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第18話 王子様は護衛の話を聞いてみたい

「あの黒マントの男。正体は不明ですが、身のこなしからして高い実力を備えていることは確かです。傭兵か暗殺者かは定かではありませんが……いずれにしても、その道ではプロと言ってもいいでしょう」


 あの短い時間で既にそれだけのことを観察しており、そこから敵が何者であるかについての推測を淡々と述べるノア様。これも、彼がその『プロ』を恐れぬだけの実力を有しているからこそだろう。実際、偽物だったとはいえ邪竜の首を容易く落としてみせたのがその証だ。


「アレが大層な野望を抱いているタイプなら黒幕だったのかもしれませんが、言動から察するに彼は何者かに命じられた『仕事』で動いています。ならば彼の背後には『依頼主』がいるはずです」


「疑似的な邪竜や空間転移を可能とするアイテムの開発……技術や知識もそうだけど、相当な設備がないとあんなものは作れないわ」


「つまりあの黒マントの依頼主は……それだけの設備を揃えられる者。貴族階級の者か、どこかの大規模な組織に属している者、ということか?」


「ん……そうね。まあ、そんなところでしょうけど……」


 デレク様の出した推測に対し、姫様は頷きつつもどこか歯切れが悪い。


「姫様、どうしました?」


「……ちょっと引っかかって。ただの勘だし、上手く理由を言葉に出来ないのだけれど…………」


 姫様の勘はよく当たる。だからきっと、何かがある可能性は高い。

 だがそれが分からない以上どうしようもない。それも本人は分かっているらしく「ごめんなさい。なんでもないわ」とその場は収めた。


「黒マントの『依頼主』に関しては情報が不足しており、まだ明確な答えは出せないでしょう。ですが一番の問題は、その『依頼主』は何を目的として行動しているか、です」


 ノア様は一瞬の間を置き、


「率直に言いましょう。私はあの黒マントの『依頼主』こそが、今この島で起きている獣人族と妖精族の対立を煽っている者だと考えています」


「…………ま、順当に考えればそうでしょうね」


 姫様は頷き、デレク様は一人苦い顔をしている。それも当然だろう。デレク様とローラ様は、その『依頼主』の掌の上で踊らされているにも等しいのだから。


「姿を変える魔法で獣人族、もしくは妖精族に化けて敵対感情を煽る。……まったく、こんなにも単純な絡繰りにこれまで気づかなかったとは。己に腹が立ちますよ」


 いつもは理知的なノア様の瞳に苛立ちの色が宿る。相当腹が立っているらしい。顔の見えぬ『依頼主』に対して殺気すら滲ませている。


「怒るのは構わないけど、発散するなら自分の屋敷でなさい」


「……まさかアリシア姫に注意される日が来るとは思いませんでしたよ。私もまだまだですね」


「……そんなに地面と仲良しになりたいの?」


 姫様的にはイラッとしたらしい。……でも分かるなぁ、ノア様の気持ち。俺が逆の立場だったら一言一句まったく同じことを言いそうだ。もしかしたら結構気が合うのかもしれない。


「リオン。何か言いたそうね?」


「……特に言うことはありませんよ?」


 なぜならノア様が既に言葉にしたから。……うん。嘘は言ってない。


「…………一つ、よろしいでしょうか」


 次に、どこか自信なさげに――――否、後ろめたさのある様子で手を挙げたのはマリアだ。


「私を始末するために狙っていたということはやはり……あの黒マントの『依頼主』とは、私に『首輪』を着けた人物なのではないでしょうか」


「それに関しては、ほぼ間違いないと思われます。貴方が生き残ったことは向こう側にとってはイレギュラーな事態であるようですから。不安要素は取り除いておきたいと考えたのかもしれません」


