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第26話 少年は拳を構えて立ち向かう

 ノア様やマリアの助けを受け、俺は階段を駆け上がっていく。

 振り返りはしない。ここで振り返ることは彼らを侮辱するに等しい行為だ。

 ひたすら走り、登った先。重苦しい扉の前に辿り着いた俺は、逸る気持ちを抑えて呼吸を整える。感覚を研ぎ澄まし、不意打ちにも対応できるように態勢を整える。ここでくだらないミスを侵せば、それこそノア様とマリアの思いを無駄にすることになる。


「…………いくぞ!」


 俺は焔を滾らせ、拳で扉を殴りつけてぶち破ると、その勢いのままに部屋に飛び込んだ。

 途端に空間が振動しているような感覚に襲われ、酔いが込み上げてきた。空間の上下がデタラメになったような錯覚を起こすが、幸いにしてそれはすぐに収まった。この場の空間は相当不安定になっているらしい。見事なまでに空間の拡張と構成を行っていた先ほどまでの階層とはまるで正反対だ。

 更に驚くべきは、周囲に浮かんでいる数々の球体。その中に、俺たちを襲った物と同じであろう邪竜の複製体が眠っている。


「まったく、使えない男だ。プロだのなんだのと名乗っていたが、子供一人の始末も出来んとは」


 苛立ちの混じった声でため息をついたのは、一人の男性だ。

 聞き覚えのある声。いや、俺は知っている。この声を聞いたことがある。


「…………ナイジェル先生」


「先生、か。貴様の目はとても『先生』に向ける類のモノではないが? いや、それとも初めから私のことを疑っていたのかね?」


「生憎、謎解きは苦手でしてね。誰が敵だったとしても、迷いなく拳を振るう覚悟は決めていました。それだけです」


「フンッ。子供にしては大した覚悟だ。煩わしいほどにな」


「お喋りをしに来たんじゃない。姫様はどこだ」


 これ以上御託を重ねるつもりはない。

 威嚇を込めるつもりで焔を滾らせると、ナイジェルはそれを見て苛立ちを露にしながら視線を背後に向けた。

 そこにあったのは球体状の装置だ。元は巨大な何かを収める為のものなのだろう。やけに巨大な球体の中に、俺の大切な人がいた。


「姫様!」


 よかった。生きていた。まずはそのことにホッとする。だけど、状況が改善したわけではない。姫様の魔力が尽きかけているほどに消耗している。一刻も早く助け出さなければならない。だとすれば俺のやるべきことは一つ。


(まずはあの装置をぶっ壊して、姫様を救う!)


 やるべきことを定めた俺は、球体状の装置に向けて走り出した。

 空間が拡張されているせいか思ったより距離はあるが、全身に纏った焔による加速は俺にあっという間に距離を詰めるだけの速度を齎してくれる。だが、そんな俺の行く手を天から降り注ぐ禍々しい黒炎が遮る。


「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 空間そのものを蹂躙するかのような咆哮と共に、漆黒の巨体が舞い降りた。


「邪竜!?」


 この威圧感。前回現れた偽物とは違う。今度は紛れもない本物だ。

 気になるのは全身が既に傷つき、ボロボロになっているという点。まるで屍のようだ。

 いや、実際に屍を強引に動かしているのか?


「ガアッ!」


 大きく開いた邪竜の口から、漆黒に染まった火炎が吐き出された。


「ハハハハハッ! ただの炎と思うなよ! 邪竜が吐き出す火炎は呪いにも等しい! 遍く命を拒絶し灰に変える、死の黒炎だ!」


 ナイジェルは歓喜の声が如く叫ぶが、それがどうしたと、俺は心の中で吐き捨ててやる。そんなものは俺が立ち止まるための理由には一切ならない。

 拳に集めた焔を突き出し、黒炎を貫き流す。姫様が扱う炎に比べれば、生ぬるいぐらいだ。そのまま引き千切るように炎を払うと、邪竜の屍は再度咆哮を上げ、巨大な爪を振り下ろしてきた。俺は脚に焔を纏い、その巨大な爪を蹴り上げる。


