第45話 作戦開始、果たす役目
「えっ、これを飲むんですか」
ローラ様から手渡された小瓶。中にはどろっとした怪しげな色の液体が入っており、怪しげな煙がたちこめている。
「エルフ族に伝わる秘薬の一つですわ。ワタクシの屋敷で栽培している魔法花を使って作りましたの。これを飲めば、魔力の回復を早めることが出来ますわ。副作用は先ほど説明した通り、眩暈と疲労感と倦怠感に加えて発熱が少々。アリシア・アークライトにでも看病してもらいなさいな」
「あら。貴方にしては気の利いた副作用ね」
「『貴方にしては』は余計ですわ。……というか、貴方こそ副作用を何だと思ってますの?」
姫様が副作用を何だと持っているのかはさておいて、問題はこの液体だ。
「えっと、その、これ……本当に飲み物なんですか?」
「当たり前ですわ」
「この世の飲み物とは思えないんですが……」
「良薬は口に苦し、という言葉はご存じ?」
「あ、はい」
さっさと飲めということらしい。
圧力に屈してしまった俺は、意を決して秘薬とやらを飲み干した。
さすがは秘薬というべきか。魔力がグングン回復していくのが分かる。味は最悪だが。
副作用はあるものの、今必要なのは戦うための魔力。背に腹は代えられない。
「……アリシア・アークライト。言われた通りの仕事を果たしてきたぞ」
エルフ族の秘薬が織りなす、味の独特なハーモニー(お茶を濁した表現)と必死に戦っていると、デレク様が合流した。
「ご苦労様。外の様子はどうだったかしら?」
「例の場所は今のところ問題ない……が、街で『団結の騎士団』メンバーを見かけた。どうやら君を探しているようだ」
「つけられてないでしょうね」
「当然だ」
あの精鋭たちから気配を隠蔽できるとは、やはりデレク様も王族の一人。『野生』属性が発する『獣闘衣』は、強力な分コントロールに難がある。それを成しているだけあって、気配の殺し方も上手い。
「……? なぜ向こうは街でアリシア様を探しているのでしょう。普通に考えれば、この屋敷にいると気づくはずでは」
「デレクとローラに接触する際に、転移魔法で移動しながらわざと気配を明かしてたのよ。攪乱と時間稼ぎと検証のためにね」
「検証、ですか?」
「ええ。わたしを探しているということは、リオン以外にも狙いをつけているということ。おそらくノアが裏切ったことも既知の情報になっているでしょうね」
移動時間すらも敵を欺くために利用する。相変わらず姫様はそつがない。
「おやおや。裏切ったなどとは人聞きの悪い」
「向こうからすれば裏切りでしょうよ」
お互い馬が合わないからといってこんなところでバチバチと火花を散らさないで欲しい。
「ふむ……屋敷への捜索にも人手を割けばいいだけだというのにそれをしないということは、少なくとも精神操作された『団結の騎士団』は、一定の気配を追いかけるだけの単純な行動しかとれないのかもしれませんね」
ノア様の言葉を受けて、クレオメさんは頷く。
「捜索行動を単純化している代わりに、戦闘行動にリソースを割いているのかもしれません。でなければ、王の手駒としてはあまりにもお粗末ですから」
「何にしても、これは貴重な情報だわ。このままデレクが持ち帰ってくれた他の情報も加えて作戦の精度を上げていきましょう」
それからしばらく、緊張感はありながらも穏やかな時間が続いた。
姫様の練った策をこの場にいるメンバーで共有しつつ、それを実行する為の動きを打ち合わせしていく。
俺とノア様はその間に、戦闘によって消費した魔力の回復に努める(魔力を大量に消費したのは俺だけで、ノア様は大した消耗もしていないのだが)。
「人けのない夜の間が勝負よ。精神操作された王とその精鋭たちに、民を巻き込まないような配慮が出来るのなら話は別だけど……それに期待するぐらいなら、流れ星にでも祈ってる方がマシね」
「元より数は向こうの方が上。夜の闇に紛れるぐらいの小細工がなければ、やってられませんわ」
「そういうこと」
準備を終え、屋敷を出た俺たちは夜空の街を眺める。あと数時間もすれば空が白み、夜が明けるだろう。