「…………それなら、」


「ここから出ていくっていうのはナシよ」


 マリアが言葉を最後まで言い切る前に、姫様がピシャリと跳ねのける。


「ですがアリシア様。私がお傍にいるだけで、御身に危険が……」


「貴方がいようがいまいが、向こうにとってわたしは目障りな存在であることに変わりはないの。獣人族と妖精族の対立を煽るのが目的なら、それを何とかしようとしているわたしの行動は都合が悪いもの。また襲撃を受ける可能性は確かにある。……だったらね、マリア。貴方がいてくれた方が、わたしは心強いわ。そうよね、リオン?」


「まあ……そうですね。姫様を護る手が多い方が、俺も助かりますし」


 マリアの実力は完全に定かではないが(何しろ俺と戦った時は魔法を支配されて本来の実力が引き出せていなかったといえる)、姫様の護衛が出来うるだけの力があることぐらいは分かる。俺一人で護るよりもよほど効果的だ。


「というか、自分に刃を向けた奴を傍に置いているお方だぞ。今更だろ。……むしろその責任から逃げるなよ。お前は、姫様に対する恩をまだ返しきれていないんだから」


「…………そうですね。ええ、そうでした」


 どうやら憂いのようなものは少しは吹っ切れたらしい。


「アリシア様。貴方の身は、私がお守りいたします」


「ええ。頼りにしてるわ」


 良い笑顔で頷いているが、姫様も姫様だ。自分を殺そうとした相手に命を預けることが出来るなんて普通はありえないだろうに。魔王様に似たのだろうか。……もしくは、俺が人間で、生まれ持った根本的な部分で考え方が違うのか。そうだとしたら、なんだかちょっと、寂しいというか、悔しいというか。……ダメだな。自分が人間であることについて考えてしまうと、いつもマイナス思考になってしまう。


「リオン? どうしたの。ちょっと元気ないわよ」


「えっ? あ、いや。なんでもないです」


 そんなに表情に出てたかな。……いや、姫様は勘が良いからな。

 ヘンに心配かけないようにしないと。俺は姫様の護衛なんだから。


「そ、それより。これからの方針を立てないと」


「リオン君の言う通りですね……私は、祭りの準備と並行しながら黒マントの行方や『依頼主』を探ってみようと思います」


「わたしは引き続き『鍵』を集めるわ。だから次はローラの方に交渉しに行くけど……デレク。貴方はどうするの?」


「オレは…………」


 黒マントの襲撃からこの屋敷で一緒に作戦会議をしているので忘れかけていたが、デレク様はまだ完全に和解の道を進むと決めたわけではなかった。魔法学院での種族間対立が黒マントによる暗躍が原因だったにしても、それはきっかけに過ぎない。火種となるものは既にあったのだ。彼がここから先、どう進むかは俺たちには分からない。簡単に決められることでもないだろう。


「…………すまない。まだ決めかねている。いや、覚悟が足りていないというべきか」


 デレク様もまだ悩んでいる。己が進むべき道を。

 和解という道は容易いものではない。茨の道であることは確かだ。何しろ、過ごしてきた環境に加えて己が過去に犯した罪と向き合うことも必要だ。相当な胆力がいるだろうし、大きな決断を下さねばならない。


「そう。貴方がそういうなら、それは別に構わないわ。でも、わたしたちは種族間で対立しているという学院内の惨状を解決したいと思って行動しているの。だからあなたが決断を下すよりも早く、わたしたちが決断を迫ることがあるかもしれない。そのことだけは忘れないでいて」


「…………分かっている。種族間の対立を意図的に煽っている輩がいる以上、悠長なことを言っている暇はないということぐらいは理解しているつもりだ」


「それが分かっているなら十分よ」


「ふむ。では、大方な方針が固まったところで細かいところを詰めていきましょうか。姿を変える魔法の使い手が学院内を闊歩していると分かった以上、我々だけでも連携は密に取っていかなければなりませんから」


