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第39話 与えたヒント、与えるきっかけ

「リオンさんは、『団結』の権能のことをどこまでご存じですか?」


 クレオメさんの突然の問いかけ。隙を作るためのものかと思ったが、この模擬戦でそこまでする意味もない。


「……権能を与えた『保有者ホルダー』の数だけ魔力を強化する力、とだけ」


「戦闘面においてはその認識で間違いありません。ですが、『団結』の属性が持つ可能性はそれだけではありません」


 言いながら、クレオメさんは白銀の光を纏う。同じタイミングで地面を蹴り、剣と拳を激突させた。クレオメさんは接触は最小限にし、数を優先させてきた。凄まじい回転数を誇る連撃。それを拳で捌きつつ、状況を拮抗させる。気を抜けば容赦なく隙をついてきそうな緊張感は実戦に近い。それもクレオメさんが放つ、限りなく殺気に近い闘気のせいか。


「『団結』の属性が持つ真価は、他者との繋がり。私はそう考えています」


 小柄な体が纏う、白銀の輝きが揺らめく。


「紡いだ『縁』が、一人では到達しえない領域に自分を導く……こんな風に」


 模擬剣に魔力が集約された。重い一撃が来る。そう予感した俺は咄嗟に焔を腕に集め、防御の姿勢を取る。直後、腕に砲弾をぶち込まれたかのような衝撃が襲い掛かった。微かな痺れは、完全にダメージを殺しきれなかったことを示している。


「ッ……!」


 ただ魔力が強化されただけじゃない。重心の移動。呼吸。タイミング。……体の動かし方・使い方が上手い。それによって一撃の威力を跳ね上げている。これが魔法ですらないのだから恐ろしい。俺のような魔法対策を持っている相手に対しては非常に有効だ。


「今のは、『団結』の権能を与えられた知り合いから習った動きです。つまりこれもまた、『縁』が齎した力。……こうした『人間の身体を使った戦い方』は、魔界むこうではそう馴染みがないんじゃないですか?」


 クレオメさんの言葉通り。兄貴たちからは『身体の活かし方』にかんしてあまり多くのことを習えていない。人間と魔族とでは肉体の強さが違うが故に、手の届かなかった部分というのが正確か。だからこそ、兄貴たちは自分たちが教えられることを俺に教えてくれた。


「……勉強になります」


 まいったな。相手を探るつもりで来たのに、逆に相手に教えられてしまっている。それに……姫様の護衛という立場にありながらやられっぱなしというのも情けない。


(お返しの一つでもしてやらないと、姫様に叱られそうだな)


 苦笑しつつ、呼吸を整える。

 クレオメさんのようにあそこまで肉体を『理解』した上での動きは出来ないが、呼吸は肉体の強さに関係なく、肉体の調子を整える基本だ。焔を燃え上がらせる。練り上げる。纏う。


「……反撃開始、とでも言いたげですね」


「……そりゃあもう。このまま引き下がるわけにもいきませんから」


 一泡吹かせる。いや、一発やり返す。

近接戦闘は望むところ。兄貴から習った俺からすれば、元より得意分野だ。


「……行きます」


 敢えてこれから攻撃をするという宣言を行う。地面を蹴るタイミングに合わせて焔を吹かせ、全身を加速させる。飛翔とまではいかないが、ほんの僅かに宙を浮き、一歩で距離を詰める。そのまま全身に纏った焔を用いて姿勢を制御。加速による勢いを伴った大振りの蹴りをお見舞いする。


「っ!」


 流石といったところだろうか。クレオメさんは反応しきってきた。模擬剣を盾代わりにしてガードする。が、俺の脚が剣から離れることはない。更に追加の焔を脚部に集め、放出。勢いをさらに足した一撃は、クレオメさんの身体を防御ごと吹き飛ばす。そこで手を止めることはない。追撃をすべく俺はすぐさま鋭く跳躍し、弾丸のように接近する。


「そう容易くは!」


 すぐに体勢を整えたらしいクレオメさんは、地面を滑りながら反撃の一刀を振るう。魔力を纏った剣から発せられた斬撃は、カウンターのように襲い掛かってきた。俺はそれを左腕を使って防ぎ、弾き飛ばす。削がれた勢いは焔の噴射を使って補強。勢いを殺すことなく接近し、今度は右拳を振るう。


「…………!」


 いや、俺のタイミングに合わせてクレオメさんが既に動き出している。俺の呼吸からリズムを読み取り、推測したのか。成程、身体の使い方を熟知しているということはこちらの身体の動きも読めるということだ。

 俺は咄嗟に拳を止め、クレオメさんの更なるカウンターに備えて一歩、後ろに下がる。

 直後、視界のすぐ目の前を模擬剣の刃が通り過ぎた。ギリギリの紙一重による回避。


「躱した……?」


「別の情報から相手の動きを読むことが出来るのは、貴方だけじゃありませんよ」


 俺の場合は風。空気の流れを感じ取ることで、相手の動きを読む。 

 ネモイ姉さんから学んだこの技術は、普段から重宝して使っているだけに精度にも熟練度にも自信がある。


(ああ、でも……クレオメさんの言っていることが分かってきた気がする)