「ケリをつけましょう。光が明日を照らす、その前に」
☆
空間を塗りつぶす漆黒に紛れながら、人けのない街を姫様と二人きりで歩く。
深夜の時間にこの街を出歩いたことがないから中々に新鮮だ。住民たちはみんな寝ているのだろう。普段は賑わっているこの街も、今では静かなものだ。
「まるで深夜にデートしてるみたいね。なんだかドキドキしてきちゃったわ」
「俺は別の意味でドキドキしてますよ。状況が状況ですから」
今は明らかにデートしている場合じゃない。どこから敵が襲い掛かって来るか分からないのだから。
「でもまあ……そこがいつもの姫様らしくて、逆に安心してる部分もありますけどね」
ここ最近の姫様のことを考えると、いつもの調子に戻ってくれた方が安心する。
「……それって、褒めてるのかしら?」
「褒めてますよ。手放しで褒めてます。はい」
「……釈然としないけどよしとしましょう」
釈然としないけどよしとされてよかった。
「どうせならこのまま本当に深夜のデートとしゃれこみたかったところだけど」
姫様と一緒に俺も気づく。周囲から続々と気配が集まっていることに。
「残念だけど、来客みたいね」
身体の調子は良好。魔力もかなり回復している。
拳を握り締めて確信した――――いける。
「今宵は随分と客人も多いようです。姫様、いかがいたしましょうか」
「お出迎えしてあげなさい。程々にね」
精神操作の影響下に陥っている騎士の何人かが閃光を放つ。
闇夜を抉り襲い掛かるは、恐らく攻撃系の魔法。
俺が与えられた『魔法支配の権能』で支配するか。いや、この魔法はそれぞれ操作しているのが別人だ。一対一ならともかく、俺の権能は一度に複数人の魔法を支配出来ない。
だったら、
「支配する!」
まずは一つを支配。軌道を変え、他の攻撃魔法と相殺させる。それでも全てを叩き潰せたわけじゃない。姫様への直撃コース上に放たれた残りの攻撃魔法を、俺は両手に滾らせた焔を以て的確に殴り飛ばす。その間に距離を詰めていた他の騎士たちが、間髪入れずに剣を振るってきた。
「……!」
焔から水に力を切り替える。
周囲に展開した水がうねる。
刃の形を与えられた水は敵と化している騎士たちの剣を受け止め、金属が激しくぶつかり合う音と共に魔力の火花を散らす。
「がら空きだ!」
刃に回していたものとは別の水を変化させ、鞭のようにしならせる。
そのまま水の鞭は、鍔競り合いを行っていた目の前の騎士をまとめて薙ぎ払った。
……が、それで一息つけるわけじゃない。今度は後方に控えていた騎士たちが光の矢を無数に撃ち込んできた。またも『魔法支配』でいくつかを相殺するが、やはり撃ち漏らしが出てくる。捌ききれない。そう判断した俺は、瞬時に水の盾を目の前に創り出し防御に徹する。
「一発一発が……なんて威力だ……!」
操られているとはいえ、流石は王直属の精鋭。このまま集中砲火を受け続ければ盾がもたない。
「姫様、他の騎士たちは!」
「……続々と集まってきてるみたい。上手い具合に釣れたわ」
周囲の魔力を探ってもらっていた姫様が静かに頷いた。
「頃合いよ」
「承知しました!」
盾が形を保っているうちに、姫様の身体を両腕で持ち上げ、抱え込む。
世界で一番大切な方を傷つけぬよう、汚さぬよう、すぐさま走り出す。集中砲火の雨。その真っ只中から離脱する。
「ふふっ。こうしてお姫様抱っこして運んでもらえるんだもの。悪くないわ。ううん……素敵ね。とっても」
「そりゃ素敵でしょうとも! なにせ後ろからは王直属の武装した精鋭たちに、無数の攻撃魔法なんですからね!」
建物を木端微塵にされるのは不味い。跳躍し、屋根の上を駆け抜ける。
そうしているとあちこちから他の騎士たちが上がってきた。その数は増え続けており、比例して攻撃の数も増えてきた。かろうじて水の刃で捌き、かろうじて水の盾で防ぐ。
ノア様とクレオメさんが与えてくれたヒントときっかけを経て掴んだ、この水の力のおかげで凌ぎ切れている……このままいけるか?
