表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/68

第37話 小さきお姉さんのお誘い、アリシアの覚悟

 港を襲った海竜たちを退けた後、また更なる攻撃があるとも限らないので俺たちは船の上に残った。先程の『団結の騎士団』の力を目の当たりにした今となっては、どのような敵が襲ってこようとも負ける気はしない……というよりも、俺やマリアは必要ないぐらいだ。


 それでも襲撃の危険性が無いとも言い切れないという場面で王族を放って俺たちはこのまま帰る、というのはあまりにも体裁が悪い。ひとまずこちらに向かっているであろうノア様を待っているのだが、


(な、なんだろ、この空気……)


 魔導船の中にある一室。そこでは姫様とシルヴェスター王が向かい合うようにして座っていた。どういうわけか二人の間に流れる空気が……どことなく重い。マリアもそれは感じているのか、時折困ったような視線を向けてくる。が、俺にそんなものを向けられてもどうしようもできないぞ。


「……………………」


「……………………」


 姫様もシルヴェスター王も、互いに一言も発さない。

 ただの沈黙ならいい。でもこれはただの沈黙じゃない気がする。シルヴェスター王の方はどうかは分からないが、姫様の方は……棘がある、ような。


 どれだけの時間が経ったか分からなくなってきた頃。重苦しい沈黙を破るかのように、扉を叩く音がした。


「失礼しますよ」


「…………来たわね。待ってたわよ、ノア」


 部屋に入ってきたノア様に対し、姫様は依然としてピリピリとした空気のままだ。


「リオン。マリア。あなたたちは、ちょっと外で待っててもらえるかしら。わたし、この二人と話したいことがあるから」


「……分かりました」


「承知しました。アリシア様」


 あまり姫様を一人にはしたくないが、雰囲気的にそれは出来なさそうだ。

 王族だけの話し合いの場、ということなのだろう。

 俺とマリアは言われた通りに退室する。魔導船の客室は防音がしっかりとしているらしい。中の会話はおろか、物音の一つさえ聞こえない。


「とりあえずここで待機、ということでしょうか」


「そうなるな」


「しかしアリシア様は一体どうなさったのでしょうか。今日は何やらいつもと様子が違いましたが」


 姫様の様子は、マリアでも察しがつくぐらいには変わっていたらしい。


「さあな……俺にも分からない」


「リオン様に分からないとなると、私はお手上げですね」


「白旗があまりにも早くないか」


「アリシア様のことを一番よく知っているのはリオン様ですし、アリシア様が一番愛しているのはリオン様ではないですか。そんな貴方ですら分からないとなると、もう私では分かりようがありません」


「………………」


「……リオン様?」


「…………おかしいな。お前にしては真面目すぎる。まさかまた黒マントが化けているとかじゃないだろうな」


「リオン様は一体私をなんだと思ってるんですか?」


「救いようのない変態メイド」


「……やはりリオン様の言葉では響きませんね。ですがここは脳内でアリシア様の言葉に変換し……成程。王族の船でアリシア様から受ける罵倒も中々……乙なモノですね…………」


「勝手に変換すんじゃねぇよ」


 まさかの新しいオチのつけ方だった。……そもそもの話、姫様は普段からコイツを罵倒なんてしていないというのに。


「……っ。リオン様」


「……分かってる」


 どうやらマリアも気づいたらしい。さっきから、俺たちの様子を陰から伺う何者かがいるということに。


「自分は魔界の姫、アリシア・アークライト様の護衛……リオンと申します。こちらはメイドのマリア。今はアリシア様の命によって、この部屋の傍で待機しています。怪しい者ではありません……騎士団の方でしょうか。出来ることなら、姿を現していただきたいのですが」


 マリアと視線で合図を取り合い、警戒態勢をとる。黒マントの例もある。『敵』がこの船に忍び込んでいるということもあり得る。


「……流石ですね」


 言葉と共に物陰から姿を現したのは……長い黒髪が印象的な一人の少女だった。腰には剣を下げており、どことなくノア様を思い出した。年下に見える程度には小柄だが、どことなく大人びた雰囲気と高貴さ、そして只者ではなさそうな雰囲気を感じる。


