第44話 作戦会議、姫様のアテ
――――ハイランド王家には、生まれてすぐ追放されてしまった赤子がいた。
その事実を知った時、胸の内に湧き上がったのは仄かな喜び。
同じだと思った。王家にいながら王家ならざる者として存在していたその赤子は、自分と同じなのだと。一方的なシンパシーを勝手に抱き、会ってみたいと思った。会いたいと願った。
王家の中にいても、自分は独りだったから。
「………………」
奇跡が起きて。
いつか、どこかで、この王族ならざる王族の子と……弟と会うことが出来たら。
その時は精一杯の愛を捧げよう。それが自分に出来る唯一のことだから。
☆
「……なぜ、止めたのですか」
渦巻く水の拳が、彼の身に届くことはなかった。
疑問を口にするノア様の目の前で、俺が止めたからだ。
動きを拘束する水のドームも既に消失しており、驚きと戸惑いの混じったノア様の顔がよく見えた。
「私は君の恋人を……最愛の人の命を断とうとしたのですよ」
「姫様の命を狙ったことは、確かに許せることではありません。ですが……」
拳に纏う水も解除する。もう魔力も限界だ。
「……それは貴方が本気だったらの話です」
「私が本気ではなかったと?」
ノア様は白刃を突き付ける。
一突きでもすれば、俺の首は穿たれ終わるであろう距離。彼の気分一つで、簡単に俺という命は失われてしまう状況。
「…………」
「…………」
水を滴らせながら、ノア様と俺は互いの眼を見つめ合う。
肌に張り付く水は冷たく。されど冷酷ではない。ノア様の瞳に宿る色も同じだ。
寂しそうではありながらも、冷酷なモノではない。
孤独を感じさせながらも、冷徹なモノでもない。
「……貴方が本気だったら、俺はとっくに殺されていました。殺す機会は何度もあった。だけどそうしなかった」
「君に力があったとは考えないのですか」
「それだけじゃありません。『焔』の力や俺の戦い方の欠点までわざわざ指摘して、この『水』の力を発現させてくれた……まるで俺を導いてくれるかのように」
俺に向けてきた殺意も最初だけ。それすらも紛い物。身体の使い方を熟知しているノア様は、殺気すらも自在にコントロールしてみせたのだろう。
「……買い被りすぎですよ」
「仮にそうだとしても、今こうして俺を生かしている意味なんて無いでしょう」
突きつけられた剣を掴む。魔力を切らし、『焔』も『水』も纏えぬ今の俺の手は無防備な状態。刃が手に食い込み、流れた血は、水に混じって滴り落ちる。
そんなものは構わない。痛みを無視して強引に剣を己の首元に引き寄せる。
「本気で王の命令を果たすつもりなら、今ここで俺を殺せばいい」
俺が突きつけた問いに対して返ってきたの言葉は、沈黙。
ノア様の手がほんの少しでも動けば、俺の首など容易く斬り裂くことが出来るだろう。
だけど。やっぱり。
彼の手は、微動だにしない。
「…………まったく、敵いませんね。君には」
ノア様の顔に、笑みが浮かんだ。
そのまま彼の手は、刃を掴んで血濡れになっている俺の手を優しく解き、指を絡める。
「君の手は愛する人を護るためのもの。……こんな無茶をしないでください」
手のひらから温かい力が流れ込んでくる。どうやら回復魔法で俺の手を治療してくれているらしい。ノア様が視線で合図を送ると、クレオメさんは静かに頷き、刃を収めて姫様から離れた。
解放された姫様はスタスタとやや早歩き気味に近づいてきたかと思うと、呆れ気味にため息をついた。
「優しいわね、リオン。あなたのそういうところが大好きだけど……一発ぐらい入れたって、バチは当たらなかったと思うわよ」
「おやおや。開口一番手厳しいですね。私の狙いを理解した上で見守ってくれたことに感謝し一つアドバイスしておきますが、リオン君のことが心配なら、素直にそう言えばいいではないですか。信頼して何も動じないように装っていながらも内心ハラハラドキドキしていたと、素直にね」
「うるさいわね。……というか、さっさとその手を離しなさい。いつまで繋いでるのよ」
「リオン君の治療を終えるまでですが。私の記憶が確かなら、アリシア姫は回復魔法を使えなかったはずですが?」
