第20話 お姫様はチョロ姫様に挨拶をしたい
「招待状、か」
「そうよ。ローラも参加するお茶会のね」
数日後。
俺と姫様はデレク様のもとを訪れた。目的は、お茶会の招待状を手渡すことである。
「……例のアレか。本当に実行する気なんだな」
「ええ。協力して頂けるようで嬉しいわ」
「とてもそんな風には見えんがな。……ああ、だが一つ改めて忠告しておこう」
「忠告?」
「ローラをあまり舐めないことだ」
その『忠告』は、やけに想いがこもっていた。元は幼馴染であり、ひと時とはいえ共にローラ様と過ごした経験のあるデレク様だからこそ出てきた言葉とでも言うべきか。
「確かにアイツは驚くほどに単純だ。……だが、それ故に真っすぐで頑固だ。並大抵のことでは己を曲げることはない。アリシア姫、君のようなタイプはむしろオレよりもローラの方が苦戦するかもしれんぞ」
「……でしょうね。そんな感じはしてたし、だからこそのお茶会よ。まあ、忠告はありがたく受け取っておくわ」
「そうしておくといい」
苦笑しながら招待状を大人しく受け取るデレク様。彼は周囲をきょろきょろと見渡すと、
「ところで、マリアさんはいないのか……?」
「マリアなら妖精族側に招待状を配りに行ってますよ。そっちの方が刺激が少なくて済みますし……あいつがどうかしましたか?」
「そうか……それは残念だ。いや、なんでもないが……」
言いながらもどこかしょんぼりとした様子のデレク様。獣耳がぺたりと萎れているのはちょっと可愛らしいが、あの変態メイドに何か要件でもあったのだろうか。
「ふぅ~ん? そーいうこと?」
姫様はというとデレク様の反応を見てニヤニヤとしているし、対するデレク様はというと姫様の反応を見て「しまった」とでも言いたげな苦い苦い顔をされている。
俺にはよく分からないが、王族同士にしか分からないものというものがあるのだろう。
「ここは深く追求はしないでおいてあげる」
「……礼は言わんぞ」
「構わないわ。それより、ちゃんとお仲間を引き連れていらっしゃいね」
「分かっている」
目的を華麗に果たした姫様はデレク様と別れ、テキパキとした足取りで屋敷に戻る。その道中、同じように目的を果たしたらしいマリアと出くわした。
「アリシア様。指示通り、妖精族側に招待状を配り終えました」
「ありがとう。仕事が早くて助かるわ、マリア。ふふっ……良い子ね」
「あふん」
姫様からのお礼の言葉に、一人でゾクゾクとしているマリア。もうお前は勝手にやってろ。
「さて、それじゃあわたしたちは準備を始めましょう。ここからは忙しくなるわよ」
姫様の企みによって開かれるお茶会の会場は、入学式の時に使用された講堂だ。
ここにデレク様に付き従っている獣人族側の生徒と、ローラ様に付き従っている妖精族側の生徒を招き、立食形式でお菓子とお茶を振る舞う。名前はお茶会だが、実際にはちょっとしたパーティだ。
「獣人族と妖精族を一ヶ所にまとめるとなると、トラブルが予測されますが」
「そうね。本番は治安部も協力してくれるっていう話だけど……何かしらのトラブルは起きるかもしれないわね」
講堂をお茶会会場にするためにせっせと準備に勤しむ傍ら、姫様は素知らぬ顔で手を動かしている。姫様が何か企んでいることはノア様たちも気づいているのだろうが、放任しているのは姫様を信頼しているからだろう。ノア様が働きかけてくれたとはいえ、治安部の先輩方が協力してくれるのもデレク様から鍵を託されたという実績を皆が認めているからだ。
「まったく……最初この計画を聞いた時は姫様の正気を疑いましたよ」
「あら。わたしはリオンを見習っただけよ?」
「それを言われると俺は何も言い返せないんですけど……」
「それは結構」
どうやら俺は姫様の教育に悪いことをしてしまったらしい。機嫌良さそうに鼻歌をうたう姫様に、俺は深い深いため息をつくことしかできなかった。
☆
お茶会当日。
獣人族側の生徒と妖精族側の生徒が集まるかどうか不安だったが、デレク様とローラ様が参加するからにはと、招待状を送っただいたいの生徒が集まった。
