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第41話 二人のデート、彼が視たいもの

第30話、第38話を一部加筆して描写を追加しました。

(第30話は1000字ぐらい、第38話はアリシアの視点をちょこっと)


30話は出来事を一部変更しておりますが、ストーリー上の流れは変わっておりません。


「……向こうもお茶している頃かしらね」


「向こう?」


「……なんでもないわ。こっちの話」


 言いながら、姫様は優雅な手つきでカップを置いた。

 その所作は他のテーブル席に座っているどの女性よりも優雅だった。恋人としての贔屓目があるかもしれないが、今この洋菓子店で最も美しいのは彼女だと断言できる。

 煌めく金色の長い髪は言わずもがな。今日はいつもの制服や魔界で身に着けていたドレスではなく、私服だ。それはただの平日に身に着ける服という意味ではなく、デート用であろう服のこと。

 豪華すぎず、かといって控えめというわけでもない。程よい気品を感じさせる、清楚な令嬢といった風な印象を受ける……可愛らしい、女の子。今日のデートを楽しみにしてくれていたことが全身から伝わってきて、最初に見た時はじんわりとした嬉しさが込み上げてきたものだ。

 その後、あらかじめ調べておいた洋菓子店に姫様と共に入り、職人の手によって彩られた美味なるケーキを食してひと段落着いたところだ。


「それで……リオン。いきなりどうしたの?」


「何がですか?」


「急にデートに誘ってくれたりして」


 デートに誘うだけで「どうしたの?」と言われる程度には積極性を欠いているという自覚があるのは情けない話だ。


「お祭りでデートをする約束が果たせませんでしたからね。思い出作りとは別に、ちゃんとしたデートをやろうと思って」


「……ホントにそれだけ? まるでリオンとは思えないぐらいの配慮だわ。デートに誘ってくれただけでも驚きなのに…………」


「俺は一体何だと思われてんですかね……」


 姫様に告白されて、恋人になって自分の鈍さに改めて気づいたという立場なので何とも言えないが。


「……俺だって、姫様の、こ、恋人、なんですから。たまにはデートぐらい誘いますよ。今日はプランだって考えてきたんですから」


「それって……わたしのために?」


「当たり前です。他に誰がいるんですか」


 真っすぐな目で言い返すと、驚きながらも姫様の頬が緩む。

 慌てて頬を抑える様は見ていてとても愛らしい。


「リオンがわたしのために……ご、ごめんなさい。嬉しくて……ふふっ。にやけちゃいそう」


 むしろありがとうございますと言うべきか。とても良いものを見せて頂いている。この顔を誰にも見せたくないという衝動が込み上げてきた。今すぐにでも姫様を抱きしめて、独り占めしたい。


「じゃあお任せするわね。リオン……わたしの、リオン」


「ええ、お任せください。今日は俺が、姫様を楽しませてみせますよ」


 この甘い空気はきっと、目の前にあるケーキだけのせいじゃない。

 カップに口をつけながら俺はふと、そんなことを思った。

 マリアへのお土産用に幾つかクッキーを購入した俺たちは、街にある大通りに出る。様々な種族の者達が露店を連ねているこの場所は、いつだって活気に満ち溢れている。


「お祭りの時は警備やら爆破予告事件やらでゆっくりと楽しめませんでしたからね。今日はお仕事もありませんし、楽しんじゃいましょう」


「それはとっても魅力的な提案なのだけれど……ねぇ、リオン」


 姫様は歩みを止め、些か不機嫌そうに振り向いた。


「どうしてわたしの隣を歩いてないの?」


 彼女と共に歩んでいた俺の位置は、姫様から一歩下がったところ。

 恋人としてではなく、どちらかというと護衛や従者といったいつものポジション。姫様にはそれが不満だったらしい。


「す、すみません。いつもの癖で、つい」


「……珍しくデートに誘ってくれたと思ったら、そういうところはいつものリオンね。逆に安心しちゃったわ」


 肩の力が抜けたような、どこか緩み切った表情を見せると、姫様は俺の手をとる。そのまま自然と指を絡めてきたので思わずドキッとしてしまったものの、俺も自然と彼女に応じるかのように指を絡め返すことができた。