「陰から伺うようなマネをしてしまい、申し訳ありません。私の名はクレオメ。人間界の島主……ノア・ハイランドの護衛を務めております」


 クレオメさんは優雅に一礼すると、ニッコリとした笑顔で、


「ちなみにノア様と同じ学院の三年生なので……つまり年上です。先輩です。お姉さんです。ただ成長期がほんの少し遅れているだけですので、あしからず」


 ……どうやら本人的に、身長のことは気にしているらしい。

 見た目的には十三歳か十四歳か、そこらぐらいにしか見えない。うっかり「ちゃん付け」とかで呼んで、年下扱いしなくてよかった。


「クレオメさん。貴方はなぜ、私たちを陰から伺うようなマネをなさったのですか? ……私を警戒してのことでしょうか?」


 先に問うたのはマリアだ。彼女は元々、『楽園島』を混沌に陥れようとしたナイジェルの手先だった。マリアとしては、疑われるのも無理はないと思っているのだろう。


「違います。……不快な思いをさせてしまったのならば、申し訳ありません。ただ個人的な興味があって、お二人を観察させて頂いただけです。アリシア様は勘が鋭い方と聞いておりますので、こういった機会でもないとじっくりと観察することも出来ないだろうなと思ってしまい、つい……ごめんなさい」


「……お気になさらず。元より、疑われても仕方のない経歴だということは自覚しております。ただ確認をしただけですので」


「気配にも敵意は感じませんでしたし、俺も気にしていません。そこまで謝って頂かなくても大丈夫ですから」


「…………そう言って頂けると助かります」


 別に俺たちが、クレオメさんに何かしてしまったという記憶もない。だというのに、向こうからは遠慮というか、恐る恐る接してきているという感覚がある。……いや、遠慮じゃないか。これは。どちらかというと……後ろめたさ?


「これは私の単純な疑問なのですが……私を警戒したのでなければ、何もわざわざ陰から観察しなくとも、気になることがあるのなら実際に会ってみればよかったのでは? これまでもこれからも、ノア様が私たちと会う機会は幾らでもあるでしょう。となると必然、護衛である貴方も顔を合わせる機会はあるはずです」


「そうしたいのはやまやまなのですが……こちらにも少々事情がありまして」


 ごまかすような、困ったような笑みを浮かべるクレオメさん。

 わざわざ俺たちと顔を合わせることを避ける理由って一体……いや、もしかして……。


「……どうやら中のお話は、まだ時間がかかるようですね」


 客室に軽く目を向けたあと、クレオメさんはまた俺たちの方に視線を移す。


「リオンさん。貴方は以前、デレク様と模擬戦をしたことがあるそうですね。ノア様から聞いた話だと……なんでも魔王軍四天王、火のイストール様直伝の対話方法なんだとか」


 あの『四葉の塔』事件の際、俺たちは『四葉の塔』を解放する為の四つの『鍵』を集めていた。その内の一つ、獣人族の鍵を持っていたデレク様と、俺の提案で模擬戦をすることになったのだ。というのも、魔界にいた頃、俺が悩んだ時はよくイストール兄貴と拳を交えて相談事をしていたという経験があったのだ。


「実際に戦い、拳を交えることで己の内にあるものを吐き出すだけでなく、互いの理解を深めることができる……。ふふっ。とてもユニークで、初めて聞いた時には思わず笑ってしまいました」


「お、お恥ずかしい限りです……」


 あの時は俺もどうかしていた。獣人族側の王族と拳を交えるなんて。

 ……そういえば、あの模擬戦だったよな。俺が、謎の『権能の焔』を纏えるようになったのは。未だに力の仕組みというか正体がよく分かってはいないものの、既に姫様を護るためになくてはならない力となっている。


「そんなことありませんよ。結果的に、その行動が『四葉の塔』事件解決に繋がり、獣人族と妖精族の王族同士の和解にも繋がったのですから。……というか、私も興味があります」


 クレオメさんは気軽に、跳ねるように、一歩。俺の下に近づく。

 そしてとても何気ない様子で、それこそお茶会に誘うように。


「リオンさん。私とも、拳を交えて頂きませんか」


「それはつまり……俺と模擬戦をなされたいということでしょうか?」


「はい。……あ、といっても私は見ての通り拳ではなくこっちを使いますが」


「……客室の護衛はいいのですか?」


「『団結の騎士団(ユニティーナイツ)』のメンバーを配置させますのでご心配なさらず。それに、この船に搭載されている訓練場はここから近いので、何かあってもすぐに駆けつけることが出来ますよ」


「…………分かりました。姫様達のお話も時間がかかりそうですし、俺は構いません。その代わり、ここにマリアを残してもよろしいでしょうか」


「勿論です。……では私は、手すきの者を呼んできますね」


 言い残して、クレオメさんは通路に消えていく。『団結の騎士団(ユニティーナイツ)』の誰かを呼びに行ったのだろう。


「……リオン様。よろしいのですか」


「よろしいかよろしくないかでいえば、たぶんよろしくないんだろうけど……気になることがある」


 周囲に人の気配がないことを確認し、マリアに耳打ちする。


「これまでクレオメさんが俺たちに姿を見せなかった事情……たぶん、俺たちの傍に姫様がいたからだ。逆に言えば彼女は、姫様を避けていることになる。その理由が知りたい」


 姫様は勘が良い。クレオメさんが俺たちのことを陰から観察していたら必ず気づく。そうなれば顔を合わせることにもなるだろう。それを避けるということは……どういうわけかは分からないが、彼女は姫様と顔を合わせたくないのだ。姫様と向かい合えば、必ず何かに勘づかれてしまうから。


