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第33話 思い出作り、星空の下で

 意識を失った仮面の男を捕らえた直後、俺たちの視界が捉えたのは天から降下してくるグリフォンの姿だった。何者かを乗せたグリフォンはそのままどこかへと飛び去ってまった。俺は姫様のもとへと急ぎ駆けつけ、彼女が無事であることを確認すると心の底から安堵した。


 いきなりグリフォンという幻獣の出現に人々はざわついたものの、王族たちの協力により脅威は撃退することに成功したという情報を速やかに拡散。更にはレイラ姉貴がステージで広く伝えてくれたおかげで、今ではそれも収まりつつある。


 治安部の一員として俺も姫様も事態の収拾に駆り出され(ステージや街に仕掛けられた爆弾も、姫様の空間把握能力によって全て見つけ出し、回収することに成功した)、全てが終わった頃にはすっかり夜になってしまっていた。特に俺たちは直接相手と関わったので、報告書もまとめなければならなかった。これを後回しにすると今後の対応が遅れてしまうからだ。


「……ノアのやつ、こき使ってくれるわね」


 事後処理を終えた俺と姫様は学院の中庭にあるベンチに座り込んでいた。これからあの屋台の人混みを歩いていくだけの体力がどうにも残っていない。特に今日は戦闘もあったのが大きいだろう。


「ははは……俺たちはここの学生で、治安部にも入っていますからね。ましてや姫様は王族で、この島の主の一人です。仕方がありませんよ」


「それはそうだけど……せっかくのお祭りなのに、残念だわ。リオンとデートが出来なくて」


 街の方の盛り上がり、その微かな熱気がこちらにも伝わってくる。

 仕事が終わった後なら俺たちも向こうでその熱気に混じっているはずだった。


「厄介なことになりましたね。『裏の権能』。『邪神』より力を授かった者たち……」


 アニマ・アニムスと名乗った男による襲撃は、姫様のこれからにも関わってくるものだ。

 いずれ魔界から何かしらの指示が出るかもしれない。それによっては姫様の今後も変わってくる。いや、姫様だけじゃない。俺も…………。


「そうね。魔界でも対策は練られることでしょうけど……今、ここでわたしたちが考えてもそれこそ仕方がないわ。何しろ相手の情報が少なすぎるもの。だから……」


「『今を楽しみましょう』……ですか?」


「そうよ。あら、ふふっ……わたしの言いたいこと、分かったのね?」


「姫様との付き合いは長いですからね」


 何しろ生まれた時からずっと一緒にいるんだから。……まあ、姫様の奔放さには未だに振り回されているけど。


 不意に、姫様の手が触れる。そのまま彼女は俺の指に、自分の指を絡ませてきた。

 仄かな温もり。優しい温もりが、伝わってくる。心臓の鼓動がドキドキと音を立てている。隣に座っている姫様に聞かれてしまいそうなぐらいに、大きな音だ。


「リオン。わたしのリオン」


 彼女は愛おしそうに、俺の名を呼ぶ。

 そんな彼女が、たまらなく愛おしい。


「わたしと、踊ってくれる?」


「踊り、ですか?」


「そ。わたしたち、お祭りには参加出来ないけれど……でも、せめてちょっとぐらい、楽しい思い出を作っておきたいじゃない。うん。思い出作りよ、思い出作り」


 思い出作り。俺にとっては、微かに違和感があった。

 いつもならそのまま頷いていたが、ここ最近の姫様はどうも様子が少しヘンだ。

 焦りもそうだし、ノア様と何を話したのかも教えてくれない。今だって、不安のようなものを抱えている。


「…………ダメ、かしら?」


「ダメじゃないですよ」


 それでも、これで彼女の中にある不安が少しでも和らぐのなら。


「俺でよければ、いくらでも」


「あなた以外と踊る気なんてないわ」


 微笑んで。姫様と俺は、中庭の中にある噴水の前に立った。


「あ、でも。俺って、踊りの経験なくて…………」


「ふふっ。大丈夫よ。わたしがリードするし、手取り足取り教えてあげるから」


「…………お手柔らかにお願いします」


 姫様に教わりながら、少しずつ、ぎこちなく、ステップを踏んでいく。

 あまりに拙く、たどたどしい。美しく華麗な姫様と俺では、あまりにも釣り合わない。

 それでも。


「上手よ、リオン。そのまま、わたしに委ねて」


「は、はい」


 それでも、やっぱり――――俺は姫様が好きだ。

 釣り合わないことは分かっている。この気持ちは抑えきれない。傍に在りたいと思い続けてしまう。


(『裏の権能』……『従属』の属性……アニマ・アニムス……邪神……)


 邪神から力を授かった奴らがあの男だけとは限らない。姫様たち四人に対して、同じように敵にも四つの権能があってもおかしくはない。つまり最低でも、あのアニマ・アニムスのような連中があと三人はいることになる。


 ――――敵が姫様を狙った時、果たして俺は……脆弱な人間でしかない俺は、彼女を護り切ることが出来るのだろうか?