デレク様とローラ様のお二人を中心として、獣人族と妖精族の生徒たちは互いを牽制し合うようにピリピリしている。お茶会は既に始まっているが、今のところは停滞しているといった様子だ。喧嘩の一つも起きていないのは、ノア様をはじめとする治安部の生徒たちが睨みをきかせているからだろう。
俺とマリアだけは、事前に今日の姫様の狙いや行動についてあらかじめ聞いている。聞いた時は思わず顔が引きつったが、腹はくくった。きっと姫様なら上手くやると信じている。とはいえ、そのことがなくとも警戒は怠らない。これだけ人数が集まる場所だと、護衛としては色々と気にすべきことも多い。
「――――リオン。わたしのリオン」
警戒態勢をとるべく周囲に視線を巡らせている時だった。
耳に心地よく響く声と共に、姫様の手が俺の頬に触れる。そのまま俺の顔は有無を言わさず姫様と見つめ合う形にさせられた。
「何をしているの?」
「周りを警戒してるんです」
「ダメよリオン。あなたはわたしだけを見ていなさい」
「またメチャクチャなことを仰りますね……こういう場所で護衛が周りを警戒するのは普通のことだと思うんですが」
「『普通』なんて蹴とばしなさい。今だけでいいの……わたしだけを見ていて。わたし、リオンに見守られていると勇気が湧いてくるの。なんだって出来る気がするの」
「…………それはまたいつもの『ワガママ』ですか」
「そうよ」
俺の問いに、姫様はにっこりと笑顔を浮かべてで言い切った。
「はぁ……ええ、はい。分かりました。ちゃんと見てますよ」
「ふふっ。ありがと、リオン」
満足げに微笑んだ姫様は、そのままの足取りでローラ様の下へと向かってゆく。俺はそれに付き従うのみだ。……いや、違う。それしか出来ないから、ともいえるか。
「ごきげんよう」
「む。アリシアさん」
ピリピリとした空気の中ではあるが、ローラ様はケーキを堪能されていたようだ。作った身としては頑張って作ったかいがあったと喜ぶべきか。
「一体何の御用ですの?」
「このお茶会のホストとして挨拶をしにきただけよ」
「……貴方がただの挨拶だけしにきただなんて、とても信じられませんわ」
その指摘はごもっとも。俺が逆の立場でもまったく同じことを思うだろう。
「単刀直入に言うと、貴方の持っている『鍵』が欲しいの」
「…………? ワタクシが、はいそうですかと頷くとでも?」
何をいまさら、とでも言いたげなローラ様。それもそうだ。たったこれだけのことを言うならわざわざこんなお茶会を開くまでもないことだ。
……だが、今の言葉を周りは聞き逃さなかった。
獣人はもちろん、妖精族側も。ローラ様の持つ『鍵』の行方はこの場にいる誰もが気になるものだろう。『四葉の塔』はいわば和解の象徴。それを開く『鍵』が揃うということは、お互いの種族の王族が和解の意思が有ると示すに等しい。今もなお対立感情が渦巻くこの場にいる獣人族側の生徒と妖精族側の生徒からすると、『鍵』の行方は注目せざるを得ない部分だ。
それ故に、今や周りの生徒たちが姫様とローラ様の会話に注目している。
今の問いの中に隠された姫様の狙いはこれだ。周りの注目を集めることにある。
「『鍵』をくれたらもっと美味しいケーキも用意するけど」
「ホントですの!? ……って、そんなことで渡すわけないでしょう!」
「レイラのことだって色々と教えてあげるけど。プライベートとか」
「そ、それは気になりますわっ……!」
姫様、勝手にレイラ姉貴のプライベートを売らないでください。
「くっ……ですがそれはそれ、これはこれですわ!」
「頑固ね」
「むしろワタクシはどれだけチョロいと思われてますの!?」
自覚がないのか……。
「まったく……良い機会だから指摘させていただきますわ、アリシアさん。ワタクシたちの問題に首を突っ込みかき乱し。……正直、貴方の行動は目に余りますわ」
「これはデレクにも言ったことだけど、種族間が手を取り合い暮らすこの『楽園島』で種族間の対立が起きているなんて現状、相当無様なことだというのは自覚ある?」
姫様の言葉に、周りにいる獣人族や妖精族の生徒たちはどこか苦い顔をする。彼らとてそのことは分かっている。だから心のどこかで後ろめたい気持ちがあったのだろう。