「逆に貴方、回復魔法が使えたの?」
「つい最近習得しました。申し訳ありませんね。リオン君は私が万全にしておきますので」
「…………相変わらず口だけは無駄に元気ね」
言葉で圧倒される姫様はそうそう見れるものではない。流石はノア様といったところだろうか。ああ、でも……よかった。いつもの空気が戻ってきた。
☆
治療を終えた後。
ひとまず屋敷の客間に移動した俺たちは、ノア様とクレオメさんから事情を説明してもらった。一通りの話を終えたところで、姫様がポツリを言葉を漏らす。
「シルヴェスター王の豹変……原因の心当たりは、一つしかないわね」
「アニマ・アニムス。彼が持つ『従属』の権能によるものでしょう。ただの精神操作系の魔法ならば『団結』属性により強化した魔力で弾くことも出来たでしょうが、敵はそれを上回る操作力を持っていた……さすがは『裏の権能』というべきでしょうか」
神より与えられた『権能』を持つ王を操ってしまうほどの『権能』。
敵がいかに強大な力を持つ者なのかをこんな形で思い知ることになるとは。
「王の精神操作を解く鍵は恐らくあの仮面でしょう。私とノア様が見た限りでは、顔に仮面らしきものはついていませんでした。とすれば、顔以外の部位に埋め込まれているのかと」
「怪しいのは胸の辺りでしょうか……人体に直接埋め込むタイプの術式は心臓に近いほど効力を発揮しやすいものですから」
クレオメさんの言葉を受け、マリアは何か思い当たるところがあったらしい。
考え込むような仕草をした後、推測を滑り込ませてきた。
「たぶん、マリアの推測通りだと思うわ。それ以外の場所に埋め込むメリットも特にないだろうし……問題は『団結の騎士団』ね。彼らはどうなってるの?」
「様子を見た限りでは同じように操られてしまっているようです。これは推測でしかありませんが、王に埋め込まれた『従属』の権能が伝播することによって、全員が一度に影響を受けてしまったのかもしれません」
言いながら、肩をすくめるノア様。
「『団結』の属性が持つ、他者との縁を結ぶ性質を逆手に取られてしまった……まさに最悪の相性ってわけね」
「姫様。冷静に語ってはいますが、ハッキリ言って状況は最悪ですよ。『権能』を持った王一人でも厄介だというのに、一国をも容易く落とす精鋭五十人までもが敵に回っているのですから」
「確かに最悪だけど、希望はあるじゃない。シルヴェスター王に埋め込まれてるであろう仮面さえなんとかしてしまえば、残りの五十人も一斉に解放出来るということなんだから」
「アリシア姫。言うは易く行うは難し、という言葉をご存じですか?」
「敵の企みを利用して、リオンの成長を促した貴方がよく言うわね」
「おや。筒抜けでしたか。これは恥ずかしい。今にも顔から火が出そうですよ」
「優しいリオンに感謝するのね。もし最後の一発が入ってたら、今頃その白々しいセリフも吐けなくなってたもの」
「ええ。感謝していますよ。リオン君の優しさには」
二人の間でバチバチと火花が燃えている気がする……相変わらずこの二人は仲が良いのか悪いのか。
「……真面目な話、リオン君は貴重な戦力ですからね。殺させるわけにもいきませんし、向こうの狙いがリオン君である以上、戦闘は必至。強引な手を使ってでも、早急に強くなって頂くことが向こうの狙いを阻止することに繋がると判断しました」
ノア様の言葉を受け、クレオメさんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「とはいえ、アリシア姫とリオンさんには謝罪せねばなりません。お二人を危険なめに遭わせてしまったのは確かですから」
「俺のことは気にしないでください。おかげで新しい力を掴むことが出来ましたし、打算はあれど俺のことを想ってのことなんですから。ただ……姫様を巻き込んだことだけは、許すことは出来ません」
ノア様たちに対して思うところも、勿論ある。だけど一番許せないのは自分自身だ。『四葉の塔』事件でも、むざむざ姫様が攫われてしまう事態を許してしまった。ナイジェルとの戦いだって姫様の助力があったからこそ。
