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第22話 お姫様はお礼を言いたい

 分身したローラ様による弾幕は、単純計算で四倍。ましてや彼女の放つ魔法攻撃は追尾能力を付与されている。それらの要素を考慮すると、結界という限られた範囲のフィールドはあまりに狭い。姫様は回避に専念するが、確実に追いつめられていく。


「もらいましたわ!」


「冗談……!」


 姫様は一気に魔力解放する。同時に、彼女の背中から漆黒の翼が広がった。

 しなやかで美しく、それでいて力強い黒き翼。

 ソレはエルフの尖った耳や、獣人族の耳や尻尾と同じように、姫様が魔族であることの証。種族的特徴だ。そしてこれは、姫様がより質の高い魔力を練り上げ、解放したことの証でもある。


「――――ひれ伏しなさい!」


 空間支配による重力操作を発動。ローラ様が撃ち込んだ魔力の弾丸の軌道を強引に変え、床に着弾させた。『神秘』属性は多種多様な能力を発揮してくるが、その分パワーには劣るという。強引に力勝負に持っていき、重力によって叩き落した。


 ……姫様の翼を見る度、いつも思う。

 やはり俺は人間で、姫様は魔族で。自分がいかに脆弱な存在であるのかを思い知る。

 それでも彼女の傍に居続けると誓ったとはいえ、この無力感だけはどうしようもなく付きまとってくる。


『リオン様』


 ふと、マリアの声が聞こえてきた。傍にいるわけではない。声は俺の制服のポケットから発せられていた。正確には姫様が作りだした通信用魔道具から。


「マリアか。……作業が終わったのか?」


『はい。姫様の狙い通り、この会場に誘い出されているようです』


「位置は?」


『掴んでいます』


「分かった。すぐに動く」


 ☆


 迫りくる光弾を、アリシアは翼を用いて迎撃する。が、気がつけばローラの分身が一体姿を消していることに気づいた。分身の一体はいつの間にか床に降り立ち、神秘の力を解放して妖精の花々を増殖させていた。記憶の頁を捲り、すぐにその花が相手の魔力を吸収する性質を持つものだと理解する。


 判断を下したのは一瞬。翼を羽ばたかせ、空中へと舞い踊る。

 それを読んでいたとでも言わんばかりにローラの分身体は一斉にそれぞれが別々の魔法を撃ちこんだ。

 一人は炎、一人は水、一人は土、一人は風。

 四大属性全てを高いレベルで扱うことが出来るそのセンスに、アリシアは内心舌を巻いた。身体と技を凄まじいと称するに値するレベルまで鍛え上げたデレクや、模造品とはいえ邪竜の頭を斬り飛ばしてみせたノアもそうだが、やはり神より『権能』を授かった王族たちはそれぞれがそれぞれの強さを持っている。まだ出会って間もないが、彼ら彼女らはアリシアにとって随分な刺激となった。


「それなら……!」


 アリシアが得意とする重力操作は『空間支配』の『権能』によるものだ。更にそれを応用し、膨大な魔力を捧げて漆黒の球体を作り上げる。その瞬間、ローラたちが放った四大属性の魔法は、漆黒の球体に吸い込まれるように軌道を変え、消えた。否、球体に飲み込まれた。


「っ…………!? な、なんですの!?」


「さあ、なんでしょうね」


 当然、今ローラたちが解き放った四大属性の魔法は『追尾』の効果を付与されていたのだろう。しかし、アリシアを討つという意思を強引に捻じ曲げ、漆黒の球体は全ての魔法を喰らいつくしたのだ。

 魔法すら影響下に置く重力の塊。


(これって結構魔力の消費が大きいし、使ったからにはこれ以上はあまり長いこともたないのだけれど……)


 予測が当たっていれば頃合いだ、というところで。

 アリシアの視界の端で、リオンが動いた。ターゲットに悟られないよう、アリシアは視線を動かさずリオンの魔力だけを追いかける――――どうやら、準備は整ったらしい。


 互いの『権能』をぶつけ合うこの戦いは楽しいが、このお茶会や決闘の本当の目的は『鍵』ではない。


(そろそろ、鳥籠の茶番を終えられそうね)


 ☆


 ――――『彼』は物心ついた時には既に独りであり、薄汚いスラムでの生活を営んでいた。泥水を啜り、奪えるものは奪い、ただ目の前の日々を生きるのに必死だったことは覚えている。