「――――邪魔だ! 失せろッ!」


 ぐらりとバランスを崩した隙を突き、一気に跳躍。拳に纏った焔を闘志と共に滾らせると、そのまま邪竜の頭部に勢いよく叩き込んだ。


「グオオオオオオオオオオッ…………!」


 邪竜の屍はそのまま沈黙し、巨体が倒れ伏した。

 俺を鍛えてくれたのは魔王軍四天王の方々。かつての戦争では邪竜と戦い、打ち破ってきた正真正銘の英雄たちだ。ただの屍を動かしたところで、相手になるわけがない。


「バカ、な……出来の悪い複製体などではない……オリジナルの邪竜だぞ……!? 屍とはいえ、数千の兵を一瞬にして焼き尽くすだけの力を持った邪竜を、これほど容易く蹴散らすだと!? ありえんッ!」


 睨みつけてやると、ナイジェルが一歩後ずさる。どうやら今の邪竜が彼にとっての切り札だったらしい。


「ぐっ…………! ガキの分際で……!」


 追いつめられたように懐から布に包まれた『何か』を取り出したナイジェルは、言葉通り忌々し気に顔を歪めると布を解いでいく。彼が手にしていた『何か』。ソレは、肉片だった。ドクン、ドクンとさながら心臓のように鼓動を刻んでいる。

 ナイジェルはソレを見て汗を浮かべており、俺には彼が、懐から取り出したその『何か』に対して怯えているような印象を受けた。その正体は定かではないが、俺の直感がアレが危険なモノだと警告している。


「貴様なんぞに、許しを請うぐらいならば……!」


「ッ……! させるか!」


 拳を突き出し、焔を放つ。紅蓮の焔が着弾する寸前、俺の目に映ったのは覚悟を決めたように肉片を喰らったナイジェルの姿だった。

 激しい爆炎が巻き起こる。その中で、禍々しい魔力が渦巻いていることを感じた俺は、すぐさま拳に『焔』を纏い接近した。


(向こうが何かする前に、速攻で叩き潰す!)


 より強力な焔を集め、拳をナイジェルに直接叩きつけて炸裂させる。


「なっ……!?」


 硬い感触。俺の拳は、『何者か』の掌によって受け止められていた。彼の纏う黒炎が、俺の拳の焔と渦巻き、鬩ぎ合っている。


「素晴らしい。実に素晴らしい! これが……これが、竜人の力というものか!」


 爆炎が晴れる。中から姿を現したのは、異形だった。

 頭には竜が、全身には漆黒の鱗が、背中には翼が、手足には爪が。それはまるで、邪竜が人の形を成したかのような姿。


「邪竜の……竜人ドラゴニュート……!?」


 竜人ドラゴニュートとは文字通り『竜の力を持った人』だ。人間型のドラゴンといってもいい。一説では、人間が他の種族に対抗する為に秘術を用いて竜の力を見に宿らせた姿ともされている。そうだ、アレド兄さんから習ったことがある……その秘術には、竜の心臓を取り込むことが必要だと。

 つまりあの肉片は、邪竜の心臓だったということか。


「ハハハハハッ! 丁度いい! 貴様の命を用いて、邪竜の力の実験と行こうじゃあないか!」


 竜人ドラゴニュートと化したナイジェルの身体からは先ほどの邪竜とは比べ物にならない威圧感が解き放たれている。力を得た高揚感からか、その顔には歓喜の笑みが滲み出ている。


「お前の実験なんかに付き合ってられるか!」


 拳の焔を更に滾らせ、今度は拳による連撃を叩き込んでいく。さしもの竜人ドラゴニュートのボディと言えども、『権能』によって生み出された焔を何度も受け切れるものではない。


「おおおおおおおおおッ!」


 竜の力を人間サイズにまで凝縮した竜人ドラゴニュートの力は確かに強力だ。しかし、その力を扱うナイジェル本人は、こうした肉体を用いた戦闘に不慣れなのだろう。動きが明らかに硬い。それもそうだ。元々は研究職だったナイジェルが、こうした肉体を用いた戦闘に慣れているとは思えない。むしろ戦闘が不得手だったからこそ黒マントを雇い、自らを竜人化させ力を得るという道を選んだ。


