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第38話 語りし王、二人の戦い

「……それは」


 シルヴェスター王が見せた微笑み。

 それを一目見て、アリシアは理解した。彼女だからこそ理解できることがあった。


「……アリシア姫。貴方の勘の良さはこれまで幾度も発揮されてきました。そんな貴方だからこそ、解ることがあるはずです」


 アリシアの直感すらも見透かしたかのようなノアの言葉。

 そこでようやく、アリシアは臨戦態勢を解いた。ノアに内心を見透かされた感じがしたのは不本意なので、やや機嫌は悪いが。


「君の強き意思と愛情に、言葉を以て返そう。私はリオンを傷つけるために、この島を訪れたわけではない…………今更、会う資格も、父と名乗る資格も無いことは承知の上だ」


 シルヴェスター王が漏らしたのは、自嘲を含んだ言葉。


「君は無意識の内にこの『世界』そのものを『空間』として認識し、干渉し……『直感』という形で情報を得ているのだろう。これは君が元から持つ素質であり才能なのだろうが、『権能』によって更に強化されている。そんな相手に、もはや隠し事など通用しまい。ましてや、限りなく真実に近い推測まで重ねられているのだ。君には語っておくべきだろう。なぜ我らが、リオンを手放したのか」


 そうして、彼は語り始めた。

 王としてではなく……一人の父親だった者として。


 ☆


 王家が神より授かりし力こそが『権能』。そして、『権能』を他者に与えることが出来る存在……それが『クラウン』。


 通常、『クラウン』が生まれるのは一世代につき一人のみ。

 たとえ子が何人生まれようとも、『クラウン』となれるのは第一子と決まっている……はずだった。それがどういうわけか、リオンは『クラウン』としての力を持って生まれてきた。その力は既に第一子が授かっていたにもかかかわらず。


 これがまだ獣人族や妖精族、魔族であったならば喜ばれていたのかもしれない。

 しかし、リオンは人間だった。『団結』の属性は他者との繋がりを必要とする。人を必要とする力。それ故に、人のしがらみこそが一つの弱点でもあった。


 王位継承権にも等しい『クラウン』の力を持つ者は『団結』の権能を強めるために様々な人材を集める必要がある。これはある種、派閥が生まれてしまうことにも等しい。本人が望む望まないに関わらず、王座を巡り混乱が生まれることは予想できていた。


 これを避けるためにシルヴェスター王がとった方法が――――、


「……リオンの存在を、王家から抹消することだった」


 第二子は死んでしまったことにして、王家とはかかわりのない別の土地で暮らしてもらう。それが王家の選択だった。当然、『権能』と『クラウン』の力を持つという事実は本人に伏せたまま。万が一のために監視もつけることになるだろう。


 辛い選択ではあった。これが最良の選択とも思えなかった。それでもシルヴェスター王は、リオンという『例外』を隠し通すことで平穏を護る道を選んだ。


 元々、ハイランド王家の子供たちは十歳になるまで公の場に姿を見せないことになっている。『団結』の属性の性質上、その力を狙いすり寄ってくる者は多い。そういった者達に対して、幼き王族が迂闊に『権能』を与えないようにするためだ。……それ故に、リオンの存在を隠すことも容易だった。


 第二子は病によって死んでしまったと、民には知らせられた。

 国民が悲しむ中、赤子のリオンはひっそりと人間界から外に運び出された。

 信頼できる人物……シルヴェスター王の旧友に、リオンを引き取ってもらう予定だった。しかし……不幸にもリオンを乗せた船は事故に遭い、そのまま行方が分からなくなってしまった。


「恐らく……私の旧友が、最後の力を振り絞って、リオンを逃がしてくれたのだろう。魔界の森にいたのは、そこで力尽きたせいなのかもしれん。私は事故のことを知り、以来旧友とも連絡が取れずにいたせいで、もう死んでしまったのかと思ったが……リオンは生きていた。そのことを感じたのは、『四葉の塔』事件の時だ。覚醒した『団結』の属性を私は感じた。恐らく血の繋がりに加え、リオンが『クラウン』であるが故の共鳴だろう」


 シルヴェスター王は、アリシアからの視線に応える。

 目を逸らさず、真っすぐに。

 それだけで彼女には伝わったらしい。静かに目を伏せ、ゆっくりと問いかけてきた。


「……リオンには、会われないのですか」


「あの子には今、『リオン』としての幸せがある。それを壊すのは本意ではない。何より……どの面下げて会えるというんだ。理由はあれど、我が子を秤にかけて捨てたような男が。父親を名乗ることなどおこがましいというものだ」


 それは自重を含んだ言葉。許されぬ罪を背負った男の言葉。


「会うつもりも、名乗るつもりもない。……ただ一目、見ておきたかった。それだけだ。あの子は既に私ではとうてい与えることのできなかった、素晴らしい愛を受け取っている。それが分かっただけでも、今回は来てよかった」


 ☆


 シルヴェスター王の言葉を聞いた時、アリシアの胸に訪れたのは安堵の気持ち。

 それがまた、自分を嫌にさせる。自分を嫌いにさせる。

 リオンのことを思っているなら。本当に想うなら、きっと。


(本当の家族と会わせた方がいい……その方がいいって、分かっているのに)


