそ、既知のものとしている。シルヴェスター王も同じで、『神速の白矢』を含めた己が魔法の弱点となる要素は把握し、対応できるようにしているのだろう。


(アニマ・アニムスが直接操っていたのならば、今の一撃で勝負は決していたかもしれない……ですが、歪められているとはいえ戦闘自体はシルヴェスター王本人が担っている。だからこそ、今の一手が破られた……『従属』の属性。想像以上に厄介ですね)


 破られてしまった以上、この場に対応策は存在しない。

 人手の足りない状況で、ただでさえ少ない弱点をカバーされてしまっては、どうしようもない。


「いやはや、お手上げですね。分かっていたことですが、私の力では手に負えないらしい」


「それは、死を受け入れるということか?」


「いいえ? とんでもない」


 優雅に微笑み。

 月に浮かぶ人影を瞳に捉えて。


「まだ、とっておきの切り札が残っていますから」


 金色の髪が揺れる。転移魔法によって現れた少女は、少年の腕に抱かれていた。

 お姫様抱っこの姿勢を解き、少年の背中を押す一声をかける。


「いきなさい、リオン」


 天より飛来せし希望の切り札は、拳に焔を纏っていた。


「――――『選別』する」


 この『選別の魔法』は『権能』に対しても有効だ。デレクの獣闘衣オーラですら完全に無効化してしまうだろう。

 ただし、


「――――『支配』する!」


 切り札が握るのは焔だけではない。

 魔界の姫より与えられし、あらゆる魔法を支配する『権能』。

 それは『選別』など寄せ付けず、絶対防御すら支配下に置く。


「…………ッ!?」


「おぉおおおおおおおおおおおおおッ!」


 燃え盛る紅蓮の拳は、王の不動を殴り崩した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