第4話 お姫様は護衛を自慢したい
ピリピリとした緊張感がこっちにまで伝わってくるような、一触即発の雰囲気。
だというのに姫様は、そんなことはお構いなしとばかりにいつもながら堂々とした佇まいだ。特にご立腹であるらしく、ぷんすかという擬音が今にも聞こえてきそうだ。
……そうか、流石は姫様! 『島主』としてこの状況に対して抗議しようというのだろう。どうやら姫様もこの島に来て早々に、『島主』としての自覚を持ったということだ。
「さっきの魔法。もしかして、アナタたちの騒ぎが原因?」
「…………だとしたら、なんですの?」
妖精側の『島主』、ローラ様(姫様に魔法を飛ばした相手だが、島主なので仕方がなく様付で呼ぶとしよう)がじろりと睨む。
対して姫様は、負けじと相手を睨み返す。がんばれ姫様!
「あと少し……あと少しで、手繋ぎデートが実現するところだったのよ? それなのにイイところで魔法が飛んできて、わたしが今どれだけ悔しい思いをしているのか分かってるのかしら?」
…………姫様は一体、何に対して抗議しているのだろうか。
俺はもうちょっと「島主としてその振る舞いはいかがなものか」的な抗議をするものだと思っていたが。
「あの、えっと……?」
ほらー、向こうも何のことだか分からなくて首を傾げているじゃないですかー。
「あの、姫様」
「なにかしら」
「念のためにお聞きしますが、街中で魔法をぶっ放すなんていう『島主』にあるまじき行為に対して怒っていらっしゃるんですよね?」
「え、いや別に? 街中で魔法は確かにダメだし、そのことについても多少は怒っているけれど……わたしが一番怒っているのは、そこじゃないわ」
そこじゃないんかい。
「えー、こほん。姫様は、あなた方の『島主』にあるまじき行いに対して抗議しております。幸いにも先ほどの魔法は誰にも当たりませんでしたが、もし誰かに当たっていたら、その人は間違いなく大怪我を負っていましたよ」
どうだ俺のナイスフォロー。姫様に仕えていると、こういうことはたまに起きるので手慣れたものだ。
「…………すまない。君の言う通りだな」
先に反応したのは、獣人側の『島主』、デレク様だ。大柄な体格のこともあり、見た目は威圧感に満ちて恐ろしいが、意外と話が分かるな。……まあ、『島主』をしているということは獣人界では王族の位置にいる者なので、当然といえば当然か。
「…………魔法の件に関しましては、ワタクシも謝罪いたしますわ」
ローラ様もきちんと謝罪をしてくれた。これでひとまずこの場は収まるか? と思ったのもつかの間。彼女はじろっとした視線をデレク様に向ける。
「ですが、先に仕掛けてきたのはあちら。ワタクシは大切な友人を護るべく魔法を放った。つまり正当防衛をしたつもりですわ」
「…………オレは、君たちの方から先に仕掛けてきたと聞いているが?」
「その頭の耳は飾りですか? それとも、都合の良いことしか聞こえない耳ですか?」
ピリッとした空気が流れる。比喩でもなんでもなく、実際に空間に圧がかかるほどの魔力が満ちているということだ。というか姫様も対抗して魔力を滾らせないでくださいよ。いや、「ほら、わたしだって負けてないでしょ?」とでも言いたげな、どや顔をしないでください。かわいいですけどね。
「――――まったく。できれば、今日はそこまでにしていただきたいですね」
冷静な……どこか達観した雰囲気を持つ声が辺りに響き渡る。
眼鏡の奥に理知的な光を宿す眼を持った一人の少年が、広場に現れた。
同じ魔法学院の制服に身を包んだ彼の姿を、俺は資料で目にしたことがある。
人間族側の『島主』、ノア・ハイランド様。
剣士としても高い実力を持った、人間界最大規模を誇る王国の王族だ。
――――奇しくも、この場に『楽園島』の『島主』たちが勢ぞろいしたことになる。
