第32話 裏の権能、新たなる脅威
俺が『魔法支配』の権能を発動させるには、相手の魔法を認識する必要がある。
つまるところ認識した魔法を支配する力ということになるのだが、あの『仮面』を認識した上で、不気味な気配を感じ取った。
姫様たち王族が神々より授けられし『権能』は、全部で四つ。
――――『支配』の属性。
――――『団結』の属性。
――――『野生』の属性。
――――『神秘』の属性。
しかし……どういうわけか、あの仮面からは『権能』と近い気配を感じながらも、この四つの属性とは微妙に異なる気配も感じる。
近いようで、違う。
不気味の一言が相応しい。
頭に浮かぶのは、最悪の予測。
(……俺の知らない、未知の『権能』が存在している?)
俺の『権能』が通用しないというだけで決めつけるのは早計かもしれない。
むしろ外れて欲しい推測。だが、姫様の身を守るにあたり最悪の事態を予測しておくことは必要だ。
「ぐるゥおォォああああァァァァァッ!」
獣のような雄叫び。荒々しくも単純な動き。駆け出してくる仮面の男を、焔の拳で真正面から殴り飛ばす。……手ごたえが軽い。これはわざと受けたのか。
身体が大きく後ろに吹っ飛んでいく。一切の抵抗をすることなく、殴られた衝撃を利用して後退したのか。ダメージを受けることに一切の躊躇がない。
距離を取った敵は、腕を突き出した。と、同時に、その腕は真っすぐに俺に向けて伸びた。
鞭のようにしなり、揺れる腕の挙動に不意を突かれたものの、腕のガードを駆使してなんとかいなす。
(敵の魔法は、体から爆発を起こす魔法……リーチが伸びるのはまずい!)
敵の伸びた腕が俺の周囲を囲み、瞬きを放つ。権能によって支配を試みるが、奴の腕にはそれぞれ独立した無数の爆発術式が点在している。それぞれ『支配』していくにも数が追いつかない。
「くッ……!」
焔を全身に纏い、防御に徹する。判断がギリギリ間に合ったおかげか、俺の身体は爆炎に包まれながらもダメージを軽いものに抑えることが出来た。地面を蹴って爆炎を突っ切り、視界を確保する。
俺を仕留めることが本命ではないらしい。
敵は、俺に背を向けて走り出していた。
「あくまでもレイラ姉貴のステージを狙うつもりか……!」
体から爆発を巻き起こす魔法の使い手がこれから起こす行動。例えば、そう……身体のどこかに仕込んだ魔道具による、自爆攻撃。
会場にそんなものをぶち込まれてしまえば混乱は必至。和平記念のお祭りとしては最悪の結果が齎される。相手からすれば、どんな形であってもとにかく騒ぎと殺戮を起こせばそれでいい。「王族側が防ぎきることは出来なかった」「王族側の不手際で被害が齎された」という事実さえあればそれでいい。
だからこそ、読みやすい。
「――――自爆覚悟で悪いが」
「――――予測済みですわ!」
景色が揺らぎ、ベールが捲れたかのように、何もない空間からデレク様とローラ様が出現した。『神秘』の権能による透明化。敵の行動を予測していた姫様の指示で、二人には敵の進行方向にあらかじめ待機してもらっていたのだ。
「デレク様、仮面を狙ってください!」
「承知した!」
迸る威圧感。デレク様の全身から、『野生』の権能によるオーラが迸る。
敵は腕を伸ばし、反撃に出るがデレク様はそれを予期していたかのように拳で弾き飛ばす。
「その手は既に見た」
俺が一人で仮面の男の相手をしていたのは、敵の手を曝け出すため。
情報を持っているデレク様にとって敵の伸縮する腕は既知のものだ。対応も容易い。
更に、地面で煌めく神秘の光と共に植物の蔦が発生し、仮面の男の身体を拘束する。
「美味しいトコは譲ってあげますわ」
「フッ……感謝する」
ローラ様の言葉に、デレク様は悪友に背中を押されたことに対する嬉しさを口元に滲ませる。
「おぉぉぉおおおおおおおおおおおおッ!」
雄叫びと共に、オーラを纏った拳が仮面に叩き込まれる。
獣の如き苛烈なる一撃は仮面を砕き、男を吹き飛ばした。
☆
「ふむふむふむ。成程成程? タイトルは『和解せし獣と妖精』。私的にはビミョー極まるタイトルですが、まあ収穫はあったのでよしとしましょうか」
ハットの帽子を被り、満足げな笑みを浮かべる一人の男がいた。彼は本を閉じると、視線の先にある光景を悠然と眺める。
獣人族のデレクと妖精族のローラ。加えて、『四葉の塔』での事件に置いて活躍したというリオンという少年。
「アリシア・アークライトのお気に入り。リオン、という名でしたか。良いですねぇ。あの無垢なカオが素晴らしい。扱う『権能』に関しても興味は尽きません。彼を観察していれば、良いインスピレーションを得られる気がします」
男は懐から、掌に収まるサイズの小さな棒状の道具を取り出した。
それは会場に仕掛けた爆弾を起爆させるための魔道具である。
「嗚呼、楽しみです。彼が愛する四天王の一人、水のレイラのステージが炎に包まれ、人々の恐怖と悲鳴が満ちた時……彼の無垢なる顔は、一体どのように歪むのか。楽しみです。とても、とても。ですがご安心ください。私はきっと、必ず、絶対に……貴方の表情を、詳細に書き留めてみせますとも」
仮面をつけた男が手にしていたのはあくまでもスペアに過ぎない。爆破用魔道具の本命は、この男が持っている物だ。