「ありますとも」
対するローラ様は、驚くほどに真っすぐな瞳で返してくる。
「ですがワタクシは、ワタクシの大切なものを護るだけですわ。ご存じないでしょうけど、妖精族側の生徒の中には獣人族側に傷つけられた者がいますのよ。それをただ黙ってみていることなんて出来ません。ましてや仲間を傷つけられて黙っていろと、ワタクシの口から言うことも出来ません。……反撃と称して、ワタクシたちも獣人族側の生徒を傷つけたこともあります。ですからワタクシは、これが正しい行いだとは思っていません。間違っているのでしょう。ならば仲間を護るために、正々堂々と間違えますとも」
デレク様の言う通りだ。ローラ様はひたすらに真っすぐだ。しかも厄介なのは、己の行いが決して正しいものではないと思っており、間違っていると分かっていながらも前に進んでいく強さを持っている。こういう相手は姫様の苦手とするところだ。何しろこちらの策なんてお構いなしに突き進んでくるのだから。
「…………そう。ちょっと安心したわ。デレクも貴方も、現状が正しいと感じていない。だったらまだ希望はある」
一瞬だけ目を伏せ、姫様はローラ様に真っすぐな視線を返す。
「次期魔王アリシア・アークライトとして……ローラ・スウィフト。貴方の持つ『鍵』を賭けた決闘を申し込むわ」
「なっ――――!?」
姫様の言葉に、この場にいた周囲の獣人族と妖精族の生徒たちが一斉にザワついた。
様子を伺っていたデレク様も大層驚いており、ノア様の方も興味深いとでも言わんばかりの目でことの成り行きを見守っている。
「……そんなことをして、何の意味がありますの?」
「『鍵』が手に入るわ」
「まるで貴方が勝つことが決まっているかのような口ぶりですわね」
「あら。実際そうじゃない」
「それは聞き捨てなりませんわ!」
チョロ姫様ことローラ様はぷんすかと怒っていらっしゃる。が、すぐに怒りを抑え、
「……仮に貴方が『鍵』を手に入れ、『四葉の塔』を解放したとして。ワタクシたちが和解の道を歩むとは限らない。つまり『鍵』を手に入れるだけでは意味はない。そのことは分かっていらっしゃるのかしら?」
「承知の上よ」
そうだ。俺たちの目的はあくまでも種族間の和解。塔の解放はそのためのきっかけに過ぎない。だから決闘で『鍵』を手に入れることに意味があるとは言い難い。ましてや王族……『権能』を持つ者同士の決闘。本来ならば歓迎できることではない。それでもこんな決闘を仕掛けるということは、その『先』に狙いがあるからだ。
「わたしが勝てば貴方の持つ『鍵』を貰う。貴方が勝てば……そうね。何でも言うことを聞いてあげるわ。魔王の娘アリシア・アークライトの名に懸けてね」
「……正気ですの?」
「至って正気だし、至って真面目よ。……それとも、わたしに負けるのが怖い? 怖いのなら逃げても構わないけれど」
「…………っ!」
逃げられるわけがない。
堂々と決闘を申し込まれた妖精族の王族が、自分の支持者たちや対立している獣人族側の生徒たちが注目しているこの状況で逃げ出すなど。そんなことは相手にとって屈辱以外の何物でもない上に、王家の名に泥を塗るに等しい。何より――――対立している獣人族を勢いづかせることにもなる。それは妖精族を護ろうとしているローラ様にとって致命的だ。
まさに獣人族と妖精族の対立というこの状況そのものを逆手に取った誘い。
このお茶会という状況そのものがローラ様を逃がさないための網。とはいえ、よもやお茶会という場で決闘を申し込まれるなんて普通は考えない。ローラ様の不幸は、そんな普通を蹴とばしてしまう姫様が相手だったということだ。
「貴方、こんなことのためにわざわざこれだけの人数を集めましたの……?」
「ギャラリーが多い方が盛り上がるでしょう?」
「よくもぬけぬけと……まったく、やってくれましたわね……!」
既にローラ様に逃げ場はない。彼女もそのことを自覚しているのだろう。
息を吐きだし、呼吸を整え、ローラ様は退くことなく姫様に……否、この場にいる全員に対して堂々と宣言する。
「……いいでしょう。その決闘、受けて立ちますわ!」