第21話 お姫様は先手必勝で仕掛けたい
お茶会会場として菓子やお茶の香りで漂う講堂は、あっという間に決闘会場へと変貌した。中心には円形の結界が張り巡らされ、外部からの干渉を遮っていく。結界から数歩離れた場所を囲うように、このお茶会に参加している者たちがギャラリーとして中の様子を窺っている。結界の内部には姫様とローラ様の二人が対峙しており、互いに視線をぶつけ合っていた。
「ルールは降参、もしくは結界の外に出た方が負け……でいいわよね?」
「問題ありませんわ。……しかし驚きましたわね。至って普通。この学院の模擬試合でも採用されている伝統的なルールだなんて。てっきり貴方なら、もっと小賢しいルールを用意してくるかと思っていましたわ」
「ただの殴り合いに小賢しいルールなんていらないでしょう? それに、純粋に力をぶつけ合う方が、貴方のようなタイプとは話が通しやすいって学んだの」
ああ、やっぱり……俺とデレク様との戦いを見ての発想だったか。姫様の教育に悪いことをしてしまっていたとなると魔王様に申し訳ない。これからは気を付けよう……。
「それじゃあ、始めましょうか」
「お望み通り叩き潰してあげますわ」
二人は同時に魔力を滾らせる。結界越しでもその圧が全身に伝わってくるかのようだ。
王族として授かった権能を十全に発揮できるだけの膨大かつ圧倒的な魔力。
「先手は下級生に譲って差し上げますわよ」
「あらそう。なら遠慮なくいかせてもらうわ」
姫様が発する魔力の質が一瞬にして変わったのを、俺は肌で感じ取る。
どうやら初手からぶちかますつもりのようだ。
「――――ひれ伏しなさい」
姫様は『空間支配』の権能を発動させ、ローラ様を重力で抑えつける。
「くっ……うッ…………!?」
ローラ様は咄嗟に全身を魔法で強化して重力に抗うが、姫様が齎しているのは『権能』だ。
ただの魔法では対抗することは難しい。その証拠に、彼女の身体は徐々に床に向かって折れていく。
牽制や探り合いなんてお構いなしと言わんばかり。まさに先手必勝。
「…………ッ……! 舐めんな、ですわッ……!」
魔力の輝きが迸る。煌びやかな光が駆け巡り、ローラ様の身体は重力による支配から解き放たれた。彼女の周りには色鮮やかな花々が咲き乱れている。ソレが重力による束縛からローラ様を護っているのだ。
「褒めて差し上げますわ。『空間を支配する権能』。それに、天才と謳われた貴方の力……噂には聞いておりましたが、噂以上の力でした」
「お褒めに預かり光栄ね。わたしとしても実に興味深いわ。それが妖精族に与えられた……『神秘』の属性を持つ『権能』。実際に戦うのは初めてよ」
魔族の『支配』、人間族の『団結』、獣人族の『野生』。
そして、妖精族が有する権能の属性は――――『神秘』。
系統としては『団結』や『野生』のような単純強化型ではなく、魔族が持つ『支配』のような特殊なタイプに属する……のだが、四つの属性の中でもっとも詳細が掴み切れないのが『神秘』の属性だ。
「わたしの記憶が確かなら、妖精族が宿す神秘を自在に顕現させる属性……らしいけれど。この場にその花が咲き誇っていることと関係があるのかしら?」
「……驚きましたわね。この花をご存じなのですか?」
「妖精界にしか咲かず、外界に持ち出すと一瞬にして枯れ果ててしまう。重力に逆らい咲き誇るという神秘の花。……『重力』を操るわたしにとっては、常識でしかないわ」
重力に逆らい咲き誇る花。それは重力操作を得意とする姫様にとっては不利な相手ともとれる。己に対して不利を強いる要素もきちんと調べている辺りは流石だ。
「意外と勤勉ですのね」
「傍にカッコイイ子がいたの。その子と肩を並べられる自分になりたかっただけよ」
言いながら、姫様は床を鋭く蹴った。近接戦に持ち込むつもりなのだろう。
対するローラ様は瞬時に花を全身に巻き付かせて纏う。おそらく重力による不意打ちを警戒してのことだ。距離を詰めてきた姫様に対し受けて立つつもりらしい。
「ぶちのめすわ」
「こちらのセリフでしてよ」
姫様は拳に漆黒の焔を纏い、対するローラ様はエメラルド色に輝く光を纏う。
激突する二つの拳。迸り、弾け合う魔力。
とても上品とは呼べない、獰猛な力の応酬が結界の中で行われていく。
まさに圧倒的。何人も干渉することが許されないと言わんばかりの激闘だ。
「やりますわね! でしたら……これでッ!」
一端距離をとったローラ様の周囲に展開された、幾つもの魔力の弾丸が姫様を襲う。
姫様は咄嗟に横っ飛びに跳ねて襲い掛かる魔力の弾丸を躱すが、
「ッ!?」
対象を失った魔力の弾丸はそのまま空を切り、床に着弾――――することなく、途中で軌道を曲げて姫様に向かって突き進む。これもまた『神秘』によって付与された力なのだろう。姫様は漆黒の魔力によって形作った弾丸をまき散らして迎撃していくものの、回避を行いながらだと精度は落ちる。撃ち漏らしが姫様の弾幕を突き抜け襲い掛かってくる。