「我々は各界を代表する王族です。未熟であることに胡坐をかいて諍いを起こすのはやめていただきたいものですね。『島主』の立場は、我々が王位を継いだ後のことを想定した予行演習でもあるのですから。それとも……貴方がたは、王位を継いだ後で、種族間戦争でも起こす気ですか?」
戦争を起こす気かとまで言われて争うほど愚かではなかったらしい。ローラ様とデレク様の二人は互いの魔力を収め、姫様も空気を読んで魔力を抑えてくれた。いやホント、なんであなたまで参加してたんですかね。
「よろしい」
場の様子を見て、ノア様は満足げに頷いた。
「明日は入学式です。皆で仲良くしようじゃありませんか」
ノア様の言葉に、双方はぐっと言葉を詰まらせる。妙な空気が流れた後、
「…………それができれば、ですが」
「…………そうだな」
また一瞬だけ互いを睨むと、二人は同胞たちを連れてそれぞれ背を向けて下がっていく。
広場はあっという間に俺と姫様……そして、ノア様の三人だけになった。
「やれやれ。まさか朝、それも学外でこんなことが起こるとは……たまには散歩をしてみるものですね。危ない所で止めることができてよかった」
「白々しいわね。貴方、少し前から様子を伺ってたでしょう。具体的には、わたしとリオンがこの場に来る少し前から。大方、わたし達の行動を眺めてたんでしょうけど……趣味悪いわね」
「これは手厳しい」
言いながら、ノア様は笑う。セリフと表情がまったくといっていいほど合っていない。
「それにしても、流石はかの有名な『魔王軍四天王』を有する魔界の姫君ですね。護衛のレベルも相当高い。ローラの放つ風魔法をあれほど簡単に両断するとは。風の流れを読む技術の精度も相当なものです。正直、舌を巻きましたよ」
「お褒めに預かり光栄です」
姫様の護衛として褒められることは素直に嬉しい。
相手も王族であることだし、礼儀正しく頭を下げる。
「ええ。率直に言わせて頂くと、私の護衛に欲しいぐらいだ」
「リオンはわたしのものよ。絶対にあげないわ」
俺が断るよりも早く、姫様が口を挟んだ。そのままぎゅうっと俺の腕を抱きしめる姫様を見て、ノア様は笑みを零す。
「フフッ。なるほど、私の入り込む余地はなさそうですね。君は人間のようですから、ちょっと本気だったのですが」
「確かにリオンは人間だけれど、そんなこと関係ないわ。だって、わたしのリオンだもの。絶対にあげない」
意味不明な理屈を並べ立てて、抱きしめる力を強くする姫様。……ここまで言ってくれるのは、ちょっと嬉しいな。魔王軍の一員である俺からすれば、姫様からのお褒めの言葉は何よりの勲章だ。
「このまま立ち話というのもなんですので、そろそろ移動しませんか。本来、ノア様はウチに来客される予定だったことですし」
今日入っていた来客というのはノア様のことである。
ましてや相手は『島主』。人間界側を代表する王族だ。そのような方と姫様を延々と立ち話させるわけにもいくまい。
「そうですね。では、予定より少し早いですがお邪魔させて頂きましょう」
☆
越してきたばかりとはいえ、元々この屋敷は『島主』用に使用されていたものだ。
客人をもてなせる程度のものは揃っている。ティーセットを用意し、すぐにお茶を淹れ、姫様とノア様にお出しする。
「おや……これは美味しい。君が淹れたのですか?」
「ええ。レイラ姉……レイラ様に色々と仕込まれましたので」
「なるほど、『水』のレイラ様に。人間界でも多くのファンを持つ魔界のアイドル直々にお茶淹れを教わったとは驚きですね。この味も納得というもの。フフッ……毎日でも飲んでみたいものです。ますます君が欲しくなりましたよ」
「あのね、わたしの前でリオンを口説かないでくれる? 魔界の果てまでぶっ飛ばすわよ」
「それは恐ろしい。いえ、魔界の果てというのも興味はありますがね?」
姫様と互角……いや、翻弄するとはさすがは『島主』といったところだろうか。ノア様も伊達に人間界で王族をやっていないということだろうか。