 きっかけは、身なりの良い、『彼』と同い年の子供だった。

 名前は分からない。どこかの貴族の家の子供だったのだろう。両親と手を繋ぎ幸せそうにショッピングを楽しむその子供は、『彼』を見るや否や露骨に蔑むような表情を浮かべていた。

 下等な生物として見下されていたことは、幼き子供だった『彼』にも一目で分かった。

 ソレが嫉妬なのか、恨みなのかは分からない。正確には忘れてしまったともいうが、『彼』の才能はその時に開花した。


 任意の人間に化けることが出来る魔法。


 似せられるのは姿だけ。たとえば対象が持っている技能だったり魔法だったりをコピーできるわけでもない。だが、『彼』にとっては姿を似せられるという一点のみで既に十分過ぎる程の力だった。


 相手を騙すための話術や振る舞いといった技術を生まれながらに有し、十全に発揮できるだけの頭もあった。事実として、『彼』は己の魔法を使った初陣で見事に貴族の子供に化け、その家を瞬く間に没落させた。

 スラム街でその日を生きるのに精いっぱいだった子供が、たった一人で。


 貴族の家の子供になり替わるという手もあっただろう。その気になれば莫大な財産を掠めとることだって出来ただろう。それでも『彼』は、歴史ある貴族家を潰すという道を選んだ。貴族という多くの者が欲しがる立場や財宝などには目もくれず、『彼』は己の才がどこまで通用するのか、どの程度の結果を齎すのか。それを確かめるために、検証するための道をとった。

 幼少にして、『彼』は既に影の中に生きる戦士として完成していたのだ。


 その後も『彼』の検証は続いた。次は村。その次は街。『彼』は己が開花させた魔法のスペックを理解し、把握する度に数多の人々が互いを疑い、呪い、争いを生み、果てにはいつも破滅があった。


 やがてその魔法の持つスペックと使い方を完全に己のものにした時、『彼』は裏の世界に足を踏み入れ――――今、彼は『楽園島』という場所で暗躍をしている。


 依頼主は思っていた以上に回りくどく、それでいて臆病で面倒な男だったが、依頼主がどうだろうと関係はない。ただこれまでと同じように己の才能を活かし、破滅を齎していくだけだ。


(お茶会か……こちらとしては好都合だが、何を企んでいるのやら)


 罠を張っていることは明らかだ。

 しかし、この『楽園島』における獣人族と妖精族のトップが揃っている状況は、罠だとしても都合が良い。たとえば、そう……あの決闘とやらが終わった直後、消耗した妖精族のお姫様を、獣人族の生徒が襲撃したとしたら?


 重傷を負わせるなり殺すなりでもしてしまえば、獣人族と妖精族の溝はもはや修復不可能なまでのものとなってしまうだろう。最悪の場合は戦争だ。この『楽園島』という島も崩壊は免れない。


 大袈裟でもなく、混沌の時代が幕を開けるのかもしれない。それは『彼』ではなく依頼主が望んだことだが、『彼』個人としても興味はある。少なくとも面白そうではある。


(まァ、ソレを実現するためにはまずこの楽園を壊す必要があるのだが――――)


 視界が歪む。否、己の体が床に叩きつけられたと気づくのに数秒の時を要した。


「動くな」


「ッ…………!?」


 組み伏せられた状態で顔を見ることは出来ないが、その声には聞き覚えがあった。

 確か、そう。魔族の姫君の護衛をしている男子生徒。リオンという名だった。


「お前があの黒マントってのはもう分かってる。観念しろ」


 リオンの言葉には確信が満ちている。

 変化の魔法は解除していない。つまり『彼』の外見は今、完全に獣人族のものになっている。コピー元の獣人族の少年は精神干渉系の魔法をかけて倉庫に押し込んでいる。その癖も性格も完全に調べ尽くし、その少年がとるであろう行動も一寸の狂いもなく模倣した。