 リオンは今でも、自分が捨てれらた子供という事実に対して、心の奥底に傷を抱えている。

 望んで捨てられたわけじゃない。生まれつき宿った魔力が少ないから。そんな理由で捨てられたわけではないのだと、教えてあげるべきだ。

 もしかすると言いたいことがあるのかもしれない。ありったけの気持ちをぶつけてあげた方がいいのかもしれない。


(だけど……)


 怖い。アリシアは、怖いのだ。

 リオンが『本当の家族』を選んだら、お別れになってしまうから。本当の家族のもとに帰ってしまうかもしれないから。その『もしも』が、たまらなく怖い。


(ダメね、わたし……。ずるくて、弱くて……卑怯だわ)


 ☆


 旅の途中、精鋭たちが訓練に使用している空間なのだろう。簡易的ながらもかなり頑丈なつくりであることが一目で分かった。空間は魔法を使って拡張しているのだろう。空間に干渉するタイプの魔法はかなり高位なものなので、費用もかかる。建物ならともかく船一隻に使うとは贅沢な使い方だ。流石は王族専用の魔導船。


「派手に暴れても船が沈むなんてことはありませんから」


「みたいですね」


 クレオメさんの腰には剣が下げられている。状態を見るに普段からよく使われ、整備も丁寧にされているように見えた。少なくともお飾りのものではないだろう。……が、今は手に別の剣を持っている。


「ご安心を。今回は訓練用の剣を使いますので」


 優雅に微笑んでいるが――――佇まいからして既に隙が無い。

 流石は人間界の王族の護衛を務めているだけはある。


「リオンさんは武器を使われないんですよね?」


「はい。護衛をするには色々と都合がいいですから」


 身体の調子は問題ない。一応、護衛という身ではあるのでここで燃え尽きてしまうようなことは避けたい。……まあ、そもそも。護衛という立場でこんな場で模擬戦なんてことを勝手にしている時点で色々と不味い。

 それでもこうしてここに来たのは、相手が何を抱えているのかを知っておきたいと思ったからだ。……姫様がここ最近見せる不安のような、焦燥のような表情。俺の知らない『何か』を、あの方は抱えている。クレオメさんが抱えている『何か』も、それと同じかもしれない。だから知りたい。


「あまり時間をかけるわけにもいきませんし……」


 クレオメさんの小柄な身体から一気に魔力が解放された。

 白銀の輝き……感覚的にアレが『団結』属性の『権能』によるものだと理解する。


「さっそく、始めましょうか」


「お願いします」


 同時に俺も両の拳に『権能』由来のものであろう焔を纏う。拳を交えれば見えてくるものもある……という、このイストール兄貴直伝の方法。他の四天王の方々からは「脳筋」と称されるが、俺は結構気に入っている(実際デレク様にも効いた)。これでクレオメさんに対しても『何か』が見えてくればいいのだが……。


「では、参ります」


 先に踏み出したのはクレオメさんの方だった。たんっ、と見かけは軽やかな足取りでありながら凄まじい勢いで接近してくる。流れるような動作で剣を振り抜いてきた相手に対し、俺は素早く拳の焔を盾にする。魔力を帯びた剣と焔が鬩ぎ合い、鍔競り合いのような状態に。


「思っていたよりも、ずっと反応が速いですね」


「そちらこそ、見かけよりも重い一撃でした」


 互いに弾き、再び攻防が始まる。クレオメさんの剣技は速いだけじゃない。鋭く重い。『四葉の塔』事件の際に現れた模造品の邪竜ぐらいなら簡単に両断出来てしまうだろう。

 だが、対応できないわけじゃない。躱し、いなし、弾き――――焔で剣の軌道を逸らす。


(確かにやる相手だ。けど……四天王の方々ほどじゃない)


 俺を修行してくれたのは魔王軍四天王。

 クレオメさんの剣は確かに速い。だけどネモイ姉さんほどじゃない。

 クレオメさんの剣は確かに重い。だけどイストール兄貴ほどじゃない。


「……涼しい顔をして受け止めてくれます、ね!」


 クレオメさんの身体が消えた。魔法で透明になったとか、転移魔法を使ったとかじゃない。俺の拳の動きに合わせて素早く下にしゃがみ、視界から消えた。つまり下だ。認識したと同時に下から刃が振り上げられた。拳でのガードは……間に合わない。

 咄嗟に脚に焔を纏う。そのまま蹴り上げるような動作で、強引に下からの一閃を脚で防ぐ。が、そこで気を抜くことは出来ない。またクレオメさんが消えた。次は斜め上。彼女はしゃがんだと同時に力を溜め込んでいたのか、弾けるように飛び上がっていた。今度はその小柄な体を勢いよく回転させ、剣にその勢いを乗せて叩きつけてきた。


「……ッ!」


 これまでより更に重い一撃。体が少し後ずさる。

 小柄な体に並々ならぬパワーが秘められている。随分とパワフルで力強い人らしい。……それに、魔力の量も質も非常に高い。それこそ姫様やデレク様を始めとする王族の方々にも引けを取らないほどに。


「その涼しい顔を少しは崩せましたか?」


「……鏡がないので、ちょっとわかんないですね」


 焔を滾らせ構えつつ、頭は動かす。クレオメさんの強みは初動の速さ。上下斜め左右……あの初動速度を連発されたら厄介だ。


(…………さて、どうしたもんかな)


 まだ、彼女の中にある『何か』は分かっていない。

 わざわざこんなことをしているんだから何かは掴んで帰りたいが……。

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