「…………ッ!」
風の乱れ。先回りされたのだろう。進行方向から剣を構えた三人の騎士が、突如として下の路地裏から飛び上がってきた。
厄介なことに剣は魔力で強化されており、これを一度に受けるのはまずい。
後方からの攻撃を凌いでいる今、水の盾に目の前の強烈な一撃。否、三撃を受け切れるだけの強度を与えられるかどうか。
「――――ひれ伏しなさい」
凛とした声が、夜空に響く。
天才と謳われた魔界の姫が手にした、唯一無二の力。『空間支配の権能』による重力操作。
その圧倒的なまでの一撃が、目の前の精鋭三人を地面に叩き落した。
「リオン」
「承知しております!」
強く。強く強く、地面を蹴る。水から切り替え、今度は脚に焔を纏い、爆ぜさせる。
爆発による衝撃を利用して、その跳躍距離を大きく引き伸ばす。
「……見えた、学院!」
姫様を抱えた俺は目的地である学院の敷地内に着地すると、そのまま講堂に飛び込んだ。
ここは『四葉の塔』事件の際に姫様とローラ様が決闘を行った場所。あの時は結界を張っていたとはいえ、戦闘にも耐えうる造りになっているのは間違いない。
「なんとか辿り着きましたね……姫様、そろそろ降ろしますよ」
「やだ」
「こんな時にワガママ言わないでくださいよ」
「……リオン。わたしの王子様。もう少しぐらい、お姫様抱っこしてくれたっていいじゃない?」
「ワガママ言ったってダメです。降ろしますよ」
「……けち」
ぷいっと頬を膨らませる姫様はこんな時でも我が道を往っている。頼もしい方だ。本当に。
「あーもうっ! 来て早々にいちゃついてるんじゃないですわよ!」
先んじて講堂に待機していたローラ様が、見かねたとばかりにどたどたと駆け寄ってきた。見てたなら早く出てきて欲しい。
「む。どうやら遅れてしまったようだな」
「申し訳ありませんアリシア様。少し手間取ってしまいました」
講堂の入り口から、別動隊として動いていたデレク様とマリアが合流する。
見たところ大きな怪我もない。ひとまずは無事だ。
「大丈夫よ、可愛いマリア。怪我はないようね。無事に辿り着けたようで安心したわ」
マリアの身を案じているのだろう。姫様はその指で彼女の頬を撫で、身体に怪我がないことを確認する。
「あ、アリシアひゃまぁ……や、やだそんな。主をお待たせしてしまったこのメイドに罰を与えてくださってもよろしいのに……いえむしろ与えてくださると嬉しいですぅ……」
姫様にしてもマリアにしても、緊迫した状況でもいつも通りの動きをしなければ気が済まないのだろうか。
「……リオンさん。貴方、苦労していらっしゃるようですわね」
「わかってくださいますか」
よもやこんなところで味方を得ようとは。
デレク様の方に視線を向けると、彼は深く考え込んでおり、
「…………オレも、何か気の利いた言葉をマリアさんにかけるべきだったのだろうか」
一人で何か別の悩み事を抱え込んでいた。
この場におけるマリアのことはもう放っておいてやってください。
「はぁ……。貴方たち、お喋りも結構ですが、役目はしっかりと果しましたの?」
「当たり前じゃない。ほら、見てごらんなさい」
姫様の言葉の直後。ガラスや入り口をぶち破り、けたたましい音を響かせながら精神操作の影響を受けた騎士たちが講堂に流れ込んできた。
「団体様のご到着よ」
あっという間に俺たちは、騎士たちに取り囲まれた。講堂の中はまさに袋の鼠といったところか。外とは違い、空間が狭まっている分包囲網の密度も濃い。もう逃げ場はない。
しかし……ここまでは姫様の計画通り。
「さあ、どうぞ。召し上がれ」
「言われずとも」
ローラ様が『神秘』属性の権能を発動させる。同時に、講堂の床下から魔法陣の輝きが放たれた。
「――――まとめて喰らってやりますわ!」
神秘の輝きが満ちる。
光が目の前を埋め尽くした後――――大勢の人が倒れる音が聞こえてきた。
視界が戻り、周囲を見渡してみると、そこには意識を失い倒れ伏した騎士たちの姿がそこかしこに並んでいた。
「……成功したようですね」
俺の言葉に、ほっとしたようにローラ様が肩から力を抜いた。