 それは『彼』が長年磨き上げてきた技であり、魔族の姫の『勘』というムチャクチャな理由でもない限りは看破されることはないと自負している。

 だというのになぜ、このリオンという少年はピンポイントで『彼』を抑え込んだのか。


「良かったよ。アンタがちゃんと招待されてくれて」


 リオンの言葉に『彼』の頭の中でめまぐるしく思考が行き交う。

 このお茶会という場が罠であることは分かっていた。しかし、獣人族と妖精族の王族が揃っているこの場は見過ごすには依頼主にとってあまりにも惜しい場ではあった。いくら変化の魔法がバレたとはいえ、見つからない、見抜かれないという自信もあった。

 変化の魔法が見抜かれていたのならば、わざわざお茶会など仕掛ける必要はない。つまり変化の魔法そのものは見抜かれてはおらず、何か別の細工が仕掛けてあった。

 ならばその細工が仕掛けられていた『何か』とは。


「――――ッ! 招待状か……!?」


 招待状に何かしらの細工が仕掛けられている可能性は考慮していた。だからこそ偽装するのではなく本物を用意したが、逆にそれが裏目に出てしまった。


「成程。見事に嵌められてしまったというわけか。俺には驕りがあったらしい」


 己に驕りはないと思い込んでいた。その思い込みこそが驕りだったのだと気づかされた。


 だが、それ以上に恐ろしいのはこのリオンという少年だ。

 いくら『彼』に油断や驕りがあったとはいえ、周囲の何者かが背中を取ろうとする行動を起こせば、油断していたとはいえ大体の場合は気づくが、このリオンという少年は違う。

 一切の気配を悟らせずに、ごく自然に背後を取ってみせた。

 恐ろしいまでの鍛錬や修練が凝縮された身のこなし。裏の世界に身を浸してきた『彼』の背後を、まだ十代の少年がこうもアッサリと取ったという事実が、どれほど凄まじいことか。

 当のリオン本人はまるで気づいていない様子だ。


(勿体ないな……これほどの使い手が)


 彼は自分自身を過小評価しているように『彼』には見えた。

 己の才を磨き続けてきた『彼』にとって、他の才が燻っているのを見るだけで心が疼く。


「だとしたら、気づくのが遅かったな」


「…………いや? そうでもあるまい」


「何?」


 その言葉に、リオンは疑問を抱いたようだ。しかし、『彼』はその言葉の意図を明かしはしない。


「お前は何か勘違いしているようだが……まだ何も終わってはいないぞ?」


 これは才ある者に対して、また、凄まじいまでの鍛錬と修練の果てに、『彼』の背後を取った少年に対しての賛辞。一つのヒント。


 与えても構わないだろう。何しろ既に種は巻き終わっており、ソレを止めることは出来ないと知っているからだ。


 ☆


「では、説明してくださるかしら?」


 お茶会騒ぎのあった翌日、俺、姫様、マリアの三人はローラ様お気に入りの庭園に呼び出されていた。というのも、ローラ様から諸々の説明を求められたからだ。


「構わないわよ」


「……あのお茶会の目的は?」


「昨日軽く説明したと思うけど、学院の中で暗躍していた姿を変える魔法の持ち主……『黒マント』を捕まえるためよ」


「……ワタクシに決闘を申し込んだ理由は?」


「断定は出来ないけれど、『黒マント』、ないし『黒マント』の依頼主の目的は獣人族と妖精族の関係を悪化させること。もしかすると戦争でも起こすつもりだったのかもしれないわ。とすると、現状の種族間で結ばれた和平に一番大きなダメージを与える方法があるとすれば、『獣人族側の何者かが妖精族の王族に、悪意を以て危害を加えること』。デレクは既に『黒マント』が暗躍していることを知っているし、警戒もしている。だとすれば一番狙いやすいのは『黒マント』の存在を知らないであろう貴方になるわ」


「……なるほど。だから決闘なのですわね。結界で覆ってしまえば、少なくとも外からは危害を加えることはできない」


「そういうことよ。こちらから行動を起こす前に、貴方の身を危険から遠ざけ、保護するための手段が結界ってワケ」


「……どうりで結界を張る手際が良いと思いましたわ。最初から計画されていたのならば当然ですわね。ちなみにですが、その『黒マント』とやらをなぜ見分けられたのですの?」


「あの招待状には、持ち主の魔力を記憶させる術式を組み込んであるの。あの『黒マント』は確かに姿かたちを完璧にコピー出来るのかもしれないけれど、魔力の波長までは完全にコピー出来ない」