「リオン」


 姫様の声で、我に返る。


「わたしを見て」


「姫様……?」


「今だけでいいから……わたしだけを見ていなさい」


 聞き覚えのある言葉。この学院に入学していた時、魔界の姫たる彼女の傍に人間がいることを疑問に思った周囲の目線。それを気にしていた俺に、姫様が発した言葉だった。

 けれど、今回は前とは違った。姫様はいきなり俺の身体を引き寄せたかと思うと、そのまま唇を触れさせてきた。一瞬の、不意打ちのようなキス。すぐに離れると、彼女の頬が真っ赤に染まっているのが見えた。


「…………どう? わたし以外に、何か見える?」


「…………姫様しか目に入りません」


「そう。それなら、よかったわ」


 プロポーズされた時もそうだったけど、恋人になろうと婚約者になろうと、結局姫様にはいいようにされている気がする。


 その後も俺たちはしばらく踊り続けた。

 たった二人だけの、ささやかな時間。夜空に浮かぶ星空のように、その時間は俺たちの中で燦然と煌めく思い出となった。


 ☆


「――――以上が、今回起きた騒動の報告です」


 楽園島内。人間界王族の屋敷。

 その室内で、リオンたちがまとめた報告書を読み終えたノアはソファーに腰かけている一人の少女の反応を窺う。少女は静かに、ノアの言葉に耳を傾けている。


「『裏の権能』。その存在は、予見されていたことではありました。ですが彼らはこれまで、表舞台に姿を現すことはなかった」


「――――それが今になって、姿を現した」


 少女が静かに、ゆっくりと口を開く。芯の通った凛々しい声が、空気を震えさせる。


「どうやら、何かが大きく動き出しているようですね。……恐らくは、かつての戦争において王族たちの手によって討たれたとされる、『邪神』に関わる何か」


 少女の言葉に、ノアは頷きを返す。


「問題は、次に敵がどのような手を打ってくるのか。今は皆目見当もつきません。警戒することしか出来ないというのが現状です。魔界、獣人界、妖精界も、何かしらの動きがあるでしょうが……後手に回ることを前提せざるを得ないのが歯がゆいところですね、お互いに」


「……だからこそ、今は控えて頂きたいのですがね」


 ため息交じりの少女の言葉に、ノアはフッと小さな笑みを零した。


「父上の件ですか」


「そうです。人間界の王ともあろう者が、今の時期に楽園島を訪れるなど……」


「責めないであげてください。父上も楽しみにしているのですから」


 言いながら、ノアは窓の外に浮かぶ月明かりを眺める。


「死んだと思っていた子が、生きていたのです。自分が殺したと。殺さざるを得ないと、苦渋の決断を下した上で手放した子が、生きていたのです。一刻も早く会いたいと思うのは当然でしょう」


「私としては、『どの面下げて』という言葉を贈りたい気分です」


「それは本人を含めた『皆』が、重々承知していること。故に己が父だと名乗らぬようにするそうです」


 ノアの言葉に、少女が静かに瞼を閉じた。その奥にある何かを、しっかりと胸に秘めようとしているかのように。しばらくして、彼女は再び瞼を開く。


「アリシア・アークライト。彼女との話は?」


「今朝の話し合いで、黙ってもらえるようにお願いしてあります……まったくもって恐ろしい方ですよ。リオン君が王家の血筋であることを見抜くとは」


「『お願い』ですか。彼女は、信用できるのですか?」


「勿論。彼女としては色々と複雑な思いがあるようですが」


「……バラされたらそれはそれで仕方がないという顔をしていますね」


「そうでしょうか?」


 はぐらかすようなノアの表情に、少女はため息をついた。


「ノア。貴方は、よほど『家族』という繋がりを大切に思っているのですね」


「そうですね。……私が、持っていなかったものだからでしょうか」


 ノアの瞳が微かに揺れる。そのことを知るのは、天より彼を見守る月以外にはいない。

 だが彼は、すぐにその揺らぎをかき消す。不要なモノだと断じるかのように。


「忙しくなりそうです。これからも私の護衛として、存分に腕を振るって頂きますよ。クレオメ」


「承知しております……まったく。立場にかこつけて、こき使うのがお上手ですね」


 肩をすくめる少女――――クレオメに対し、ノアはにっこりとした笑みを見せる。


「よく言われます」

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