「今日は、わたしの隣にいて? いつもの護衛としてじゃなくて……恋人としてのあなたと一緒にいたいから」


 こんなことを言われて断れるはずがない。

 俺が出来るのは彼女の可愛らしさに圧倒されつつも、ぎこちなく頷きを返すことだけ。

 対する姫様は満足げに微笑むと、俺の手を引っ張って歩みを進めていく。今日はリードしていくつもりが、結局はこうして引っ張られてしまう。


「さあ、リオン? あなたの考えたデートを案内してくれるかしら。わたし、昨日からとってもとってもとーっても、楽しみにしてたのよ?」


「案内してっていうか姫様が案内しそうな勢いですけどね。善処しますよ」


 デートはぶらぶらと露店を見てまわったり、服を見たり、『楽園島』にあるデートスポットに行ってみたり(ちなみにデートスポットに関しては姫様の方が詳しかった)して、あっという間に時間が経っていった。姫様は一切疲れる様子を見せず、一つ一つの出来事に対しては喜んだり、愛おしそうにしてくれている。それが俺にとってもたまらなく嬉しい。


「ここって……」


 途中休憩を挟むべく訪れたのは噴水のある広場。この『楽園島』に来た時、姫様と朝のお散歩で立ち寄ろうとした場所だ。あの時はデレク様やローラ様と出くわしたりしてしまったので、残念ながらここでゆっくりすることは出来なかった。その次に訪れたのは、姫様が攫われてしまった時。その時は俺一人だったので、姫様と恋人としての時間をこの広場で過ごしたことはない。


「恋人たちがよく手を繋いで過ごしている場所……なんですよね」


「……覚えててくれてたの?」


「覚えてますよ。あれも姫様との大切な思い出ですから」


「あっ…………」


 どうやら気づいてくれたらしい。

 お祭りの後、姫様と二人きりで踊った時……思い出作りだなんて言ってたけど。

 俺にとっては姫様と過ごす毎日や、姫様と過ごす何気ない一瞬すべてが大切な思い出だ。

 わざわざ不安を抱えたまま、その不安を受け入れたまま、無理やり作ろうとする必要なんてどこにもない。それだけは知ってほしかった。


「姫様。俺は今、ここにいます。あなたのお傍にいます」


「リオン…………」


「……本当は何があったのか聞きたいです。何を抱えているのかを知りたいです。あなたが嫌っているという自分の弱さも、ずるさも。全部全部、俺に抱きしめさせてくれませんか」


 それからどれぐらいの時間見つめ合っていただろう。

 お互いに顔を逸らすことなく、瞳に映る互いの顔を見ていた。その沈黙を破ったのは――――、


「ぐすっ……ひぐっ……」


 幼い人間の少女が、泣きじゃくる声。

 思わず俺も姫様もそちらの方に視線を向ける。大切な問いかけをしていたことに間違いはないが、流石に放っておくことも出来なかった。


「どうしたの? カワイイ顔が台無しじゃない」


 しゃがみこんで子供と同じ目線になろうとする。この動きが自然と行える姫様を賞賛しつつ、彼女のこういったところも好きになった一つの要因だったんだなと再確認する。

 少女はそんな姫様に対して安心したのだろう。少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。


「ぐすっ……ママと……はぐれちゃったの」


 どうやら迷子になってしまったらしい。この辺りは混雑しているので、迷子になってもおかしくはない。『楽園島』は外からの観光客も入ってくることは珍しくないので、この子もその類だろうか。


「そう……大変だったわね」


 姫様は静かに握った手を差し出した。それに気づいた少女は泣きじゃくりながらも差し出された手を見つめる。それを確認すると、姫様はぱっと手を開き……。


「クッキー……?」


 姫様の美しい掌の上ににちょこんと置かれていたのは、先ほど洋菓子店で購入したクッキーだ。ポケットの中から転移魔法で取り出したのだろう。


「おひとつどうぞ」


 少女はおずおずとしながらクッキーを手にとると、そのまま口に放り込んだ。もぐもぐと咀嚼すると、涙に濡れた顔に微かな笑みが戻った。


「美味しい……」


「でしょ? まだあるから、遠慮せず食べなさい」


「うんっ」


 クッキーを一つ二つと食べていくうちに、少女の顔に笑顔が戻っていく。

 そんな少女の頭を、姫様は優しく撫でた。


「安心しなさい。あなたのママが来るまで、一緒にいてあげるから」


 姫様の言葉に、少女はぱっと顔を上げる。


「ほんと?」


「本当よ。これでもわたし、お姫様だもの。約束は守るわ」


「おひめさまっ! おねえちゃん、すごい……!」


 華麗にウィンクを決めた姫様に、少女はキラキラと目を輝かせる。

 あっという間に不安を吹き飛ばしてしまう姫様の手際は実に見事だった。


 ☆


「あははっ! たかーい!」


 無邪気にはしゃぐ声が頭上から聞こえてくる。というのも俺は今、少女を肩車している状態だ。


「ママを見つけたら教えてね」


「うんっ!」


「ははは…………」


 まさかこんなところで小さな女の子を肩車することになるとは思ってもみなかった。俺としてはいざという時に姫様を護りづらいから、避けたい体勢ではあるんだけど……仕方がないか。