 魔力には、人によってそれぞれ異なる波長が流れている。指紋のようなもので、この世にピッタリ同じ波長の魔力が存在することは滅多にありえない。

 ちなみに持ち主の魔力を記憶させる術式は、姫様が作りだした通信用マジックアイテムの応用だ。


「その方法だと、あらかじめ参加者たちの魔力の波長のサンプルがなければ照合することは出来ないのではなくて?」


「ええ。残念ながら参加者全員の波長サンプルを用意することは出来なかったけれど、ソレが獣人族の波長であるか、妖精族の波長であるかの見分けぐらいはつくわ。だから、見た目は獣人族なのに魔力の波長が人間であるものが『黒マント』になる、というわけよ。まあ、あの時、わたしの代わりに波長の照合をしてたのはマリアだけど」


 姫様が仕掛けたあの決闘は、マリアが照合作業をするための時間稼ぎも兼ねていた。時間がかかる工程なので、どうしても敵に行動を起こされる前にローラ様を保護する空間が必要だった。


「あの『黒マント』がローラに化けた時、『権能』の気配を感じなかったの。つまり魔力まで完全にコピー出来ないと予測したんだけど、見事に的中してくれて助かったわ」


「……ワタクシにも化けてたんですの」


「迂闊なことにね」


 自分が化けられたとあってローラ様は内心複雑そうだ。実際、得体の知れない者が自分と同じ姿に勝手に化けて勝手な振る舞いをされていたとあっては当然だ。


「……それにしても、よくもまあ、あの招待状にそのような高度な術式を気づかれずに仕込めたものですわね」


「その辺りはちょっと工夫したのよ」


「工夫?」


「ええ。あの招待状だけに全ての機能を仕込めば確実にバレる。だから招待状には最低限の部分だけ組み込んで、術式の本体は別のところに仕込んだのよ」


「もしかして……講堂ですか?」


 ローラ様の言葉に、姫様は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「そうよ。あれだけの大人数を一度に照合するとなると、どのみち場所は必要だったし。お茶会っていう口実を作れば自然に誘導できる場所でもあったしね」


 前日、姫様が自ら準備に参加されていたのもそのためだ。あの術式の細かな調整は姫様にしか出来ない。ちなみに今回の作戦にはノア様には会場の手配を、デレク様には結界構築の面で協力してもらった。


 そんな姫様の説明をひとしきり受けたあと、ローラ様は片手で軽く頭を抑える。


「まったく……呆れましたわ。ここまで大掛かりな仕掛けと嘘をああまで堂々と繰り出し、最後までやり切るだなんて。貴方、噂以上にメチャクチャをやりますのね」


「よく言われるわ、それで、聞きたいことは以上かしら?」


「…………いいえ。まだ残っていますわ」


 複雑そうな内心を抱えたまま、ローラ様はテーブルの上に銀色に輝く『鍵』を置いた。


「決闘の行方についてです」


「アレはあの騒動で有耶無耶になったと思うけど? なんなら、わたしの負けでもいいわよ。言ってしまえば、貴方を敵をおびき寄せるための餌にしたのと変わらないんだし」


「…………敵をおびき寄せるために餌になるのも、この島の『島主』にとってはむしろ当然の行動です。ましてやあの『黒マント』の暗躍を止めるためのものならば尚更。貴方たちはこの『楽園島』を護ったのです。むしろ、暗躍に気づけず掌の上で踊らされていたワタクシが恥ずかしいですわ」


「仕方がないと思うわよ? あの『黒マント』が使う変化の魔法はわたしの目から見ても相当高度なものだったんだもの。コピー元の癖や性格、行動まで完全に模倣するレベルの使い手なら尚更……って言っても、貴方みたいなのは自分を許さないんでしょうね」


「ええ……今回はワタクシの負け。約束通り、『鍵』は貴方に託します」


 妖精の意匠が施された銀色の『鍵』。それを姫様は静かに受け取った。


「ありがとう」


「お礼を言うのはこちらの方……ですが、ソレが揃ったとしてもまだ肝心の和解という道筋に至ることは難しいと思いますわよ」


 昨日の時点で『黒マント』は捉えられ、治安部の手でこの島を護る守護騎士たちに引き渡された。同時にこれまでの獣人族と妖精族の種族間の諍いはあの『黒マント』が暗躍して引き起こしたことだと治安部から学院全体に発表された。

