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第19話 お姫様はチョロ姫様をお茶会に誘いたい

「……昨日は随分と夜更かししていたのね?」


 授業を終えて気の緩んだ一瞬を突かれての一言だった。

 隣の席で、何食わぬ顔をしながら教科書をしまいつつ、姫様はサラッと差し込んできた。

 途端に、俺の身体はなぜか「ギクリ」という擬音が聞こえてきてもおかしくはない程に竦んだ。そんな俺の反応を見て、姫様は口を開いて何かを言いかけたが――――、


「いや、あのですね姫様」


「……ま、別にいいわ」


「……えっ?」


「どうせノアとお話でもしてたんでしょう? 夜更かしで体調を崩してる……ってわけでもなさそうだし。いいんじゃない」


「はぁ……ありがとうございます?」


「ちゃんとお土産は持ってるわよね?」


「あ、はい。ちゃんと持ってます」


「ならいいわ」


 珍しく姫様にしては大人しい。彼女はそのまま粛々と荷物を鞄にまとめると、席を立つ。当然俺も護衛として彼女を追いかけることになるのだが、なぜだろうか。姫様の背中がいつもより……寂しそう? いや、違うな。何かを恐れているような。……俺の考え過ぎか?


「リオン様」


「……なんだよ」


 俺と同じように姫様の後をついていくマリアが、粛々とした表情を保ちながらチラリと目線を俺に向けてくる。


「ノア様と仲良くするのもよろしいですが、あまりアリシア様に寂しい思いをさせてしまうのもいかがなものかと思いますよ」


「いや、別に寂しい思いをさせてるつもりとかないんだけど……というか、そもそも俺は護衛の身だし」


「アリシア様も様々な苦労をされているのですねぇ」


 今、この変態に色々なことを察せられてしまった気がする。ソレが何のことだか全くといっていいほど分からないのがちょっと悔しい。


「寂しげなアリシア様にはゾクゾクいたしません。やはりもっと私を踏んでくれるような感じではないと」


「寂しげじゃない姫様にもゾクゾクするなよ。つーか、普段はお前を踏みつけるような感じでもないだろうが」


 コイツの中で姫様は一体どういう存在なのだろうか……。どうしようもないぐらいややこしい方向で惚れこんでいるというのは分かるのだが。


「何してるの二人とも。急ぐわよ。黒マントのこともあるし、ローラとの接触は早くに済ませたいの」


 姫様はつかつかと迷いのない歩みを重ねる。それはいつも通り堂々としたものだった。

 寂しげな雰囲気なんてもう微塵もない。……俺の考えすぎだったのかな。


「リオン様」


「ロクな言葉が出てこなさそうだけど……なんだよ」


「――――ここで足踏みしていれば、アリシア様は私をゾクゾクするような目で見てくれるのでしょうか?」


「かつてないほどに真剣な表情をしてその質問を投げるのは、この世でお前ぐらいだろうな」


 ☆


 この島の魔法学院はとにかく設備が充実している。教員たちに提供されている設備もそうだが、授業で使用される教材や実習場等の土地までもが揃っている。この島の創立に関わった方々が教育の部分に力を入れているのかが伺える。そんな学院にある設備の一つが庭園だ。


「……綺麗で、どことなく懐かしい感じがします」


「この庭園の華は、どれもが妖精族の大陸にだけ咲いている特別なものばかりだから、そのせいなのかもしれないわね。……で、この時間、この場所でお茶をすることを日課にしているのが、」


 華に囲まれた庭園の中心。気品あるデザインのテーブルやイスが並べられており、一人の少女が席について優雅にお茶を飲んでいた。

 妖精族の島主にして最後の鍵を持つお方。ローラ・スウィフト様だ。気配からして周囲に護衛がついているようだが、姿を現す気配がない。いつでも飛び出せるようにはしているのだろうが、ローラ様が制しているのだろう。