かといって、ここで足を止めて防御に専念すれば無数の弾丸が襲い、姫様の身動きが封じられることになるだろうが、現状としてローラ様の攻撃が途切れることはない。王族と言うだけあって魔力量には自信を持っているらしい。事実、魔族と妖精族は四大種族の中でも魔法方面には秀でた種族だ。絶え間ないローラ様の攻撃を見事に姫様は捌き、躱していくが、結界という限られたフィールドの中ではそう逃げ場は多くない。
「観念なさい。逃げ場はなくてよ!」
「そうかしら?」
刹那の間に、姫様の姿が消失する。
周囲のギャラリーたちやローラ様は完全に姫様の姿を見失ってしまったらしい。だが、俺の目は彼女の姿を捉えていた。場所は単純。呆気にとられているローラ様の背後。
姫様お得意の短距離転移魔法によって完全に虚を突き、背後をとった。
「くっ――――!?」
「遅い」
突き出された拳がローラ様を捉える。ローラ様は咄嗟に身を捻り、腕でガードしたものの、体は無防備に大きく吹き飛ばすことになった。ローラ様の身体が結界の壁際まで迫り、宙を舞う。彼女の身体が床に着くよりも早く、姫様は再び短距離転移魔法で距離を詰めた。
一撃受けたと思ったら、体勢を整える間もなく転移魔法による追撃がやってくる。相手からすれば反則もいいところだ。これも転移魔法という最高ランクの魔法を連発できるだけの魔力と、座標を瞬時に指定し、そこに完璧に転移できるだけの精度があってこその、姫様だけの連撃だ。
勝負は決まった。この場にいた誰もがそう思った。
だが、
「…………ッ!?」
結界の外へと押し出すために突き出された姫様の拳は、空を切った。
ローラ様の姿が消失したからだ。まさか同じように転移魔法を使ったのかと思ったが、違う。空間把握能力の高い姫様はすぐにローラ様の場所を見つけていた。姫様の視線を追う。方向は上。ローラ様は、空中に浮遊していた。
「ふーん……それも『神秘』属性の力ということかしら」
「……そういうことになりますわね」
言葉を返すローラ様にはあまり余裕がない。冷や汗をかいているようにも見える。
まあ、確かに今のは危なかったからな。
「まあいいわ。次はソレを計算に入れてぶっ飛ばすだけよ」
「……なるほど。貴方はワタクシが思っていた以上に厄介な相手のようですわね」
ならば、と。ローラ様は言葉を紡ぎ、魔力を膨れ上がらせる。
「貴方という強敵に対する礼儀を以て、ワタクシたちは舞い踊りましょう」
神秘的な光が迸り、ローラ様を包む。やがて光は一つ、二つ、三つと増え……ローラ様本人の姿も増えた。
端的に言えば、ローラ・スウィフト様が四人に分身したのだ。
「…………『神秘』って言っとけば、なんでもアリになると思ってない?」
さしもの姫様も驚きを隠せないらしい。だが、それでも。四人に増えたローラ様を前に、姫様は一歩も退くことなく漆黒の炎を滾らせた。
☆
アリシアとローラの激闘が行われている最中。
講堂の控室でマリアは一人、羊皮紙と格闘していた。術式が刻まれたそれは淡い光を放っており、とある解析作業を行っていることを示している。
(既にアリシア様は行動に移されているはず……私も急がねばなりませんね)
マリアは確実に着実に、己に与えられた役割を果たすべく作業を進めていく。
※四つの『権能』の属性が揃ったので、各属性に関して簡単なメモを。
■魔族:『支配』属性
権能を持つ者によって様々な『支配』能力が現れる。強いか弱いかは「保有者による」としか言いようがないので不安定な属性。不安定な分、かなり強力な能力が現れることもある(それでいうと姫様は大当たりな能力を引き当てている)。
■人間族:『団結』属性。
権能保有者の数によって魔力が上がる。単純強化型。人数が増えれば増えるほど、もしくは実力の高い保有者がいればそのぶん魔力もパワーアップしていく。人材を強化するタイプの権能なので、集団で戦うとその真価を発揮し、可能性も無限大。安定性も高く「人数を揃えなければ力を発揮できない」以外に目立った弱点がない。
■獣人族:『野生』属性。
『オーラ』と呼ばれる魔力とは違う特別なエネルギーを纏うことが出来る。攻撃に使ってもよし、防御に使ってもよしでバランスが良い。『団結』と同じように安定性が高く、目立った弱点がない。搦め手を使われると苦戦を強いられるが、それを補うだけのパワーがある。
■妖精族:『神秘』属性。
妖精族が持つ神秘的な力を使うことが出来る。妖精界にだけ咲く特殊な花を瞬時に生み出したり、空を飛んだり、分身したりと割と何でもあり。その分、他の権能に比べると単純なパワーには劣り、消耗もかなり激しい。