「タイトルは『女神の悲劇』……いや、『無垢なるカオが歪む時』」
男は恍惚の表情を浮かべ、爆破用の魔道具を起動し――――
「――――ひれ伏しなさい」
凛とした声と共に、男の全身に重力が叩きつけられた。
「――――!」
手から零れ落ちた起爆用の魔道具は重力によって押し潰され、完膚なきまでに破壊される。追撃するように、鎖が躰を拘束していく。全身を抑えつけられているかのような力を受け、拘束されながらも膝を折らぬ男は、ゆっくりと声の主へと顔を向ける。
「おやおや……無粋とはこのことですねぇ」
風に揺れる金色の髪。
傍に妖精族のメイドを引き連れ、世界に堂々と君臨せし一人の少女。
「――――アリシア・アークライト。お初にお目にかかります」
☆
重力魔法による圧迫を受けながらも、男は膝を折ることなく佇んでいる。
これはアリシアにとってもあまり経験したことがなかった。目の前の敵がそれだけ得体の知れない力を持っているという事実だけがそこにある。
(マリア)
(……はい。確かに、私の暗器による拘束は成功しております)
視線と小声の会話で、マリアによる拘束が機能していることを確認する。
それでも、敵は涼しい顔をしたままだ。
「わたしは貴方みたいな無気味な人とは、お目にかかりたくなかったけどね」
「つれないですねぇ。……ですが、興味深い。一体どうやってこの場所を突き止めたのですか?」
「リオンたちの戦いの様子を眺めている気配を感じ取った。それだけよ」
「なるほど。情報通り、随分と高い能力を持っているようですね。貴方の姿が見えないことは妙だと思っていたのですが……私を探し当てるためでしたか」
「脅迫の時、貴方も起動用の魔道具を持っていたことはノアから聞いてたの。だったら、貴方を抑えるのも当然でしょう?」
「素晴らしい。実に素晴らしいですね、貴方は」
くつくつと笑う男に対し、アリシアは鋭い眼差しを向け続ける。
「…………率直に聞くわ。あの仮面、見たところ対象を操る能力のようね。アレも貴方の力なんでしょう?」
「ええ。貴方に負けず劣らず素晴らしいでしょう? 私の『魔法』は」
「嘘つき」
男の表情が、ほんの微かに揺らぎ、固まる。それは一瞬のことでしかなかったが、アリシアは見逃さなかった。
「魔法ですって? 嘘つきにも程があるわよ、貴方。アレは――――『権能』でしょう?」
「おや。これはまたおかしなことを。私のような者が、貴方たち王族から権能を与えられるとお思いで?」
「わたしたちからは与えられなくとも、『邪神』からなら与えてもらえるんじゃないかしら?」
今度こそ。
男の顔から、笑顔が消えた。
「ほぅ……なぜそう思ったのです?」
「『支配』、『団結』、『野生』、『神秘』……あの仮面からはそのいずれにも属さない気配を感じたわ。だとすれば、考えられる可能性はそれらに属さない、未知の『権能』が存在するということ。そして、そもそも『権能』は邪神を倒すために神様から与えられたものよ。逆に言えば、邪神から『権能』を与えられることだって出来るはず。あとの決め手は……」
アリシアは男に対して、自信を漲らせた表情を見せる。
「勘よ」
一瞬の静寂が、空間に満ちた。
やがて、
「ふ、ふふふふっ……はははははははははっ! 勘ですか! 良いですね、良い! 素晴らしいですよ、アリシア・アークライト! 貴方という人は、実に素晴らしく面白く、そして愉快で痛快だ!」
ひとしきり笑った後、男は指を鳴らす。それを合図として、突如として空中から何かが急降下してきた。鷲の頭と翼、そして獅子の下半身を持つその獣は、グリフォンと呼ばれる幻獣だ。アリシアの知るグリフォンと異なる点は、その顔に仮面をつけているという部分だ。
グリフォンが齎す魔力の波動による衝撃波と、男本人が巻き起こす魔力の衝撃によって、鎖が引き千切られアリシアの『空間支配』によって生み出された重力の拘束が緩み、突破されてしまった。
「アリシア様!」
マリアが咄嗟に、暗器に刻まれた術式を起動させ、結界を構築する。襲い来る様々な衝撃からアリシアを護り抜くが、敵は解放されてしまった。
「ご無事ですか」
「ええ、大丈夫よ。ありがと。……にしてもあの仮面、幻獣まで操れるようね」
男は颯爽とグリフォンにまたがると、優雅に一礼してみせる。
「リオン君共々、気に入りましたよ。アリシア・アークライト。私の筋書きをかき乱してくれた貴方へ敬意と、遊戯に見事勝利した報酬として……答え合わせをいたしましょう」
翼の羽ばたきで、グリフォンが空に舞い上がっていく。
男が離脱しようとしていることは明らかだったが、アリシアもマリアも手を出すことが出来なかった。ここで下手に戦闘を行えば、確実に民が巻き添えになる。引き下がってくれることは、アリシアたちにとっては都合がいいというのは確かだ。
「私の名はアニマ・アニムス。お察しの通り、邪神様より『裏の権能』を授けられし者……司りし属性は、『従属』でございます。以後、お見知りおきを」
アリシアと男……アニマ・アニムスとの視線が交錯する。
「此度は貴方に免じ引き下がりますが、これで終わるとは思わぬこと。私が綴る筋書きは、これからが面白いんですから――――では、ご機嫌よう」