「ワタクシ、自分のペースを乱されるのは苦手ですの」


「奇遇ね、わたしもよ。だから来たの」


「随分とお優しい性格をしていますのね?」


「でしょう?」


 早々に両者の間でバチバチと火花が散っている。しばらくの沈黙があったものの、先にローラ様が口を開く。


「それで、一体何の用ですの?」


「分かってるくせに。そういう白々しい誤魔化し方はデレクそっくりね」


「…………あのデレクが鍵を渡したというのは、本当だったようですわね」


 一瞬の間。目を伏せた後、ローラ様は姫様の瞳を見つめ返した。


「いいでしょう。お話を伺いますわ」


「結構。せっかくだし、お菓子でもいかがかしら?」


 姫様の合図で、俺は手に持っていた『お土産』をマリアと一緒にテーブルの上に並べていく。


「これは…………」


「見ての通り、とても美味しいケーキよ。毒なんて入ってないから安心なさい」


 姫様は優雅な手つきでフォークを手にとると、一口サイズに切って菓子を口に運ぶ。

 まるで毒など入っていないと言わんばかりだ。……いや、まあ、実際に毒なんて入っているわけないのだが。これも姫様なりの挑発行為なのだろう。


「あら美味しい。食べないなんて勿体ないぐらい。……いらないなら貴方の分もわたしが食べちゃうけど、いいわよね?」


「べ、べべべ別に、毒なんて疑ってませんわっ! だからこれはワタクシのものですっ!」


 ローラ様は自分の前に並べられたケーキにチラリと目線を移し、おそるおそるといった様子でフォークに手を伸ばした。そのまま一口サイズにカットしたケーキを口に運ぶ。


「こ、これは…………!」


 最初は驚き。だが、彼女の頬はすぐ喜びに緩む。


「な、なんて美味な……!」


 口を押え、ぷるぷると震えるローラ様。……ちょっと様子がおかしい、というか。これまでのツンツンとした態度から一変して、目をキラキラと輝かせている。先ほどまでの優雅で粛々とした態度はどこへやら。無邪気に喜ぶさまは年相応の子供だ。


「やっぱりこの島に来て良かったですわ~! 森だとこんなオシャレで美味しいお菓子なんて滅多に食べられませんしっ!」


「そう。気に入ってもらえたようで何よりね」


「……………………別に気に入ってませんが?」


 凄い。一瞬でいつものツンツンモードに戻ってる。唯一の問題点はまったく取り繕えられていないという点だ。


「妖精族は今もなお自然と共存し、自然の中で根付きながら生きている種族。確かにこういうオシャレなケーキやカワイイお菓子とは無縁の生活よね。わたしはいつでも好きに食べられるけど」


 サラッと自慢をぶち込んでくる姫様に対し、ローラ様は「ぐぬぬぬ」と悔し気な様子だ。

 デレク様のアドバイス通りにこうして菓子を持参したわけだが、まさかここまでヒットするとは思わなかった。


「う、羨ましくなんか……羨ましくなんかありませんわ~! 別に他の種族の大陸には美味しくてオシャレなお菓子がたくさんあるのにどうして妖精族こっちだけ古臭い生活を守って美味しくてオシャレなお菓子を売ってるお店がないんですのなんて思ってませんわ! これっぽっちも!」


 思ってるんだ……。


「ううう……こ、こんな美味しいお菓子を出されたところで、ワタクシは鍵を渡すつもりはありませんわよ! どうせデレクだって、和解のつもりで渡したんじゃないでしょう!」


「そうね。その通りよ」


「ふふん。ほーらみなさい。そんな状態で和解なんて、こっちからお断りですわっ!」


「わたし、別に貴方に和解してほしいなんて一言も言ってないのだけれど?」


「ひ、卑怯ですわよっ!?」


 今にも「がーん!」という擬音が聞こえてきそうな表情で驚くローラ様。……この人、めちゃくちゃ騙されやすそうでこっちが心配するんだけど。本当に大丈夫か妖精族。あまりのチョロさに姫様も面喰っているようだ。


「ど、どの道、鍵を渡すつもりなんてありませんわ!」


「構わないわよ。今日の本命は別にあるから」


「本命、ですって……?」


 身構えるローラ様に対し、姫様はニコリと微笑んでみせる。

 なんてことのない。他愛のない世間話をするような気軽さで、彼女は告げる。


「ええ。わたしはただ――――貴方をお茶会に誘いに来ただけよ」


「お、お茶会?」


 姫様のお誘いに対して、ローラ様は困惑したような反応を見せる。


「……な、何を企んでいますの?」


「別に? わたしはただ、入学したての新入生として頼れる上級生様との交流を深めたいだけよ。ほら、これからの学院生活に関するアドバイスだって聞ける良い機会じゃない?」


 よくもまあこんなにもスラスラと心にも思っていない嘘を並べ立てられるものだ。姫様のこういうところにはいつもよく感心させられる。


「いくらなんでもワタクシのことをバカにし過ぎではなくて? そんな見え透いた罠に乗るとでも――――」


「お茶会に来て頂けるのなら、このケーキも食べ放題なんだけど」


「――――――――…………新入生が困っているとあらば、まあ検討してあげなくもないですわね」


 悩んだ! ちょっと悩んでお菓子の誘惑に屈した!

