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第29話 プロローグ

お待たせしました。

第二章「団結のデュエット」(仮)開幕となります。

「――――リオン。わたしのリオン」


 彼女の白い指が頬を撫でる。ゆっくりと、俺の存在を確かめるように。


「…………おはようございます、姫様」


 姫様……魔界の姫にして俺の主、アリシア・アークライト様に、俺は朝の挨拶をする。

 ベッドの上で上半身を起こすと、既に身支度を整えている姫様はくすっと笑った。


「おはよう。リオンはお寝坊さんね。ダメよ、今日は大事なお仕事があるんだから」


「別に寝坊したというほどの時間ではないような気がするんですけど……」


 むしろいつもの起床時間よりやや早いぐらいだ。


「だって、少しでも長く好きな人との時間を過ごしたいじゃない?」


 姫様の不意打ちのような言葉に、思わず頬が熱くなる。

 魔界の姫である彼女と俺は、先日この魔法学院で起きた事件をきっかけに夫婦となった。いや、厳密にはまだ正式な夫婦ではなく、どちらかというと婚約者のような状態が正しいのだが。


「あら。照れてるの? ふふっ。あなたのそういうところも、愛おしくて大好きよ」


 電撃作戦とも呼ぶべきプロポーズに応えてから、姫様はいつもこの調子だ。畳み掛けてくるような怒涛の攻めに、俺は防戦一方になっている。


「ひ、姫様。そう言ってくれるのは大変嬉しいのですが……その、何か焦ってません?」


「…………そうかしら?」


 一瞬だが姫様の表情が凍り付いた……気がする。いや、怯んだと言った方が正しいか?


「姫様。やっぱり、あの『四葉の塔』の一件で何かあったんですか? 何か、俺に隠してません?」


 姫様からの好意は素直に嬉しい。だけど気になるのは、姫様が抱いているであろう『焦り』の正体だ。それが何なのか俺は知りたいし、解決できるなら力になりたい。


「…………リオン」


 しばらくの沈黙を経て、姫様は急に俺の身体を抱きしめる。ぎゅうっと、力強く。

 俺がどこかに行ってしまうと、心配しているかのような。離れないように、留めておくようにしているかのような。


「ひ、姫様? 急に……どうしました?」


 年頃の男の子でもある俺としては、抱きしめられるのは嬉しいがそれはそれとして心臓の鼓動がとても大変なことにならざるを得ない。ふわりと漂ってくる華やかな香りや、柔らかな感触に顏も熱くなる。


「あの時は……取られたくないから、こうして抱きしめたいって思ってたけど。でも、リオンが選ぶ決断は……尊重してあげたいって思ってるから。だから、せめてそれまでの間だけでも……」


 俺には、姫様が何を言おうとしているのかは正直なところよく分からない。

 でもそれが姫様にとってはとても焦るようなことで、怯えていることでもあることは、何となく分かる。だとすれば、俺に出来るのは彼女の身体を優しく抱きしめてあげることぐらいで。


「大丈夫ですよ。俺は、姫様の傍にいます」


「ん……ありがと、りおん」


 いつもは堂々としていて、我が道を突き進んでいく姫様は、子供のようだけどその実、普通の同年代の子供たちに比べて大人びていると俺は思っている。でも、今は違う……年相応の子供みたいな、幼さを見せながら甘えてくれている。それがちょっと……いや、かなり嬉しい。姫様が不安がっているというのは承知の上なので、不謹慎かもしれないけれど。