これは『四葉の塔』事件で姫様が開いたお茶会において、人の姿に化ける魔法を使う敵、黒マントを捉えるための術式……講堂に組み込んでいた魔力の波長を分析する術式を利用した力だ。
黒マントのような敵がまた現れることを警戒して、講堂に仕込んだ術式をそのままにしていたのだが、今回はそれを利用した。
ローラ様の『神秘』属性の力を増幅、拡散。一定範囲内にいる者達をすべて同時に、一括で、精神操作の影響から解放するための術式に組み替えたのだ。姫様がデレク様に、先んじて頼んでいた仕事というのは術式の組み換え作業のことだった。
あとは俺と姫様、デレク様とマリアのチームが外で目立ち、敵を出来るだけ引き連れて罠をはった講堂に誘導。俺たちを追いかけてきた騎士たちをまとめて、ローラ様が『神秘』属性の力で解放するだけ。
「ふぅ……ですが、全員が意識を失ってしまいましたわね。強引な手段でしたから、おそらく当分目覚めないでしょう。縛られた精神には休息が必要ですわ」
「あわよくば『団結の騎士団』が戦力として手に入れたいと思ったんだけど……そう都合よくはいかないようね」
「それもそうだが……」
デレク様が獣闘衣を纏い、講堂の中に撃ち込まれてきた魔法の弾丸を拳で弾き飛ばした。
気配が続々と増えてきた。今、ローラ様の『権能』で解放した団結の騎士団はざっと二十数人ほど。逆に言えば、あと半分は残っている。その残り半分がこの講堂に集まってきているのだろう。
「……どうやら待ちきれず第二陣が到着したらしい。ローラ、今のをもう一発頼めるか」
「ダメですわね。講堂に組み込んだ術式が焼き切れてしまっていますわ。やはり急造の術式では『権能』の力に耐えきれませんでしたか」
「となると、あとは私たちで何とかするしかないようですね」
マリアがどこから取り出しかも分からない二本の剣を両手に掴み、構える。
同じようにデレク様も拳を握り、ローラ様は神秘の輝きを纏う。
「アリシア様。リオン様。ここは予定通り、私たちが引き受けます」
「……オレたちも、この連中を片付けたらすぐに追いつく」
「ここで全員が消耗していては、王を解放することなど不可能ですわ」
俺たちの役目はあくまでも『団結の騎士団』を引きつけ、解放すること。
本命はノア様とクレオメさん。
ここにいる俺たちが囮となっている間に、二人は王が君臨する魔導船に乗り込んでいることだろう。
「さあ、お行きなさい!」
花が咲き乱れ、魔力の壁を展開。無数の光弾から身を守った後、反撃とばかりにマリアが全身に仕込んだ暗器を投擲。デレク様も拳に乗せたオーラを飛ばして反撃する。
「姫様」
今の俺たちに出来ることは、彼女たちの気持ちを汲むことだけ。
事実、ノア様たちだけでは王との戦いは厳しい。そのことは最初から分かっていた。だからこそ、ここから誰かが援護に向かうことは決まっていたことだ。
「分かってるわ」
姫様もそのことは分かっている。
だから、
「……俺たちは先に行ってます」
「貴方たちも、すぐに追いつきなさい」
姫様と手を繋ぐと、すぐに転移魔法が発動した。
視界が切り替わるまでの刹那、三人は最後まで俺たちに背を向けながら、敵だけを見据えていた。
☆
目の前に群がるは王直属の騎士団。
数も減り、精神操作もされているとはいえ、強敵であることに変わりない。
マリアは武具を構えつつ、今にも襲い掛かってきそうな目の前の集団を睨みつける。
主を送り出した以上、主が信じてくれた以上、ここで果てるわけにもいかない。
「すぐに追いつきなさいとは、気軽に言ってくれますわね」
「だがそれは、オレたちを信じてのことだろう」
かつての自分は目の前にいる騎士たち同様、操られるだけの人形であり、恐怖に怯え、死の危険に怯えるだけの道具に過ぎなかった。
仮にあの時の自分がここにいたら、周囲を取り囲む脅威に絶望するだけだっただろう。
「アリシア様を待たせるわけにもいきません。すぐに片付けましょう」
だけど今は違う。
主からの信頼。それはマリアが持つどの暗器よりも強い、確かな一振り。
「私たちは己が意志を以って、刃を振るうのです」
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