 彼にとって唯一の誤算は、竜人の肉体にダメージを与えることが出来る『権能』の焔を、俺が有していたということだ。


「チッ!」


 口から漆黒の火炎を吐き出し、至近距離からの不意打ちを狙うナイジェル。俺からすれば体全体の予備動作が大きすぎる。簡単に火炎攻撃を先読みすることが出来た俺は身を捻ってギリギリのところで火炎を躱すと、脚に焔を纏う。


「……らあッ!」


 回避の勢いそのままに、ナイジェルの腹部に思い切り蹴りを打ち込む。

 紅蓮の焔が派手に炸裂し、竜人の体が吹き飛び、地面に叩きつけられ転がっていく。


「グッ……おッ……!?」


 ナイジェルは確かに竜人となった。だが、その力を我が物にしたわけではない上、戦闘経験も乏しいが故の結果だ。


「これで、終わり――――」


 倒れ伏すナイジェルに向けて拳を振り下ろす――――


「ッ…………!?」


 ――――焔が、消えた。

 俺の全身に纏っていた『権能』の焔が、焼失した。同時に体中から力が抜け、膝をつく。

 何が起きた? ナイジェルの仕掛けた罠か? ……いや、違う。これは、


「魔力切れ……!?」


 俺が捨てられた原因。魔力量の少なさ。

 ましてや『権能』の魔力消費量は莫大だ。

 俺では五分しか使えない力。……いや、それにしたってまだ五分も経っていないはず。竜人ドラゴニュートの持つ鱗の装甲を突破するべく火力を無理に上げたせいで、魔力の消耗が早まったのか? 何にしても、まずい……!


「それが貴様の限界らしいな」


 竜の瞳が爛々と輝き、顔は捻じれたように嗤う。

 ナイジェルは俺の拳を蠅を叩くかのように軽々と払い、続けざまに重く鋭い膝蹴りを打ち込んできた。


「がっ……!」


 俺の身体は容易く吹き飛び、地面に叩きつけられながらボールのように転がりこむ。

 痛みが全身を苛むが、俺は何とか立ち上がった。それを見たナイジェルはニタリと、嬉しそうに顔を歪める。


「そうでなくては」


「そりゃ……こっちの、セリフだ……!」


 魔力は尽きた。焔も消えた。今は権能を行使することが出来ない。

 それでも逃げるなんて選択肢はない。俺は敵を前に、拳を構えた。


 ☆


 迫りくる無数のゴーレム。人間の頭蓋など簡単に握り潰せるであろう岩石の拳を、ノアは鮮やかに躱す。駆け抜けざまに、白銀の輝きを纏う刃を振るいゴーレムたちを両断していく。

 彼が持つ『団結』の権能により生まれる白銀の輝きによって強化された魔力を纏い、ノアは跳躍する。眼下に映るゴーレムの軍団に対し、淀みなく魔力を刃に乗せて、冷静かつ確実に無数の斬撃を解き放った。


 刃の五月雨が土の人形たちを切り刻むと、ノアは優雅に着地してみせる。

 この『楽園島』にも警備用のゴーレムが運用されている。それですら鋼鉄を拳で砕いてみせるほどのパワーを有しているが、目の前のゴーレムたちはその倍以上の性能を誇っている。それでも、『団結』の権能を発動させたノアの足元にも及ばない。それほどまでにノアの持つ戦闘能力は高い。


「――――『目標』『の』『解析』『完了』」


「興味深いですね。私の解析結果とやら、是非とも教えて欲しいものです」


「『対応』『魔法』『一斉』『展開』……『遠距離』『魔法』『による』『殲滅』『を』『開始』『します』」


 司令塔ゴーレムは腕を杖のような形状に変形……否、形成すると、大量の魔法陣を展開していく。その全てが遠距離から攻撃する為の魔法ということを、ノアは一瞬にして理解した。