「なるほど……向こうから持ち掛けられてきた模擬戦は、その理由を探るチャンスというわけですか」


「そういうこと。だからマリアは、念のため姫様の傍にいてくれ」


「承知しました」


 話が終わったところで、通路から二人の騎士を連れたクレオメさんがやってきた。


「お待たせしました。では、参りましょうか」


 ☆


 客室でアリシアが向かい合うのは、人間界の王、シルヴェスター王。そして、人間界の王族、ノア。両者ともに凄まじい実力者であることは一目で理解していた。

 この狭い密室で、二対一という数的不利。仮に……仮に、だが。この二人を敵に回して戦闘に入った場合、いかに強大な力と権能を持つアリシアとて無事では済まないだろう。


(それでも……いざという時は、意地でも喰らいついてやるわ)


 体内で魔力を練り上げ、そのいざという時に備えて瞬時に『権能』を振るえるように準備だけはしておく。


「……そう殺気立つな。アリシア・アークライト。我らは君と戦う意思はない」


(見抜かれてる……けれど、それぐらいは出来て当然よね)


 相手は人間界の王。神より『権能』を授かりし一族の血を継し者。侮ることなどありえない。


「君は、我らに話したいことがあるのではないか? そのために君は単身ここに残ったはずだ」


「そうですね。わたしも小賢しいことは望みません。単刀直入で行かせて頂きますが……わたしは既に、リオンが貴方の息子であるという限りなく確信に近い推測を立てています。その推測を周囲……特にリオンに対して漏らさないようにしてほしいと、ノアから口止めをされましたが」


 しかしそれは逆に、その推測が事実であると暗に認めているに等しい。


「…………………………………………」


 シルヴェスター王は沈黙を選んだ。それでもアリシアは構わなかった。

 このことに対して答えが欲しいのではないのだから。


「……リオンを魔王城に連れてきたのは、イストールでした。魔界の森に一人でいて、魔物に襲われそうになっていたところを拾ったそうです。……なぜ赤子だったリオンがたった一人で魔界の森にいたのかは分かりません。生まれつき魔力が少ないがために捨てられたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。本当の理由は、今のわたしにはわかりません。もしかすると、やむを得ない理由があったのかもしれません」


 言葉にどこか棘があったかもしれないが、アリシアはそれを隠そうとはしなかった。


「もしかすると、貴方はリオンを愛しているのかもしれない。……そうではないのかもしれない。分かりません。分からないことばかりで、悔しいわ。悔しい……とても」


 拳をぎゅっと握りしめる。

 こんなにも分からないことがあるのは、アリシアにとっては初めての経験だった。


「だけど、何より悔しいのは……リオンがもし血の繋がった本当の家族に出会って、そっちを選んだとしても……わたしには、止める権利はないということ。リオンが笑顔になれるなら、わたしはその選択を尊重する。だって……」


 更に、アリシアは言葉を紡ぐ。


「……わたしは、リオンを愛しているから。愛している人の、世界で一番大切な人の幸福を……邪魔したく、ないから」


 顔を上げる。シルヴェスター王を見据える。

 ここからは、目を背けるわけにはいかなかった。

 今のアリシアには分からないことだらけだ。分からないからこそ、もしもの時のことを考える。もしもの時に備えておく。

 目の前のシルヴェスター王が悪意をもってリオンを棄てたのだとしたら。

 だとしたら、目の前の男は必ずリオンを傷つける。


「ノアからリオンの生存を聞いたのか……それとも、『団結』の権能に目覚めたリオンを感じ取ったのか。それも分からない。だけど、もし貴方が今になって『楽園島』に来た理由がリオンを処分するためだとしたら。追放したはずの王族が生存していた事実を知り、その事実をこの世から抹消するためだとしたら。リオンを……傷つけるためなのだとしたら」


 決意もある。覚悟もある。

 リオンに嫌われてしまってもいい。それでも、彼が傷つくよりはずっといい。


「――――わたしがここで、あなた達を止める」


 それからどれほどの沈黙が流れたのか。数分か。数十分か。その間、アリシアは臨戦状態を保っていた。いつでも魔法を、権能を発動できるように。相手が攻撃を仕掛けてきても、対応できるように。


「……見事な覚悟だ。我ら二人を敵に回すことに躊躇いがない。命を賭してでも我らを止めるという、揺るぎない強き意思を感じる」


 シルヴェスター王が見せたのは、


「…………彼は……私の息子は、幸せ者だな。これほどの愛を、捧げてもらっているのだから」


 儚くも優しい、父親としての微笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