もし俺に力があったら。もし俺が四天王の方々のように強く在れたら。
……姫様を危険に巻き込むこともなかった。
「次に同じことをすれば。たとえ事情があろうとも、拳を止めることはありません」
一番許すことが出来ないのはノア様でもクレオメさんでもない。自分自身だ。
「そのことをどうか、お忘れなきよう」
「……胸に刻んでおきます」
緩んでいた空気がまた少し張りつめてしまった気がする。
悪いことをしてしまったかもしれない。それでも釘を刺しておかないという選択肢もなかったが。
「話もひと段落したことだし、これからのことを話し合いましょう」
姫様が気を利かせてくれたのか、話題を切り替えてくれた。
「敵はシルヴェスター王を操り、リオンの命を狙った。……その理由はまだ掴み切れていないけど、やるべきことはハッキリしてる」
「シルヴェスター王の解放……ですがアリシア様。あちらには『団結の騎士団』が控えています。国を落とすことすら容易く為せる五十人の精鋭。いかに素晴らしきアリシア様にお力があろうと、この戦力では厳しいかと思われます」
「だからこそ策を講じるのよ。アテならあるから、任せときなさい」
どうやら考えがあるらしい姫様は華麗にウィンクしてみせた。
マリアは胸を抑えて倒れた。
☆
一時間後。
「――――レイラ様の生ステージ衣装が拝めるというのは本当ですの!?」
餌に釣られたローラ様が現れた。
どうやら姫様が転移魔法を駆使してローラ様を連れてきたらしい。俺たちが事情を説明すると彼女は深いため息をついた。
「大体の事情は理解しました……シルヴェスター王と『団結の騎士団』が敵に精神操作された? しかもそれを解除する為に手伝えですって? はぁ……アリシア・アークライト。貴方と話していると、いつも眩暈が起きそうになりますわ」
「姫様。アテというのはもしかして……ローラ様のことですか?」
「そうよ。頼れる助っ人でしょ?」
ローラ様とは『四葉の塔』事件に置いて拳を交えた仲。姫様にとっては信頼における相手になっているのだろう。
「なるほど。ローラ姫の持つ『神秘』属性の権能ならば、『従属』による精神操作を打ち消すことも可能と踏んだわけですか」
「直接『仮面』を埋め込まれてるシルヴェスター王は難しいでしょうけど、間接的に操作されているだけの『団結の騎士団』なら、なんとかなるかもしれないわ。実際に戦ってみて分かったけど、『神秘』属性はなんでもありみたいだし」
「確かに不可能ではありませんけど、『団結の騎士団』の精神操作をまとめて解除するとなると相応のパワーが必要です。『神秘』属性は力勝負に不得手……王クラスなら可能かもしれませんが、今のワタクシでは難しいですわよ。かといって、一人一人解除していくと先にワタクシの魔力が尽きてしまいます」
権能は確かに強力な力だが、大なり小なりそれぞれの弱みを抱えている。『神秘』属性の強みはその万能性。弱みは力勝負には向いていないこと。しかし、それを把握していない姫様ではないだろう。
「ああ、大丈夫。それも織り込み済みだから」
「…………」
ローラ様はとても複雑な顔をされておられる。自分のパワー不足を織り込み済みと言われてるようなものなのだからそりゃあ複雑な顔にもなる。ちなみにノア様はくつくつと笑っていた。笑わないであげてください。
「アリシア様。ここはデレク様にも声をかけておく方が得策なのでは? 彼の持つ『野生』属性も戦力としては十分に頼れるものかと」
「勿論よ。ローラを連れてくる前に声をかけて、先に動いてもらってるの。あとは仕掛けを御覧じろってとこかしらね。こんな状況ですもの。使えるものはなんでも使うわ」
どうやら既に姫様の策というのは動き出しているらしい。
「守りは性に合わないしね。どの道、敵もいつまでも待ってくれるわけでもないし……先にこっちから仕掛けるわよ」
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