 だが、今だ種族間の和解には至っていない。

 何しろこれまでの諍いが黒マントの手によって引き起こされたのが事実であるという証拠がない。生徒たちの反応を見るに、たまたま学院に侵入していた者を捉えた治安部が、諍いを収めるために都合の良い嘘をでっち上げたのでは、というのが大多数の意見だ。


「そうね。あとは、何者かが暗躍していたという確たる証拠と……大きなきっかけでもあればいいんだけれど…………それはまた考えなくちゃいけないわね。というか、貴方はこれまでの諍いがあの『黒マント』のものだって信じてくれてるのね?」


「ワタクシの目はそこまで節穴ではありませんわよ」


 からかい交じりの姫様の言葉に、頬を膨らませむすっとするローラ様。

 だが彼女は何かを思い出したようにハッとすると、かつてないほどに真剣なまなざしを姫様に送ってきた。


「……アリシアさん。妖精族の王族としてではなく……ローラ・スウィフトとして、貴方にお願いがあります」


「何かしら?」


「――――レイラ様のファンとして、色々と根掘り葉掘り伺いたいのですが」


「…………それ、まだ覚えてたのね」


 ☆


 レイラ姉貴のことについて散々質問攻めをくらい、俺たちが解放されたのは日が暮れてからのことだった。屋敷に戻った姫様は珍しくお疲れモードになっており、ぐったりとソファに身を沈めていた。


「侮っていたわ……まさかローラがあそこまでレイラのファンだったなんて……」


「で、でもまあよかったじゃないですか。最後の鍵も手に入ったんですから」


「そうね……でも、これで終わりじゃないわ。ローラも言っていたけれど、まだ獣人族と妖精族の溝が埋まったわけじゃないもの。本来の目的には届いていない」


「……ですね。けど、今日ぐらいはゆっくり休んでください」


「……ん。そうね。今日はもう疲れたし、寝ることにするわ。リオンも寝なさい。疲れたでしょう?」


「いや、俺のことならご心配は無用です。ただ言われた通りのことを実行しただけですから、大して疲れなんて溜まってませんから」


 言うと、姫様は呆れたようにため息をつき、


「はぁ……あのね、リオン。あなたはもう少し自分で自分を褒めてあげた方がいいわ。あの黒マントを簡単に捉えることが出来たのは、あなただからなのよ?」


「そんなことは。ただ姫様の作戦が良かったからです」


 俺の言葉に対して姫様はまだ言いたいことがあったらしい。だが、色々なものをぐっと我慢されたようで、


「リオン。謙遜も素晴らしいけれど、あなたはもう少し自分を出した方がいいわよ」


「えーっと……はい。善処します」


「存分に善処なさい。あなたの場合は、もっと自分の言葉を出した方がいいわよ。たとえばわたしなら……そうね。リオン、今日は一緒に寝ましょうか?」


「なんでそうなるんですか?」


 姫様のお考えはたまに俺の想像の遥か斜め上を行くことがある。


「リオンも疲れが溜まっているみたいだから、マッサージしてあげようと思って」


「いやいや。姫様にそんなことはさせられませんよ」


「じゃあリオンがわたしにマッサージしてくれるの?」


「それは色々と問題があるのでは!?」


「あら。ただのマッサージに何の問題があるのかしら」


「いや、それは……その……ひ、卑怯ですよそういう質問は!」


「ふふっ。ちょっとだけ冗談よ」


 俺が慌てふためくのを見て、姫様は悪戯を成功させた子供のように笑う。

 ……ちょっとだけという言葉は聞かなかったことにしよう。というか、本当に姫様にマッサージをしようものなら確実に魔王様に殺される。


「――――リオン」


「なんですか?」


「魔界にいた時からそうだけど……わたしがずっと頑張ってこれたのは、リオンのおかげよ。あなたがいてくれたから勇気を貰えたし、頑張ろうって思えたの。ありがとね」


「ど、どうしたんですか。いきなりじゃないですか」


「そうね。……ちょっと疲れてるのかもしれないわ」


 俺が首を傾げていると、姫様は何事もなかったかのように。それこそ、いつものように笑顔を見せてくれて。


「おやすみなさい、リオン。大好きよ」






 ――――その夜を境に、姫様は俺の前から姿を消した。






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