「おにいちゃんっ! もっとたかくしてー!」


「こ、これ以上はちょっと無理かな……」


「えー。けちー!」


「けち!?」


「そうなの。リオンって、けちなところあるの。お姫様抱っこはしてくれるのに、そのまま運ぼうとはしてくれないんだから。自分で歩いてくださいなんて言ってくるのよ?」


「おねえちゃんもくろうしてるんだねー」


「分かってくれるのね」


「うんっ! わたし、オトナのオンナだもんっ! 色んなコト知ってるんだよっ!」


 えっへんと胸を張る少女。一体どこでそんな言葉を覚えてくるのだろうか。この子の将来がとても心配だ。


「あら素敵。それじゃあ、オトナのオンナは他に何を知っているのかしら」


「えっとねー……おねえちゃんとおにいちゃんは~……らぶらぶなんでしょっ!」


 頭上から自信満々といったていの声が聞こえ、対する姫様は嬉しそうに頬を緩める。


「んー……わたしはそうだと思っているんだけど……お兄ちゃんの方は、どう思っているのかしら?」


 小悪魔チックな表情に、俺は思わず頬が熱くなるのを感じた。

 子供の物言いはストレートな分これは効く。俺に。


「リオン。わたしのリオン。教えてくれる? わたしたちは、らぶらぶなの?」


 ずるい。この問いはあまりにもズルい。黙秘権を行使しようにも、姫様からだけでなく肩車をしている子供からも期待の眼差しを向けられているのを感じる。これは状況的にも内容的にも否定できない……最初から詰んでいるようなものだ。俺に唯一許されている行動は、大人しく素直な言葉を口にすることだけである。


「えっと……はい……らぶらぶ、です……」


「やっぱりー! あははっ! らぶらぶだー!」


 楽し気にしている子供に対し、俺は頬を真っ赤にして視線を逸らす。今は姫様の顔をマトモに見ることが出来ない。周囲にいるカップルたちも微笑ましそうに俺たちを見ている。……ああ、今すぐこの場から逃げ出したい。


「ふふっ。大丈夫よリオン。お迎えが来たみたいだから」


 その言葉が示す通り。

 人混みをかき分け、こちらに走り寄って来る女性の姿を捉えた。


「……あっ、ママ!」


 俺は少女を降ろし、再会をそっと促す。少女は走り出すとすぐさま母親の胸に飛び込み、対する母親も心からの安堵を体全体に現しながら我が子を抱きしめた。


「ああ、よかった……! もうっ、どこ行ってたの!? 心配したんだから!」


「ごめんなさい……でも大丈夫だよっ。おねえちゃんとおにいちゃんと一緒にいたもんっ」


 子供の無事を確認した母親は、俺と姫様に深々と頭を下げた。


「この子がお世話になったようで……ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいのか……」


「気にしないでください。一緒に遊んでただけですから。そうよね、リオン?」


「そうですね……俺の場合は、遊ばれただけの気がしますけど」


「ふふっ。相手は『オトナのオンナ』よ? リオンが遊ばれちゃうのも、仕方がないわ」


 俺たちのやり取りを聞くと、母親は「またヘンな言葉を覚えて」とでも言いたげな眼で少女に視線を送った。

 それから母親は俺たちに何度も頭を下げ、今度はしっかりと我が子の手を繋いで人混みの中に消えていった。その間際、少女は俺と姫様に明るい笑顔を見せ、手を振ってくる。俺たちは二人でその手に応えた。