 イストール兄貴からならった近接戦闘。ネモイ姉さんから習った風の流れを読む技術。そして――――この身が纏いし焔。

 全て『縁』によって得た力だ。兄貴たちとの出会いがなければ、『縁』がなければ掴むことのできなかった力。そしてその『縁』は、まだ俺の中に在る。


(レイラ姉貴。アレド兄さん……そうか。俺の中にはまだ、表に出ていない力がある)


 腕を振り回し、広範囲に焔を撒く。クレオメさんは咄嗟に防御の姿勢をとっているが、この焔に大した威力はない。せいぜい表面がほんのちょっと焦げ付く程度だ。主たる目的は目くらまし。相手の視界を塞ぐこと。

 クレオメさんは人間の身体の使い方をよく知っている。それを利用して、相手の身体の動きを見ることでこちらの行動を読んでくる。それ自体は見事な技術だ。しかし、逆に言えばこちらの身体さえ見られないようにすれば、その技術を封じることが出来る。対して風から相手の動きを読み取る俺の技術は、視界に左右されない。こっちからは相手の位置も動きも筒抜けの状態だ。


 焔を撒いたと同時に俺は既に動き出している。クレオメさんは焔に対する咄嗟の防御行動と、視界を塞がれたことによる一瞬の混乱で動きに遅れが生じている。俺の狙いに気づいたとしても、もう遅い。ここで一気に畳み掛ける。

 塞いだ視界。焔のカーテンを突き破り、クレオメさんの手元に向けて拳を放つ。

 裏拳による薙ぎ払いは、狙い通りの結果を齎した。

 焔の隙間を縫うようにクレオメさんの模擬剣が宙を舞う。地に落ちた時には既に、俺はクレオメさんの首元に焔を纏った拳を突き付けていた。


「降参です。お見事でした」


「……どうも」


 焔を消し、拳を降ろす。

 呆気なく降参しつつも、クレオメさんは笑顔だ。模擬戦とはいえ、負けたというのに嬉しさを滲ませた笑顔というのが腑に落ちない。

 それに、結局。なぜ彼女が模擬戦をけしかけてきたのかが分からなかった。むしろ俺の方が気づきを得たというか……。


「勉強になりました。流石は、アリシア様の護衛を務めているだけはありますね」


 言った後、クレオメさんはじっと俺の瞳を覗き込んできた。


「腑に落ちない、とでも言いたげですね。私が模擬戦を仕掛けてきた理由が、分からないと」


「正直に言えばそうです。戦い、拳を交えた今でも……よく分かっていません。ただ……」


 今の自分が感じたことを、どう言えばいいのか。


「……何か俺に伝えたいことがあったのかなと。そう、思います」


 落ちた模擬剣を拾うと、彼女はそれを持って扉の前まで歩く。


「……かもしれませんね」


 それだけを言い残して、クレオメさんは扉の向こうへと歩いていった。


 ☆


「随分と楽しんでいたようですね」


 リオンとの模擬戦を終えた後。

 船内の廊下を歩いていたクレオメを待っていたのは、アリシアとの会話を終えていたノア。その顔からは相変わらず内面の感情というものが読み取れない。リオンの身体の動きを読み取ったクレオメの観察眼をもってしてもだ。


「覗き見とは、相変わらず良い趣味をしていますね。勘が良いが故に貴方の覗き見に気づいてしまうアリシア姫がむしろ気の毒です」


「いつも見抜かれては姿を現すはめになっていますよ」


 嫌味をサラッと受け流すところはいつも通りである。


「羨ましい。リオン君にヒントを与える役目は、是非とも私が担いたかったのですが」


「白々しい。私が動きやすいように、わざわざアリシア姫との会話の席に残ったのでしょう? 貴方に誘導されているようであまり良い気分はしませんでしたが、それでもあの子を見ることが出来る貴重な機会だったので、利用はさせてもらいましたが」


 それも含めたノアからの配慮であったことは明白であり、それがまた気に喰わない。


「……ヒントは与えました。あとは最後のきっかけがあれば、恐らく」


「では、その役目は私が引き受けましょう。『裏の権能』を使う者達の存在や動きもあります。これから何が起こるかも分かりませんし、多少強引にでも強くなって頂かなければ。それが……」


「……あの子の命を護ることに繋がる」


 だから、ヒントを与えた。だから、『きっかけ』を必要としている。

 しかし……最後の『きっかけ』は、生半可なものであってはならない。最初に『焔』を掴んだのは、アリシアへの強い思いがあったからだ。ならば与えるべき『きっかけ』は、相応の危機でなければならない。


「ご安心を。貴方が与えてくれたヒントを無駄にしないためにも、私が『きっかけ』を与えてみせましょう」


「……そうやって涼しい顔をして、何事もないように汚れ役を引き受けるんですね」


 ノアは答えない。分かっていた。色んな感情を、何もかもを仮面に閉じ込めて、悟らせまいとする。そんなところが――――


「――――貴方のそんなところが、私は嫌いです」

■お知らせ


書籍版の予約が、各種書店・販売サイト様にて開始されております!


既にイラストやラフがどんどん上がってきておりますが、素晴らしいものばかりでワクワクが止まりません!

リオンやアリシアだけでなく、四天王を始めとするサブキャラたちもイラストレーターのmmu様にカッコよく、可愛く描いていただいております!

特に表紙イラストのリオンとアリシアは、この作品をしっかりと表現して頂いておりますのでお楽しみに!

よろしくお願いいたします!

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