 俺でも分かる! 今ローラ様が「相手の罠にかからなければお菓子食べ放題ですわ! ひゃっほい!」と考えているということが簡単に分かるぞ!

 そんな俺たちの「こいつ本当にチョロいな」という視線に気づいたのだろう。

 ローラ様はハッと我に返ると、あからさまに俺たちから視線を逸らした。


「で、ででででですがお忘れではなくて? このケーキもどうせ売り物でしょう? だったら、このオシャレでカワイイケーキだって街で個人的に買ってくれば食べ放題ですわよ! 何もわざわざ貴方のお茶会とやらに出る必要などありませんわ!」


「これ、『わたしの』リオンが作ったものよ」


「………………………………えっ……」


 先ほどまでのツンツンモードから一転。

 ローラ様の顔は、地の底に叩き落されたかのような絶望に染まっている。

 これは素直に喜んでいいのだろうか。かわいそうという気持ちしか湧いてこない。

 あと姫様、どうして「わたしの」を強調したのだろうか。


「残念ね。わたしのお茶会を断ればもう二度とこの味を堪能できないのだけれど……仕方がないわ。お茶会への参加を強制なんて出来ないもの。さあ、今日はもう帰りましょうか、二人とも。ねぇ、リオン。わたしのリオン。明日もこのケーキを作ってくれる? とてもとても美味しい、あなたのケーキを」


「うぐぐぐぐぐ…………!」


 おおー、すごい。効いてる効いてる。かつてここまで姫様の煽りが効いた相手がいただろうか。俺が記憶する限りではいない。


「こ、これ……ほんっと――――うに、貴方が作ったものなんですの……?」


 藁にも縋る思いでというのはまさにこういうことなのだろうと思わずにはいられない目で、ローラ様が俺に問うてくる。「違います。実は街で売っているものです」と思わず言ってあげたいところだが、残念ながらこのケーキは正真正銘、俺が今日焼いたものだ。


「えーっと……はい。俺が作りました……なんか、ごめんなさいね」


「ううっ……いいえ。素晴らしい腕ですわ……お菓子作りの職人さんでもしていましたの?」


「いや、普通にこういうのが得意な方から教わっただけですよ。俺なんてまだまだです」


「それほどの職人が魔界にいらしたのですね……」


「その方も職人じゃないんですよ。というか、四天王のレイラ様です」


「れ、レイラ様ですって!?」


 なんだろう。俺がレイラ姉貴の名前を口に出すと、一気にローラ様の様子が変わった。


「それは本当ですの!? 水のレイラ様から教わったと!? あのレイラ様ですよ! 歌姫としても名高いレイラ様です!」


「え、ええ。本当ですが…………」


 あまりの勢いに、俺がこくりと頷くと。ローラ様は雷にでも打たれたかのような衝撃を受けていた。いきなりどうしたんだこの方は……。

 姫様の計算通りの反応なのかと思ったが、それも違うようだ。姫様も困惑気味にローラ様を見ている。


「…………わ、」


「「わ?」」


「ワタクシ、レイラ様のファンですのっ!」


「「ファン!?」」


 これは完全に初耳な情報だ。デレク様からも聞いてはいなかったものなので、おそらくデレク様とこの島で再会するまでの空白の期間でファンになったのだろう。いやそれにしても意外過ぎるほどの事実だ。確かにレイラ姉貴の人気は魔界という枠すら超えて世界レベルのものだ。しかし、まさか妖精族のお姫様すら虜にしているとは……。流石はレイラ姉貴ということか。ますます尊敬の念が深くなる。


「なんてことですのなんてことですの! お菓子作りが得意という情報は入手しておりましたが、まさかここまでのレベルだったとは思いもしませんでしたわ! ああ、ワタクシはなんと幸せ者なのでしょう!」


「……えーっと、お茶会に参加してくれるなら、レイラに関する情報も教えてあげられるけれど」


「いいでしょう! 参加してあげますわ!」


 一切の迷いのない、チョロさの化身とも呼ぶべき即答に、俺と姫様はこれからの妖精族の行く末をかなり本気で案じるのであった。




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