「なるほど。剣を武器として戦う私に対して、遠距離から圧倒的な量による攻撃で押し潰すつもりですか。シンプルですが良い手です」


「『術式』『解放』……『一斉』『発射』」


「瞬時にそれだけの魔法を展開し、寸分の狂いもなく制御している。この島にあるゴーレムの中では、間違いなくトップクラスの性能でしょう」


 迫りくる数多の閃光に対し、ノアは余裕の笑みを保ったまま走り出した。

 そのまま己の身に到達する軌道上の閃光だけを的確に、斬り裂き進む。切断された魔法は魔力の欠片となって舞い、ノアの周りを彩っていく。


「この程度ですか?」


 閃光の弾幕を突破したノアは、ゴーレムの反応を待つ前に杖を斬り飛ばす。


「『遠距離』『魔法』『の』『効果』『無し』……『第弐』『パターン』……『ブレード』『展開』」


 もう片方の腕に今度は刃を形成し、ゴーレムは豪快に斬りかかる。ノアはそれを真正面から受け止め、二つの刃がぶつかり合った。


「近距離の攻撃にも対応するとは中々に優秀ですね」


 ゴーレムは人間ではない。つまり、人体には不可能な動きを可能とする。


「『殲滅』『殲滅』『殲滅』『殲滅』『殲滅』『殲滅』」


 上半身を捻じり、嵐のように回転しながら刃を振るう。迂闊に触れてしまえば一瞬にして人肉を削り取るその暴威に対し、ノアは迷いなく突っ込んだ。


「あまりに遅い」


 ノアとゴーレム。二つの影が入り混じり、すれ違い、静止する。


「――――『ブレード』『破損』」


 次の瞬間。一刀両断されたゴーレムのブレードが、床に突き刺さった。


「『目標』『の』『戦闘』『能力』『値』……『計測』『不能』………」


「確かに性能は優秀ですが、貴方には一つ致命的な欠陥があります」


 流麗なる白銀の輝きが迸し、刃に、全身に、隅々まで行き渡る。

 両腕を失い、激しい損傷を負った今のゴーレムに、ノアの攻撃に反応できるだけの余力は残されていなかった。

 一閃。

 刹那に煌めく白銀が、土人形の身体を真っ二つに断ち切った。


「私の全てを解析したなどと宣言する、その傲慢さですよ」


 ノアの言葉と共にゴーレムは物言わぬ土塊と化し、爆炎に呑み込まれた。


 ☆


 マリアの中にかつて存在していた記憶は、『首輪』の影響で一部が消去されている。

 しかし、それでも。己が培ってきた戦闘技術に関しては身体に染みついている。マリア自身でも驚くほど身体が自然と動く。

 淀みない動きで豪快に鉄球を黒マントに向けて振り下ろすが、相手は余裕とでも言いたげに躱してみせた。


「そんな大振りが当たると思うな」


「思っていませんよ」


 鎖を伝い、鉄球に魔力を流すと武具の仕掛けを起動させる。鉄球が爆ぜ、内部から一斉に小型の刃が飛び出した。刃の爆弾に黒マントの男は舌打ちをしながら手にしていた剣で薙ぎ払う。直後、マリアは黒マントの背後に回り込んでいた。

 マリアが服の隙間から取り出した剣の一撃に対し、黒マントの男は薙ぎ払いの動作による勢いを利用して回転し、背後の刃を受け止めてみせる。


「……背後をとったのは、仕返しのつもりか?」


「ええ。借りは返す主義なので」


「相変わらず負けず嫌いな奴だ」


 言葉を交わし、刃を交える。

 記憶はなくとも戦う理由はマリアの中に確かに存在しており、そのために刃を解き放つことに躊躇いも無い。

 鎖を投げつけ、相手の持つ剣に巻き付ける。


「チッ!」


 舌打ちをしながら、黒マントはすぐに剣を手放した。直後、巻き付いた鎖から雷が迸り、剣を包み込む。仮に黒マントの男が剣を手にしていたままだとしたら、そのまま雷が彼の身を焼き尽くしていたことだろう。


(やはりこちらの手は読まれていますね)


 黒マントの男はマリアの手の内を知っている。暗器使いであるマリアは全身に武器を隠し持っており、その武器にも魔法を発動させるための術式を組み込んである(その性質上、リオンはまさに敵としては最悪の相性だったといえる)。それによる変幻自在かつ相手の不意を突ける手数の豊富さこそがマリアの強みだが、手の内が知られている以上その強みは薄れている。


(しかし、それは向こうも同じ。姿を化けるという能力は確かに厄介ですが、この一対一の状況ではその強みを生かしにくい)


 黒マントの男が持つ最大の強みは変化の能力だが、それを補ってあまりあるだけの戦闘技術を有しているのが厄介なところだ。加えて、マリアは全身に仕込んだ幾つもの武具を吐き出し、弾かれた物が地面に散らばっているが、今に有効な一撃を与えられていない。

