第30話 平和なお祭り、その中で
令和もよろしくお願いします。
お祭りムードに当てられたのか、人々のエネルギッシュな活気が伝わってくる。
これだけ混雑していると、いつどこで何が起きても不思議ではない。
治安部員として警戒するのは勿論だが、俺にとっての最優先事項は姫様を護ることだ。……出来る事なら、このような一般の人々が多く入り混じったところを姫様には歩いてほしくはなかった。もしものことがあれば大変だから。しかし、姫様本人は「大丈夫よ。もし何かあってもわたしがリオンを護ってあげる」そういう問題じゃないんですが。むしろ逆なんですが……「それに一応これ、治安部としての仕事でしょう? 鍵を手に入れるためとはいえ、無理やり入ったんだから一年生部員としての仕事は全うしなくちゃ王族として示しがつかないわ」という理屈によって丸め込まれてしまった。
「姫様」
「なにかしら?」
「結局、ノア様とはどのようなお話をされてたんですか?」
姫様は治安部の部屋に入って早々、ノア様と二人きりになって何か話をされていた。俺は部屋の外にいたので内容は聞いていないが。
「…………秘密よ」
「秘密、ですか」
「そ。ノアからも口止めされているから」
ノア様から直々に口止めをされるとなると余程の内容なのだろう。
だとすれば俺のような立場から口出しが出来るようなものでもない。
「ねぇ、リオン。あそこの露店に行ってみない? わたし、興味があるのだけれど」
「ダメですよ。今はお仕事中なんですから。……っていうか姫様、もしかしてお祭りを見てまわるためにわざわざこの警備の仕事を引き受けたんじゃ」
「それもあるけど」
あるんかい。
「せっかくのお祭りよ? リオンとデートしてみたいじゃない」
半ば婚約者……というか、恋人同士になったんだからそういうこともするんだろう。していくんだろう。これから。というか、そういうデートのお誘いって俺がしていくべきなのではと今更思い至った。
「で、デートですか」
「そうよ。わたしたち、婚約者でしょう?」
話しかけてくる姫様はとても嬉しそうで、にへーっとした幸せいっぱいの笑顔を向けてくる。
……ずるい。そんな笑顔を見せられてしまったら、どうしたって甘くなってしまう。
「どーしたの? リオン」
「姫様はずるいなぁって思ってたんです」
「ずるい? 心当たりが色々ありすぎて分からないのだけれど……」
「あ、自覚はあったんですね」
「リオンって、ずるい子は嫌い?」
「その質問が既にずるいんですよ!」
「じゃあ質問を変えましょう。わたしのことは嫌い?」
「……姫様のことは、好きですけど」
「あら。嬉しいわ」
またもや幸せいっぱいの笑顔を見せる姫様。
ダメだ。俺はもうこの人にかないそうにない。
「そういうわけだから、今日は見回りもしつつデートしましょうね」
「仕事優先でお願いします」
「…………リオンのけち」
「けちでもなんでも構いません。お仕事をきちんと済ませて、魔界の姫として模範となるべき姿勢を示してですね」
「分かってるわよ。だからこうして、治安部の下っ端として見回りに出ているんじゃない」
デートだなんだといいつつも、姫様の意識は周囲の警戒にも割かれている。
だから仕事としてはちゃんとこなしていると言って良い。
……とはいえ、意識が仕事に割かれているのと周囲からどう見えているのかはまた別の話。表面上だけでもピシッとしておくに越したことはない。
「リオンは真面目さんね。そういうところも大好きだけど」
「不真面目な護衛は問題でしょう」
……姫様との会話は心臓に悪いかもしれない。今みたいにサラッと愛情を言葉にされるとドキドキする。
「…………こほん。でも、これはあくまでも治安部のお仕事中の話です。この仕事が終わったら……で、デートしましょう」
最後の方はちょっぴり噛んでしまったが、なんとか誘うことが出来た。
肝心の姫様の反応はというと、まさに呆気にとられたような、きょとんとした表情をしている。
「えっ。ど、どうしましたか、姫様。あの、も、もしかして嫌でした?」
「ち、違うのっ。嫌じゃなくて……逆なの。嬉しくて……リオンからデートを誘ってくれるのが、嬉しくて」
先ほどまでは俺のことを簡単に手玉にとっていた姫様だったが、今は違う。
「い、嫌じゃないの。ぜったいぜったい、嫌じゃないわ。嬉しいの。とってもとっても、とーっても嬉しくて。驚いたのは、リオンから誘ってくるのはちょっと、不意打ちだったっていうか……だから、お仕事終わったら……でーと、しましょ?」
顔を真っ赤にして、仕草もどことなくあたふたとしていて。
いつもの余裕はどこに行ってしまったのか。それこそ、年相応の幼さが露になっていて……なんていうか、そう。めちゃくちゃかわいい。
「姫様」