「ホントなら、ここにローラもいてほしかったところだけどね……まあ、そう簡単に信じるわけもないでしょうけど」


 姿を変えたプロの傭兵(もしくは暗殺者)がこの種族間の対立を煽っているんです、なんて言ったところで、現状では信じてもらえる可能性は限りなく低いだろう。それこそ俺たちが姿を化けていると誤解されかねない。逆に、俺たちからしても向こうが本物か区別がつかない。頼りになるのは姫様の『勘』だけなのだから。


「ではまず、治安部をどう動かすかについてですが――――」


 三人の王族による会議は夜遅くまで続いた。

 しかし、大まかな方針から細かな行動予定までを詰められたところで、今日のところはお開きになった。


「ノア様、デレク様。お部屋の用意が済みました。ゆっくりとお休みになってください。今日は色々あって疲れたでしょうから」


「ではお言葉に甘えさせてもらいましょう。……リオン君、部屋の案内を頼んでも良いですか? この屋敷を訪れるのは二度目ですが、細かな部屋の位置までは把握していないので」


「承知しました」


 二人を宿泊用の部屋に案内すると、デレク様は「感謝する」と礼を言い、何かを考え込む様子で部屋に入っていった。


「デレクはそっとしておいてあげましょう。今の彼には考える時間が必要です」


「そうですね……簡単に下せる決断でもないでしょうから」


 続いて、ノア様を部屋に案内する。この屋敷は『島主』が住まう場所だけあって宿泊用の客室も王族を招いても恥ずかしくない程度には整っている。

 窓の外からは月明かりが差し込んでおり、気品のある調度品も相まって室内を幻想的な様子に仕立てている。そこに佇むノア様は、いつもの理知的でクールな表情とは少し雰囲気が違っていた。王族という立場である彼が何を考えているのか、何を思っているのか。俺なんかではとうてい推し量ることは出来ない。


「リオン君。少し、君と話がしたいのですが……よろしいでしょうか?」


「俺ですか? 構いませんが…………あの、あまり面白い話は出来ませんよ?」


「ははは。大丈夫ですよ。私も出来ませんから」


 軽く笑ったあと、ノア様はじっと俺の顔を見つめてくる。あらためてじろじろと、観察されているようで落ち着かない。


「デレクとの戦いで見せたあの焔……アレは君の『権能』ですか?」


「正直、よく分かりません。そもそも俺の『権能』は『魔法の支配』ですし、これまでもあんな焔が出たことはありませんでしたから」


「成程……ちなみにその焔について、何か感じたことはありませんでしたか?」


「…………イストール様とネモイ様の力を感じました。お二人の持つ『権能』の力の欠片が俺の中に流れ、混ざり合ったような感じがして」


 あの時の感覚を思い出しながらポツポツと言葉を絞り出す。

 ノア様は俺の拙い話をただ黙って聞いていた。目を伏せ、何かを噛み締めるような沈黙が続いた後……。


「リオン君。もう一つ、質問をしてもいいでしょうか」


「……構いませんが」


「君は今、幸せですか?」


 それが何を意味しているのか。何に対する問いなのか。やはり俺には、推し量ることは出来ない。ただ分かるのは、それは王族としてのノア様ではなく。ノア・ハイランドという一人の少年からの問いかけなのかもしれないということ。


 ただ、これだけは迷いなく言える。


「幸せですよ。俺は今、世界で一番幸せだと断言できます」


 姫様と出会えたこと。四天王の方々に拾って頂いたこと。

 一つだけでも自分の身には余るほどの幸福なのに、それが二つもあるのだから。


「そうですか。それなら良かったです。本当に」


「ありがとう……ございます?」


 ノア様がなぜ満足げな笑みを浮かべているのかは分からない。まあ、俺がこの人について知っていることなんて、ほんの一握りにすら満たない。


「フフフ……君への興味がより湧いてきました。よろしければ、もっと話を聞かせてもらってもいいですか。これまで君がどのように過ごし、どのように生きてきたのか。好きなものは何か。嫌いなものは何か……君の幸せの足跡を、私は知りたい」


「……承知しました。それが、貴方の望みならば」

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