「よかった……あの子が、母親と会うことが出来て」


「そうですね。俺もホッとしました」


 親子の背中を見つめる姫様の顔は、言葉とは裏腹にどこか不安のようなものを帯びている。


「やっぱり……家族は、一緒にいる方が幸せよね」


「……そうですかね?」


 姫様に対して、自然と言葉が滑り出てきた。何気ないことだったつもりなのだが、姫様に取っては大層驚くことだったらしい。虚を突かれたような様子だった。


「どうしてそう思うの?」


「一緒にいることも大切ですけど、それが全てじゃないっていうか……ほら、俺は幸せですから」


「えっ……?」


 何かヘンなことを言ったつもりはないのだが、姫様はきょとんとしていたまま黙り込んでいる。


「俺たちだって魔界を離れて『楽園島』にいるじゃないですか。ここには兄貴たちも魔王様もいません。でも俺は今、幸せですよ。姫様と一緒に過ごすことが出来て、デートも出来て……こんなに幸せでいいのかなって、時々考えてしまうこともあります」


 物心ついた時には魔界にいた。俺にとっては兄貴たちが家族だった。こうして魔界を離れて長期間過ごすことは確かに寂しいけど、それが不幸だとは思わない。


「離れてても家族は家族ですよ……って、俺が兄貴たちのことを家族だなんて、おこがましいですかね」


「……そんなことないわよ。きっと、泣いて喜ぶと思うわ」


「だったら俺も嬉しいです」


 照れくさくなって頬をかく。姫様はそんな俺を優しく見守ってくれて。


「離れてても家族は家族、ね……ん。リオンの口からその言葉を聞けて、なんかちょっと、安心したかもしれないわ」


 結局俺は姫様が何を抱えているのかを知ることは出来なかった。それでもちょっとは、彼女の不安を和らげることは出来たらしい。……よかった。今日のデートを申し込んで。


「ありがと、リオン。大好きよ」


 その言葉は俺にとって不意打ちだった。真っ赤になっていく頬が恥ずかしくて、つい視線と話題を逸らそうとしてしまう。


「そ、それにしても姫様。さっきはよくあの子の母親が来たってわかりましたね」


「周囲の魔力を探ってたのよ。特別な事情でもない限り、血縁者は魔力の波長が似るものだから――――」


 姫様の言葉はそこで途切れた。

 自分の言葉で、何かに気づいたかのようにハッとしたかと思うと、何かを考え始めているのか黙り込む。


「……姫様?」


 心配になって声をかけると、彼女は我に返ったようだ。


「ん。ごめんなさい、なんでもないわ。たぶん、わたしの気のせいだから」


「そうですか? ならいいんですが……」


「心配かけたわね。それより……」


 姫様は俺の手を取り、指を絡めてきた。俺も応えるように指を絡め、離れないように手を繋ぐ。


「デートの続きを始めましょう。今日という日は、まだまだこれからなんだから」


 ☆


 手元の資料全てに目を通したシルヴェスター王は、椅子に深く腰掛けながら一人薄暗い船室の天井を眺める。


「ふむ……楽園を謳うこの島を揺るがすに足る、『四葉の塔』での一件。人々は不安に駆られているかと思ったが、心配は杞憂だったようだな」


 外部の反楽園島主義者たちと繋がり、獣人族と妖精族の対立を煽る。この楽園島の存在意義を否定するかのような所業。主犯は学院の教師。本来ならばこの島そのものが内部的に崩壊していてもおかしくはなかった。しかし、獣人族と妖精族の王族が手を取り合い危機に立ち向かったことでその島の団結はむしろ深まっている。祭りに合わせて『四葉の塔』を解放したことで、対立も今は改善の方向にむかっているということも、上手く外に向けてアピールしている。

 まるでこうなることを見越していたかのようなノアの手際に、シルヴェスター王は苦笑した。口を挟む余地はない。むしろ王の訪問すらも上手く利用されている始末だ。


「フッ……相変わらず、可愛げのないやつだ」


 次いで、シルヴェスター王は脳裏に焼き付けた少年の姿を思い出す。

 今はリオンと言う名を持つ少年は確かに生きていた。彼なりの幸せを掴んでいた。それをこの目で確認する事が出来た。それだけで……たったそれだけで、十分だった。


「いや……それも傲慢か」


 今回の視察は『四葉の塔』事件で揺らいだ『楽園島』の混乱を静める目的があった。それに敢えて手をあげたのは、リオンの姿を一目見たかったということがある。

 それが傲慢な行為だと分かっていても。

 彼が幸せに過ごしていることに対し、安堵することも許される立場ではないと分かっていても。


 ――――……リオンには、会われないのですか。


 アリシア・アークライトの言葉が脳裏を過る。


 父親を名乗ることなどおこがましい。

 会うつもりも、名乗るつもりもない。

 ただ一目、見ておきたかった。


 ……言葉を並べることは簡単だ。それでも心の内には、会いたいと願ってしまう自分がいる。全ての理屈をかなぐり捨てて、もう一度やり直させてくれないかと、首を垂れたい自分がいる。