 当然のことながら手持ちの武器は有限だ。こちらの手持ちの数も把握していると考えた方がいい。


(もう武器が尽きる。……恐らく相手は、次に勝負を仕掛けてくるはず)


「さて……そろそろ決着をつけようか?」


 視界が、焔に染まる。敵がマントの内側から取り出した球体を地面に叩きつけたことによって生じた爆発だった。


「くっ……! こちらのお株を奪ってくれますね……!」


 暗器に仕込んだ防御術式を起動させて身を守る。爆炎によるダメージは最小限に抑えられたものの、黒マントの姿を見失ってしまった。視界が晴れた時、当然そこに敵の姿はない。

 勝負を仕掛けに来た、とマリアは直感で理解する。

 感覚を研ぎ澄ませながら周囲への警戒を最大限に高め、短剣を握り締めて必ず来るであろう敵の奇襲に備える。


「…………上!」


 剣を振りかぶった状態の黒マントが上空から落ちるように迫ってくる。

 身体が反応し一斉に懐から新たに取り出した無数の短剣を投げ放った。刃が突き刺さり、黒マントの身体が破れ散った。まるで人の形に膨らんだ風船がはじけ飛んだかのように。


(化けの皮だけ!? 本体は――――!)


 視界の外からの殺気。身体の反射に従い視線を向けると、マリアの近くに在った木の皮がズルリと剥がれ、中から黒マントが飛び出していた。


「ッ……! しまった、人以外にも化けられるだなんて……!」


「フッ。記憶を消去されていなければ結果も違っただろうがな」


 命を刈り取らんとする剣が迫る。マリアは咄嗟に手に持っていた短剣を投げつけるが、黒マントはそれを簡単に弾き飛ばした。


「今の悪足掻きでお前の武器は尽きた! その命、今度こそ頂く――――!」


 彼の言葉通り。

 たった今投擲した短剣を最後に、マリアの持つ武器は尽きた。

 まさに丸腰。体術にも秀でいているマリアではあるが、黒マントの持つ戦闘能力に太刀打ち出来るとは本人も考えていない。ましてや相手は武器である剣を手にしている。このまま立ち向かったとして、確実に殺されて、それで終わりだろう。


「悪足掻き? いいえ、とんでもない。私のは貴方を倒すために放った、逆転への一手です」


 マリアが投擲し、黒マントが弾き飛ばした短剣が、光を放つ。

 事前に魔力を込めていた刃が煌めき、その周囲に結界を高速展開。指定された領域に、魔法の壁が構築されていく。


「うっ……!?」


 黒マントはこの意味に気づきマリアに剣を振るうが、刃は結界によって遮られた。既に彼の周りは結界によって覆われていたのだ。


「貴様……!」


「その結界は私の自信作でしてね。生半可な攻撃では破れませんよ。まあ、リオン様には逆に利用されてしまいましたが」


「アリシア・アークライトを暗殺する際に使用した結界術式か……だが、それがどうした。閉じ込めたところで、武器も尽きた今の貴様に何が出来る」


「確かに手持ちの武器は尽きました。ですが、それは大した問題ではありません。……武器なら幾らでもあるではないですか。貴方の足元に」


 黒マントの顔が凍り付いた。彼は気づいたのだろう。これまでの戦闘でマリアがなぜ、武器を投擲しながら戦い続いていたのかを。それは敵に弾かせ、躱させ、辺りに武器をまき散らすためだ。


「貴方はご存じかもしれませんが、私の武器には魔法の術式が組み込んであります。起動させるための条件は幾つかありますが、その内の一つは魔力を流し込むこと。……そして、貴方が閉じ込められている結界は私の魔力で形成されている。つまり私の魔力で満ちた空間といえます」


 武器を起動させるためには一定の魔力を流し込むことが必要となる。

 その魔力も溜まる頃合いだ。それはまさに導火線に火のついた爆弾であり、この結界という密閉空間から短時間で脱出することも不可能だ。


「ッ…………!」


「では、ごきげんよう」


 閉じ込めた結界の内部に激しい光が迸る。

 数多の国々で暗躍し幾多の争いを生み出してきた男を、逆転を齎す雷が焼き尽くした。

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