「な、なにかしら?」
「姫様のそういうところも、大好きです」
「~~~~っ!」
さっきのお返しのような言葉をかけると、姫様の顔がますます赤くなっていく。
何かを言いたげな口もぱったりと閉じてしまい、予測外のことに対してどうすればいいのか分からずにいる様子だ。
……思い返せば、今まで姫様の方から色々な愛情表現のような言葉をかけてもらっていたが、俺の方から姫様に対してここまでストレートに気持ちを伝えたことは殆どなかった気がする。ましてや、明確に『デート』の誘いをかけたのも初めてかもしれない。
姫様からすれば予想外のことだったのだろう。俺としては不甲斐ないという気持ちもありつつ、こうした隙を突かれてあたふたするカワイイ姫様を見ることが出来て嬉しいという気持ちもある。
(これからはちゃんとデートに誘おう)
カワイイ反応を見せる姫様をよそに、俺は心の中でひっそりと誓いを立てた。
☆
話を終え、アリシアがリオンと共に見回りに出かけた後。
ノアは治安部の本部にて祭りの運営に回っていた。現場から寄せられてくる様々な情報を統括し、適切な指示を下していく。この日のために『島主』たる四人の王族とも連携して準備を進めてきたものの、それでも綻びは生まれてしまうものだ。その綻びを、ノアは丁寧かつ的確に修繕し、祭りを円滑に回していく。
「……ここは、関係者以外立ち入り禁止ですよ?」
最中。
異端の気配を感じたノアは、招かれざる客に対する威嚇の意味を込め、刃のように鋭い魔力を纏う。されど、その魔力すらも客人――――ハットの帽子を被り、奇妙な笑みを浮かべた紳士は、意に介していない。
「おお、これは失礼。ですがそう殺気立たないでください。私はただ、招待状をお届けに来ただけなんですから」
「……招待状?」
「ええ。とてもデンジャラスでスリル溢れる、素晴らしい遊戯への招待状でございます」
優雅に一礼した紳士が指を鳴らすと、室内に巨大な映像が現れる。
街や露店。そこにいる人々の様子が映し出されており、最も目を引くのは魔王軍四天王、水のレイラが登壇する予定のステージだ。
「私、この街にいくつかプレゼントを……ああ、無粋な言い方をするならば、爆弾を仕掛けさせていただきましてね? というのも、魔王軍四天王の一人……水のレイラ。彼女のステージを派手に飾り立てるための配慮でございます」
「……成程。それがタイムリミットというわけですか」
「ええ、そうですとも! さあルールは簡単! 制限時間内に爆破を止めることが出来れば、貴方がたの勝利でございます! もし止めることが出来なければ……」
紳士は口の端を歪め、握った拳を前に突き出し――――、
「ボンッ」
ぱっ、と手を広げる。同時に、室内に浮かび上がった映像が、紅蓮の焔をまき散らしながら爆発する。それは大したことのない小さな花火だが、街に仕掛けられた本物はこの比ではないだろう。
「おっと、忘れそうになっておりました。特別にヒントを差し上げましょう。爆破を止める手段は二つございます。一つは、爆発物を直接処理する方法。そしてもう一つは、私が配置した『駒』を処理する方法」
「『駒』?」
「残念ながら私は主催者ゆえ、この遊戯のプレイヤーにはなれません。ですので、主催者たる私の代役……故に『駒』です」
言いながら、紳士は小さな棒状の魔道具を取り出した。
「これは会場に仕掛けられた爆発物を起動させるスイッチ。『駒』にはこれと同じモノを渡してあります。つまり……『駒』を見つけ出し、排除すれば。一度にすべての爆発物を止めることが出来る、というワケです」
「ほう。それは気が利いていますね」
「でしょう? ……ああ、賢い貴方に忠告すなくとも理解していると思われますが念のため。お祭りの中止や人々の避難などといった、つまらぬ真似はしないこと。もしそんなことが為されれば、残念ながら時が満ちるよりも前に、街が紅蓮に彩られるだけのこと」
紳士に浮かんでいたのは、混じりけのない純粋な享楽の色。
冗談などではない。この遊びを害されたとして。彼は喜んで、街を炎の海に沈めるという確信があった。
「それでは、遊戯の始まりでございます。貴方がたの奮闘を期待しておりますよ」
軽く手を振りながら、紳士は優雅な足取りで部屋から出ていく。
蜃気楼のように揺らめきながら……彼の姿は掠れるように消えていった。
室内に一人残ったノアはため息をつき、懐から端末を取り出した。
「やれやれ……馬に蹴られなければ良いのですが」
☆
ポケットの中にある端末が反応を示す。
先日の鍵集めの一件で使用されたこの通信用端末。元々は姫様が開発したマジックアイテムであり、数を増やし、警備用として治安部生徒に配布されたものだ。
『リオンくん。今、お時間よろしいでしょうか?』