「取られたくないって……一体俺が、誰に取られるっていうんです?」


「それは…………」


 珍しく姫様の言葉が途切れる。少しの間、沈黙があって。


「…………やっぱり、なんでもないわ」


 姫様はするりと体から抜け出していく。俺の掌から、彼女の身体が零れ落ちていく。


「さ、早く着替えて、朝ご飯をしっかり食べて、大事なお仕事に備えましょう。今日は忙しくなるだろうし」


「それは構いませんけど……あの、『なんでもない』と言われると余計に気になっちゃうんですけど……」


「あら。もしかして、わたしに着替えさせてほしいのかしら? ふふっ。構わないわよ、わたしは。リオンのお着替えを手伝ってあげても」


「ひ、一人で出来ますよっ!」


 俺をからかうように笑う姫様は、もうすっかりいつもの姫様だった。


 ☆


 治安部の本部から外を見渡せば、お祭りムードの街並みが広がっている。

 今日、この『楽園島』では種族間和平記念のお祭りが開催される。

 今年は一年前から閉鎖されていた『四葉の塔』が解放されることにもなっており、学院の生徒たちの中では盛り上がりが増している。

 治安部はこのお祭りの警備員として駆り出されることとなっており、入学して間もない頃に治安部入りしたアリシアたちもこの警備に参加する立場だ。


 そんな治安部本部内にある一室で、アリシアはこの学院の治安部長……ノア・ハイランドと向かい合って座っていた。この部屋には、彼女とノアの二人だけだ。


「感謝するわ。急な呼び出しに応えてくれて」


「私は構いませんが……驚きましたね。君の口から、私に対する感謝の言葉が出てくるとは」


「貴方はわたしをなんだと思ってるの?」


「はて。一体何のことやら」


 アリシアは、ノアに出会った時から彼のことがどこか苦手だった。

 その理由は今となってはハッキリしている。だけどその理由とは関係なしに、この男のことが苦手であると感じた。


「まあ、いいわ。……今日は、貴方に訊きたいことがあって来たの」


「私に答えられることであれば」


 ニコリとした笑みを浮かべるノアに対し、アリシアは質問を投げかける。


「リオンの『権能』についてよ」


「それは貴方がよく知っているはずでは?」


「私が与えたのは『支配』の権能よ。だけどリオンの中には、もう一つの『権能』が眠っているわ」


「……おや。それは興味深い話ですね」


「あくまでもしらばっくれるのね」


 何も答えないノアに対し、アリシアは構わずに言葉を紡ぐ。


「最初に妙だと思ったのは模擬戦の時。イストールの火とネモイの風を混ぜ合わせたあの『焔』。複数の魔法……いいえ、二つの『権能』を繋げたかのような力。そして、貴方の様子。最後に決め手になったのは、『四葉の塔』での戦い。リオンが生み出したあの白銀の輝きは、間違いなく『団結』の権能よ」


「……『二つの権能を繋げたかのような力』と仰いましたが、『団結』の力はご存じのはず。アレは『権能保有者』の数だけ魔力を強化する力ですよ」


「そうね。普通ならそうでしょう。でも、突き詰めれば『団結』の権能は、『繋がりを作る権能』だとも呼べるわ。そして、リオンの中にはわたしが与えた『支配』の権能がある。一人の人間に複数の権能……前例がないことだから確証はないけれど、もしかするとリオンが持つ『魔法を支配する権能』と、元々持っていた『団結』の権能が混ざり合うことによって、『権能を融合させる権能』が新しく生まれたのかもしれないわ」


 アリシアは更に言葉を重ね、己の推測をポツポツと語ってゆく。


「リオンの中に在る他者との『繋がり』……おそらく訓練か何かでイストールやネモイの魔法を受けた時に、リオンの中に『権能の残滓』のようなものが取り込まれた。そこで生まれた『繋がり』を自分のものとして『支配』して、融合させ、一つの新たな力を生み出した。……それがあの、『焔』の正体」


 全てはアリシアの推測に過ぎない。しかし、アリシアは感じ取っていた。ノアも同じ推測に至っていると。だが、ノアは何も言葉を発しない。


「……一つ確認するけど。『王族の権能保有者』だけが、他者に『権能』を与えることが出来る。そして、『他者に権能を与える力』を持つ者……『クラウン』が生まれてくるのは、一世代に一人だけ。わたしや貴方、デレクやローラがそうよね?」


「ええ。なぜ『クラウン』が一世代につき一人だけなのかは、定かではありませんがね。それがどうかしましたか?」


「――――ではなぜ、リオンが『団結』の権能……それも『クラウン』たる『権能』を有しているのかしら?」


「……さて。意味が分かりませんが」


「わたし相手に誤魔化せると思っているの?」


 ノアはしばらく目を伏せ、考え込むような沈黙が流れる。

 口を閉ざすことを選んだノアに、アリシアは最後の一撃を差し込むことにした。


「わたしのリオンは……貴方の弟。人間族代表の王族、ハイランド家の第二王位継承者。本来ならそうなるはずのなかった者。この世界に生まれた例外……二人目の『クラウン』なのでしょう?」


 それは、確信に満ちた問いかけだった。



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