「えーっと……ひとまず、ノア様。本題に入りませんか?」
「そうですね。君のスカウトはひとまず置いておくとして、そろそろ本題に入りましょう。とはいっても、君たちには既に巻き込まれていましたが」
「……さっきのアレね。妖精界のお姫様と、獣人界の王子様。随分と仲が悪かったけれど、何があったの?」
「ちょうど二年ほど前ですかね。最初は小さな、妖精族の生徒と獣人族の生徒の諍いがきっかけでした。喧嘩ぐらいなら学び舎という場所ではよくあることです。しかし、どういうわけか小競り合いは数と規模が増加し、しだいに二つの種族の生徒たちは互いを敵視するようになりました。集団的な敵対。その『頭』として祭り上げられたのが……」
「あの二人ってワケね」
「ええ。二年生時点で、既にあの二人を中心とした集団と化していました。更に一年経ち、三年生となる今になっても事態は収拾されるどころか悪化の一途をたどっています。手が足りないと感じた私は、魔界側に助けを求めたのです。ちょうど魔界の姫君が『島主』となる時期と重なっていましたしね」
ここまではだいたい俺たちが事前に資料で確認していたことだ。
ただ、問題は。
「わたし達も一応、妖精族と獣人族の学生を和解させるのが任務よ。協力はするわ。でも、正直なーんにも策はないのよ。実際に巻き込まれてみて分かったけど、思ってたよりも深刻だったしね。まずは具体的な方針を立ててみるのが先決だと思うわ。たとえば、そう……和解するためのきっかけのようなものを探すとか――――」
「ご安心を。方針ならば既に立ててあります。ええ、ちゃんときっかけになるようなものでもあります」
ニコリとした笑みを浮かべるノア様。姫様は胡散臭いとでも言わんばかりの表情だ。
「この『楽園島』の魔法学院には、『四葉の塔』というものがあるのはご存じですか?」
「ああ、それなら既に資料で拝見しています。四大種族の和平の象徴として建てられたものですよね。レイラ様がデザインして、建設にはアレク様が中心となっていたと聞いています」
「博識ですね。その塔ですが、一年前から閉鎖しているのです。理由としては、全部で四つある鍵が揃っていないからです」
ノア様の話を聞いて、姫様はハッと何かに気づいた。
「鍵は『島主』が保管するもの……つまり、あの二人も?」
「ええ。人間界側の鍵は私が。魔界側の鍵は貴方が。そして、ローラとデレク。二人が残りの鍵を持っています」
「ようはあの二人から鍵をもらって、『四葉の塔』を開けろってことね?」
「そういうことになります。ちょうど一ヶ月後には島をあげての和平記念のお祭りが行われます。そのタイミングに合わせて塔を解放することが出来ればベストですね。仲直りのきっかけとしてはピッタリでしょう」
やけに具体的な方針と策が飛び出してきて正直、俺と姫様も驚いている。
この島に来るまでは、手探りで進めていかなければならないと考えていたからなぁ。
「ですので、貴方たちにお願いしたいのはローラとデレクに認められ、鍵を譲渡してもらうことです。私は祭りの準備があるので、そっちの方で忙しくなりますから。それに、新入生という新しい風が何かを起こしてくれるのではないかと、期待もしているのですよ」
ニコニコとした笑顔でプレッシャーをかけてくるなぁ、この人。
姫様を乗せるにはとても良い手だと言わざるを得ないが。
「いいでしょう。そこまで具体的な方針を立ててくれているのだから、文句ないわ。あとはこっちで動くし。……望むところよ」
「頼もしいですね。ああ、手段に関してはそちらにお任せしますよ。どうぞ、やりたいようにやってください」
「あら。それじゃあ、遠慮なくさせてもらうわ」
互いに笑いあう『島主』二人。俺としては、明日からの学院生活に不安を募らせずにはいられなかった。