業務連絡でも何でもないところからすると、緊急を要する類の連絡らしい。
周りの人々に聞かれないように、姫様を連れて路地裏に移動する。
「お待たせしました。何かあったんですか?」
『ええ。脅迫状が届きましてね。困ったものですよ』
「…………なんか、凄いことをサラッと言いましたね」
『ははは。治安部をやっていると、こういうトラブルに遭う機会もありますからね』
治安部が実力を重んじる組織である理由の一端が垣間見えた気がする。
「……承知しました。お話を伺ってもよろしいですか」
『話が早くて助かります』
端末越しにノア様が苦笑するような気配を感じる。そして分かりやすく簡潔に語ってくれた。突如として治安部本部に現れ、脅迫を残していった紳士のことを。
『現在、治安部員が総出で爆発物と犯人の捜索を行っています。そちらにはアリシア姫もいましたよね? 彼女の空間把握能力を頼りにさせていただきたいのですが』
「分かりました。……ですが、いざという時は」
『承知しております。アリシア姫とレイラ様の保護を優先して頂いて構いません』
さっきは姫様にああ言ったが、俺の中の最優先事項は姫様の身の安全だ。
治安部の仕事だって危険が出ない範囲でお願いしたいが、とはいえそこは周囲への影響力やイメージの問題もある。『王族だから治安部の仕事はやりません』と言うのは簡単だが、周囲の生徒たちからの印象は決して良くないだろう。それは将来的に魔界へのマイナスにもなりかねない。姫様に治安部のお仕事を真面目にしてくれるように頼んでいるのは、そういった事情や打算も含まれている。
……が、今回の案件は流石に規模が大きい。学生同士の諍いレベルでは済まない。この件に関しては島の守護騎士も動いているだろうし、あまり無理はさせられない。
「姫様」
「ん。どうしたの?」
「えっと……その、実は少々厄介なことになりまして」
事情を説明すると、姫様はすぐやる気に満ち溢れた表情をなされた。
さすがは王族。緊急時とあらば、民の安全を護るために毅然と立ち上がるんだな。
「冗談じゃないわ。デートどころじゃなくなるじゃない。ノアのやつ、馬で蹴られたいのかしら」
またこのパターンか。……俺としてもデートが中止になるのは避けたいところなのであまり強くは言えないのだが。
苦笑する俺をよそに、姫様は端末を使ってノア様に連絡を取り始めた。
「『駒』はわたしの方で探しておくわ。貴方は治安部を動かして爆発物を探しなさい」
『ご心配なく。元よりそのつもりですよ』
最後に手短なやり取りをし、姫様はそのまま端末を切った。
「まったく。せっかくのお祭りなのに、嫌になっちゃうわ。さっさと片付けちゃいましょう」
「ですね。姉貴のステージまで時間もありません。急がないと」
「そうね……でも、まずはもう一人ぐらい人手が欲しいわね」
「マリアを呼び戻せばいいのではないでしょうか」
姫様に仕えているメイドであり、暗器の使い手。
性格に少々難があるものの、その実力は高い。『四葉の塔』での事件においては、単独で凄腕の傭兵である『黒マント』を撃破した程だ。
今日はなぜか姫様が「あなたはデレクの護衛についてあげなさい」と、意味ありげに言っていたので別行動になっている。
「それはそうなんだけど……デレクに悪いことしちゃうわね」
「デレク様とマリアがどうかしたのですか?」
「分からないならいいのよ。かわいいリオン」
……なんだろう。楽し気に笑う姫様にどうにも納得がいかない。
俺が首を傾げいる間に、姫様は端末でマリアと連絡をとる。合流するまでの間に姫様は短距離転移魔法を繰り返し素早く移動しつつ、周囲の気配を探り――――、
「――――見つけた」
十分もかからないうちに、『駒』の居場所を見つけ出してしまった。
その後、集合場所に戻ってきた直後にマリアと合流する。
「お待たせいたしました」
「ありがと。急に呼び立ててしまって悪いわね、マリア」
「いいえ。主たるアリシア様のお呼びとあらば、いついかなる時でも駆けつけます。ですがもし、かりに、たぶん、きっとそうだと思うのですが、遅れてしまったのなら仕方がありません。どうかお仕置きとして存分に踏んでいただいても――――」
「話が止まるからちょっと黙ってろ」
変態メイドあらため暗器使いのマリアが合流地点にやってきた。
それはいい。それはいいのだが、
「……どうして貴方たちもいるのかしら?」
姫様が視線を向けた先。そこにいたのは、
「……マリアさんを危険なめにあわせるわけにはいかないからな」
ノア様から端末か何かで連絡を受けていたであろうデレク様と、
「当然ですわ。レイラ様のステージを汚す悪党をぶちのめすのは、ワタクシの務めですもの!」
怒りに身を滾らせ、物販で購入したであろうレイラ姉貴グッズの入った袋を抱えたローラ様が、そこにいた。