 今の幸せを大切に抱きしめている少女に対し、平然と嘘を並べる自分はあまりにも――――ずるくて、弱くて、卑怯だ。


「……今更、私が踏み入る資格などないのにな」


 誰に聞かせるつもりもない独り言。


「――――ご心配なく。ないなら私が与えてあげますとも」


 薄暗い部屋の中、ただ溶けて消えゆくだけの言葉を拾った者がいた。

 その存在は報告書や資料に載っていた。『裏の権能』を持つ者の一人……アニマ・アニムス。どういうわけか、彼はシルヴェスター王の背後に佇んでいた。


「――――!?」


 言の葉を紡ぐ間すら与えられなかった。

 彼の腕は滑らかに、妖しく、迅速に……手にしていた仮面を、シルヴェスター王の胸に埋め込んだ。


「がっ……!」


 アニマ・アニムスが齎した仮面は、根を張ったかのように身体へ侵蝕する。直後、電流のように禍々しい魔力が体内に迸り、有無を言わさず意思というものが捻じ曲げられていく。


「心此処にあらずとは、まさに数瞬前の貴方のこと。どうやって隙を突こうかと頭を悩ませておりましたが……手間が省かれ、大変助かりました。時間というものは有限ですからねぇ」


「ぐッ……! お、おおおォおおおおおおおッ!」


「おお、怖い。まさか抵抗することが出来るとは。その仮面に蝕まれてしまえば、並大抵の人間はすぐさま私に『従属』するはずなのですがね。どうやら『権能』保有者には効きづらいようです……勉強になりましたよ、王様」


「ッ……一体、何が、目的だ…………!」


「私が属している組織の方々には、崇高な目的がおありのようですが……正直なトコロ、さほど興味はありません。素晴らしい物語を書き留めることが、私の趣味でございますゆえ」


「物語、だと……!?」


「ええ、そうです。視たいんです。私は、視たいんですよ」


 言いながら、アニマ・アニムスは大きく手を広げた。

 高らかに、歌うように。


生命いのちは皆、『物語』を紡ぎます。時に美しく、時に勇ましく、時に醜く。その有様はまさに十人十色。実に素晴らしい。故に視たい。私の掌にはとうてい収まりそうにない、想像を超えた物語を!」


 無邪気に瞳を輝かせる様は、まるで子供のようだった。

 英雄の物語に心惹かれ、憧れ、夢を抱く子供のそれと、恐ろしいほど似ている。


 街を火の海に沈めんとした男のものとは見えない爽やかな、晴れ渡った青空のような表情は、この場においてあまりにも歪なモノ。


「いやぁ、楽しみです。リオン君にしてもアリシア・アークライトにしても……自ら虚像を望んだ、哀れな人形にしても」


「ッ! 貴様、まさか――――!」


「ご存じですとも」


 シルヴェスター王の顔が凍り付く。それが見たかったと言わんばかりに、アニマ・アニムスは口の端を歪めた。


「はてさて。貴方が私に『従属』することで、彼らは一体……どのような物語を紡いでくださるのでしょう?」


 ☆


 ある日の夜。

 ノアとクレオメが呼び出されたのは王族専用魔導船の甲板だ。

 精鋭たち……『団結の騎士団』の面々も揃え、この場全体に異様な空気が漂っていた。


「……神に選ばれ、『権能』を与えられし一族の長。団結の王として、お前に命令を下す」


 怪しい光を宿した彼の眼は、ノアがこれまでに見たことのないほどに鋭く研ぎ澄まされている。

 殺気。

 そう表現するのが、一番正しいように思える。隣ではクレオメが息を呑んでいるのが見えた。


「アリシア・アークライトの護衛。リオンと名乗るあの少年を――――殺せ」


「っ!? それは、どういう……!」


 驚愕を露にするクレオメを、ノアが手で制す。それと対するかのように、『団結の騎士団』は一切の異を唱えない。それが当然であるかのように、この世の摂理とでも言わんばかりに。ただ沈黙を保っている。彼らの眼にも同様に妖しい光が宿っており、殺気を研ぎ澄ませていた。

 それらを一瞥したノアは、


「ああ、それは良かった」


 この場に似つかわしくない、明るい声と共に。


「ちょうど私も、リオン君を殺そうと思ってたんです」


 微笑みを以て、王の命令を迎え入れた。

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